第12話 やさしさに包まれたなら
「痛ってぇ……ここは…どこだ?」
日の光の眩しさと顔、頭の痛みに志引は目を覚ましたが、見しらぬ天井は彼に居場所を教えてくれなかった。
「ん?ひゃっとおひたので、おひゃおう」
まちが歯ブラシを咥えながら、風呂場の中から顔をのぞかせた―この部屋はユニットバスになっている―。
「ま…稲荷さん。」
まちを見て志引は自分の置かれた状況を思い出す。
どうやらまちに蹴り飛ばされた後、意識を失ったまま朝を迎えたらしい。
くちゅくちゅぺっ、口内をすすいでからまちが出てきた。
ニコニコしながら早足に志引のほうへ迫ってくる。
そして床の上、上半身だけ起こした志引の前に仁王立ちをして止まった。
「ねぇ、昨日のことは覚えてる?」
「え?昨日のことですか?」
志引はズキズキと物理的に痛む頭で考える。
(これは……試されているのか?)
何を聞かれているのか思い当たることはあるが、それを言ってもいいのかはまだ判断しかねた。
最悪、もう一度眠りにつかなければならなくなるだろう。
その場合、目覚めることができるのかも問題となってくる。
「覚えてないわよね?」
この言葉を聞いて、志引は嘘をつくことを決心した。
嘘も方便と昔の偉い人も言っている。
「いや、ちょっと覚えてないです……」
「そっ。じゃあ朝食を食べに行きましょう。」
まちはそう言ってきびすを返す。
どうやら生命の危機は去ったらしい、志引は胸をなで下ろした。
朝の習慣でなんとなくスマホを開くと、何件か通知が入っている。
志引はびっくりして、靴を履きかけているまちに問いかける。
「えっ、ここ電波飛んでるんですか!?」
「うん。通信機器は問題なく使えるわよ」
そこで志引は、今まで聞きそびれていた重要なことを思い出した。
いろいろと衝撃的なことが起きすぎて、最初に抱いていた少なくない疑問は記憶から抜け落ちてしまっている。
「みんな日本語使ってるみたいですけど、ここは日本なんですか?」
これはその中でも基本的な事項だ。
聞いたことのない変な国だったらどうしよう、とか、もしかして異世界なのかも、とか様々な不安が頭をよぎる。
「日本よ。もっと詳しく言うんだったら仙台のあたりね。」
志引はひとまず安心した。
仙台だったら彼の住んでいる町から非常に近い。
「でも、仙台とは少しちがう……かな……。というのも、魔術で隠されているのよここは。一般の人間には知られないようにね。だから、仙台にあって仙台じゃないところってのが正確かしらね。」
距離的には簡単に帰れることが判明したのは、彼の今現在の不安を取り除くには十分だった。
「質問は終わり?」
「あっ、はい」
志引は立ち上がって、玄関へと向かう。
靴を履き終えたまちが振り返って言った。
「それじゃあ、私のことはまちって呼びなさい。それに、同い年なんだから敬語はなしよ。」
志引は高校生になってから、まともに女子と会話していない。
だからこの提案は彼の根っこからの変化が必要とされる、とても難しいものだった。
「え、ま、まちさん。」
「さんはいらないわ、まち。」
「ま、まち。」
「よし。あなたのことはなんて呼べばいい?」
この時点で志引は、照れくささから耳まで真っ赤になっていた。
しかし、女の子の前でかっこよくあろうとするのは男の性である。
「志引、志引って呼べよ。」
「分かったわ、志引。」
自分の名前がこんなにかわいい子の口から発せられたことに、志引の心臓は大きくはねた。
朝日はそんな2人をやさしく、包むように照らしている。
クリスマスェ……
相変わらず予定はないので死ぬ気の零地点突破して2話投稿でもやろうかな……
「ごま40、トランザムは使うなよ」
「わかった。トランザム!」