春 - 20
「うおわっ!」
風に流されていくフライ性の打球に、雄一は足をもたちかせながらも前のめりに走って追いつき、グラブのさきっぽでキャッチする。
「うおーし、珍しく中光がエラーせんかったからノックは終わりじゃー、とりあえず全員こっちまで引き上げーい」
監督の言葉にグラウンドの一部から苦笑が起き、その後ノックを受けていた部員達が監督のいるホームベース近くへ向けて走っていく。
「定位置からズレた当たりでも取れるじゃねぇか」
守っていたライトから引き上げる雄一に、センターを守っていた稲田が近づいてきてやや嘲笑混じりに誉めてくる。
「……そりゃどうも」
先輩の安定かつ華麗な守備を見せつけられた後で言われても、と思ったが、エラーしなかったのは素直に嬉しかったため、中途半端な反応をする雄一。
「おーし水分取れよぉ、ちぃとしたらシートバッティングすっから、投手の石中と臣川は早めにのぉ」
監督の指示に部員達はオォスと低い返事をしてから、汗を拭うついでに水分補給のためベンチに置かれたスポーツドリンクに駆け寄っていく。
「宮谷のおふくろさんが差し入れてくれた分やから大事に飲めよぉ」
「いちいち言わないでくださいよ!」
「息子想いの宮谷の母さんに感謝しろよぃ」
宮谷はあまり母の話題を部員の前で触れられたくないようで、狼狽する彼を周りの同級生が部員がからかってさらに宮谷を苛つかせている。
「ノーエラーおめでと、これで何回目だっけ」
「うっせぇぞ」
先に喉を潤していた乃村が控え目に笑ってそう言ってきたのに対し、雄一はクーラーボックスから取り出したスポーツドリンクを彼の喉元に押しつけるのを返事とする。
「冷たっ! なんで怒るの!」
「馬鹿にしてるように聞こえたからだ」
乃村と目を合わせず、自らの渇いた喉に冷たい飲料水を流し込む雄一。
「まあでも、アピールするなら次だよね、雄一君の場合」
「シートなぁ、あんま好きじゃないんだが」
今回のシートバッティングは野手を2組に分け、一方が打撃をしている間、もう一方が守りにつき、最初の組が2回打順を終えたところで交代となる。今回は一巡目が石中、二順目が臣川を打撃投手に於き、野手はそれぞれ二回打席が回ってくる事となる。
「常にランナー無しみたいなものだしね」
「ん~? そんな意識してる訳じゃないけどなあ」
それもまたやる気の問題なのだろうか。
ノックでエラーが出なかったのもやる気があったから? じゃあなぜやる気が出た? 挑発されたから? だれに。
「……またかよ」
「え?」
「ん、またお前のヒット見て手本にさせてもらうさ」
一瞬浮かんだある人物を忘れるように首を左右に振って、雄一は休憩中ののんびりとしたからシートバッティングへ気持ちを切り替えた。




