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第一夜 真田幸村 7

 


 奥方4人が集まれば、同じ夫のへの不満が集いに集う。

 紫荻は正直、幸村ことは諦めているので不満は口にしないが。彼女らの愚痴を聞き、場を和ますのは苦じゃないというか、得意というか。ここ10年で身に着けたことだった。


 四人仲良く茶を飲んでいた時。どたどたと二つの足音が近づき始める。

 紫荻は顔を上げる。ああ、もうそんな時間かと。


「申し訳ありません。嵐が来ます」


 苦笑を浮かべて、前置きをする。

 紫荻の表情で、竹姫たちも気が付いたらしい。

 彼女らも柔らかく微笑んだ。


 ぱん――と、ふすまがたたき開かれたのは、まさにその時だった。


「かかさまぁ!」

「かぁさま……」



 ふすまの開場とともに、聞こえるのは幼子の声が二つ。

 足音を響かせながら、まっすぐに座る紫荻の膝へと抱き着いていったのである。


「かかさま、かかさま!」

「……かぁさま」


 紫荻の膝に顔をうずめて嬉しそうにはしゃぐ二人。

 ため息をこぼしながら、紫荻は二人の頭に手を置いた。


「こら、(おう)(おぎ)!人がいるときは入ってきてはいけませんとあれほど言ったでしょう!」


 ぴしゃり。叱りつければ二人の肩が跳ね上がる。

 おずおずと顔を上げたのは、幼い――荻と呼ばれた男の子の方。

 父譲りの赤が混じる焦げ茶色の髪を揺らし、母譲りの蒼い瞳に涙を沢山ためていた。


「ごめんなさい……」

「……はぁ」


 さすがにこんな顔をされたら、頭を撫でるしかない。

 そしてもう一方。――桜と呼ばれた女の子が顔を上げる。

 母譲りの淡い栗色の髪を二つ縛りにした、父譲りの焦げ茶色の瞳。彼女は弟とは違い「にしし」と人懐っこい笑みを浮かべるのだ。


「ごめんなさい!かかさま!」

「……はい。では、竹様たちにご挨拶」


 人差し指を立てて、しっかりと叱りつけると、少女の方は紫荻から離れて竹姫たちに体を向ける。太陽のような笑みが一つ。



「タケかかさまもミオかかさまも、ウメかかさまも、こんにちはでごじゃいます!」

「「「はい、こんにちは。ああ、かわいい!」」」


 正直母親の血を濃く引き継いだおかげか。

 まさに花が咲いたに相応しい笑みは、ほかの奥方たちを虜にするには十分なのだが。

 それを悟ってか、少女は竹姫の膝へと抱き着く。


「タケかかさま、だっこ!」

「こら、桜!」

「よいのですよ。はい、抱っこしますよ~」


 紫荻が止めようとしたが、竹姫はお構いなしのよう。

 柔らかな幼子を膝にのせて、残った澪姫や小梅姫も嬉しそうに、その柔らかな頬を堪能するのである。


 紫荻は安堵のため息をついた。

 本当に優しい奥方たちで助かった。

 普通はもっとぎすぎすしていると思っていたから。


 そう息をつきながら、人見知りの激しい息子を胸に。奥方と娘の戯れを見守るのである。


 ――(おう)姫と(おぎ)丸。

 二人は正真正銘、幸村と紫荻の間にできた子である。

 愛もない二人に子ができたのは、偶然でしかない。

 幸村が酔った勢いで、できてしまった子。そう思っている。

 あの朝、起きたら謝罪されたし。


 でも、真田の子はこの二人だけだ。

 まだほかの子は産まれていないし、誰も孕んでいない。

 でも、紫荻は笑う。


 嫌われ者である自分の子が。

 畜生腹といわれる我が子達が、真田の跡取りになることも決してないだろう。


「かぁさま、だっこ……」

「はいはい」


 齢4つとなる息子を胸に、紫荻は僅かに唇をかむ。



 ――いや、まったく面倒くさいお家争いに巻き込まれるような子達じゃなくてよかった、と。


 笑みが隠し切れなかった。

 そもそもと思う。紫荻は側室だ。真田家の跡取りは竹姫が産むであろう。

 正直、奥方たちとの仲は良好だし。幸村の父親である昌幸も二人を可愛がってくれている。 

 いや、夫との仲は最悪だが、ずいぶん楽な家に嫁げた。


 これが女の幸せじゃないかなんて、今にしては思う。

 そりゃ、兄に対しての心配事は絶えないが。

 ――どうせ、戦場に立てない自分はもう関係ないことだ。


 そう言い聞かせた。

 あとは、あとは――。


「幸村様が改心してくれたら。それが一番いいのに」


 小さくぽつりと。

 なんて――。


「さま……。かぁさま……。かぁさま!」


 息子の声で現実に戻された。

 気が付けば荻を強く抱きしめていた。

 苦しかっただろうか?そう思って慌てて身を離す。


「ごめんなさい。苦しかったですか?」

「うんん。……あのね、かぁさま」


 荻が部屋の入口に小さい指をさす。


「あのね。とぉさま。そこでずっとまってるの」


 大きな蒼い瞳で見上げ、荻はそう言った。



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