20 姉の策
姉は作戦として3つの事を指示した。
そのうちの一つが食糧の移送だった。
「100万の大軍ともなると王都からここまでの道のりは遅いわ。
おそらく、10日以上はかかるでしょう。
その間に、侯爵領、辺境領のほとんどの食糧を戦地となる魔族領との国境へ兵糧と言う名目で送るわ。」
王国の真の狙いは食糧や物資の簒奪だ。
辺境の南から食糧を総なめしながら辺境伯領まで北上してくるつもりなのだろう。
その途中もしも辺境領が少しでも反抗する姿勢を見せれば、即反逆として辺境全体を蹂躙し全てを奪いにくるつもりで……。
『ならばこちらは徹底的に服従する姿勢を見せてやればいい』
とんだ茶番だが、相手はあくまで "魔王軍の残党狩り" を大義名分にしてやって来るのだから、何の抵抗もすることなく、寄こせと言われた物を喜んでくれてやれば "反逆" の名目で領地を攻撃することは出来ない。
もちろん食糧は既に国境にあるので、くれてやるのは領地に残した少しばかりの食糧だけ。
王国軍が次の領地に行くのに必要な数日分だけ残しておいて、備蓄は辺境伯様に送って、領地には他に食糧が全くない状態にしておく。
他の食糧は総司令官である辺境伯様の指示で兵糧として国境の本陣へ送ったと言えば責められる事もない。
何と言われようとも無いものは出せないし、手に入れられないのだから食糧奪取が目的の王国軍は先に進むしかなくなる。
冬も目前だから奴等だってのんびりはしていられないはず。
そうして"魔王軍の残党狩り"の為の本陣がある国境までの道のりを、何事もなく進んでもらう。
「そんなに上手く行くかな?食糧あるなし関係なしに大義名分もなく襲ってくる可能性もあるんじゃないの?」
「いいえ、大義名分は守ってもらうわ。その為に他国の王家に連絡を取る。
そして高官の一人や二人送ってもらえるようにしましょう。
奴等は忘れているようだけど、私は勇者よ。
私を獲得したい他国の王家からのコンタクトはいつもいくらでも来ている。
声をかければ直ぐに動いてくれるでしょう。
それから送られた他国の高官を各領へ配置するようにするのよ。」
これが2つめの指示だ。
つまり他国に王国が100万もの大軍を "魔王軍の残党狩り" という大義名分のもと辺境へ進軍していることを知らしめるということだ。
もし、これで王国軍が何の理由もなく辺境を攻撃すれば信用をなくしている王国は更に信用を失う事になる。
これにより王国軍が考えなしにしかけてくるのを防ごうということだ。
魔王が倒されても全ての魔族、魔物に魔獣がこの世から居なくなったわけではない。各国ともにそれらに対する脅威がなくなったわけではないので、何かあった場合の為にも姉への協力は惜しまないはずだ。
「万一に備えて、辺境の南には私も道案内として赴いて先に王国軍に従軍するわ。
そうすれぱ、"勇者" の手前、おかしな名目で領地を侵略する事は更に出来なくなるでしょう。」
確かに王国軍としても勇者を怒らせるような真似はしたくないだろう。
よくこんなにもポンポンと策が浮かぶと感心してしまう。
「それで、王国軍を辺境伯様のいる国境の本陣に連れて行ったらどうすんの?」
姉の策が上手く行けば辺境周辺の領地はほぼ無傷で素通りしてもらえそうだが、最終的には国境に逃した食糧を全て奪われることになるのではないだろうか?
「いいえ、奴等には魔族領に入ってもらう。」
姉が悪い笑みを浮かべる。
「魔族領?でもあそこは………っ!」
姉の言いたいことがわかって口籠る。
魔族領は、魔王軍の残党が散り散りになったとはいえ、魔族と呼ばれる怪物たちが多くいるところだ。
魔物や魔獣も多く住む。
魔王が倒され、残党も姉が狩りに狩っていたとしても、魔族領の中まで追いかけて行ったわけではないので魔族領内にはいまだ相当数いるたろう。
「………なるほど、王国軍は辺境の地理になど、詳しくないでしょうからね。」
ノアールがほんのりと暗い笑みを浮かべる。
(お前ら一度も辺境に来なかったもんなぁ)と副音声が聞こえてきそうだ。
怖い!お願いだからこいつの表情筋に仕事をさせないで!
「ウフフ、そうよ、だって"魔王軍の残党がりの為に100万もの大軍で来るのでしょう?
案内するのが筋というもの。
それに魔王軍や魔物の相手をずっと辺境に押し付けてきた、王都や中央貴族達のお手並みも拝見したいじゃない。
まぁ、想像はつくけれども………。」
姉とノアールがウフフ、フフフと笑い合っている。
つまり、王国軍を魔族領に引き込み、
魔族達に始末させるということなのだろう。恐ろしい。
先程まで100万の大軍に恐れ慄いていたが、目の前の魔王二人の方が怖い。
「まっ、とりあえずそんな感じで、辺境の領主達は王国軍に服従していれば問題はないわ。
………………………だけど愚弟、お前はそうはいかない…。」
真剣な瞳を向けてピシリと人差し指を突きつけられる。
「えっ!?」
突然俺に話が振られ驚く。
俺の方こそ戦うつもりなんてないんですけど?なんで?
「王家は、この侯爵領を絶対に諦めない。
お前は王家に睨まれているし、どんな手を使ってでも何らかの問題を起こした首謀者として、きっとお前を罪人に仕立て上げてくるてしょう。」
「完全に冤罪なんですけど!?」
何らかの問題ってなに?
国家ぐるみで人を冤罪に落とし込めようとしてくる国。終わっていると思う。
「おそらく、今回の王国軍とは別に、侯爵領には別の刺客が放たれると思うわ。
この前は刺客はもう来ないと言ったけれど、こうなってくると話しは違ってくるわ。
お前を王都に連れて行って、冤罪で処刑しようとしてくるでしょう。
王都に連れて行かれてしまったら他国も干渉は出来ない。
拷問でもなんでもして自供させ、お前に罪を被せ処刑し、侯爵領を手に入れようとするはずよ。」
「拷問……………。」
恐ろしい単語に血の気が引く。
「お前だけじゃないわ。王家は、いえ王妃はフォルティナ様のことも絶対に諦めない。
姫のことも絶対に取り返そうとしてくるてしょう。
お前には話していなかったけども、王妃はフォルティナ様を悪質な娼館へ売るつもりでいたのよ。」
「姫を娼館に…………………!?」
驚きの事実に、俺の中に沸々と怒りが湧いてくる。
「ええ、そうよ。だからこそ私は褒賞にお前とフォルティナ様の婚姻を求めた。
王妃のフォルティナ様に対する執着は異常よ。
最悪お前を殺してでもフォルティナ様を手に入れる事を優先してくるかもしれない。
王妃は、何があってもフォルティナ様を苦しめるつもりでいる。
きっと娼館へ売ることも諦めていないと思うわ。」
「!!!!!!」
王宮内で散々いたぶってきて、まだ姫を苦しめようというのか?
怒りで体がふるふると震えて来る。
「私は王国軍の相手の為に、しばらくフォルティナ様のお側を離れなければならない。
だからお前は、私が奴等を片付けるまで、フォルティナ様を連れて侯爵領を転々と回って奴等から身を隠しなさい。」
これが3つ目の策だ。
「辺境伯様にお願いして、腕の立つ騎士を数名護衛につけて貰えるように頼みましょう。
フォルティナ様を、絶対に奴等に渡したりはしないわ。
何としても、フォルティナ様を守るのよ!」
「…………わかった。」
刺客なんて恐ろしいけれど、姫が狙われるというのなら俺も覚悟を決められる。
「ああ、本当に、ほんっとうに、お前にフォルティナ様を預けるのは、ほんっとうに不安なんだけれど、仕方ないわ………。
我が女神フォルティナ様と離れるなんて、ほんとに嫌!ほんと不安よ!でも本当にどうしようもなく、仕方ないからお前に預けるのよ!!
そこのところを、よくよく、よーっく考えてお仕えするのよ!!!
この私がサクッと!サクサクっと王国の羽虫共を退治してくるから!
その間だけでいいから、命をかけてお守りするのよ!!!
盾!盾のようにいざとなったらフォルティナ様の肉盾として踏ん張るのよ!!
わかったわね!!!」
姉が、いつもの姉に戻りキャンキャン騒ぎはじめた。
さすがに是とはいいたくない。
ちょっとは弟の心配もして欲しい。
あんなに恐ろしかった王国軍もサクッとサクサク、スナック菓子のような扱い
イケメン眼鏡が
『ヴァレリア様だからな…………。』と言っているが、意味がわからない。
「……ダルシオン。」
珍しく俺の名前を呼ぶ姉。
見るとほんの少しだけ、真剣な眼差しだ。
「お前の事も、ほんの少しだけ心配してあげるわ。……だから死ぬんじゃないわよ。」
「わかっているよ……。」
苦笑いしながら、俺は不器用な姉に答えた。




