78話 愛の果て
「カケル! 理論形成なら私も補助するよ! 段階的に行けばできるから落ち込むんじゃないよ!」
「ありがとうエイル!」
少々きついが、魔人の攻撃を避けながら高次加護理論を練るのだ。エイルキニスは考えるための補助をしてくれる。ありがたい。だが考え込みすぎると敵の攻撃を避けきれなくなる。危険だがもうそれしか道が残されていない。
「カケル、まずはこの次元でモノを見ないことさあ!?」
「ああ、そうだったな! 空間と時間で4次元。その上の次元を見る!」
「巻き取られた次元だけを考えて!」
「ああ、目をつぶれば…見える。加護流だけが見える! この世界か?」
「そう、肌で感じる世界さあ。それがこの次元に影響を及ぼしているだけ! 危ないよカケル!」
「うおっ!?」
魔人が3体ほど俺に狙いをつけて来た。ん? 今俺がやろうとしたことを感じ取ったのか!?
「気をつけるんだよ!」
「感覚が変わった! この世界は幻だ!」
「そうよ、この世界は低い次元さあ!? 巻き取られた次元は展開できる!?」
「ああ、少しだけ分かった! 時空加護で次元を開くんじゃないんだ! もともと開かれているんだ!」
「そういう体感になったのね! じゃあ次、その世界から力を取り出せる!?」
「そこまでは普通の加護と同じだ! 取り出すことならできる! こんな感じで、でもこれじゃない!」
それはここ最近できるようになった、自然界から力を借りるやり方に近いものだった。本質は同じなのだ。取り出せる力が無尽蔵になるだけで、力の性質が強くなることはない。俺の腕から飛んでいく加護矢は、光が強くなるだけで雷光は帯びていない。だが一段階強くなった気はする。
試しに時空加護も飛ばしてみるが、魔人にははじかれてしまう。彼らの障壁はさらに強いのだろう。
「ここから先が分からないんだ!」
「大丈夫、焦らないでいいんだよカケル!」
「エイル、何を元に考えればいいと思う!?」
「巻き取られた次元に存在する加護子を、供給している源は何かしらねえ! もちろん私にも分からないけど! てい。あー硬いねこいつら」
「源…」
「ごめん、カケルもう手一杯よこれ! このままじゃジリ貧だわねえ。すごく強いわけでもない、でも攻撃が通じないわ!」
このままでは持久戦となってしまうが、不利なのはこちらだ。だが絶望するわけにはいかない。諦めたら、その瞬間に死ぬ。そこで地球人類は終了だ。いいところ奴隷化されるかどうかというところだ。そんなことをさせる訳には、絶対に行かない。だが糸口はそう簡単に掴めない。
「空! 空を見て!」
「どうしたイリス…! なっ。おいおい…」
マスタリウスは空を見上げて絶句した。
「魔龍…! 火星へ到着したのか…! 障壁を壊そうとしているぞ! みんな、空気だけを保持する障壁を!」
俺は皆に障壁の展開を指示し、自分も周りの仲間へ障壁を張り始めた。アルケイオスの考えた移動障壁と、イリスの考えた空気保持障壁を取り合わせた、宇宙活動用障壁だ。ただこの障壁は敵の攻撃などは通してしまう。逆に敵の攻撃があっても破れない障壁だったから、今は都合がいい。
「ガァアアァァ!」
火星の大渓谷上層部を覆う障壁は、突如現れた魔龍によって破壊される。奴はエスタの心の中にあった火星への怒りに浸食されていた。火星を滅ぼす気だ。空いた空間から、火星大気の中へ酸素が吸い出されて行く。障壁の再展開を早くしなければ、火星の街は全滅だ。
「ああっ!? 見ろ、魔人が苦しんでるべ!」
クマソに群がっていた魔人たちは力を失い、喉を押さえて苦しみ始めていた。同時に街の人々は家々に逃げ込んでいるが、その中で障壁を張っているのだろう。街中には警報音が鳴り響き、障壁が破られたことを住民へ伝えていた。だがその街を魔龍が蹂躙し始める。
気がつけばもう、魔人は動かなくなっていた。そこには人の形に戻った兵士が死んでいるだけだった。死ぬのがずいぶんと早いのは酸素濃度が高くないと生きていけない体質だからなのだろう。それが彼らの運命、それが彼らに訪れた反動だった。
「命拾いしたべ! でも次は魔龍か!?」
「カケル、エルメスを連れてこないと!」
「ああ分かったユリカ!」
攻撃総司令部へ次元扉を開き、再び爺様の顔を見ると、少し心が落ち着いた。
「緊急事態かカケル殿!」
「爺様、魔龍が火星に到達した。いま、火星で暴れている」
「む? 自業自得ではないか? 放っておいて、皇城へ攻撃を仕掛ければ良いじゃろう」
「住民に罪はありません。爺様、エルメスは?」
「む…。強情じゃのう。敵を助けることになるやもしれんのじゃぞ?」
「いいんです。そっちの方が因果律の予想を覆せる」
「そういうことなら、試してみるかのう。エルメスを連れてくるのじゃ!」
トレノに腕を引かれてやってきたのは、赤い髪の美しい少女だった。もう精神的な負担は取り除かれたのだろうか?
「エルメス、そなたの使命を果たすのだ」
「トレノお姉様、私頑張ります!」
「えっ、トレノがお姉さん?」
「そうなのだ。可愛い妹なのだ。惚れてはだめなのだぞカケル」
「こんなときに何を…。ハハハ! ありがとうトレノ、肩の力が抜けたよ。エルメス、真実は全て聞いているか?」
「はっ、はい! カケル様」
「少々危険だけどエスタのところへ行こう」
「はい…。覚悟はできています」
「みんな! 魔龍の側へ近づくぞ! 援護してくれ! 無駄な行動だと思うかもしれないが、因果律の予想を覆すことをすれば決して無駄にはならないはずだ!」
「分かったよカケル!」
「じゃあ爺様、行ってくるよ。すぐにエルメスを返しに来る」
「うむ、気をつけるのじゃ。ああ、残り時間はあと2時間40分じゃ。皇城も戦い終わったようじゃ、それが終わったらすぐに潜入じゃ」
「分かりました! では!」
エルメスを抱きかかえて次元扉を閉じると、魔龍はちょうど広場へ向かってきていた。一度魔龍によって殺されたユリカの姿を認めると、魔龍は驚き、戸惑っている。
「ちょっとカケル、エルメスのお尻に触ってない!?」
「えっ!? 何を言ってんだユリカ…。触ってないって」
そのユリカは魔龍を無視して俺の手元ばかり見ている。
「カケル、側室を増やすのは構わないが、ちゃんとユリカとトレノにも構ってやれよ?」
「アル、まあたそんな馬鹿なことを…。嫁が増えると大変なんだって、無理無理。それにエルメスはエスタのことを…」
「そ、そうですね」
エルメスも戸惑っているが、しばらく無視されていた魔龍は、その状況にさらに戸惑ったままこちらを見ている。エルメスの姿を見て何かを思い出そうとしているようだ。
「あ、エスタのこと忘れてた。エルメス、エスタに話しかけてくれないか」
「は、はい。お義兄様、分かる? 私よ! エルメスよ!」
「ガァ…」
効果がありそうか? 完全に攻撃の意思を失っているように見える。地球から宇宙空間を渡って、はるばる火星までやってきたところで出会えた最愛の義妹の姿に、魔龍は泣いているように見えた。
「お義兄様、私愛してるの! お義兄様のこと愛してるのよ! 戻ってきて!」
うーむ。話には聞いていたが、義理とは言え兄と妹の禁断の愛というのは、どうも心がざわつく。何故だ? 心がざわつくのは、何故だ?
「愛してる! エスタお義兄様! ずっと会いたかったの!」
「グガ…エ…エルメス…」
「しゃべったべ、自我が戻ってきたべ! エルメスを取り戻したんだぞ! エスタ、闇に負けるな!」
それでももう、おそらくエスタは人間には戻れない。愛し合う2人が二度と抱き合うことは無い。二度と。そう誰もが思っていた。
「はっ、エルメス!?」
「お義兄様!」
エルメスは魔龍のもとへと駆けていき、そしてしがみついた。危険など省みず、その場に酸素が無くても飛び出して行ったエルメスの行動に、誰もが動けなかった。
「2人が…」
「融合していく…」
「2人はやっと、ひとつになれたんだべ…」
「ねえカケル、これで良かったの…?」
ユリカは泣き出していた。だが、その答えはエスタが持っている。
「こ、ここは火星…?」
「エスタ、気づいたのか!? ああそうだ、火星だ。いま皇城を攻めている。地下都市にはまだ行き着いていない」
「ああ、長い夢を見ていたようだ。ヤマト、カノミ、すまなかった」
「エルメスはどうなったんだ!?」
「俺の心の中にエルメスがいる。もうこの体はもとに戻るまい。最後にひとつ、罪滅ぼしに花火を上げさせてもらおう」
「心の中に!? ぐっ、胸が痛い…」
エスタの言葉に、俺は胸が締め付けられた。愛する人と一つになった。それは心の中に。それは加護の源、足りえるのか。何かが俺の中に火をつける。
「じゃあな、ヤマト」
「エスタレンティア!」
エスタは皇城へ向かってふらふらと飛び上がり、やがて体そのものを弾丸のようにして突っ込んでいった。城は、強烈な光とともに、跡形も無く消え去った。




