表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/9

序章 紫荻姫

 


 それは蒼い月が昇る夜の事だった。

 虫が鳴き、草木が風で揺れる。部屋を照らす明かりが小さく揺らめく。

 部屋の中心で高価な着物を纏い、彼女は静かに俯いていた。


 淡い栗色の整えられた髪。雪のように白い肌に紅色の唇。

 一瞬、息をするのを忘れるほどの容貌。

 頬に醜く大きなやけどの跡があろうとも、その美しさは見劣らない。


 彼女の名は紫荻(しおぎ)――。

 奥州が伊達政宗の妹であり、この真田に嫁いできた姫である。


 しかして、その側には兄は勿論、夫の姿もない。


 僅かに眉を顰め、紅色の唇を閉ざし静かに目が閉じる。

 この沈黙を供にするのは、黒い装束を纏う忍びが一人。


「――紫荻様。こちらを」


 沈黙を壊すように忍びがゆっくりと手を差し出す。

 その両の手に乗るのは、小刀が一本。


 まるで声を合図のように彼女は瞳を開いた。

 月明かりに照らされた、その瞳は凛と、どこまでも澄んだ。

 人の物とは思えぬほどの蒼い瞳。


 彼女は無言のまま、小刀に手を伸ばした。

 手慣れた手つきで鞘から刀を抜き、月明かりで輝く銀色の刀身を見つめる。


 忍びは何も言わなかった。

 下を向いているからか、元からなのか、表情も読み取れない。

 しかし、その手は僅かに震え、きつく握りしめられている。


 そんな彼の様子に紫荻は気づかず。

 ゆっくりと、迷うこともなく。その切っ先を喉元へかざした。


「――。あなたには、心残りはないのですか?」


 重々しい空気の中、忍びは最後に問いただした。

 紫荻の瞳がわずかに揺れる。


 ――心残り。

 ないと言えば嘘になる。


 紫荻には双子の子供がいる。まだ5つにもならない幼い我が子。

 あの子たちを残していくのは忍びない。


 でも、あの子たちは強い。

 母がいなくてもやっていけるだろう。


 一目、兄に会いたい。

 兄あって、直接その変わってしまった彼を止めたかった。

 この蛮行を制したかった。


 でも、大丈夫。

 だって――。

 それはきっと、自分が死ぬことで収まるのだから。


「――ありません」


 だから、彼への答えはこれでいい。


 もう、紫荻に迷いはない。思い残すこともない。

 小刀をきつく握りしめ、紫荻は微笑んだ。


 月明かりに照らされ、最後を迎える彼女はさぞ美しかったことだろう。

 自身の喉に刀を突きたてる瞬間。彼女は一瞬だけ愁いを見せた。


「ああ――。死ぬなら戦場が良かったな……」



 ――。




『奥州。伊達の末姫に紫荻(しおぎ)なる娘ありけり。

 淡い栗色の髪。天を吸い取ったかのような蒼の瞳。天女と見間違わんばかり

 ひとたび剣を持たせれば、鬼神がごとし。

 齢十で初めて戦場を赴き、一夜で千の人をなぎ倒す。

 誰よりも先に戦場を駆けめぐり、人を導くその姿はまるで夜を照らす月のようで。

 ゆえに、奥州の独眼竜に並び、竜の蒼月と呼ばれた。


 ああ、その女が一人の姫に対し嫉妬を燃やし、悪鬼になろうとはだれが思おうか。

 しかして悪鬼は姫の手によって倒された。


 美しい顔は炎で焼けただれ、自業自得により足は動かぬモノとなった。

 それでも優しい姫は彼女を慈悲深く許す。

 姫の優しさに改心した鬼は心を入れ替え、人知れず行方をくらましたという』



「……なんだ、これ」


 紫荻はぽつりとつぶやく。

 寝ころんだまま、ぼんやりとした頭で考える。なぜ、文字が目の前で浮いているのか。

 これは夢か。幻覚か。それともこれが走馬灯というやつか。


「ええ、私、自害したんですものね」


 はっきりしていない頭でも思い出す。

 たしか自分は自身で喉に刃を突き立て自害したはずだ。

 で、あればコレは死ぬ前の走馬灯というやつに違いない。


 しかし、紫荻は首をかしげる。


「まるで他人事みたいな走馬灯ですね。というか、御伽噺みたいな」


 見える物は、四角い枠に黒い背景に白い文字のみで、何とも不自然。

 というかなんというか、子供に聞かせるお話のようだ。

 走馬灯というのは、こんなものなのか。息をこぼし紫荻は視線を右へと向ける。


「おや、こちらにも」


 その視線の先には新しい走馬灯があった。



 『仄暗く、血と煙のにおいが充満する戦場で一人の少女が走る。

 風を切り、誰にも止められぬ速さで。


 両の手には銀色に輝く刀が一本ずつ。背中に刻まれた伊達の家紋が揺れる。

 青い目はらんらんと輝き、肩まで切りそろえられた淡い栗色の髪は宙を舞う。

 その細腕からは到底出せるとは思えない威力で、眼前に現れた人を屠る。

 首をはね、胴を裂き、刀を握る腕を切り捨てる。頬に、身体に血を浴びようと止まらない。

 敵が後ろから彼女を狙おうとも、その切っ先はかすりもせず。代わりに己の首が飛ぶ。


 彼女の目的は家中を着た男。雑兵(ぞうひょう)など興味もない。

 鹿のように柔軟に、女豹のように俊敏に。

 武将の前に降り立った彼女は、男の首をとらえた。


 男の悲痛と恨みでゆがんだ首を片手に、恐怖から逃げ惑う雑兵たちの中心で、ただ一人立つ彼女の口元にはいつも、紅の唇が弦月のような微笑(びしょう)が浮かんでいた』



 ――こちらの走馬灯はこんな感じ。しかし先ほどとは違う。

 宙には先ほどと同じく枠が浮かんでおり、枠内には灰色の戦場。片手に刀を握りしめ、残った手に敵将の首を掲げる自分の姿が鮮明に浮かんでいた。


 何とも不思議。いや、不気味な光景だ。

 走馬灯にしては綺麗すぎるというか。枠の中に浮かぶ淡々とした文字が何とも他人事というか。「私、戦場でこんな顔した覚えないいのですけど」なんて。


 徐々にはっきりしてきた頭に手を置いて、痛む体をゆっくりと起こした。

 自然と手が首に伸びる。何度かさすって、手のひらを見るが、そこには何もない。自身の白い手が映るだけだ。


「傷がない?」


 記憶が正しければ、自分は首に刀を突き立てて死んだはずだ。

 それが、どこにもない。傷もなければ血も出ていない。


 実に変な気分だった。

 あれは夢だったのか?いや、そんなはずは――。

 摩訶不思議で。言い表せない気持ちに包まれて。何とも言えない気分の中、頭を抱えた。


 そもそもと思う。ここはどこだ?自分は嫁ぎ先の自室にいたが。

 だが、今居るここは違う。


 庭の見える日当たりがよい一室。

 あまりものが無いのは変わらないが、部屋の端には今の生活に必要なく、取り上げられた絶対にないものが一つ。

 それは、嫁ぐ前に紫荻が愛用していた、二本の刀であった。


 見間違えでなければ、ここは――。


「奥州の――。伊達の屋敷?」


 実家である、奥州伊達の屋敷。その自室であるに間違いない。

 なら自分はあの後、生き残り実家に送り返されたというのか――?


『――肯定と否定をします。ここは伊達の屋敷ですが、送り返されたわけではありません』


 その考えも導き出した答えも、突如目の前に浮かび上がった文字によって否定されたのだが。

 なら、自分は?


『貴女は間違いなく死にました』


 何かを思い浮かべる前に、文字が答える。

 そうか、自分は死んだのか。いや、自害した記憶があるのだから、それもそうか。

 なら、魂になって伊達の屋敷に戻って来たとか?


『否定します。ここは貴女が真田に嫁ぐ3か月前です。保存した時間に巻き戻しました』

「……は?」


 理解ができない言葉が並び、紫荻は顔を上げる。

 いま、この文字は何と記した?


 ……いや、違う。文字に……否定された?


「――。え?」


 ようやくと、突然の出来事に気づく。

 今起きた出来事が理解できなくて、目を見開く。

 

 自身の目の前、そこには水色の文字が宙に浮かんでいたのだ。


 目をこすり、何度も目の前を確認したが光景は変わらない。

 宙に、うっすらと透ける文字が、その場で固定される形で浮かんでいるのである。


 呆然としていると、目の前で文字が消える。

 紫荻を笑うかのように、また新しい文字が現れた。



『初めまして、紫荻姫。突然ですが、ここは乙女ゲームの世界です。皆様の願いにより、貴女が迎えたバットエンドは拒絶されました。ですので、時間を戻します。どうか皆さんが望む、ハッピーエンドを目指してください』



 ――これより、一度目のバットエンドを再生します。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ