秘密の恋物語
その後は、よくある結婚式の二次会、という感じで進んでいった。
トモくんと二人でお互いのカクテルを飲み比べてみて、どっちの方が美味しい、って試してみたりして。
私のは、フルーティーな甘さがあるのに後味がさっぱりしてて、初めて飲むのにどこか懐かしい感じもあって。
チーフに聞いたら、カルピスを隠し味にしてるんだって! カクテルにそんな夏の定番の飲み物使うんだ、ってびっくりしちゃった!
トモくんのは……甘苦い、っていうのかな?でも、嫌な苦さじゃないの! 柔らかくて、飲みやすくて。
これは? って聞いたら、ライチのお酒と、グレープフルーツジュースを軸にしてる、って言ってた。
オリジナルのカクテルなんて大変だったでしょ、って聞いたら、笑ってたから……多分、あまり触れて欲しくないんだな、って思った。
チーフは、笑うクセがある。答え辛いことを誤魔化す時に。
チーフがこのお店に入って、今月でちょうど三年になる。トモくんが入社する、前の年のことだった。
その時私は、学生時代から付き合ってた彼氏の浮気が発覚して、大喧嘩の末に別れたばっかり。落ち込んで、溜め息ばかりをついていた。
見かねた先輩が、このお店に連れて来てくれて――そこで、チーフに出会った。もちろんその時は、まだチーフじゃなかったけど。
愚痴を吐きながら飲んでるうちに、泣き出しちゃった私を見て慌てておしぼりを持って来てくれて、大丈夫ですか、って……それが私と彼の初めての会話だった。
それから、お店に来るたびに彼の姿を目で追うようになってた。
最初は、気になっただけだった――ふと見せる表情が、すごく寂しそうで。
ぎこちなかった笑顔が、仮面を貼り付けたみたいに整ったものになるのは、あっという間だった。
それから、お客さんにお酒を出すようになって、人気を集めていくまではそんなに時間が掛からなかった。
それと同時に、あの寂しそうな表情を見せることはなくなっていった。
お客さんにお酒を出しながら、嬉しそうに笑う彼は――輝いて見えた。
何でもない日に、彼の笑顔を思い出して、会いたいって思う自分に気づいた時。
私が、彼をどう思ってるかを自覚してしまってからは、お店に一人で行くようになってた。
彼は、そんな私にも優しく笑ってくれて。
でも――彼の目は、私をお客さんとしてしか見ていないことはわかっていた。
もっと私を見て欲しい。私に、振り向いて欲しい。私だけのものに、なって欲しい――日に日にそんな想いが募っていって、毎日のように通うようになったのが、彼と出会って半年。
その年の、クリスマスが近付いてきた頃だった。
街が色とりどりのイルミネーションに飾り立てられて、道往くカップルを羨ましく眺める自分。
私も、彼とそうなりたい――そう思って、その日もお店に来た。
彼は、いなかった。
マスターは、少しだけ悲しそうな顔で、私に話があるって言って席に座らせた。
他には、まだ誰もいないカウンターの、一番奥の席。
彼は大学のサークルの関係で、元々休みの予定だったらしい。
その時、初めて彼が近くの美大に通う一年生……十八歳だということを知って、驚いたのを覚えている。
あんな大人びた彼が、そんな若いことに驚くと同時に、私は何も知らなかったんだなって……自分のことを話してくれない彼に、勝手に寂しさを感じていた。
マスターは、オーダーを聞く前にカクテルを作り始めた。
普段、そんなことは絶対にない。何か、大切な話があることだけはよくわかった。
出てきたのは、綺麗な紫色のカクテル。
「――ブルームーンだ。それを飲んでもらいながら、話したいことがある。」
マスターはそう言って、私の前に立って、ゆっくりとした口調で続ける。
「梶山さん。あなたが、あの子に好意を持ってくれてるのはわかる。でもね。無理してまでお店に来ちゃ、ダメだ。」
ドキッとした。
優しい声。だけど、明確な拒絶。
「あの子も、梶山さんのことを心配していたよ。まだ、梶山さんのお気持ちには気付いていないようだったけど。」
マスターの視線が、私の手元に落ちる。
――正直言って、毎日のように通うには、お給料じゃ全然足りなかった。
もう既に、消費者金融にお金を借り始めていた。内緒で水商売でも始めようか、風俗も考えようか。そんな風に、悩んでいたところだった。
「カクテルにもね。意味があるんだ。カクテル言葉、なんて言うんだけどね。」
俯く私に、マスターは続ける。
「誰が決めたのかは知らないけどね。その、ブルームーンのカクテル言葉は――"できない相談"。悪いことは言わない。あの子のことは、諦めなさい。」
どうしてそんなこと。マスターにだって、私の恋を邪魔する資格なんてない。
そう言い返そうと思って、顔を上げた時。
マスターの目は――悲しみの色に染まっていた。
「梶山さんが悪いんじゃない。あの子は今、昔の傷を癒すのに必死なんだ。」
昔の傷。胸の奥が、ズキリと痛む。
あの、入った頃の、寂しそうな表情。
「あの子は、必死で立ち直ろうとしている。支えてあげたい、助けたい、なんて気持ちになるかも知れないが……。」
マスターの拳が……小さく震えていた。
「やっと、あの子は、前を向こうとしている。やっと、自分を許せそうになっているところなんだ。頼むから……そっとしておいてやっては、もらえないだろうか。」
私には……もう、何も返すことができなかった。
彼の過去に、何があったのかはわからない。
だけど――触れちゃいけない。
そのことだけは、わかった。きっとそれは、浮ついた気持ちのまま、彼の特別になりたいと思っていた私には、何もできない、ってことも。
その日飲んだブルームーンは、悲しい味がして――私は、その恋を諦めた。
これが、私の秘密の恋。
誰にも明かすことのなかった、内緒の恋物語。




