26話 新しい家族
翌日、おふくろと一緒に、親父の墓前に騎士となったことを報告に行った。寂れた墓地だが、親父の墓石は立派だった。ヨシス叔父さんが選んでくれたものだ。タケル=ヤマトと掘りぬかれた石の上部には、8つの星が刻み込まれている。親父が過去に倒した10キロ級魔獣の数が8、そして親父の加護が地8だったからだ。
「親父。やっとここまで来たよ。これからの方が大変だけど、親父がやろうとしてくれたこと、感謝してるよ。次は俺が成し遂げるから、安心して眠っててくれ」
「……」
おふくろは何も語らず、親父に似てきていた俺の背中を黙って見ていた。この10年で、親父とほぼ同じ体格になった。親父は細身だったから完全に遺伝だ。だが、その筋力はとても強いものだった。親父の体重は同程度の体格の者より1.3倍もあり、筋密度・骨密度が共に高いことを表していた。俺も同じように、いやそれ以上に筋密度が高いようなのだが、同様の体質を偶然にもユリカも持っているようだ。これはおそらく加護の力に関係しているのだろう。
手を合わせ静かに目を瞑っていると、墓地を緩やかな風が通り過ぎるのを肌で感じた。親父が抱きしめてくれたような、そんな風だった。
「ユリカ様、ただいま戻りました」
「カケル~ おかえり~! お母さんは元気だった?」
ユリカが俺を明るく出迎えてくれる。本当にいつもいつもいい笑顔だ。どんなに美人でも笑顔を振りまくことができなければ、美人とは感じられないものなのだ。本当に魅力的な女性というのはユリカのように、笑顔を常に忘れないでいられる人なのだと最近は身に染みて感じる。自分にその笑顔が向けられていると感じると、人間というものはその相手を仲間だと認識するよう、本能に組み込まれているのだ。社会性動物だからこそ起きる心理現象だが、その理屈が分かっていても俺にはそれを行動に移すことが難しかった。だから常に無表情になっているようなのだが、言われてみて初めて気づくようなことだった。
「ええ、とても元気でした。しかし返そうとしたお金をつき返されて、さらに6000万もの大金が入った通帳を渡されてしまいました」
「うっわ~… それすごい苦労して貯めたお金だろうね…大事に使わないとねー!?」
実際、俺たちの修練と同じようにおふくろも自分を追い詰めて、俺のために貯めてくれていたのだ。大事に使わせてもらおう。おそらく3年生のうちに大きな研究をするとなると移動で飛空船が必要となるし、その後も騎士として活動を続けるなら、自分だけの飛空船は絶対に必要だ。6000万もあればお釣りが来るのだが、維持費用や物資の代金を考えるといくらでもあったほうが良い。
「あ、そうだ紹介するね。侍従として来てくれたトレノさんです!」
気がつくとユリカの後ろに女性が立っていた。ん? 侍従といえば普通は40代、50代の既婚女性なのだが…。若い。それにどこかで見たような顔つきだ。
「トレノ=ダブスです。執事長に従ってユリカ様を支えていきますので、よろしくお願いしますのです」
「これはどうも、以後よろしくお願いいたします。あの、失礼ですがどこかでお会いしていますか? それとそのお名前、もしかして…」
「ウフフ・・・はい、父がお世話になっておりますのです。シスカの娘です。普段はトレノとお呼びくださいなのです」
「な、姫君殿だったので!?」
そうか、シスカ王に似ていたのか。それにしても王族、それも中央王家、いや王の娘とはどういうことか? 意図が読めない。知らず知らずのうちに俺は眉を顰めていたので、自身の表情筋から伝わる感触に気づいて、慌てて笑顔を作る。
「ご即位あそばされたときには妻としていただけるよう、私も花嫁修業がてら、精一杯お勤めさせていただきますのです。側室にしていただければ十分でございます」
「はっ!?」
あまりの突飛な提案に間抜けな声が出てしまったが、そんなことは気にせずにユリカの方を見やると、にこにこしている。側室制度は近年王族でもやめてしまったものなのに、復活させるというのか? いやそうじゃなく、ユリカはそれでいいのか?
「カケルはそういう立場なんだから責任を取るように! 国民感情ってものを考えたらこうするしかないのよ」
「せ、責任!? 国民感情!? あっ、そうか」
なるほど、現在の王家がそのまま退陣することは、国民感情にどこかしこりを残す可能性がある。だから二代目太陽王のサイカ王は、初代王家を神官家として特別に迎えることでその移譲を滑らかに執り行ったし、初代王家から后を娶っていた。
今回も前王家の血がちゃんと次世代の王家に残るようにという配慮なのか。逆にその場合、側室などでいいのだろうか? だがトレノとユリカは既に意気投合しているようだ。歳はトレノが19歳だったはずだが、まるで双子の姉妹のように同じ角度で首を傾け、同じ髪型で俺を見つめている。しかしトレノは力強い目で俺を見つめてくる。これは、観念するしかあるまい。それにしてもなんと強引な押しかけ女房か。
「…理解しました。以後、よろしくお願いします」
「「不束者ですが、よろしくお願いします」」
その台詞はちょっとどうかと思うような、という言葉を2人で口を揃える。これはえらいことになった。いたずら好きのシスカ王の顔が思い浮かぶ。またやってくれたぞ。
「今回のことは、サノクラ師範が選んだので?」
「ううん? お父様がああでもないこうでもないって言ってたら、シルベスタ様が来てちゃっちゃと決めていっちゃった」
「ちょ…。サノクラ師範はなんとおっしゃっておられましたか?」
「本妻なら…とかなんとかつぶやいて部屋に篭っちゃった」
「プッ。サノクラ師範を励ましに行ってあげてください」
「エヘヘ、お父様って呼んだらすぐに部屋から出てきたから大丈夫だよ~」
な、なんとも現金な。結局、トレノ姫も住み込みで働くことになっており、3人の共同生活となってしまうようだ。波乱は、どうやらなさそうだ。2人は既に親友のようになって手を取り合って喜んでいる。ならば悩むのは俺だけか。年頃の女性2人に囲まれながら、欲望を抑えて生活をするのは酷な話だ。解決策としてはすぐに結婚してしまえばいいのだろうが、既に偶像化してしまったユリカを娶ることができるのは太陽王だけという風潮になっているので、婚約を発表した瞬間に俺を怪訝に思う者が増えてしまうだろうからそんなこともできない。さらには、何の見栄えもしない男が妻を2人得るというのも話としてはおかしい。やはり、結婚は俺が即位してからでなければならないだろう。
ユリカが作ってくれた晩御飯を3人で食べながら、そうやって今後のことについて話をしていた。トレノは花嫁修業が中途半端のようで、結局料理はユリカがやってしまったのだ。明日からは俺たちも高校生活が再び始まるので、家事はトレノに任せていかなければならない。
「大丈夫、任せるのだ。のです。掃除洗濯料理と、少しは覚えてきたので問題はないのです」
トレノは言葉遣いもちょっと微妙だ。おそらく急造の敬語なのだろう、ときどき言葉が乱れている。
「じゃあ3人でお風呂入って一緒に寝るのです」
「いやいやいや! それはちょっと待った! それは無理!」
「そのくらいは、騎士にとってたいしたことはないはずなのです。我は昨日、ユリカとお風呂に入ったのだ。たのです」
「ええ!? たいしたことあるって! 女同士ならいいけど俺は男なんだけど!?」
「私は別に大丈夫だよー!」
「ユリカが良くても俺がだめ! 結婚するまでやめてくれ!」
2人はふくれっ面で俺を責めるが、そんな顔で責められるとおかしいのは俺の方みたいじゃないか。いや、どう考えても2人の方がおかしいはずだ。
「ぷぷぷ。カケル様はかわいいのです」
「そうそう、カケルってかわいいのよー! …エヘヘ~」
慌てふためく俺を見て2人は笑っていた。なんだ、冗談か? いや冗談には聞こえなかったから、気を抜いていると大変なことになる。これは心の修行なのだと自分に言い聞かせて眉間に皺を寄せるしか、俺にはできることがなかった。この新しい家族は、なんとも可愛らしい、しかし俺の本能を揺さぶるとんでもない刺客だった。今日一日で、俺の加護はまた強くなったに違いない。
翌朝、トレノを家に残して、ユリカと2人で第一高校への道を歩く。一応2着ほど買い込んでおいた執事服は、登校時には制服を着るのであまり意味が無かった。賢者会議やどこかへ出かける際ぐらいしか着ないだろう。
3年生の授業は、全てが加護に関係するもので、まず三ヶ月ほどみっちり加護理論を、実技をともないながら叩き込む。6月には研究の題材を固め、翌年二月までは研究と巧術を磨くことに没頭するのだ。四大加護の統一理論は王家から駄目出しを喰らってしまったので、新しい題材を探さねばならない。それに、研究団も組まねばならないから、3ヶ月の間に仲間を作る必要がある。
「研究、どうしよっか。とりあえずカケルと私は同じ研究団ということで!」
「そうですね、ユリカ様。頑張って考えていきましょう」
この2人で研究を行えば、相当素晴らしい成果が出せると思っているが、ユリカは祭典、それから賢者会議で大きな目標を立ててしまったので、それでも研究するにはまだ人数が足りない。ミューやアルケイオスにも一応打診してみよう。
「カケル君~ ユリカ~ あ、もう賢者様なんだっけ? おはよ~」
「アハハ、おはようミュー。今までどおりでいいよー」
おっとりとした口調で、通学路で一緒になったミューが挨拶してきた。
「カケル君はユリカの執事になったんだって?」
「そう、執事にしてもらったんだ。さっそく就職成功だよ。おそらく3年生の中でも一番乗りじゃないか? と思ったらもっと上がいたみたいだね」
社会的にも加護的にも優れた力を持つ者は、たとえ学生であっても、護衛の意味も込めて既に部下を引き連れているものなのだ。遠く前を歩いているエスタの後ろにも5人ぐらい取り巻きがいるようだ。初日から、ちょっと多いが今は気にしないことにする。どうせ火星の出身者たちだろう。
「ユリカ、こんないい執事がいるなんて羨ましいよ~」
「エヘヘ…」
「これからはユリカ様の執事として護衛に努めます。何があってもご安心ください」
「うわ~、こんな素敵な執事、私も欲しいな~」
「エヘヘ…」
壊れたように「エヘヘ」としか言わなくなってしまったユリカに付き従い、初めて騎士として校門をくぐる。ここからの1年が勝負だ。
既に部下を引き連れている者はユリカ、エスタの他にも数名いた。その者たちの騎士としての社会的強さは、その部下の質によって決まると考えられている。優秀な騎士ならば、若年期から優秀な部下を既に従えているべきなのだ。俺がユリカの執事にならなかったとしても、さすがに闇の賢者の称号で呼ばれるからには部下を見つけなければならなかっただろう。俺は総合試験で800点を取った者として、賢者の執事に相応しい成績を残していたので選ばれたということになっているのだ。だがあくまでもユリカの引立役として、目立たぬように務めなければならない。
3年生はある意味学生、ある意味既に社会的活動を行う騎士なのだ。だが、たいていは上になる者を見つけられず、また部下に相応しい者を見つけられず、たった一人で卒業していく者の方が多い。後に職業騎士として活動するつもりがなければ、一般企業人または研究者となるつもりならば、3年生で部下を作ることは彼らの面倒をずっと見続けなければならないため、苦痛でしかないのだ。
「詠唱は大脳新皮質の活動を身体の加護流に連動させて行うためのもので、無詠唱はこれを脳内のみで行うため、言語を発するのと同等の意識を持たねばならない、次に…」
詠唱学については自分で使おうと思って14歳からいろいろやっていたのだから、既に頭の中に入っている。3年生になると試験は無いが、たった今でも何かしらの試験をやるなら全問正解する自信がある。
俺が興味があるのは武器と加護を組み合わせた戦いのための学問である巧術学、それから加護の本質を理解するための加護理論学だ。おそらく加護理論学では、今年発表された論文の、あの複合加護の理論がさっそく取り入れられるだろう。
他に興味のあるものとしては、高速学がある。どのようにして早く加護を打ち出すかを学ぶものだ。五次詠唱ともなると、この高速学を学んでいないと途中で加護が切れてしまい、発動しない。だから高速学も決して侮ってはいけない授業だ。
「…この詠唱は知識の泉とのつながりを意識することでより強力なものとなり、黒水晶はこれを…」
ふむ、内容はやはりすべて頭に入っている。詠唱の基本とはこうだ。
詠唱は次元数によって構成されており、一次詠唱は簡単だ、「力を貸し与え給え」と考えればいいので無詠唱が可能なのだ。二次詠唱は、貸して貰った力に方向付けるため、再度なになにし給えと構成する。三次詠唱はさらに複雑だ。一次部分と二次部分を途切れさせず、頭の中で連呼しながら詠唱しなければ発現しないのだ。しかしこれはある程度短縮が可能なのだ。
たとえば灯火の詠唱ならば、「力を貸し与え給え」と「小さき炎をともしびに」と「我のかいなに宿らせ」の三次詠唱なのだが、二次へ短縮できる。「小さき炎をともしびとし、我のかいなに~」とつなげれば良いのだが、とにかくこれは加護の消費が大きい。
短縮すると、その次元数の部分は加護を2倍消費するのだ。四次を三次に短縮した引越しのときは、無詠唱の時の8倍の消費で、もし五次詠唱を二次へ短縮したならば、40倍の加護量を必要としてしまい現実的ではない。仮にそんなことをしたとすれば、詠唱中に加護が切れて意識を失うだろう。そうやって無理に加護を使うと脳内の糖分と酸素を激しく消費するのだ。想像したものが表に出てくるほど強力に脳を使うのだから、そうなって当然なのだ。
それぞれの次元数の詠唱は、それぞれ強い想像力を働かせて、それが実現することを頭に描かなければならない。強い詠唱ほどそれが想像できず、ずいぶんと貧相な加護発現となってしまう。だが引越しでは俺も四次短縮ができたのだから、相当いろいろできるだろう。太陽の力というのは本当に莫大なのだ。
「…詠唱の短縮化には前部短縮と後部短縮があり、最後尾の次元のみを口頭詠唱するのが前部短縮、その逆を後部短縮と言う。よく利用されるのが前部短縮で、特に複雑な詠唱ではこの前部短縮がよく用いられ、その発動速度を…」
詠唱学の講師は無表情で、教科書を読んでいるというわけではないのにまるで棒読みだ。聞いていて眠くなる授業というのはこういうものを言うのだろう。それに彼の加護流は、俺は好きではない。どこか他人を馬鹿にしたような、見下しているような雰囲気がある。しかしこの詠唱学ではもしかしたら一般的でない詠唱も教えてくれるかもしれない。それを期待しながら、次の加護理論学へ思いを馳せていた。




