74話 新たなる星系
「じゃあ賠償金の請求は執拗に頼みますよ。そうでないと、400万人の民が報われませんからね」
「お任せください。我らの怒りは消えませんから」
ヘブライの新首長と俺は、バーグダードの戦災慰霊碑の前で熱い握手を交わした。
反撃戦第二弾、それは外交戦だ。各国の首長たちはにこやかに、しかし執拗に太陽王が偽者であったことの証明をウイングに求める。それと、現在の太陽王がどこへ行ったのか、そしてその状況も求めていた。もちろん俺がヤマタイで密やかに暮らしていることを分かっていながらも情報を請求していたのだ。
公式的には、俺たちはパレスティカで復興支援を行ってからヤマタイに到着したあと、消息不明ということになっていた。
さらにヘブライは、首都パレスティカの消滅が火星からの攻撃だとして、宣戦布告状態に無い国家からの攻撃には断固として損害賠償を求めた。その額は1人あたり1億ムー、合計400兆ムーという大金だ。宣戦布告していないのだから正当な賠償請求なので、ウイングもこれを突っぱねるわけにはいかなかった。
ダイムー各地の伝聞社は、各国の請求状況を詳細に報じ、それに対する皇帝の返答を待ったが、皇帝は心身耗弱という状態で、うつろな返答しかしていない。
各国の外交官はダイムーの外務大臣と会談を求めるが、あまりの辛辣さに外務大臣は逃げ出してしまった。それが元で、大臣たちは次々と辞職していく。ウイング子飼いの者たちはやはり、政治能力に乏しかったのだ。
国家は運営機能を失い、民衆は次々とヤマタイへ旅立つ。そこでは生活が保障されるという噂を聞いてのことだ。さらに、増える人口に伴って商業も大発展しているというから、本社機能をヤマタイへ移設する企業は次々と現れ、ダイムーから去って行った。
そうこうしているうちに、俺たちは木星の衛星へ無人星間飛空船を到着させていた。イリスの考えた障壁で体を包みながら、飛空船の内部へ次元扉を開くと、気圧と温度の低さ、そして暗さに驚くが、まあ宇宙空間なので予想の範囲内だ。飛空船全体を障壁で包み込み、加護で暖める。
「さあ、念願の木星探索だのう!」
「トレノ、力を感じる衛星はどれだ?」
「あの、一番大きい衛星から黒水晶と同じ力を感じるのだ」
「これならすぐ見つかるべ!」
クマソは楽観論のようだ。だが、船外活動が必要だろうに、そう簡単に行くだろうか?
「カケル、腕輪が!」
「ああ、共鳴してるなユリカ」
もっとも大きな、木星第一衛星へと近づくが、軌道が安定させづらい。木星の引力が強すぎるためだ。ここから飛空船を普通に脱出させるには大きな加速度が必要になるだろうから、脱出時は飛空船ごと次元扉へ放り込んだ方が早いだろう。
第一衛星は分厚い氷の地殻に覆われていることは分かっているが、その氷の下がどうなっているのか、それは分からない状態だった。どうやって探索するのか。だがそれも杞憂に終わる。
「みんな、映像が見える?」
「見える見える」 「地球と似た星が」 「これがヴェガルの惑星ね」
「なんだ、衛星へ近づいただけで映像が見えるのか?」
マスタは探索に時間がかかると思っていたようなので、拍子抜けしている。そこに居た全員の頭の中にヴェガル星系の映像が見えるのだ。
「早く終わって良かったじゃないか、マスタ」
最近はエイルの方が主人という感じだ。予想どおりマスタリウスはエイルキニスの尻に敷かれているのだ。
「んーと、じゃあ衛星に置かれている黒水晶の回収はやめて、すぐにヴェガルへ向かう?」
「よし、行くべ」
「船ごと飛ばすぞ。ヴェガル星系へ!」
飛空船の窓から見えていた木星と衛星が消え、ヴェガルの強い青光に切り替わる。
「これで一気に25.8光年も飛んだんだな」
そこには、地球と同じ青い惑星があった。海と陸の割合もほぼ同じに見え、白い雲が浮かんでいるから水蒸気も豊富なんだろう。これが地球だと言われても、間違いに気づかないほどだ。
「ヴェガルは、青かったー!」
「ちょっとユリカ、それなんだかどこかで聞いたような台詞ね」
「初代闇の賢者の言葉だろ? 地球は青かった、ってね」
「うわー、先に言われたー!」
「よし、すぐに接近して計測しよう! イリス、頼むぞ」
「はーい、まかしといて」
クルスタス機械工業で製作された大気濃度計測器、これは高山で気圧を計測するのに利用したり、火山などの周囲が有毒大気に汚染されていないかを調べるためのものだ。
飛空船を新惑星の大気中へ降下させ、機器を外へ放り投げられる機構があるのでそこへ計測器を入れる。風船のついた計測器はすぐに外へ飛び出し、窓の下へ消えて行った。
「大気濃度は1.3気圧。濃いね。窒素72パーセント、酸素27パーセント、二酸化炭素は微量。有毒大気、無し。気温21度。地球とほぼ同じよ!」
「ああ、そのようだべ。地面を見るべ? 森がある」
イリスが興奮して大気組成を叫ぶが、それより眼下を見たほうが早かった。地球と同じ生物群が移植されているようで、よくある大自然となっている。
「古代人が移植したのかな? 地球と同じだ」
アルはその様子を目を細めて見ている。美しい自然が、そこにはあった。恵まれた大地だ。
「マスタ、着陸させてくれ!」
「ああ、すぐに降ろそう!」
「こんなところまで同じにしなくていいのに…」
「魔獣だらけだな…地球よりひどいぞ」
「ということは、虹色水晶があるということだ。どこかに、ね」
俺たちは着陸後、すぐに周囲を探索したが1キロ級の魔獣がわんさかいることに気づいた。とりあえず見える範囲の魔獣は全て狩っておいたが、何やら独自の進化を遂げた生物群のようだ。植物だけは被子植物のようで、地球でもよく見かけるものだったが、動物はちょっとまずい状況になっている。
細かい虹色水晶をかき集めながら、すぐに飛空船へ戻る。
「この開拓は骨が折れるだろうね~。古代人たちはどこにいるのかな?」
「どこか大きな島はないかねぇ、そこの魔獣を狩りつくせば、移住の最初の場所として最適になるんじゃないかねぇ? 古代人がいるところも見つかるかもしれない」
「それだよエイル! 島を探しに行こうよ! ヤマタイぐらいの大きさの島があるといいんだけどね!?」
「よし、星を探し回ろう」
「ねえ、カケルあれ…」
「街、だったものかな」
「もう誰も住んでないみたいだね」
「滅んだのかな? それとも、もう一段先の星へ行ったのか?」
眼下にはいくつもの朽ちた建物の残骸が転がっている。そこには魔獣がたむろし、人間が住んでいないことが分かる。
「数日かけて、この星の地図を作ろう。まずは大気圏外からもう一度測量だ」
「いろいろあったけど、やっとここまで来れたんだねー!」
「そうだなユリカ。でも移住が大変だろうけどな。その後、政治機構をまた作り直しだ。サノクラ師範、いや大臣に頑張ってもらわないとな」
まるでアトラタス、いやそれ以上の魔境と化していたこの星の第一着陸地点は、巨大な大陸の東端だった。おそらくヤルーシア大陸と同等の広さを持つだろう。その東には大きな海があり、いくつかの島があったがそれでは10億人が住むには小さすぎた。
さらに東へ行くと、ダイムーやアボリグ大陸と同じ大きさの島状大陸があったが、あまりに険しい山脈を多く持つため、人が住むには向かないことが分かる。いくつか、そういった島状大陸があり、その一つが小さめのもので、平野部が多いように見えた。温帯に位置しているようなので気候も好ましいものだろう。
その島はヤマト大陸と名づけ、ここを測量の拠点とすることにした。まずは着陸地点周辺の魔獣狩りだ。
「ねえカケル、地球との次元扉、開いていい?」
「ああそうだったな! でも気圧差がありそうだから、障壁を作ってからだな」
「はーい! って、もうできちゃったー?」
「ああ、すぐに作った。この星も加護に溢れているから、加護は無尽蔵だ」
「じゃあ、開くよー!」
そうしてユリカが開いた先は、ヤマタイ国主殿だった。早くこの星の風景をシルベスタ爺様に見せてやりたいなあ。
「ムザシノスケ首長! ただいまー!」
「おおっ!? ユリカ様! もうヴェガルへ到着されたのですか!? カケル様も、ご無事で良かった」
「いやあ、先ほどぶりですね。あっという間にヴェガルに到達できました。古代人の黒水晶加工技術は相当高かったみたいです」
「では、この次元扉の外が…おお! 地球と同じではないですか!」
「こっちのほうがちょっと大気が濃いんで、気圧の関係でそのまま扉を開くと、風が流れ込んできちゃいますので障壁を張ってあります」
「素晴らしい! これなら移住もすぐにできますな!」
「いや、それが魔獣だらけでして。ほらこんなに虹色水晶が」
「…この量をたった今狩られたので?」
「ええ、まだ外にもゴロゴロしてますよ」
「お見事というか、魔獣の量が多すぎるというか…」
「あ、そうだムザシノスケ首長、シスカ宰相やシルベスタ顧問にこれを見せてあげたいのですよ」
「あっ、そうですな! すぐにお呼びしましょう!」
「これが、夢にまで見た新天地とはのう…」
「ところが魔獣たちの天国だったというわけで」
「シルベスタ様、私たちがこの島の魔獣を殲滅しますから安心してお待ちくださいね~」
ミューは殴り書きの状態の測量地図を爺様に見せる。周りを海に囲まれたやや小ぶりの大陸。周辺の巨大な大陸を制覇できるまでには時間がかかるから、この小さな大陸だけでも人類が居住可能な状態にするのだ。
「ほう! この島がここなのかのう。それで、古代人とは会えましたかの?」
「街の残骸のようなものがありましたが、人がいる気配ではありません。あと数日はこの星を廻ってみようと思いますが、おそらく滅んだか、別の星へ向かったように思われます」
「そうか、知識の交換などをしてみたかったんだがのう。いずれ、彼らがどういう運命を辿ったかも分かるのじゃろう」
「そうですね。まずは測量と、魔獣征伐。地球の虹色水晶はおそらく使えなくなりますから、こちらで回収したものを合体させて新しい虹色水晶を作ろうと思います」
「ふむ、それがいいじゃろう。カケル殿、しばらく苦労をかけるのう」
「いえいえ、楽しいですよ」
「フォッフォッ、根っからの冒険好きなんじゃのう」
数日かけてヤマト大陸の魔獣を狩って行ったが、数が多すぎて時間がかかることが分かった。それでも、人が住めるほどには一部地域は狩り尽くした。得られた虹色水晶は300キロだが、まだまだ地球の虹色水晶、知識の泉が当初から持っていた重さ、6トンには遠く及ばない。
外交戦も終盤に近づいてくると、ウイングは消耗しきっていた。
「なあトレノ…私は国主に向いていなかったのか…」
「…退位するのだ…」
「そうか…」
もう、夢と現実の区別がつかなくなっているウイングは、トレノの亡霊にも驚かなくなっていたが、体は震え続けていた。肩を落とし、とぼとぼと風王城の玉座に向かうウイングは、最初の頃の威勢などどこにもなかった。
「国民はもう、ダイムーから離れてしまった…。衛兵も辞め、大臣も辞め…。私を守る者はもういない…。残るは火星だけ…それもオロチに握られてしまった。賠償金も払えない。もう終わりだ…」
「……」
「トレノ、私が悪かった…すまない…」
繁栄を極めた王都は、ウイングが即位してからわずか4ヶ月で人口が2割に減少した。その残り2割も、数週間で居なくなる。ウイングは、共も連れずにふらふらと風王城を出て行き、無人の荒野へ旅立った。その後この大量殺人者は、怒れる民に引き裂かれ、裁かれた。
「これで二度と、正統王家に仇を成す者は現れない」
「悲しいけど、当然の結末ね」
この結果に、誰もが太陽王の真の強さを理解した。太陽王に仇成す者は滅び、与する者は護られる。だがそれは、一人を除いてのことだ。オロチは火星を完全に掌握し、火星で皇帝に即位していた。まるで、こうなることが分かっていたかのように火星に鎮座するオロチが、元々ウイングを嗾けたのだろう。
そして1月16日がまもなく訪れる。もしかするとこれが最後の決戦となるかもしれないが、そう思っていると足元を掬われることになるかもしれない。
オロチ=ミコト=ヤマト。こいつがおそらく、因果律接続者だ。加護子だけでなく因果子を使った戦いを仕掛けてくる可能性もある。勝てるかどうか、まったく未知数だが、4時間のうちに兵器を破壊しなければならない。
一旦ヴェガルの魔獣狩りをやめ、いざというときのためにヤマタイからヴェガルへ次元扉を1年間開けっ放しにする。使用された膨大な加護は、すべて自然界から使わせてもらったが、それでもいくらでも取り出せた。
「さて、計画を再確認しよう」
俺の言葉に、覚悟した皆が頷いていた。