77話 闇黒面
「はぁ、はぁ。カケル! 加護子化はあと30分持続するけど、これ無力化されるの!?」
必死に外へ飛び出すと空を加護矢が飛び交い、後方からは爆発音が聞こえてくる。議事堂の裏手に位置する皇城で戦闘が激化しているということだ。だが半分の加護矢は不思議な効果に包まれている。加護矢自体が放電しているようで雷光線を伴っている。
その加護矢が街の郊外にある巨大な崖にぶつかり、閃光が街を照らす。
(完全にやられた…)
合が発生する日の一斉攻撃は彼らに予見され、準備されていた。つまりそこで因果律接続者と予測されるオロチが因果律を再度操作し始めた。俺たちは彼らと戦闘する運命となったのだ。しかも彼らはこちらの攻撃回避術を無効化することにまで成功している。
「そうみたいだ、あの加護矢には別の力が込められている! 高次加護矢だ!」
「どうして人間同士が戦うのに加護が使えるのよ!?」
「よく見ろユリカ、彼らはもう人間じゃない!!」
彼らの肌は、人間のものではない。色は灰色となり遺伝子改変が体中に行き渡っていることが分かる。新陳代謝を抑えるだけでなく、何か体力の増強まで成立させているようだ。筋肉が膨れ上がっているのがよく分かる。だがあれでは動きが鈍くなるのではないか?
そのまま走って皇城に向かうと、エスバン隊とともに挟み撃ちにあうことになる。そのような事態を避けるため、可能な限り広い場所へと走り続ける。そこで彼らと対峙するのだ。皇城には別経路の騎士たちが向かうはずだから、こちらも敵をある程度ひきつけて処理すべきだ。
「俺たち十一部隊は、広場で迎え撃つぞ!! 走れ!」
「分かった!」
「移動障壁を発動するよ!」 「二重!」 「三重だよ!」
三人娘が後方に、俺たちを座標中心軸とした障壁を発動させる。敵は高次の加護矢を放ってくるが、なんとか防げているようだ。
「じゃあ私も追加するさ! 四重だな!」
マスタリウスは火の障壁を張るが、火の加護でこれほどうまく障壁詠唱を使いこなす者はいないだろう。それでも次々と破られていく。これではこちらが消耗してしまう。
「カケル! 障壁を発動し続けては加護を消費しすぎる! 簡単に破られるぞ!」
「よし、全員後ろに注意しながら、神術武器で防ごう!」
道行く人々は何が起きたのかと、駆けてくる火星騎士隊だけを見ているが、俺たちは見えていないようだ。だがその火星騎士隊たちは俺たちの加護流を見ているのか、しっかりとした目標を持って走っているように見える。
触れればそこがごっそりと持っていかれそうなほど強力な高次加護矢が体の横をすり抜けていく。自分を打ち抜く軌道で飛んできたものだけは加護を通した神術武器を抜いて弾き飛ばす。これなら加護消費は少なくなる。
ギィンと音を立てて高次加護矢が跳ね返る。できれば敵に向かってはじき返したいところだが、方向を逸らすだけで精一杯だ。この加護矢の特性がよく分からないのだから、これぐらいしかできない。だがどうやら神術で防ぐことはできるようだ。
このまま防戦しているわけにはいかないが、人間相手に攻めるのは加護の制約がある。
「カケル! 判断に迷うべ! 彼らを殺すべか!?」
「…くっ」
クマソが走りながら、敵の高次加護矢をはじきながらも問いかける。俺たちは地球のために戦っているが、無益な殺生をするためにここに来たのではない。彼らを殺すということには心の底では大反対だ。だが、そうやって躊躇していると地球にいる10億人が危険に晒される。
「迷うなカケル!」
「分かった、戦闘宣言を出そう! 敵戦闘員のみ、無力化を行う! いいか、殺すことが目的じゃない、無力化が目的だ! 10億人のために戦うんだ!」
しゃべると同時に爺様へと疎通加護を飛ばす。それが今度は地球の騎士全員へ経由されていくだろう。さらに爺様はオロチが持つ風伝、合計3つだけ残された風伝へ戦闘勧告を出すのだ。いざというときはそうやって布告することをあらかじめ決めていたからだ。たった今、地球と火星は完全な戦闘状態となった。
あと3時間ほどで合から抜けた火星からは、戦闘が終結しなければ大量破壊兵器による攻撃が地球へ下される。こちらが兵器を破壊するか、火星から死の光が発射されるか。もうそのどちらかしか、人類には残されていない。
「広場に着いた! 散開して攻撃態勢に入るぞ!」
「「「「おー!」」」」
飛び交う高次加護矢が火星の町並みを壊していく。だが谷の中に作られたこの街の上空に張られる、気圧調整のための障壁には当たらないようにしているようだ。あれが破られると俺たちも危険だ。
(爺様、こちらは広場で敵兵士20名ほどと戦闘に入った! 現状は拮抗!)
爺様からの返答は無い。おそらくあちこちの隊から情報が入っていて、返答できない状態なのだろう。
「腕や足だけを狙うぞ!」
「そううまくはいかないべ!」
槍を振り回すクマソは、その制限のある戦い方に不満を吐き出す。どうしても人間に対して攻撃をするのは、心理的に抵抗があるから、戦闘にはさらに枷がはめられたようなものだ。
「おらおら! 地球のやつらなんかにやられてたまるか!」
「俺たち強いっす! 最高っす!」
「ヒーヒヒ、いくらでも力が涌いてくるぜええ!」
敵は高次加護矢を放ち続けているから、彼らの加護が尽きるのを待てばいいという考えで俺は戦っている。そうすれば殺さずとも無力化はできる。だが、その考えは甘かった。
「カケル!! あいつらおかしいぞ!」
「加護量が無尽蔵なのか!? そもそもあれ、加護の性質がおかしい!」
一向に加護が尽きそうも無い。なにやら遺伝子改変でいろいろと加護に対する性質まで変わっているようだ。
「闇黒面だ! 彼らは完全に闇黒面に堕ちている!」
「なにい!? あれが闇黒面の真の姿か? おいおい、加護が強くなるのかよ!」
ゼルイドがその事実に頭を抱える。だがアイデインに付いてすぐに連携攻撃に入っていった。
「闇黒面は太陽神から加護を得ているんじゃない! 彼らは、黒水晶との接続を切ったんだ!」
「そんなの間違ってる! 正義の心を持つ騎士より強くなるなんて!」
「その反動だって必ずあるはずだ! 人間として生きていけない反動が!」
闇黒面に堕ちた人間には、必ずその後反動があり、その人間を滅ぼすことになる。過去に何人もそういったところまで堕ちた騎士がおり、体は引き裂かれて絶命していった。だが太陽神から力を得ていないであろう彼らに、どのような反動があるのかは皆目見当がつかない。
「ちょっと、あいつやばいよ!! 何よあれ!? 反動ってアレのこと!?」
アイカルが敵の一人を指さしている。そこには体が膨れ上がる兵士がいた。腕が太く醜く膨れ上がり、鎧がはちきれている。体全体が物理法則を無視して巨大化していくではないか。
「エスタの時と同じ!?」
「あいつら、虹色水晶を体内に埋め込んでるのか!」
「体の構造を変えている間に攻撃だ! …いやすまん、読みが甘かった! 早すぎる!」
一瞬の戸惑いは戦況に大きな変化をもたらしていた。彼らは体を瞬時に構造変化させている。エスタが魔龍に変化したときとは、変化の時間が全然違う。
「きゃああ! 化け物!?」
「うわああ! なんだあれは!」
遠巻きに見ていた住人達は、兵士の変化を見て取り乱しながら逃げていく。いくら遺伝子改変を受けたからといって、ここまで変化することはない。だから彼ら住人の目には兵士の姿は化け物としか映らなかったようだ。
「魔龍、とは少し違うようだな! 象のような四足歩行の魔獣だ、いや魔人か!」
「魔人…とんでもないことをしてくれたなオロチは!」
火星ではおそらく恐ろしい人体実験を繰り返し、兵士の魔獣化技術を手に入れてしまったのだ。そこに至るまでにどれだけの犠牲があったのか、その変化を見ているだけで想像がつく。
腕や足は完全に古代の骨竜のようで、角が生え牙を剥いた頭部は完全に爬虫類のそれだが、やや人間だった頃の面影がある。そして背中にはなぜか蝙蝠のような羽が生えている。あの巨体で飛ぶというのか!?
「いや、逆に助かるべ!! こいつら相手なら全力で戦えるんだから、こいつら馬鹿だべ!」
確かにクマソの言うとおりだ。なまじ人間の姿をしていたから戦いにくかったのに、これなら思いっきり吹き飛ばしても心に枷はない。
「枷は無いでしょカケル!?」
「ああこれなら! 世界よその力を! …魔人を吹き飛ばせ! 千之光矢!」
クマソに襲い掛かる骨竜魔人を、大音響とともに押し寄せた大量の光が貫いていく。おそらく奴らは即死…いや、様子がおかしい? 何事もなかったかのようにそこにいる!
「クマソ危ない! 避けろ!」
「ガァアア! おぉらぁ、死ねぇこのやろぉ!」
「うおっ!? 不死身だべかこいつら!? 自我もあるべか!?」
そうか、どうやら俺たちの加護の概念では、こいつらは倒せない。どうやって戦えばいいんだ…。俺たちは兵器を破壊するところまでいけるだろうか。その後、トレノや爺様の待つ地球へ、帰ることができるのだろうか。
「カケル! 高次理論しかないよ!」
「戦いながらか!? 戦いながら理論を完成させるのか!」
(エスバン隊は最後まで戦い続けたが撤退! 残り、3時間じゃ!!)
撤退、というのは聞こえはいいが、どうやら彼らは全滅したのだ。最後まで、いや最期まで戦い続けた。彼らは今、その罪を完全に償い終わったのだ…。