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太陽王の世界 ―黎明―  作者: 檀徒
◆第三章◆
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70話 火蓋

「火星では民の総意で、三代目の太陽王は偽者だということになっていました。火星内に流れる情報は全て、ウイングが皇帝に即位するのに支障が無いように操作されています」


 火星へ潜伏していた2名の隠密は、無事に王都へ帰還していた。2人ともやつれており、それは火星への潜伏が激務だったことを証明していた。なるほど、火星ではだいぶ前からそうやって『赤い火星』が活動していたのだ。


「さらに、これはマズルの地下のようなのですが、大規模な研究所があり、選ばれた火星の民だけが人類の進化形へと遺伝子改良されるという風に、市役所の役人たちが街区を練り歩いていました。市民のほとんどは洗脳されています」


「地下か…。遺伝子の改良は、ほとんどの民衆はこれから行われるのですか?」


 隠密に対しても敬語のままなので、2人とも俺の口調に首を傾げている。


「上層部のみは既に終わっているようですが、一般大衆はこれからのようでした。それでも地位の高い者から順に行われていくようです」


「ミューの両親と親戚は大丈夫だったのでしょうか?」


「ええ、そこにおられるミュー=ソクラテス騎士のことですね。実は潜伏先のひとつに選ばせていただいたのが、カザタ家でした。カザタ家の皆さんは、そんな馬鹿なことがあるかと憤っておられましたので、我々と一緒に王都へ帰還しました。ミュー騎士のことについては、ご両親とも風伝でご活躍を見ておられましたよ」


「えっ、そうだったの~!? さっき風伝で話したのに、そんなこと言ってなかったから~」


 ミューは意外なところで実家が役目を持っていたことに驚いている。


「2人とも、本当によくやってくれました。おかげで助かっていますよ。今日はゆっくり休んで、疲れを癒してください」


「「はっ、ありがとうございます陛下!」」


「ありゃー!? カケル、2人とも罰金1ムーだのう!」


 トレノは楽しそうに笑う。


「「罰金!?」」


「ハッハッハ、まだ聞いていないんですね。侍従の方にお風呂に連れて行ってもらって、罰金の意味をついでに聞いてください。罰金は回収するのが面倒なので、もらいませんけどね」


「か、畏まりました」


 噴出してしまったシルベスタ隠密団長に肩を叩かれながら、2人の隠密は謁見室から出て行った。現在のところ、騎士団『太陽団』は、太陽王が指揮する国家の特別騎士団という扱いになっており、近衛騎士団とは別組織だが、近衛のようなものになっている。だから公式会議や謁見の場には、常に同席できる形へ変えたのだ。全員とも一人ひとりが外交官にもなれるし、省庁の長官や研究所の所長だってできる地位を得たのだ。


 ついでに、1400キロもの虹色水晶を集めた功績ということで全員とも特級騎士にすることにした。一生のうちに100キロも集めればたいていは特級騎士になるというのに、その10倍以上も1日で集めてきたのだから、そうしなければ民衆が逆に納得しない。





 だが良いことばかりではない。遺跡から帰ってきた後すぐに、火星に開いた次元扉を閉じに行ったのだが、大変残念なことに火星の住民からは石を投げられた。隠密の報告どおり、火星の民はダイムーを憎んでいるようだ。


「シスカ宰相、あちらの要求は何ですか?」


「カケル殿、それが…。ダイムー王国の支配権譲渡だそうです」


「はぁ!? 何を馬鹿なことを言って!?」


「それはウイングの目論見ではなく、火星議会が鼻息荒く決議したものを仕方なくウイングが認めたような形になっています」


「皇帝不在のまま、宣戦布告とは常軌を逸していますね。彼らには勝算があるのでしょうか?」


「隠密の報告では、兵器を開発しているようです。しかしどのような兵器なのかは調査しきれなかったようで、以前その調査を敢行した隠密は行方不明になりました。おそらく、火星側の隠密と戦闘になって敗れたのではないかと」


「そうですか…。火星で散った者へは、王城内の墓地で手厚く法要をして報いましょう」


「畏まりました」


「さて、謁見室で立ったままというのもつらいですから、少し休憩を入れて、夜の食事を取りながら会議室で続きをやりましょう」


「ええ、そうですね。カケル殿も今日は地球を一周してこられたわけですから、少しお疲れでしょう」


「でもそうは言っていられない事態ですからね。しばらくは徹夜が続くかもしれませんね」


「おじいちゃまには、ちょっときついんじゃない?」


「何を言うか! まだまだ若い者には負けんぞい!」


 ユリカがシルベスタ爺様を気遣った言葉をかけたが、爺様は鼻息を荒くしている。なんだか血が(たぎ)っているようだから、心配いらないのだろう。





「休憩は1時間しかないのだ。風呂場に順に入っていると時間が足りなくなるから一緒に入るのだ」


「そうきたか! トレノは風呂好きだな」


「別にもう恥ずかしいも何もないよね、カケル」


「それはそれ、これはこれ…」


「つべこべ言わず脱ぐのだ」


「ひい!?」


 服を脱いだというより剥ぎ取られてしまったような状態だ。この妻たちには、俺は一切抵抗できないのだ。


 少々気恥ずかしいが、いや少々どころではないが、3人で体を洗い合っているうちになんだか楽しくなってくる。家族というのは、本当にいいものだ。おふくろもこっちに来てもらわないといけないのだが、おふくろはまだ頑なにオガ=サワラから離れない。何度か行って話しをもっとしないといけないだろう。おそらく、親父の墓があるからだ。ならば墓を王城へ移設してしまえばいい。


「カケル、今は考え事をしてないで、ゆっくり休むのだ!」


「ぐっはぁ! トレノ、アイデインの一番真似てほしくないところを受け継いでないか? いくらアイデインが教育係だったからって…」


「トレノも高筋密度体質なんだね。加護が強い人はみんなそうなるのかなー?」


「だから以前、ウイングの頬を叩いたときに奴が吹き飛んでいったのだな」


「やるな、トレノ…」


 そう、今は、今だけは考え事をせずにゆっくり休むべきだ。あとでもっと頭を使わねばならないのだから。


 2人を抱きしめながら湯船に沈むと、気疲れは完全に吹き飛ぶ。この2人が安心して暮らせるような世界を作らなければいけない…。


「カケル、今日の伽はどうするのだ?」


「えっ!? しばらく…無しになるよね?」


「そういうわけにもいかないのだ。今日は我の番なのだ」


「別の意味で気疲れしそうな…」


「アハハ、カケルの大事な仕事でもあるんだから頑張るのよー!」


「徹夜が続いたりするような状況によっては、勘弁してくれよ…?」


 ヴェガルへの移住が完了してから、おそらくその後のほうが人類にとっては試練だ。先に到着していた別文明の人々との交流や、移住場所の確保、国家体系の再構築など、問題は山積みなのだ。だからそれには数百年はかかるだろう。そして数世代かけてでも作り出すのだ。太陽王の世界を。





「義父上、報告をお願いします」


「うむ! まずは月の民について。彼らを運ぶ算段はカノミ物流社とダイムー飛空送社の2社と、その傘下企業によって9日で完了する計画が、今日から始まっている。実は今この瞬間も多くの民が王都へ到着している」


「9日!? 素晴らしい早さです!」


「ハハハ、全ての飛空船を使えば本当は3日ででもできるのだが、それでも物流と通常旅客は止められないのだよ。次に移住先は王都の西側に簡易研究都市を、主に地の加護で作り出した仮設住宅で過ごす形に。災いからの回避による大移動で、どうせ1年くらいしか使わないので仮設住宅ということにした」


「なるほど。建設の進捗はどうですか?」


「無償奉仕を募って5%ほど進みましたが、ここから先は到着した月の民が自分たちでやることになる。そして彼らの職は、大移動に伴って発生する国家融合の研究だ。この10万人の民のうち労働層の7万人は、いずれ融合する世界の初期公務員・公式研究員となるのだ。緊急対策省も人が足りないので、50名ほど組織の部長職経験者や主席研究員に所属してもらうことになった」


「大移動の是非については同盟各国には既に打診が終わっておりまつ。大移動で国家が融合する形を取る可能性についても、おおむね良好な返答が来ていまつ! 各国ともその研究にはそれぞれ国家資金を投じるということで、10万人の民は既に世界から期待されておりまつよ?」


 背の小さなサユリ=ヤワタ副大臣がサノクラ大臣の言葉に補足をつけた。ということはあと8日で、月の民についての問題は解決するのだ。サノクラ大臣の働きは、想像以上の成果をもたらしていた。


「すごい! こんな難問を解決してしまうなんて、さすがお父様ねー!」


「ぐへへ…」


「大臣は敏腕でつ。一緒に働いていて楽しいでつ! それでみんながたくさん意見を出し合えたから、いい解決策がいっぱい出たんでつ」


「それから一つだけ残った問題として、職員たちから希望が出ているのが、男性との出会いが無いということだ。王立高校2年生在籍者で100人ほどを枠として、希望者を募って入省試験を行うことにした。総合試験を模したものだが範囲は2年生の7月分までだ。今のところ応募者は300人を超えている状態だ。これなら優秀な人材が集まると思う」


「なるほど、それはいい案ですね。足りなくなった人数もそれで補えますか?」


「おそらく問題ない。それにそれでも足りなかったとしても、月の民がいるから人数の心配はない」


 サノクラ大臣は自信を持って答える。


「では、引き続き緊急対策をお願いします。アイラの噴火予知は1年ほど安息状況が続きそうですので、そちらは後日で。さて、それじゃあ議題を火星対策にしましょうか」


「うーむ、気の進まない議題じゃのう…」


 爺様は大きくため息をついて腰を深く椅子に沈めた。


 仕方なく始められた火星対策会議の総意は、むやみに刺激しないようにしながら火星へは友好を呼びかけ続けようということになり、すぐに風伝でダイムーおよび太陽王の意思としてそれを伝えた。それでしばらく、あちらの様子を見ようということになった。現在火星との距離は1億キロメートルほど離れているので、お互いのやり取りが完了するまでに10分以上かかる。だがそれも、隠密が駆け込んできて急転する。


「カケル殿! パレスティカの街が消滅しました!」


「消滅!? 何があったんです!? ヘブライの市民は!?」


「パレスティカ市街の400万人は絶望的です…。郊外の生存者によると、天から光の筋が落ちてきたと…」


「なんという無慈悲なことを…。それが火星の返答か」


「加護をつかった破壊兵器か!? すぐにヘブライへ向かおう! 王都警備隊も出動させて、生存者を探して手当てするんだ! シスカ宰相、各国首都上空には巨大障壁を張るように伝達してください! もちろん王都上空にもお願いします!」


「畏まりました! お気をつけて、カケル殿」





 俺たちの専用飛空船には、その場ですぐに動ける警備隊員を40名ほど乗せ、高度を上げていく。高高度へ到達したら加速詠唱でパレスティカへ向かうのだ。


「もしかしてこれが、大いなる災いなの…?」


 ユリカは胸に手を当てて、息を荒げながら心配そうに俺に聞いてくる。不安なのだろう。


「分からない。だがなんという無慈悲な因果なんだ。400万人も…。さあユリカ、加速させるぞ」


「うん…」


 ユリカを抱きしめて落ち着かせると、俺は加速詠唱の準備に入る。


「加速は実証実験の2倍の速度まで到達させる! 地の加護を持つ者はゼルイド特級騎士へ加護流を明け渡し、代理詠唱で荷重軽減加護を! 風の加護を持つ者は飛空船周囲に大気摩擦を防ぐ障壁詠唱を!」


「もうできてるぞ、カケル殿!」


「それじゃあ行くぞ! みんな席に座れ! …この物体を加速し、それを1分間持続させ給え!」


「うわっ、これはすごい」


 荷重軽減加護を使っていても強烈な加速が俺たちを襲う。窓の外の景色は、次第に速度を増していく。船の下を流れる雲はやがて、ただの白っぽい筋にしか見えなくなった。音速の35倍まで加速し、およそ16000kmを20分で渡りきる。少しでも早くパレスティカへ到着しなければ、すぐに回復が必要な生存者を救えないからだ。


 高速度となった飛空船は、激しい衝撃波を撒き散らしながら飛ぶ。高高度を切り裂く銀色の星間飛空船から発せられた高音の衝撃波音は、まるで地球の民が悲鳴を上げているかのようだった。


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