第一夜 真田幸村 12
――この場で死んでください。
佐助は確かにそう言った。
目を見開き、彼を見据える。
蒼い瞳に映る彼は、片膝をついたままに微動だにもせず。
相変わらず糸のような細い目が、こちらを捉えている。
質の悪い冗談?それとも彼も他の男と同じなのか。
いや、違う気がする。こちらは手も足も出ない女なのだから簡単に切り殺せるはずだ。
それをする気配もなければ、敵意すら感じない。
なにか、覚悟を決めたような。すがるような色合いすら見える。
「あなたは私が死ねばこの争いが治まると思っているのですか?」
「――断言はできません。ですが、少なくともこの度の戦も含めた。花姫を中心とした蛮行は治まると思います」
「それは今の奥州の惨劇も?」
「ええ、すべて」
紫荻は僅かに眉を顰める。
断言できないと言いながら、彼ははっきりと治まると言い切った。
「なぜ?なぜ私が死ぬだけで収まるのです?」
「――――」
一番の疑問を投げかける。
この争いが治まるのと、自分が死ぬのに、どんな関係があるというのか。
しかし、佐助はこの質問には答えなかった。
いや、答えないのではない。答えられないのではないか?
まるで何かに、何をどうやって示すべきか迷っているような。
「言えないことなのですか?」
「……」
沈黙は肯定と取る。
紫荻は小さく息をつく。
「……つまり。この争いを収めたいのなら。何も聞かずに、何も知らずに死ね――。あなたはそう言いたいのですね」
――やはりというべきか、佐助は何も言わなかった。
ただ頭を下げて沈黙を保ち続ける。
こんなもの、笑うしかない。
佐助は馬鹿げた戦を治めたいのなら死ねという。
なぜ紫荻が死ななければいけないのかは言えない。
ただ、黙って死んでくれ――と。
馬鹿げている。
そんな意味も分からない理由で「死ね」なんて。
もしも、紫荻の足が動いたのであれば、その足で兄や豊臣に殴り込んだ事だろう。
その方が止められる可能性がある。無理だろうな、切り殺されるのが落ちだ。
いや、足なんて関係ない。単身で乗り込んで返り討ち覚悟で花を襲うか。
それこそ無謀な賭けだろう。そもそも一人じゃないもできない。乗り込むにも誰かに迷惑をかけてしまう。ただ、無駄に命を落とすだけ。
少しだけ考えて、同じ結末にたどり着いて。
別の策を考えて、同じ最後を迎えて。
紫荻は小さく笑うしかなかった。
どんな結末でも、自分は結局死ぬんじゃないか。
だったら――。
どうせ死ねというのなら、自分で終わらせるのが花という物だ。
「――分かりました。あなたの賭けに乗りましょう」
僅かに笑みをたたえ、蒼い瞳がまっすぐに応える。
目の前の彼が息を呑み。自分から申し出ておいて、紫荻の答えに驚きを隠せないようであった。
――。
凛と、青い月が空を照らす。
青白い光が入る部屋の中心で、紫荻は静かに目を閉じていた。
後ろにある机には、つい先ほど新しくしたためた文が一通。そして髪が一房
夫に向けた感謝の手紙と、兄へ送る遺品。
どうせ嫌われている身だ。これで十分だろう。
「――紫荻様。こちらを」
側に控える佐助が、静かに短刀を差し出した。
蒼い瞳が覚悟を決めたように開き、迷いもなく白い手が伸びる。
鞘から抜き取れば、銀色の刀身が紫荻を写した。
躊躇もない。
短刀をかかげ、その切先を首元へ。
ぎりっと、音を立てるように佐助が手を握りしめ、顔を上げた。
「――。あなたには、心残りはないのですか?」
それは純粋な疑問だったのか、哀れみからの言葉だったのか。
蒼い瞳は僅かに揺れた。
――心残り。それは子供たちの事だろうか。
まだ幼く、母親にべったりで両親が大好きなあの子達。
あの子たちは母の最期を知ったとき、どんな反応を見せるのだろうか?
彼らの成長を見届けられないのは、確かに悔しいのかもしれない。
でも、あの子たちは武士の子。
今は泣いても乗り越えられるはずだ。
あとの心残りは、兄である政宗の事か。
最後にもう一度彼に会いたいと思うのは、確かにあった
情などもうないと思っていたが、捨てきれなかったらしい。
そんな自分自身に笑いがこみあげる。
大丈夫。
どうせ兄は悲しむことなしない。
だから、大丈夫。
「――ありません」
もう迷いはない。思い残すこともない。
小刀をきつく握りしめ、紫荻は微笑んだ。
月明かりに照らされ、最後を迎える彼女はさぞ美しかったことだろう。
自身の喉に刀を突きたてる瞬間。彼女は一瞬だけ愁いを見せた。
ああ、本当に自分は死ぬのか。
こんな場所で、くだらない事柄で。
本当は誰かのもとに嫁ぐなどしたくなかった。
兄の、いや、誰の側でもいい。
血なまぐさくても、生きた感触がした戦場を思い浮かべる。
人を切る感覚も、人の怒号も、血なまぐさい土煙も。
自分の居場所だと信じていた、あの瞬間に――。
嗚呼、神様。
できる事なら。私は――。
「ああ――。死ぬなら戦場が良かったな……」
涙を一筋。
風に揺られて髪紐が宙へ舞った。
ゆらり、ゆらりと空を飛んで。広がる赤池に落ちる。
綺麗な蒼は、もの悲しくも赤に染まる。
蒼月は沈む。
――バットエンドを確認しました。再生を停止します。




