春 - 22
沼山に対して投手の石中は初球以外全て変化球を投じた。
沼山は一球目だけスイングしファールにした後は全て見逃す。フルカウントになって、沼山は一度打席から外れた。
「毎打席一回だけ離れてるなぁ」
「あーやって見極めてるらしいぞ、沼山先輩」
独り言に言葉が返ってきたので誰かと振り返ると、声の主は同級生の高井だと判明する。
「……見極め、ねぇ。その割には初球から手出してなかったか?」
「あれは球が甘かったからだろ。打てる球だったら振っていくタイプだと思うぜ」
沼山は打点こそ多いが、打率は決して高くない。それは初球に手を出して凡退したりするパターンが多いからだ。
だがそれでも4番を任されているのは、ランナーを返すという点で彼が優れているからであろう。
「ヒットより、犠牲フライ打ってるイメージの方が強いな、そういや。4番になるだけのもんは持ってるって事か」
「……お前もだろ、中光」
ギロリと睨みを利かせど、高井が言う。
「何が」
「お前も去年の今頃は、思いっきりレギュラーだっただろうが」
「……代打だろ。新人戦で何回かスタメンになったぐらいだ」
「ったく、いつもいつも……俺らの学年じゃお前は出世頭なんだぞ、もう少し自信持てよな」
やけに突っかかってくる高井。
元々彼と雄一は仲が良くなく部活以外で口を聞いた事は殆どなく無駄話はした事がないが、それは彼と話す内容に意味があるという風にも捉える事が出来る。「買いかぶりだ、乃村がいるだろ」
「お前も同じようなもんだ。俺はもどかしいんだよ、俺より全然出来るお前が、俺より必死じゃないのが」
「そんなの……」
知るか、と吐き捨てそうになったが、必死でないのは否定出来ない自分に少しだけ恥ずかしい気になった。
いつもなら聞き流している高井の言葉も、今日はなぜだか頭に残る。
その時、グラウンドに響く鋭い金属音が周囲の大気を震わせた。
それは沼山のフルスイングがエース石中の直球を捉えた音であり、引っ張り気味の打球はレフトの頭を遥々越えてグラウンドを囲むフェンスに直撃した。
目の前でそれを見ていた雄一は数秒間黙った後、
「あんな人と去年同じスタメンだったなんて、思えねぇな」
自虐するように高井に漏らした。レギュラーになるためにやる気出せという高井の言葉をさらりとかわすように。




