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太陽王の世界 ―黎明―  作者: 檀徒
◆第一章◆
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27話 集う仲間

 加護理論は一般には公開されていない内容が多く、授業は新鮮だった。3年生の授業は、教科書が無いのだ。講師の言葉を書き取っていく形の授業は、一度休んでしまったり居眠りしてしまったりすると追いつけなくなるようなものだが、ここにはそんな人間は一人も居ない。


 四大属性には表と裏があり、表は火、水、風、地。裏は熱体・振動、流体・回復、気体・情報、固体・重力。


 火は目に見えない小さな粒子の持つ振動を統制するので温度の上げ下げができる。近接加護が多く、前衛が得意だ。


 水は体の中の、加護を含む流体の流れを統制して回復力を大幅に向上させる。攻撃加護よりは仲間を護る加護が多く後衛向き。


 風は気体を伝わる波をもって気体を統制し、情報を遠くへ伝えることができる。補助加護が多く、遊撃向き。


 地は固体が持つ力を統制し、固体にかかる重力波の影響を変えられる。広域加護が多く、前衛から後方までこなす。


 なるほど、四属性はそれぞれ、物質が持つ4つの姿を現していたのだ。火属性の熱体というのは、物質が高い力を得ると現れる状態で、極光や宇宙空間での太陽風などはこの状態だという。地属性は固体を変動させるのが表詠唱、重力を変動させるのは裏詠唱だ。地については親父が昔教えてくれたから分かっていたが、火属性についてはおぼろげにしか分かっていなかったので、これでいろいろと意味が通じてくる。


 本当は水属性の詠唱もできていれば、アイラでも筋肉痛をやわらげながら登頂できたのだろうが、あれはあれで苦しかったからそのほうが修行になっていいのだろう。一般に言われている、性格による発現はあくまで傾向であり、まったく違うものが出ることもある。むしろ、こういう性格だからこういう加護という考えでいるからこそ、その加護が出てしまうのだろう。





「ただし、そこにおられる闇の賢者殿の加護は、この4属性を大きく逸脱しています」


 講師である一級騎士からいきなり名指しされたユリカは少し驚いて、自分の力の本質を知るために講師の話に耳を傾けた。


「闇の表は隠蔽、裏は空間・時間。敵の攻撃を欺いて空間を捻じ曲げたり、怪我をして亡くなられた方が傷つく直前まで時間を戻したりなどの詠唱が知られていますが、初代闇の賢者が開発したものしかありませんから、数は少ないですね」


 聞き間違えではない、死者を取り戻す詠唱だと!? そこまで道理に反する詠唱があるのか。いったいどのくらい複雑な加護なのか、まったく想像がつかない。講師は当たり前のように言っていることだが、これは騎士だけにしか明かされない内容なのだろう。一般人に対しては情報制限があり、俺たちは3年生になってこの高校で学んだことを他人に知らせることはできないという契約書を書かされていたから、これからもずっと隠され続けるのだ。


 空間の加護については、カノミ流拳術と相性が良いというよりも、認識をずらす拳術をもともと初代闇の賢者のアーケイが開発したのだから、カノミ流の本質と言っていいだろう。


「星の加護もほぼ同一で、表は宇宙、裏は空間・距離です。光の加護は、表は公開、裏は無形・精神です。古の賢者当人達でないと意味は分からないはずです。私もよく分かりませんので」


 精神? うーん、光についてはまったく意味が分からない。光の表は知っていたが裏がよく分からない。星はある程度分かる。だが光の裏についても俺は使うことができるはずだが、そんな精神加護みたいなものが使えるのか? 具体的な詠唱の例があればそこからいろいろ類推できるのだが、講師はそのあたりは何も言及しなかった。ならば、王族の書庫にしか記録の無い詠唱があるのかもしれない。何しろ1800年も昔のことだ。記録はもしかしたら無いかもしれないが。


 講師の言葉を聴いて疑問に思うなぞ、計算学を除いて今まで無かったことだ。新しい価値観との触れ合いは心を高揚させる。いやあ、楽しい。


「先日、最新の複合加護が発表されましたが、それは後日お伝えすることにして。では火の加護から、その加護流の使われ方を確認していきましょう。火の本質は振動ですから、加護流自体を特定の振動数へ…」


 分かって使うのと分からないで使うのには、大きな違いが出てくる。微細な調整ができるようになるのだ。この授業をすべて聞き終わるころには、俺にも全ての加護が使えるようになっているだろう。だが全て使うことが可能なのと、全てを使うことは別だ。状況に応じて適切な加護を使い分けることは、知識ではなく知恵なのだ。


 たとえばどれほど政治についてその歴史から運用方法まで知っていたとしても、実際に政治を行うことは完全に別物で、政治評論家達がああだこうだと政府を批判するようなことがあっても、彼らには決してそのような批評をされることのない政治を行うことは不可能だ。だからそれを踏まえないで辛辣な発言を繰り返す者を、世間は愚者と呼ぶ。これは賢者の正反対の言葉を非公式な称号にしてしまったもので、どれほど賢者のような深い知識があっても愚者は愚者なのだ。





「お昼ですよ~執事どの~」


「はい、行きましょうか、ユリカ様」


 あっという間に昼になってしまった。3年生の授業は、一級騎士や二級騎士との触れ合いでもあるので、そういう面では授業の内容が知っている話だったとしても、本来は面白いものだ。詠唱学についてはたまたまあの講師だから面白いと感じられないだけで、内容については正式に聞いたことは初めてなのだから面白いはずなのだが。


 詠唱については生活に密着した詠唱もかなりあるので、主婦向けの「簡単便利詠唱」なる本や、子ども向けの騎士列伝などで詠唱の解説がついていたりするので世間でも知られていることが多いのだ。子ども達の遊びといえば騎士ごっこなどが代表的で、魔獣役を交代で行って倒すという遊びが一般的だから、賢者の役をした子たちが伝記本で覚えた詠唱をしているのを街角で見かけることなどざらにある。もちろん、どんな簡単な詠唱でも彼らから加護が発動することはないのだが。俺とユリカはそうやって遊ぶ年頃からずっと道場に通っていたので、一度も騎士ごっこなどしたことがなかったが、小学校などで遊んでいる同じ年頃の児童たちから授業の合間に教えてもらったり、本を読んで覚えたりしたのだ。


「私もお邪魔してよろしいかな?」


 銀髪のアルケイオスが俺たちの前で弁当箱を吊り下げ、貴公子のような微笑で問いかけていた。いや実際、彼は貴公子なのだ。西方のパレスティカのさらに西、バルカンにあるイリュリア領主・ソクラテス公爵の長男なのだから、威風たるもの堂々としており騎士の称号に相応しい男だ。ソクラテス公爵もその先代も三級騎士の称号を持っているのだと以前アルが言っていたので、とうとう一家三代で騎士になることに成功したのだ。アルの父親も喜んでいるだろう。


「あ、私も。一緒に食べましょうよ~」


「アル、ミュー、いいね一緒に食べよう」


 ミューもアルケイオスの後ろからやってきた。食事がてら、研究団の話をしてみるか。俺もユリカも二つ返事で答えた。2年生まで一緒に遊んできた友人達は皆卒業して、就職して行ってしまったり結婚して家庭に入ってしまったので、高校の中にいる知り合いの数は激減した。ならせめてその数少ない知り合いたちと昼飯ぐらいは食べたいものだ。


 トレノ姫が作ってくれた弁当を噴水の近くに確保したいつもの場所で開けてみる。本当はユリカも一緒に作ると言ったのだが、花嫁修業ですからと断られてしまったのだ。さて、どんなおかずが入って・・・なんだこれは? ユリカの方を見ると鼻から息を大きく吸い込んで固まっている。


 奇妙な形に切られた橙の塊は人参なのだろうがこれで火が通っているのか? 何故大根を生で入れる? む?この焦げた黒い塊は本当に肉なのか? 具が、具の種類がたりないよトレノ。何故肉と人参と大根しかないのだ。何故人参をそんなに大量に入れるのだ。何故穀物が一切無いのだ。人参を麦飯のように食べることを強要されるなんて、生まれて初めてのことだ。


「………」


 ミューとアルが俺たちの弁当箱を覗き、口を開けたまま絶句している。いや、俺もユリカだって絶句している。ああ分かった、トレノは本当に花嫁修業をしなければならないようだな。しかし腹が減っているのでこれでもなんとか食べられるはずだ。


「ユリカ様、覚悟して食べましょう」


「うん…お弁当を食べるのに、覚悟が必要になるとはねえ…」


 とりあえず生でも食べられるものは食べられるはず。肉も火が通っているはずだから大丈夫だろう。思い切って黒っぽい肉らしき塊を口へ入れてみる。


「ブふッ、これ…」


 なぜ肉が甘いのだ。塩と砂糖を間違えたな? 焦げ臭い砂糖の塊は肉とは言わないのだが、どうやら豚肉の成れの果てらしい。これ以上口の中へ入れることを本能が拒絶していた。大変残念なお味です。


「ユリカ様、大変申し上げにくいのですが」


「うん、言わなくても分かってる…明日から私が作る」


「自分もお手伝いいたしますので…」


「うん、3人で一緒に作ろうか…」


「…ちょ、それ…誰が作ったの?」


 明日からの弁当の相談をしていたら、やっと固着が解けたミューが質問してきた。


「えと、新しいお手伝いさんが。花嫁修業で来たんだけど、さすがにこんな状態とは…」


 文字通り、箱入り娘だったのだろう、王城からあまり外に出ず、料理も家事も、すべて他人にやらせていたのだろうから最初はこんなものだ。だがよく頑張ってやる気になったものだ、初めて一人だけで作った料理に違いない。そのやる気だけは買う。だがこの調子では、家に帰ったら洗濯槽が泡だらけになっていると容易に予想できた。帰り道にサツタ屋で甘物を食べたいところだが、寄り道せずに帰らねば。





「話は変わるんだけど、アル、ミュー。研究団のことで相談したいんだ」


 主人のユリカには敬語だが、友人には普通に話してもいいだろう。俺はまったく火の通っていない人参をボリボリと食べ終わると、さっそく本題を切り出した。ユリカは鼻をつまんで肉の成れの果てを口の中へ放り込んでいる。


「ああ、私もそのつもりで話しかけたのだ」


「私もよ」


「ん? ということは?」


「一緒に研究しないか。題材は君たちのものを手伝う」


「私も、穀物の品種改良はさすがに1年でやる題材じゃないから、ユリカたちのを手伝おうと思ったのよ~」


 そうだ確かに、ミューは火星の大地でちゃんと成長できるような穀物を品種改良によって生み出す研究をするために生物学を勉強していたのだ。騎士になればその研究費を出してくれる者は増えるだろうし、潤沢な資金があればおそらくその研究は成功することだろう。だからきっとミューも、本当は前から騎士になるつもりでいたのだ。


「賛成賛成! みんなで一緒に研究しよう!」


「それは願っても無い、ありがとうアル、ミュー」


 なんともあっさり研究団ができてしまった。アルは風の加護、ミューは水の加護だ。あとは火の加護を持つ騎士がいれば研究には最適なのだが…。


「やあ、ここにいたのかい。自分も混ぜてくれないか」


「「殿下!?」」


 学級が別となってしまったが、予定通りマスタリウスも第一高校へ編入となっていたのだ。まあ王族男子は普通、第一高校になるので当たり前と言えば当たり前なのだが。だが王族女子は別だ。彼女達は加護適正試験すら受けず、まったく加護とは関係のない人生を送る。血筋の遠い王族や大臣たちの息子へ嫁いだり、ときには神官となって一生独身で過ごしたりするのだ。トレノも、おそらくそういう厳しい現実を乗り越えて俺のところへきたのだろう。


「やあ、久しぶりだね、闇の賢者殿と執事殿。今の話は聞こえていたよ。火の加護者は必要かい?」


「マスタリウス様も一緒に研究してくれるなら百人力ですよ~!」


「ああ、自分のことは様づけはやめて、今後はマスタと呼んでくれ。じゃあこれで5人の研究団だね」


 ユリカが発する謎の魅力は、ユリカと仲間になりたいという欲求を激しく湧き上がらせる。近づいてくる者を全員仲間にしていたらおそらく数十人になってしまうだろうから、今後はそのあたりも考えて行動しなければいけない。だが新学年1日目にして、研究団の結成ができたことは幸運だ。加護は全種そろっているので、研究に支障は無いはずだ。


「ところでそれは誰が作ったんだい? まさか執事殿じゃないだろうね」


「いやこれは、トレノちゃんが」


「……侍従失格だねこれは。至急、教育係を遣わそう」


おいおいマスタ、君の親戚だぞ。

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