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太陽王の世界 ―黎明―  作者: 檀徒
◆第二章◆
37/86

35話 開かれる時空の扉

 ―――――――ドポリ


 深い深い大地の中で、象が喉を鳴らすかのような低音が響き渡る。気の遠くなるほどの時間をかけてゆっくりと登ってきた力が、その先の道を探して彷徨っているかのような―――――――





「だっはっは、ユリカ、それもう一回やってくれ」


「エヘヘ、かわいいねこれ」


 俺たちの家はもう研究施設兼住居、という感じになっていた。闇の加護の実験が、とても面白い方向へ進んでいる。居間の机の上に牛の縫いぐるみを立たせると、立たせるために作られておらず不安定なのでころんと仰向けに転がった。それをユリカが加護で3秒ほど戻すと、いつの間にかまた立っている縫いぐるみがころんと転がり、また立っては転がるのを繰り返していた。その転げ方が滑稽なのだ。


「カケル君最近、人が変わったみたいに明るくなったね。ユリカちゃん、羨ましいな。トレノちゃんも」


 ミューが俺の変わりように驚いていた。ほとんど無表情で、笑うとしてもニヤリとしかしなかった俺が常に笑顔でいるのだから。何があったのかと聞かれたことに対して、俺は愛というものに気がついたと恥ずかしげも無く答えたのだがミューも納得しながら何か決意したのか、拳を固く握っていた。


 ユリカの加護は謎が多く、いろいろと5人で実験をすることで理論作りをする必要がある。縫いぐるみが転がるのもれっきとした時空加護実験なのだ。時間を戻すのは最長でも5分ほどしかできないようで、その実証実験に時計の時間がどれだけ巻き戻るかを行って判明したのだ。正確には5分18秒で、この318秒という数値になんらかの意味があるのだろうと思われた。


 せいぜい5分しか戻せないのだから、病気で亡くなる人や高齢で往生する人の時間は戻せない。怪我をしてから5分以内にこの加護を使うことで、怪我をする前に戻せるぐらいしかできないのだ。だが、それでも十分すぎるほどだ。


 無生物については問題なく時間が戻せたから、次は生物だということで、さきほど小さなネズミを使って試してみた。竹で編まれた籠の中で仰向けにさせたネズミが寸分違わず同じ姿勢で飛び起きる現象が何度も見られたので、命に別状もなく加護が働いているようだった。


 以前授業中に、植物を種まで戻していたのは、その5分を超える大きな因果律の変更なのだが、それは他者と関わりの少ない物だったからということのようだ。人工物、動物は因果律に大きく関わるために、変更が容易ではないのだ。だが植物は、巨木でも無い限り因果律の変更を大きくすることが可能のようだ。これを使ってミューの穀物遺伝子改良実験をできないかとも考えたが、遺伝子を組み替えしている時点で人工物という扱いになり、種に戻せないのだろうという結論になった。





 闇の加護は光ではなく、黒い靄なのだがよく観察して加護の本質を探ることになった。民間に伝わる伝承では、その加護の本質はよく分かっていない状態で、理論的に闇の加護を分析することは、爺様が持ってきた文献にも書いていないことを見つける必要がある。


 そして転機は突然やってきた。いくつかの物体を次々と隠蔽させていったとき、ユリカの作り出す闇の中に、先に隠蔽した物体があるのをマスタが発見した。暗い部屋の中に置かれているかのようだったので、この闇は暗い空間に空いた穴を見ているのだということが分かった。


 そう、隠蔽はものを見えなくさせるのではなく、ものを他の場所へ一時的に移動させていたのだ。つまり、この加護の本質が時空間、それも移動だということに気づく。うまく隠蔽詠唱を使えば、食料などを大量に長期間保存できるかもしれない。宇宙では特にこれが役に立つだろうことはすぐに想像できた。


 アルはそれが別次元の空間であるという仮説を立てたのだが、そう考えるといろいろなことが理解できた。今は入り口と出口は一つだが、もうひとつ出口を作ればそこへ移動ができるはずだ。それが、瞬間移動の正体だった。


「だがこれを、どうやって安定して維持するかだと思う。人を移動させるには安定させないと危険だ」


 アルの言うとおりだ。最初の加護実践術では、石は球形にくりぬかれてしまった。つまり石全体を移動させる前に空間が閉じたのだ。これが人間だったら大変なことになる。


「安定して移動する想像ができる詠唱が作れればいいのよね~」


 ミューが言うとおり、闇の加護を使うときにはっきりと移動できるものを想像する必要があったが、それは詠唱を作ることだ。


「うーん、誰かいい考えある!?」


「こういうのは思いつきなんだろうが、そう簡単に思い浮かぶものじゃないな」


「……」


 マスタは腕を組み、顎に手を当てて首を捻っている。誰も思いつかないようで、時間が流れていく。ん? トレノの目がきらきらと輝いている。何か思いついたのか?


「ユリカ、我は扉を形にするのがいいと思うのだがどうだ?」


 トレノも最近は一緒になって実験を手伝ってくれる。野菜を包丁で切ったものを、時間を戻して切る前の状態にしたりするなどの些細な協力だが、理論構成についても素人ならではの視点から助言をくれるのだ。そして今、扉という概念で加護を形成する考えを提供してくれた。


 そうだ、扉という、普段よく目にしている物を形にした概念なら、意識の中でも形成しやすいだろう。異次元の中へ向かう扉と、異次元の中から外へ向かう扉の2つを同時に作成するというのは大変だろう。だが中へ入った後に加護が切れたら、外へ出るのに時間がかかるだろう。2つ同時に作るという難度だと、これはちょっと現実的ではないかもしれない。


「あ! それなら簡単に想像できるねー! 扉の先が別の場所になっていればいいのよね!?」


 ユリカは頭の中で加護が実現するものを想像できたようだ。だが、扉を2つ用意するのではなく1つということか? そこまでは思いつかなかった。それならば難易度は半分以下へ一気に落ちるはずだ。


「ユリカ? 扉は入り口と出口の二つじゃなくて、すぐ先につなげられるの?」


 ミューも俺と同じ疑問が頭に浮かんだようだ。入り口の扉で別次元へ入り、出口の扉からこの次元に戻るという概念だと思ったのに、いきなりつなげることをユリカは考えたようだった。


「うん、多分つなげられる! それじゃ詠唱はどうしようか?」


「二次まではいつもどおりでいいね。三次以降は、まず出る先を指定する必要があるんじゃないかい? 次に…」


 マスタが詠唱の構成を考え出した。3・行き先の指定、4・扉の概念の指定、5・扉の大きさ、6・扉を維持する時間の長さ、そして7・扉を出現させる。闇の加護はやはり複雑、扉を構成するだけでも七次詠唱となってしまう。行き先の指定をするには、想像ができなければだめなので結局一度行った所に限られてしまうのだろう。


「ではこの詠唱を、次元扉と名づけよう!」


 アルはずいぶんと洒落た詠唱名を、すぐさま打ち出した。


「おお、かっこいいね~!」


 金色の長い髪を揺らしてミューがその詠唱名に賛同する。反対する者はいないようだ。


「ではでは、実験開始ー!」


「うわあ楽しみだのう!」


 ついに行われる本実験に、トレノは興奮を隠さない。


「闇の精霊よ、我に力を貸し与え給え。その力のさらなる深みを我に見せ給…?」


 ん? どうした? 二次で止めちゃったぞ?


「ごめん、どこへ行くか全然考えてなかった」


「「「「「だあああ!」」」」」


 その場に居た全員が突然の虚脱感に見舞われて、かくりと膝を落とした。





 ウルガ河の河川敷に突如黒い靄が現れ、そこに居た者をぎょっとさせた。その黒い靄は直径2メートルほどの大きさになると、静かに動きを止めた。だがどうやらそれが闇の賢者の実験らしいことは、愛玩家畜化に成功した狼を連れて散歩をしていた老人も、生まれたばかりの子供を腕に井戸端会議をする女性達もすぐに気がつき、固唾を呑んで様子を見守っていた。黒い加護というのは、闇の賢者からしか導き出すことはできないからだ。


 やがて黒い靄は四角い形になっていき、やがて四角く切り取られた空間の先に民家の居間と6人の少年少女が見える。つまり、俺たちだ。アルを先頭にして6人が次々とその扉――と言っても四角い空間の切り抜けだが――それをくぐって河原の石の上に足をつけた。


「実験成功ーーー!!」


「やったあ!」 「よっしゃー!」


「「賢者さま、おめでとうございます!」」


 近くに居た主婦たちが駆け寄ってきて、目を丸くしながらも笑顔で俺たちの成果を祝福してくれていた。ユリカは巷の女性たちに絶大な人気があるのだ。ユリカもそれに応えて主婦達と手を取り合い、きゃっきゃと喜びながらぶんぶん上下に振っている。ユリカ、その人たちは知り合いなのか? いやそんなことは無いだろうがまるで旧知の仲のように振舞っている。誰もが一目でユリカを気に入り、ユリカも訳隔てなく人々と接するので自然とそうなるのだ。それが賢者という称号を得た者たちに特有の、謎の魅力性なのだ。


「ん? これだと…。みんな、ちょっと聞いてくれ。これは気圧差があると、空気も一緒に強烈な突風となって流れるのではないか?」


 アルがとんでもないことに気づいてしまった。そうだ、アイラ頂上を行き先に指定していたりしたら、扉を作った瞬間に突風が吹いて吸い込まれてしまうだろう。言われてみれば確かにそうだ。


「ということは、アルが障壁を作ってからでないと次元扉を作ったら危ないよね~」


 ミューがすぐにその事実を認めて、解決策を提示する。確かに障壁を作れば解決なのだ。だが、その過程では空気を抜くという作業も必要だ。


「ああそうか、障壁で気圧を先に指定場所と同じぐらいにしておいてから扉を作れば良いのだね」


 アルが問題点を指摘し、ミューが解決策を提示、マスタがさらに詳細解決案を出す。誰か一人が突出しているわけではなく、協力し合える素晴らしい研究団だなと実感する。


「賢者様、その加護で木星へ行きなさるのかね?」


 主婦たちの後ろから老人が質問してきた。そう、国民はこの木星行きに過大なほどの期待をかけているのだから、知りたくてたまらないのだ。老人が連れていた愛玩狼、これは最近『犬』と呼ばれている生き物なのだが、その犬がユリカに尻尾を振りながら嬉しそうにじゃれている。ユリカの魅力性は、動物にすら有効なのだ。


「いえ、この力だけでは一度行ったことがあるところへしか行けないのです。木星へは、多分別の加護を使って星間飛空船で向かわないとなりませんので、また新しい詠唱を作ります」


 犬を撫でながら答えるユリカに、丁寧にその質問に対する解答を教えてもらった老人は、まるで自分の孫を見るかのように暖かい笑みを浮かべて「期待しておりますぞ」と激励してくれた。





 伝聞社というのは本当に情報を伝えるのが早いのだ。翌朝の紙伝に次元扉のことがもう載っていた。以前の蘇生についてはやはり王族が掲載を止めさせたようで、何も載っていなかったが、木星行きに関することなら制限は無いのだろう。


高 校への通学路を、ユリカと二人で紙伝の内容について話しながら歩く。内容についてはほぼ合っているので、変な誤解を受けることもなさそうだし、順調に木星行きが準備されていることが世界中へ伝わっているだろう。例年なら3年生の研究内容を伝聞社が追うことなど無いのだが、シスカ王の目論見はここでも成功していた。情報を大量に流すことで国民の目を闇の賢者に集中させるのだ。


 そして太陽王に関する情報があまり出回らないため、陰謀に手を染めている者への陽動、さらにはあぶり出しにもなるのだ。この、闇の賢者に対する熱狂のなかで、やけに太陽王の探索に執拗な者こそ、俺の情報を渡してはいけない者だと分かるのだ。


「やあヤマト。ずいぶん執事という待遇が様になってきたじゃないか。闇の賢者殿に婿入りするための花婿修行か?」


 うーむ。その疑いの目を向けているエスタ=ユウチと出会ってしまった。まあ、話を合わせて俺については興味を無くすようにしておかなければならない。変に言い返したりしてはまずい。それに今の状態なら本当にユリカに婿入りというような状況なのだ。ある意味正しい。


「ああエスタ、おはよう。そう、俺みたいな使えない騎士でも、なんとか執事に雇ってくれたのだから、体でもなんでも使って恩は返さないとね」


「ハッハッハ! 闇の賢者殿はずいぶんと情け深いお方だったみたいだな! しかしその年で男をはべらせるとは賢者殿も隅に置けないな。毎晩楽しんでいるか?」


「エヘヘ、はべら…じゃなくて。あのね、私そんなつもりでカケルに執事になってもらったんじゃないのよー!」


 ユリカは両拳をぶんぶんと振り回している。拳術じゃなく、ただ振り回しているだけなのだ。その仕草は可愛らしいと思うぞ。


「まあ、そういうことにしといてやるよ。性に没頭しすぎて堕落しないように気をつけな」


 クックック、と笑いながら同じ火星出身の配下を従えて俺たちを追い越していく。ユリカも話を合わせてやり過ごそうとしたようだが、あまりにも酷い内容についやり返してしまったようだ。何故こんなくだらない考えを口にできる人間が、加護を使えるのだろうか? そうだ、これは学園七不思議のひとつに違いない。


 だが陰の気は感じない。多分、エスタはそれを悪いと思って口にしているわけではなく、もとからそういうことをあからさまに言う性格なのだ。もしかしたら本気で俺たちのことを心配して言っているのかもしれない。いい意味で無邪気、悪く考えれば無慈悲なんだろう。だが彼は時々、とても悲しい表情をしていることがある。おそらくエスタも何かと戦っているのだ。


 だが部下の為にいろいろ手をかけてやるなどと考えられる人間ではないようで、加護も火3とそれほど強くは無いが、エスタは政治の力で加護の強い配下を従えている。それもひとつの騎士団の形だから悪くは言えないが、金銭によってのみ集まっているというのは、あまり気持ちのいい集団ではない。彼らが陰謀に加わっていなければそれでも構わないのだが。


 そうだ、最近加護戦と研究のことばかり考えていたが、爺様と一緒に陰謀を潰す計画を立てなければ。


「カケル、あまり気にしないで…」


 悲しそうな顔をしてユリカが俺の顔を覗き込む。そんな悲しい顔をしないでくれ。ユリカにはずっと笑顔でいてほしいのだ。ユリカとトレノ、2人が笑顔でいられるならば、俺はどんなにそれが恥ずかしいことでも、口にするべきなのだ。


「…ありがとう、俺は愛するユリカを一生かけて護るよ」


「うわあ…嬉しい…」


 ユリカの耳元で、小声で愛を伝える。以前ならそんな言葉をかけようものなら正体を無くしていただろうに、自然体のまま顔を俯かせて耳まで真っ赤になっているユリカに庇護欲を刺激される。つまり、控えめだとかえってそれが俺の心臓を直撃するのだ。それをいったいどこで覚えたんだユリカ!? だがその気持ちには焦るようなものではない。本当の愛というものに気づいた俺には、そのユリカの可愛らしい仕草を受け止めることができるのだ。思わず公道のど真ん中で抱きしめてしまいそうになったのに気づいてそれを止め、俺はユリカと並んでゆっくりと歩きながら校門をくぐっていった。危ない危ない。

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