春 - 21
「ん」
「ん 」
シートバッティングのために適当に並んでいると、偶然自分の前の順番になった部員と目が合い、互いに小さく礼をする。
その部員は雄一より一回り大きく、しかし無駄のない引き締まった屈強な体をしていて、見るからにスラッガーな3年生野手、今の水美野球部の4番を任せられている沼山だ。
「ども」
「お、おう」
どちらもはっきりしない挨拶をしているうちに、既にシートバッティングは開始された。
今回投げる二人の投手のうち、最初は3年生の石中が務める。
「レギュラー以外ヒット打てんのかよ」
石中は複数の変化球を操るサウスポーで、公式戦では常に先発を任せられている、紛れもないエースだ。
球速は速くないが、抜群の制球力を武器に打たせて取るタイプの投手である。チームメイトとはいえそうそう打てる訳はなく、前に並んでいたレギュラー組も稲田、青山共に既に凡退している。
「……中光」
ボソッと沼山に名前を呼ばれ、はいと返事をすると、彼はこちらを一瞥してから、
「打てないって思ってるか」
「っ、どうすかねぇ」
いきなり心中を読んだような事を言われ、動揺しながらも曖昧な返事をする。「沼山さんを手本にさせてもらいますよ」
「……やめた方が良い。俺のは上手くない」
この人は雄一に負けず劣らず喋るのが苦手なタイプで、あまり会話が弾まない。
ただ、そんな普段話さない先輩だからこそ、彼の言葉はやけに意味深に聞こえた。
「なんでです?」
「……俺は下手くそだから」
「不動の4番が何言ってんすか」
「……騙し騙しやってんだ」
視線を合わせないままそう呟いて、立ち上がる。早くも番が近づいてきたらしい。
「どういう意味すか」
「大した事は言ってない。お前に教えるほど、俺は上手くないって事だ」
そう言い残し、沼山は打席に向かう。
(……んな訳ないだろ)
レギュラー組が何を言ってんだ、と心の中で呟きながら、雄一は沼山の背中を見送った。




