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第2ラウンド:暴力と正義

あすか:「第2ラウンドを始めます。テーマは『暴力と正義』。西部劇において、この二つは切り離せない関係にあります。果たして暴力は正義の手段となり得るのか、それとも暴力そのものが西部の本質なのか」


(クロノスに、様々な西部劇の銃撃シーンが映し出される)


あすか:「まず、レオーネ監督。あなたは『暴力こそが西部の言語だった』とおっしゃいましたが、詳しく聞かせてください」


レオーネ:「喜んで」


(葉巻を手に、身を乗り出す)


レオーネ:「西部では、言葉は無力だった。法律?紙切れだ。道徳?東部に置いてきた。残されたのは、銃という最も単純で、最も効果的なコミュニケーション手段だけだ」


ウェイン:「コミュニケーション?人殺しをそう呼ぶのか」


レオーネ:「そうだ。銃は語る。『俺の方が強い』『この土地は俺のものだ』『邪魔をするな』。弾丸は、最も明確なメッセージだ」


ジェーン:「確かにな。口で言って分からねぇ奴には、銃で教えるしかなかった」


アープ:「......否定はできない」


(暗い表情で)


アープ:「保安官として、最初は話し合いで解決しようとした。『武器を置け』『大人しく投降しろ』。でも、相手は聞かない。結局......」


あすか:「結局?」


アープ:「撃つしかなかった。それが『法の執行』だと自分に言い聞かせて」


ウェイン:「しかし、それは正当な暴力だ。秩序を守るための」


アープ:「正当?」


(首を振る)


アープ:「撃たれた奴にとっちゃ、正当も何もない。死ぬだけだ」


レオーネ:「その通り!暴力に正当も不当もない。あるのは、勝者と敗者だけだ」


ウェイン:「違う。目的が重要だ。何のための暴力か」


レオーネ:「目的?」


(皮肉な笑みを浮かべる)


レオーネ:「OK牧場でアープが人を殺した目的は?法と秩序?それとも個人的な争い?」


アープ:「......両方だ」


(正直に答える)


アープ:「クラントン一味は無法者だった。だが、俺たちの間には個人的な恨みもあった。どこまでが公務で、どこからが私怨か、自分でも分からなかった」


ジェーン:「そんなもんさ。きれいに分けられるわけがねぇ」


あすか:「ジェーンさんは、どんな時に銃を使いましたか?」


ジェーン:「自分を守る時さ。男に襲われそうになった時、追い剥ぎに遭った時、酔っ払いに絡まれた時。正義なんて考えてる暇はねぇ。ただ生き残るために撃った」


ウェイン:「それは正当防衛だ」


ジェーン:「正当防衛......」


(ウィスキーを口に含む)


ジェーン:「ある時な、町で男に絡まれた。『女のくせに男の格好しやがって』ってな。最初は無視してたが、しつこくて」


レオーネ:「それで?」


ジェーン:「撃った。脚をな。殺しはしなかったが、一生びっこだろう」


ウェイン:「脚なら......」


ジェーン:「優しいと思うか?違うね。殺せば面倒だからさ。死体の処理、保安官への説明、面倒事は避けたかった」


(全員が黙る)


ジェーン:「これが現実さ。正義だの悪だの考えてる暇はねぇ。計算と本能、それだけだ」


レオーネ:「素晴らしい。それこそが私の描きたかった人間だ」


ウェイン:「しかし、それでは獣と同じじゃないか」


ジェーン:「獣で結構。生きてる方が、死ぬよりマシだ」


あすか:「アープさん、先ほど触れた『Vendetta Ride』について、もう少し詳しく聞かせていただけますか?」


アープ:「......話したくない話だが」


(深呼吸をして)


アープ:「1882年3月20日、弟のモーガンがビリヤード中に撃たれた。窓から撃たれて、背中から弾が入った」


ウェイン:「卑怯な......」


アープ:「卑怯?そんなもんさ、西部の流儀は。正面から撃ち合うなんて、馬鹿のすることだ」


レオーネ:「続けてくれ」


アープ:「モーガンは俺の腕の中で死んだ。『相手を見つけて......』それが最後の言葉だった」


ジェーン:「で、見つけたんだろ?」


アープ:「ああ。フランク・スティルウェルから始めた。汽車の駅で待ち伏せして、散弾銃で撃った。至近距離でな」


(拳を握りしめる)


アープ:「奴は命乞いをした。『待ってくれ、話を聞いてくれ』と。俺は聞かなかった。引き金を引いた。奴の体は......まあ、想像に任せる」


ウェイン:「......」


アープ:「次はインディアン・チャーリー。森で追い詰めて、何発も撃ち込んだ。必要以上にな」


レオーネ:「なぜ必要以上に?」


アープ:「怒りが収まらなかった。モーガンの顔が頭から離れなくて」


(声が震える)


アープ:「最後の一人を殺した時、ふと思った。『俺は何をしてるんだ』と。でも、もう止まれなかった」


ジェーン:「後悔してるのか?」


アープ:「......分からない」


(首を振る)


アープ:「あいつらは弟を殺した。だから殺した。それだけだ。正義?復讐?どっちでもいい」


あすか:「その経験は、その後のアープさんにどんな影響を?」


アープ:「ガンマンをやめた。いや、やめざるを得なかった。もう人を撃てなくなった」


ウェイン:「良心の呵責......」


アープ:「良心?違うな」


(きっぱりと)


アープ:「ただ、疲れた。殺すことにも、殺されそうになることにも。もういい、と思った」


レオーネ:「『続・夕陽のガンマン』のラストを思い出す。戦いに勝った男が、ただ立ち去っていく」


アープ:「勝った?俺は何に勝ったんだ?」


レオーネ:「生き残った。それが唯一の勝利だ」


ウェイン:「違う。生き残るだけなら、動物と同じだ」


(立ち上がる)


ウェイン:「人間には、もっと高い目的があるはずだ。正義、名誉、愛する者を守ること」


ジェーン:「おいおい、演説か?」


ウェイン:「聞いてくれ。確かに西部は厳しかった。暴力が支配していた。しかし、その中でも正義を追求した人々がいた」


アープ:「誰だ?」


ウェイン:「あなただ、アープ」


アープ:「俺が?冗談だろ」


ウェイン:「いや、本気だ。完璧ではなかったかもしれない。間違いも犯した。しかし、無法地帯に秩序をもたらそうとした」


アープ:「結果は?もっと血が流れただけだ」


ウェイン:「それでも、努力したことに意味がある」


レオーネ:「美しい言葉だ。しかし、死んだ者には意味がない」


(葉巻の灰を落としながら)


レオーネ:「私の映画では、正義の味方も悪党も同じように死ぬ。弾丸は、善人と悪人を区別しない」


ジェーン:「その通りだ。俺が撃った奴の中には、いい奴もいたかもしれねぇ。でも、俺か奴か、どっちかが死ぬしかなかった」


あすか:「つまり、西部では正義という概念自体が......」


ジェーン:「贅沢品さ」


(ウィスキーをもう一口)


ジェーン:「腹が満たされて、安全が確保されて、初めて正義なんて考えられる」


ウェイン:「しかし、だからこそ正義が必要なんだ」


(熱く語る)


ウェイン:「混沌とした世界だからこそ、指針が必要だ。暴力の連鎖を断ち切るには、より高い理想が」


レオーネ:「理想が人を殺す」


ウェイン:「何?」


レオーネ:「歴史を見ろ。十字軍、宗教戦争、革命。すべて『理想』の名の下に行われた虐殺だ」


あすか:「確かに、正義の名の下に多くの暴力が......」


レオーネ:「そうだ。むしろ、純粋な暴力の方が正直だ。『俺は生きたい、だからお前を殺す』。シンプルで、嘘がない」


ウェイン:「それは......ニヒリズムだ」


レオーネ:「ニヒリズム?いや、リアリズムだ」


アープ:「どっちでもいい」


(疲れたように)


アープ:「ただ、一つ言えるのは、暴力は暴力を生むってことだ」


あすか:「暴力の連鎖、ですね」


アープ:「ああ。俺が誰かを撃てば、その家族が復讐に来る。それをまた撃てば、また別の奴が......終わりがない」


ジェーン:「だから、皆殺しにするんだよ」


(全員が振り返る)


ジェーン:「冗談さ。......半分はな」


ウェイン:「ジェーン......」


ジェーン:「いいか、きれい事じゃねぇんだ。恨みを残さないためには、根絶やしにするしかない。それが西部の現実だった」


レオーネ:「恐ろしいが、論理的だ」


ウェイン:「論理的?それは狂気だ」


ジェーン:「狂気と正気の境目なんて、あやふやなもんさ」


あすか:「でも、実際にそこまでの虐殺は......」


アープ:「あった」


(重く)


アープ:「インディアンの村を丸ごと焼き払うとか、一家全員を殺すとか。『将来の脅威を取り除く』って理屈でな」


ウェイン:「......」


(座り直す)


レオーネ:「沈黙は肯定と取っていいか、ジョン?」


ウェイン:「......知っていた。映画では描かなかったが」


ジェーン:「なぜ描かなかった?」


ウェイン:「観客が求めていなかったからだ」


レオーネ:「違う。あなたが見たくなかったからだ」


ウェイン:「かもしれない」


(素直に認める)


あすか:「ウェインさんの映画では、暴力はどう描かれていましたか?」


ウェイン:「必要最小限に。そして、常に理由があった」


レオーネ:「理由?」


ウェイン:「悪党を倒す、無実の人を守る、正義を執行する」


ジェーン:「はっ、まるでおとぎ話だな」


ウェイン:「おとぎ話で何が悪い?」


(開き直る)


ウェイン:「人には物語が必要だ。特に子供たちには。正義が勝つ物語、努力が報われる物語が」


アープ:「嘘を教えるのか?」


ウェイン:「理想を教えるんだ」


レオーネ:「理想と嘘の違いは?」


ウェイン:「理想は目指すべきもの。嘘は騙すもの」


ジェーン:「詭弁だな」


あすか:「レオーネ監督の映画では、暴力をどう描いていますか?」


レオーネ:「美しく、そして醜く」


(葉巻を回しながら)


レオーネ:「スローモーション、クローズアップ、音楽。あらゆる技術を使って、暴力の瞬間を引き延ばす」


ウェイン:「なぜそんなことを?」


レオーネ:「暴力から目を背けさせないためだ」


(真剣な表情で)


レオーネ:「アメリカ映画は、暴力を一瞬で済ませる。バン、と撃って、相手が倒れて、次のシーン。観客は暴力を『消費』するが、『体験』しない」


アープ:「体験する必要があるのか?」


レオーネ:「ある。暴力の重さを知らなければ、簡単に暴力を肯定してしまう」


ジェーン:「へぇ、深い話だな」


(感心したように)


ジェーン:「確かに、実際の撃ち合いは一瞬だが、その前後は長い」


あすか:「前後?」


ジェーン:「撃つ前の緊張、撃った後の虚脱感。手の震え、耳鳴り、血の臭い」


アープ:「火薬の臭いが服に染み付いて、何日も取れない」


ジェーン:「死体の顔が夢に出てくる」


アープ:「叫び声が耳から離れない」


(二人の実体験が重なる)


ウェイン:「......そういう部分は、確かに描いてこなかった」


レオーネ:「だから私が描いた」


ウェイン:「しかし、あなたも実際に人を撃ったことはないだろう?」


レオーネ:「ない。だが、想像力がある」


アープ:「想像力か」


(鼻で笑う)


アープ:「実際はもっとひどい。想像を超えてる」


あすか:「どんな風に?」


アープ:「......話したくない」


ジェーン:「俺が話そう」


(ウィスキーを飲んで)


ジェーン:「初めて人を殺した時、俺は吐いた。撃った相手の頭が......まあ、詳しくは言わねぇ。とにかく、その場で胃の中身を全部吐いた」


ウェイン:「......」


ジェーン:「でも、2回目は吐かなかった。3回目は手も震えなかった。慣れるんだよ、恐ろしいことに」


レオーネ:「慣れ......それが最も恐ろしい」


アープ:「そうだ。人を撃つことが、日常になる。朝飯食うのと同じ感覚になる」


ウェイン:「だからこそ、映画では違う描き方を......」


アープ:「逃げるな、ジョン」


(鋭い目で見る)


アープ:「あんたも戦争映画を撮っただろう。人が死ぬシーンを演出した。どんな気持ちだった?」


ウェイン:「それは......仕事だった」


アープ:「仕事。そうか」


(皮肉な笑み)


アープ:「俺にとっても仕事だった。保安官として、無法者を撃つのは仕事。でも、その仕事が俺を壊した」


あすか:「壊した、とは?」


アープ:「人間として、何か大切なものを失った」


(遠い目で)


アープ:「昔は、人の痛みが分かった。今は......分からない。いや、分かりたくない」


ジェーン:「そうやって、みんな壊れていく」


レオーネ:「あるいは、それが『強くなる』ということか」


ジェーン:「強い?ただ麻痺してるだけさ」


あすか:「でも、そんな世界でも、正義を信じる人はいたのでは?」


ウェイン:「いた。必ずいた」


(力を込めて)


ウェイン:「すべてが暴力と混沌じゃない。秩序を作ろうとした人、法を守ろうとした人、弱者を助けた人」


アープ:「確かにいた。そして、大半は死んだ」


ウェイン:「それでも......」


ジェーン:「おい、ジョン。一つ聞きたい」


(ウェインに向き直る)


ジェーン:「あんたの映画で、正義の味方が悪党を撃つだろ?その時、観客は何を感じる?」


ウェイン:「......スカッとする、だろうな」


ジェーン:「そうだ。人が死んでスカッとする。それが正常か?」


ウェイン:「悪党が倒れるのを見て......」


ジェーン:「悪党も人間だ。家族がいて、過去があって、事情がある」


レオーネ:「その通り。私の映画では、『悪党』にも理由を与えた」


アープ:「現実でもそうだった。純粋な悪人なんていない」


あすか:「では、正義と悪の境界線は?」


アープ:「ない」


(きっぱりと)


アープ:「立場が違うだけだ。俺にとっての正義は、相手にとっての不正義」


レオーネ:「相対主義か」


アープ:「難しい言葉は知らん。ただ、経験から言ってるだけだ」


ウェイン:「しかし、それでは何も信じられなくなる」


アープ:「信じる必要があるか?」


ウェイン:「ある。人は何かを信じなければ生きていけない」


ジェーン:「俺は自分の銃だけを信じた」


レオーネ:「詩的だ」


ジェーン:「詩的じゃねぇ。実用的なだけだ」


あすか:「ここで、少し違う角度から質問させてください」


(クロノスを操作)


あすか:「西部劇における『決闘』という文化について。これは正義を決める方法だったんでしょうか?」


レオーネ:「決闘?あれは茶番だ」


ウェイン:「茶番とは言い過ぎだ」


レオーネ:「いや、茶番だ。二人の男が向き合って、合図と共に抜く。まるで儀式じゃないか」


アープ:「実際、儀式みたいなものだった」


(認める)


アープ:「ごく稀に、本当に名誉をかけた決闘はあった。でも、ほとんどは......」


ジェーン:「酔っ払いの喧嘩さ」


(笑う)


ジェーン:「『てめぇ、表へ出ろ』『上等だ』。で、外に出たら、どっちかが逃げる」


ウェイン:「逃げる?」


ジェーン:「当たり前だ。死にたくねぇもん」


アープ:「賢い選択だ。プライドより命の方が大事」


レオーネ:「でも、映画では逃げない」


ウェイン:「そこが問題なのか?」


レオーネ:「問題というより、興味深い」


(身を乗り出す)


レオーネ:「なぜ人は、非現実的な『名誉の決闘』に魅力を感じるのか?」


あすか:「確かに、なぜでしょう?」


レオーネ:「死を賭けた究極の勝負。そこに、人間の本質が現れると信じたいからだ」


ウェイン:「実際、現れることもある」


アープ:「稀にな」


ジェーン:「ほとんどは、ただの殺し合いさ」


あすか:「アープさんは、実際に『決闘』をしたことは?」


アープ:「映画みたいな決闘?一度もない」


(首を振る)


アープ:「いつも集団戦か、不意打ちか、追跡戦。一対一で正面から、なんて贅沢はできなかった」


ウェイン:「でも、もし可能だったら?」


アープ:「やらない。馬鹿げてる」


ウェイン:「名誉のためでも?」


アープ:「名誉じゃ腹は膨れない」


ジェーン:「ワイアットの言う通りだ。名誉なんて、死んだら終わりさ」


レオーネ:「だが、その『馬鹿げた』行為にこそ、ロマンがある」


アープ:「ロマン?」


レオーネ:「そうだ。非合理的で、非実用的で、それゆえに美しい」


ジェーン:「イタリア人は変わってるな」


レオーネ:「変わっている?いや、人間的だ」


(葉巻を吸いながら)


レオーネ:「実用性だけなら、確かに不意打ちが一番だ。でも、それでは物語にならない」


ウェイン:「その通りだ」


アープ:「また物語か」


ウェイン:「そう、物語だ。人は物語を求める。そして時に、物語のために死ぬ」


ジェーン:「馬鹿な話だ」


ウェイン:「馬鹿かもしれない。でも、それが人間だ」


あすか:「つまり、決闘は現実というより、理想の表現?」


レオーネ:「理想......そうかもしれない。しかし、歪んだ理想だ」


ウェイン:「歪んでいても、理想は理想だ」


アープ:「理想のために、どれだけ血が流れた?」


(全員が沈黙)


あすか:「重い問いですね。では、視点を変えて」


(クロノスを操作)


あすか:「法執行官としての暴力について。アープさん、保安官の仕事とは?」


アープ:「簡単に言えば、町の秩序を守ること」


(しかし、すぐに付け加える)


アープ:「だが、『秩序』の定義が問題だ」


ジェーン:「金持ちに都合のいい秩序だろ?」


アープ:「......否定はしない」


ウェイン:「しかし、無秩序よりはマシだ」


アープ:「本当にそうか?」


(ウェインを見る)


アープ:「秩序を守るために、俺は何人殺した?その家族は?子供は?」


レオーネ:「秩序という名の暴力」


アープ:「そうだ。俺は『法』という大義名分で、好きなだけ暴力を振るえた」


ウェイン:「好きなだけ?」


アープ:「言い過ぎた。だが......」


(拳を握る)


アープ:「時々、楽しんでいた自分がいた。相手を追い詰める時の高揚感、撃った時の達成感」


ジェーン:「分かる」


(静かに)


ジェーン:「俺も感じた。人を撃つ時の、あの感覚。恐怖と興奮が混じった、何とも言えない感覚」


レオーネ:「それこそが人間の本質だ」


ウェイン:「違う!」


(声を荒げる)


ウェイン:「それは......それは異常な状況での異常な反応だ」


アープ:「異常?それが日常だった俺たちは、異常者か?」


ウェイン:「......」


あすか:「難しい問題ですね。環境が人を変えるのか、それとも」


レオーネ:「環境が人の本質を暴くのか」


ジェーン:「どっちでもいい。ただ、一度味わうと、忘れられない」


(ウィスキーを見つめる)


ジェーン:「だから酒を飲む。あの感覚を忘れるために」


アープ:「俺は賭博に逃げた」


ウェイン:「逃げる必要があったということは、やはり正常な反応では......」


アープ:「正常?異常?そんな区別に何の意味がある?」


(立ち上がる)


アープ:「俺たちは生きた。殺して、殺されそうになって、また殺して。それが全てだ」


レオーネ:「そして、それが西部劇の真実」


ウェイン:「いや、それだけじゃない」


(同じく立ち上がる)


ウェイン:「確かに暴力はあった。しかし、それを乗り越えようとした人々もいた」


アープ:「乗り越える?どうやって?」


ウェイン:「法律を作り、学校を建て、教会を作る」


ジェーン:「そして、その法律で先住民を追い出し、学校で嘘を教え、教会で偽善を説く」


ウェイン:「それでも、前進だ」


レオーネ:「前進?同じ場所をぐるぐる回っているだけだ。暴力の形が変わっただけで」


あすか:「暴力の形が変わる、とは?」


レオーネ:「個人の銃から、組織の銃へ。保安官から軍隊へ。そして最後は『文明』という名の暴力」


アープ:「......そうかもしれん」


(座り直す)


アープ:「俺が保安官をやめた後、町はどうなったと思う?」


ジェーン:「さあな」


アープ:「大企業が来た。鉱山会社、鉄道会社。奴らは銃じゃなく、金と法律で人を殺した」


ウェイン:「殺した?」


アープ:「労働者を搾取し、土地を奪い、反対者を『合法的に』排除する。銃より効率的だ」


レオーネ:「進歩の正体」


ジェーン:「だから俺は町を離れた。銃の暴力の方がまだ分かりやすい」


あすか:「つまり、暴力は無くならず、形を変えただけ?」


ウェイン:「...そうかもしれない。しかし、それでも銃で撃ち合うよりは...」


ジェーン:「マシか?本当にそう思うか?」


(ウェインの目を真っ直ぐ見る)


ジェーン:「銃で撃たれりゃ、すぐ死ねる。でも、貧困で死ぬのは長くて苦しい」


レオーネ:「詩的な真実だ」


アープ:「ジェーンの言う通りだ。俺も晩年、そういう『新しい暴力』を見た」


あすか:「具体的には?」


アープ:「鉱山のストライキだ。労働者が待遇改善を求めた。会社は何をしたと思う?」


ウェイン:「話し合い...?」


アープ:「ピンカートン探偵社を雇った。元ガンマンの傭兵集団だ」


(苦い笑み)


アープ:「奴らは『合法的に』組合のリーダーを殺した。『暴動を鎮圧した』って報告書を書いてな」


ジェーン:「へぇ、進歩したもんだ」


レオーネ:「書類仕事になっただけで、本質は同じ」


ウェイン:「しかし...しかし...」


(言葉に詰まる)


あすか:「ウェインさん、どうされました?」


ウェイン:「考えていた。私が信じてきたものは何だったのか」


レオーネ:「幻想だった、それだけだ」


ウェイン:「幻想...」


(深いため息)


ウェイン:「でも、その幻想に救われた人もいる」


アープ:「誰が?」


ウェイン:「戦争で傷ついた兵士たち。彼らは私の映画を見て...」


ジェーン:「現実逃避か」


ウェイン:「違う!希望だ!」


(拳でテーブルを叩く)


ウェイン:「確かに嘘かもしれない。でも、真実がすべて残酷なら、人は生きていけない」


レオーネ:「生きていけないなら、死ねばいい」


ウェイン:「なんだと?」


レオーネ:「冗談だ。しかし、真実から目を背けて生きることが、本当に『生きる』ことか?」


あすか:「哲学的な問いになってきましたね」


ジェーン:「ややこしい話はやめようぜ」


(ウィスキーを飲む)


ジェーン:「単純な話さ。西部じゃ、強い奴が生きて、弱い奴が死んだ。それだけだ」


アープ:「強いとは?」


ジェーン:「銃が速い、頭が切れる、運がいい。どれか一つでも欠けたら死ぬ」


レオーネ:「そして、最後は運だけが残る」


アープ:「運...確かにそうだ」


(遠い目)


アープ:「OK牧場で、なぜ俺が生き残ったか。腕が良かったから?いや、運が良かっただけだ」


ウェイン:「しかし、技術や勇気も...」


アープ:「関係ない。弾がたまたま外れた。それだけの話だ」


あすか:「つまり、西部での生死は運任せ?」


ジェーン:「半分はな。残り半分は、どれだけ卑怯になれるか」


ウェイン:「卑怯...」


ジェーン:「そうさ。正々堂々なんてやってたら、真っ先に死ぬ」


(指を折りながら)


ジェーン:「不意打ち、だまし討ち、多勢に無勢。生き残るためなら何でもやった」


レオーネ:「サバイバル・オブ・ザ・ダーティエスト」


ジェーン:「英語は分からねぇが、多分そういうことだ」


ウェイン:「それでは、人間の尊厳は...」


アープ:「尊厳?」


(鼻で笑う)


アープ:「死体に尊厳があるか?」


ウェイン:「生きている間の話だ」


アープ:「生きてる間も怪しいもんだ」


あすか:「でも、アープさんも保安官として、ある種の誇りは持っていたのでは?」


アープ:「誇り...あったかもしれない。最初はな」


(首を振る)


アープ:「でも、人を撃つたびに、少しずつ削られていった」


レオーネ:「魂が削られる。美しい表現だ」


アープ:「美しくない。ただ虚しいだけだ」


ジェーン:「分かるぜ、その気持ち」


(珍しく真面目な顔で)


ジェーン:「最初は『生きるため』って自分に言い聞かせる。でも、だんだん言い訳も必要なくなる」


ウェイン:「それは...恐ろしいことだ」


ジェーン:「恐ろしい?いや、楽になるんだ」


(全員が振り返る)


ジェーン:「良心の呵責ってやつがなくなる。ただの反射行動になる。危険を感じたら撃つ。機械みたいにな」


レオーネ:「人間の機械化。近代の始まりだ」


あすか:「でも、完全に機械にはなれなかったんですよね?」


ジェーン:「...ああ」


(ウィスキーのボトルを握りしめる)


ジェーン:「だから酒に逃げた。夢に出てくる顔を忘れるために」


アープ:「俺は賭博だった。カードに集中してる間は、過去を忘れられた」


ウェイン:「つまり、やはり人間性は残っていた」


レオーネ:「残骸が残っていた、と言うべきか」


あすか:「厳しい表現ですね」


レオーネ:「現実は厳しいものだ」


(葉巻を消す)


レオーネ:「私の映画の主人公たちも、みな壊れた人間だ。過去を持ち、傷を持ち、それでも生きている」


ウェイン:「なぜ、そんな人間ばかり描く?」


レオーネ:「それが真実だからだ。完璧なヒーローなんて存在しない」


ウェイン:「存在しなくても、描く意味はある」


レオーネ:「なぜ?」


ウェイン:「目標として。こうありたいという理想として」


アープ:「理想ね...」


(立ち上がって窓の外を見る)


アープ:「若い頃、俺も理想を持ってた。正義の執行者になるって」


ジェーン:「で、どうなった?」


アープ:「人殺しになった」


(振り返る)


アープ:「理想と現実のギャップに潰されそうになった。だから理想を捨てた」


ウェイン:「捨てなくても...」


アープ:「捨てなきゃ生きていけなかった」


(きっぱりと)


アープ:「理想を持ったまま人を撃てるか?相手にも家族がいて、事情があって、それでも撃てるか?」


ウェイン:「必要なら...」


アープ:「『必要』を誰が決める?」


(ウェインに詰め寄る)


アープ:「神か?法律か?それとも自分の都合か?」


レオーネ:「素晴らしい問いだ」


ジェーン:「答えは簡単さ。撃つか撃たれるか、それだけだ」


あすか:「でも、その単純な二択の中にも、葛藤はあったのでは?」


ジェーン:「葛藤?」


(少し考えて)


ジェーン:「...あったな。最初の頃は」


アープ:「どんな?」


ジェーン:「『こいつを撃てば、俺も奴と同じ人殺しだ』って」


レオーネ:「で?」


ジェーン:「撃った。生きたかったから」


(単純に)


ジェーン:「葛藤なんて贅沢品さ。腹が減って、命が危なけりゃ、そんなもん消える」


ウェイン:「それでも、人間性の一部は...」


ジェーン:「人間性?」


(大笑いする)


ジェーン:「おい、ジョン。人間性って何だ?優しさか?思いやりか?」


ウェイン:「それも含めて...」


ジェーン:「じゃあ聞くが、腹を空かせた子供を前にして、最後のパンを分けられるか?」


ウェイン:「...分けるべきだ」


ジェーン:「『べき』か。綺麗な言葉だ」


(皮肉な笑み)


ジェーン:「実際は奪い合いさ。子供同士でもな」


レオーネ:「ホッブスの自然状態」


アープ:「難しい言葉は知らんが、確かに獣みたいなもんだった」


あすか:「でも、助け合いもあったのでは?」


アープ:「あった。ただし、条件付きだ」


ウェイン:「条件?」


アープ:「利害が一致する時だけさ。共通の敵がいる時とか、互いに利用価値がある時とか」


ジェーン:「それを友情と呼ぶか、取引と呼ぶかは人それぞれだな」


レオーネ:「私は取引と呼ぶ」


ウェイン:「私は友情と信じたい」


あすか:「この議論も平行線ですね。では、別の角度から」


(クロノスを操作)


あすか:「『正義』という概念自体について。西部において正義とは何だったのでしょう?」


レオーネ:「幻想だ」


ウェイン:「理想だ」


ジェーン:「言い訳だ」


アープ:「...道具だ」


(全員がアープを見る)


アープ:「正義という言葉は便利だった。どんな暴力も正当化できる」


あすか:「例えば?」


アープ:「『正義のために撃った』と言えば、殺人も英雄的行為になる」


ウェイン:「しかし、実際に正義のための行動も...」


アープ:「誰の正義だ?」


(テーブルに両手をつく)


アープ:「牧場主の正義は、農民には不正義。白人の正義は、インディアンには侵略。金持ちの正義は、貧乏人には搾取」


レオーネ:「相対的正義論」


ジェーン:「また難しい言葉を...要するに、立場次第ってことだろ?」


レオーネ:「その通り」


ウェイン:「でも、普遍的な正義もあるはずだ」


アープ:「例えば?」


ウェイン:「無実の人を守る、弱者を助ける...」


ジェーン:「無実?弱者?」


(鼻で笑う)


ジェーン:「西部に無実の人間なんていたか?みんな何かしら後ろ暗いことをしてた」


アープ:「弱者を助ける余裕もなかった。自分が生きるので精一杯」


ウェイン:「それでも...」


レオーネ:「『それでも』か。ジョン、あなたは諦めが悪い」


ウェイン:「諦めたくない」


(真剣に)


ウェイン:「確かに現実は厳しかった。でも、だからこそ理想が必要なんだ」


アープ:「理想が人を殺す、とレオーネが言ったろう」


ウェイン:「理想がなければ、ただの殺し合いだ」


ジェーン:「実際、ただの殺し合いだった」


ウェイン:「違う!」


(声を張り上げる)


ウェイン:「意味があったはずだ。あの時代にも、何か意味が...」


アープ:「意味?」


(冷たく)


アープ:「じゃあ教えてくれ。俺が殺した連中の死に、どんな意味があった?」


ウェイン:「...」


アープ:「答えられないだろう。当然だ。意味なんてない」


レオーネ:「無意味こそが真実」


ジェーン:「おいおい、また哲学か?」


あすか:「でも、全くの無意味なら、なぜ人は西部を目指したのでしょう?」


ジェーン:「そりゃあ、夢を見たからさ」


(ウィスキーを飲む)


ジェーン:「金持ちになる夢、自由になる夢、新しい人生の夢」


アープ:「そして、ほとんどが悪夢に変わった」


ウェイン:「でも、夢を見ること自体は...」


レオーネ:「美しい?いや、残酷だ」


(新しい葉巻に火をつける)


レオーネ:「夢は人を盲目にする。現実を見えなくする」


あすか:「レオーネ監督の映画でも、夢を追う人物は描かれていますが」


レオーネ:「そして、みな破滅する」


ウェイン:「なぜ、そんな残酷な結末ばかり?」


レオーネ:「残酷?いや、誠実だ」


(煙を吐く)


レオーネ:「嘘の希望を与えるより、真実の絶望を見せる方が誠実だ」


ジェーン:「絶望ね...確かに、西部は絶望だらけだった」


アープ:「希望を持って来た連中ほど、深い絶望に落ちた」


ウェイン:「それでも、成功した人もいる」


アープ:「ごく一部だ。そして、その成功も他人の犠牲の上に成り立ってる」


あすか:「厳しい見方ですね」


アープ:「現実は厳しいものだ」


(窓の外を見る)


アープ:「今でも覚えてる。ある開拓者の家族を見た。東部から来た、希望に満ちた顔をしてた」


ジェーン:「で?」


アープ:「3ヶ月後、男は撃たれ、女は発狂し、子供は飢え死にした」


(振り返る)


アープ:「これが西部の現実だ」


ウェイン:「...」


(長い沈黙)


レオーネ:「その沈黙が、すべてを語っている」


あすか:「でも、そんな過酷な現実の中でも、人々は生き続けた。それは一種の勇気では?」


ジェーン:「勇気?違うな」


(首を振る)


ジェーン:「ただ、死ねなかっただけさ。生きるのも地獄、死ぬのも地獄。だったら、生きる地獄を選ぶ」


アープ:「惰性だな」


ウェイン:「いや、それでも...」


(言いかけて止まる)


あすか:「ウェインさん?」


ウェイン:「...考えていた。私は何を守ろうとしているのか」


レオーネ:「幻想を守ろうとしている」


ウェイン:「幻想でも、それが人を支えるなら...」


アープ:「支える?それとも騙す?」


ウェイン:「...分からなくなってきた」


(頭を抱える)


ジェーン:「おい、ジョン。そう難しく考えるな」


(ウェインの肩を叩く)


ジェーン:「あんたの映画で救われた奴もいる。それでいいじゃねぇか」


ウェイン:「でも、嘘で救われても...」


ジェーン:「嘘だって?」


(真剣な顔になる)


ジェーン:「いいか、ジョン。完全な嘘なんてない。あんたの映画にも、一片の真実はある」


アープ:「どんな真実だ?」


ジェーン:「人間の強さだ」


(全員が注目する)


ジェーン:「確かに、現実は映画より汚い。でも、困難に立ち向かう人間の強さは本物だ」


レオーネ:「強さ、か」


ジェーン:「そうさ。撃たれても立ち上がる。家族を失っても前に進む。それは嘘じゃない」


ウェイン:「ジェーン...」


ジェーン:「ただし」


(ウィスキーを飲む)


ジェーン:「その強さが、必ずしも正義とは限らない。時には、とんでもない悪事を生む」


アープ:「復讐とか、な」


レオーネ:「人間の強さと弱さは表裏一体」


あすか:「深い議論になってきました。第2ラウンドも終盤ですが、最後に一つ」


(クロノスを操作)


あすか:「もし、暴力なしに西部を開拓できたとしたら?」


(全員が顔を見合わせる)


アープ:「無理だ」


ジェーン:「ありえねぇ」


レオーネ:「ファンタジーだ」


ウェイン:「...でも、もしも...」


アープ:「もしもなんてない」


(きっぱりと)


アープ:「暴力は西部の必然だった。広大な土地、少ない人口、曖昧な法律。暴力以外に秩序を保つ方法がなかった」


ジェーン:「そもそも、土地を奪うのに暴力なしでどうする?」


レオーネ:「開拓自体が暴力だった」


ウェイン:「分かった...分かったよ」


(疲れたように座る)


ウェイン:「私の理想は、所詮夢物語だったということか」


アープ:「夢物語も必要だ」


(意外なことを言う)


アープ:「ただ、それを現実と混同しちゃいけない」


レオーネ:「区別が大事」


ジェーン:「俺には難しすぎる話だが、要するに、嘘も方便ってことか?」


あすか:「単純化すれば、そうかもしれませんね」


(クロノスを確認)


あすか:「第2ラウンド『暴力と正義』、実に重い内容でした。暴力の必然性、正義の相対性、そして理想と現実の永遠の相克」


ウェイン:「結論は...出ないな」


アープ:「出る必要もない」


レオーネ:「問い続けることに意味がある」


ジェーン:「また哲学か!」


(全員が苦笑する)


あすか:「では、第2ラウンドはここまでとします。次のラウンドでは、また違った角度から西部劇を掘り下げていきましょう」


(四人の伝説たちは、それぞれの思いを胸に、次なる議論への準備を整えるのだった)

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