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太陽王の世界 ―黎明―  作者: 檀徒
◆第一章◆
27/86

25話 帰省

 祭典で公表された予言によって、世界中がお祭り騒ぎとなった。世論は太陽王が大いなる災いから民を救い出す可能性についての楽観論がほとんどを占めており、期待の度合いは限りなく高まっていた。初代と二代目の太陽王についての伝記本が飛ぶように売れ、まったく準備していなかった出版社と印刷所は売り切れ続出と増刷の連絡がひっきりなしに入り、嬉しい悲鳴を上げていた。


 さらに闇の賢者が女性であることの意味について、もはやユリカは太陽王の后になるために生まれてきたかのような論調が目立つことで、ユリカの偶像化はさらに進んでおり、いつの間にか后候補筆頭という扱いになってしまっている。いや、実際その通りになる予定になってしまったのだからそれでいいのだが、世論というのはそういう何がしかの兆候を全て結び付けたがるものなのだ。


 だが悲観的な論調もかなりあった。つまり太陽王というのは常に、何かの危機があるときに出現するのだが、三代目の力が「かつてないほど強く」という予言のため、その危機と考えられる大いなる災いが「かつてないほど危険」という意味でもあり、さらに賢者も同時期に現れていることから、太陽王一人でも回避できないという意味なのではないかという記事だ。太陽神はいろいろな危機に対応できるように加護を人類へ与えているような、虹色水晶からはそういう意思が感じられる付与の仕方をされているから湧き上がる悲観論だ。


 実際俺が予想しているものはこの悲観論に近いもので、たとえ太陽王の力があったとしても、何かを間違えれば人類が滅亡する可能性があるという考えだ。だがその未来は不確定で、俺たちがこれからどう行動するかによって人類滅亡から大いなる災いの防止まで、いかようにも変わるだろう。


 総合風伝板から配信される短文記事が、矢継ぎ早に様々な論調を打ち出していく。楽観論の直後に悲観論、その後にまた楽観論がいくつも続きと、目まぐるしく最新記事が切り替わっていた。こういう多面的な見方が続くようなら、当分は毎朝配られる紙伝が分厚くなるのだろう。


 こうなると陰謀を巡らす者達は慌てるに違いない。誰よりも先に見つけ出して太陽王を暗殺し、何らかの行動を起こすつもりなのだろうが、ここまで派手に公表されてしまっては暗殺者としては動きづらいはずだ。だが、この熱狂を逆に利用し、暗殺を成功させた後に弔い・遺志を告ぐなどという言葉を前面に打ち出して台頭しようとする可能性だってある。太陽王を暗殺するということは、おそらくそう、どさくさに紛れて世界を掌握するようなことだって考えているかもしれない。だがこうやって彼らの選択肢を次第に狭めていけば、そのうちぼろを出してくるだろうから、このやり方は敵がまだ見えない現在では、俺たちにとって最善策に感じられた。情報戦を制する者が次世代の王になるのだ。


 ここからは、中央王家の隠密団が影の主役となる。祭典の翌日、ユリカは再び王城に招かれて、初の公式「賢者会議」を行った。賢者の称号を得た者は、その時代の王家と必ず会議体を持つことを義務付けられている。議会政治とは別の、年4回行われる神託を基準とした秘匿会議体、つまりその内容はあまり外には公表されないもので、構成者はその時代の王と賢者、それから神官の長3名のみ、また必要があれば賢者が設立した騎士団の団員数名や、王族・神官からも頭の切れる者たちがここへ加わる。ここにもし宰相も、という形だったらどうしようかと思ったが、議会政治とは別区分となっているために除外されていて安心した。


 報道陣は賢者としての始めての仕事に向かうユリカと、その後ろに付き従う若い執事を撮像機に収めているが、総勢40名の近衛兵が大手門にずらりと並び、ユリカが乗っている火力車から門内を結ぶ線を誰も横切れないようにしていた状況なので、歴史を感じる厳格な雰囲気に質問もできずにいる。報道陣は賢者会議の内容を知ることは無い。ただし次にユリカが大手門をくぐって出てくるときに与えられる一言、それだけが彼らに得られる情報だった。だが場合によっては一言も無く、賢者会議が行われたという事実だけを報じることができないこともあれば、逆にユリカが饒舌に内容を語り、翌日の紙伝が賢者会議一色に染まってしまうことだってあるだろう。


 俺たちは昨日から年齢を18歳としていた。ダイムーでは誕生日ではなく特殊な数え年なので、2月11日を過ぎると1つ歳をとる。2月10日生まれの人は翌日にはすぐに1歳となってしまうので、周囲との差が条件的に不利だということからほとんどの夫婦は4月から6月ごろに子どもが生まれるようにしていた。これは本来人間が持つ繁殖本能にも従った正しい形であると科学的にも実証されている。俺もユリカも本当は5月生まれなのだが、年齢が上がったことを祝うのは2月11日だった。だが、早産で2月に生まれてしまった子どもはそのままだと体の小さな1歳児となってしまうため、医師の診断書が付属すれば2月11日を過ぎても零歳という扱いでいられるようにしてあり、子ども達の教育に産まれた月による有利不利が起き難いように配慮されている。


 40名の近衛兵は4名ほどを大手門に残し、ユリカの前に2名、残りは全て横と後ろを取り囲む。報道陣が入れるのは二の門の手前までのようだ。二の門で近衛兵に遮られた彼らは、相変わらず兵士に取り囲まれて厳粛な会議へ向かうため中へ歩いていくユリカを、後ろから撮像機の光で見送っていた。


 迎賓殿を横目に、前を並んで歩く近衛兵長と副兵長の逞しい背中について行く。ここから先は以前にも入れなかった場所なのだ。会議をするのは王家楼の最も奥のはずだからだ。王族会議で普段使われている最上級の会議室が、賢者会議の会議場となっていた。


「肩が凝るね…」


「畏まりました。ユリカ様、肩をお揉みいたしましょう」


「え、そういう意味じゃないよカケル」


 最初の言葉の意味が分かっていても、世話焼きな執事に見えるように歩きながらユリカの肩を揉む。近衛兵でもおそらく俺が太陽王だと知っているのは兵長だけだろうから、執事として怪しくないように行動しなければならないことを、揉まれているうちにユリカも気づいて俺のなすがままに任せている。以前迎賓殿へ呼ばれたときに俺たちがここへ来た理由とその結果は、ユリカが試験前に加護を発現したから事情聴取を受けてすぐに帰ったということに摩り替わっていたから、俺は以前にも一緒に来ていた執事なのだという目で見られていたし、今後もそういう立場で王城へ来ることになるのだろう。


「エンティノス、ここからは私と賢者殿、それから執事殿の3人だけで向かう。ここで待機せよ」


「はっ 一同、整列待機!」


 王家楼に入ってすぐの広間で、近衛兵長は副長と思しき人物へ指示を出し、すぐにエンティノスという名の副長は34名の近衛兵を整列させていた。


 広間からは2階へ上がる階段があり、またしばらく柱だけの空間を歩くと、青銅でできた重厚な扉が俺たちを出迎える。


「申し遅れましたが、私は王家近衛兵団長のアザゼル=カノミ、二級騎士です。初代闇の賢者、次男アーゼイのさらに傍系ですから、ユリカ殿とは遠縁にあたりますね。どうぞよろしく」


「そうだったんですか! こちらこそ以後よろしくお願いします、アザゼルさん」


 その扉を開けながら兵長が自己紹介をすると、その姓にやや驚いたユリカが返事を返す。世の中は狭いものだということだ。彼にとってはヤグラ師匠とカノスがカノミ一族の直系当主と次期当主で、ユリカは直系に近い者で、将来的にカノスにもし男の子が出来なかった場合は、普通ならヤグラ師匠の娘であるエリシア・マルシアや、ユリカにできた男児が当主となるのだから、ユリカも直系一族という扱いなのだ。


「それから…やっと申し上げることが出来ますね。カケル様、以後私は、命を賭けて貴方様をお護り申し上げると誓います」


 扉を閉めて視界から近衛兵たちが見えなくなると、アザゼル兵長は片膝を床につけて顔を下へ向ける。ここから先は、執事のフリは一旦やめて良いということだ。


「アザゼル殿、ありがとう。これからよろしく頼みます。でも顔を上げてください、自分も堅苦しいのは苦手なんですよ。シスカ王たちと同じでね」


「そういう方だと先王から聞いておりましたのでこれっきりです。堅苦しいのは最初だけはお許しください。忠義心のやり場がなくてですね、ハハハ」


 そう言うとアザゼル兵長はすぐに立ち上がって白い歯を見せる。自身の使命を理解した人間特有の、爽やかな自信が伝わってきていた。





「さて、会議を始めましょう。賢者会議と言う名の、実は太陽王会議なのですがね。」


 侍従から飲み物を受け取ってきた女性神官が会議室に入ってきてそれぞれの前に器を置いていき、イーノルス神官主の横へ座ると、シスカ王が会議の開始をにこやかに告げた。ここにいるということは、おそらく彼女はかなり優秀な神官なのだろう。


「第一回の出席者に見慣れぬ神官がいると思いますが、彼女はイーノルスの長女で、エリオスという名です。大いなる災いについての予知夢はほとんど彼女からもたらされています」


「エリオス=シンクです。カケル様、ユリカ様。以後よろしくお願いします」


 会議は和やかに、そして粛々と進んでいった。議題は大いなる災いについてで、予知夢のここ10年の変遷が知らされた。最初のうちは人々が逃げ惑う姿しか見えず、次第にそれが大津波によるものだということが分かってきた。悲劇の後には地球上に人類がおらず、多くの生物が絶滅して寒冷化による氷の世界が広がっていたという。だが最近になって夢で見られる状況が変わってきていて、災いの後も狩猟採集生活をする人々が見え、未来が変動していることが窺われた。だが、地球上から文明が失われることは確定事項のようだ。人類はその文明を月や火星へ持ち出せるのかどうかが重要だったが、まだまだはっきりとしたことが分からない。これでは、対処策も考えようが無かった。


 次に隠密団のお披露目があった。隠密団長はシルベスタ先王で、その他総勢24名の精鋭が俺たちを影から支えてくれる。このような人の目に触れるようなところへ彼らが揃って姿を現すことは今後もう無いのだろうが、今現在隠密行動に当たっている4名を除いて、20名の忍び装束を纏った男達がずらりと並ぶ様は頼もしかった。裏から隠密団が俺を護るという体制なのだ。


 隠密団の副長からは隠密活動の状況について報告があった。火星では市長が秘密会議を多く行っているのだが、火星で任務に当たっている2名には常に命の危険があり、影で壮絶な戦いをし続けているため情報があまり入らないという。どうやらあちらにも隠密がいるのだ。ヤマタイの方は2名ほど潜入しているが、仮の身分を持ってあちらで生活しているために、情報の集まり方が遅く何も怪しい事柄が見当たらない。どちらも、さしたる進展が無いということだった。


 だが物事は複合的な見方をする必要がある。俺は火星とダイムーを行き来する飛空船の状況を、常に監視するように指示を出した。何らかの異常な発着数があれば、すぐに気づけるようにしておくことが大事だ。以後俺たちと王家、神官主の間では、情報の伝達は隠密団を中心として行うことを義務づけた。風伝板を使うと空気中を情報が伝わるために、敵にやすやすと重要事項を教えてしまうことになりかねないからだ。


 太陽王の正式な発表については陰謀を暴いてからだということで再確認し、最後に今後、俺とユリカがどのように高校3年生の授業を受けて行くかについては、研究の課題に大いなる災いへの対処を盛り込んでいくという事で決まり、会議はそれで終了となったが、俺たちが出て行くときに報道陣にはどこまで伝えるかも話しておかなければいけない。


「では、紙伝に載せても良い内容は、大いなる災いの予知が変動し続けていることと、ユリカが高校での研究でその対処策を練ること、という2点だけで良いですね」


「そうですね、それでいきましょう」


 会議を終え、再び近衛兵に囲まれて二の門から出て行くと、ユリカは会議で決めたとおりに報道陣へ情報を伝えていた。それは賢者会議の内容として相応しいものだったから、記者たちはちゃんとした記事が書けることに胸を撫で下ろしていた。明日以降、まだどんなものになるかも決まっていないユリカの研究に、世界中が注目し始めることになるだろう。





 俺たちの終業式、そして2年生で騎士にならない者と3年生の卒業式は祭典の2日後、一般企業が活動を開始する日だ。送辞を述べる1年生たちを含め全生徒合同で行うので熱気に溢れ、それぞれが数年間に得たものを思い出して晴れやかな笑顔だったり、旅立ちを惜しんで涙したりと、感動の校内行事・終卒業式だ。何度出席しても毎回感動するようなものだろう。


 新たに五級騎士となった15人の2年生は、校長と体育館の壇上で二言三言交わし進級証を手渡される。風邪をひいて総合試験に出られなかった生徒は残念ながら留年だ。


 普通の高校なら、加護適正試験に合格して騎士を王族に認められるのは1人出るかでないかというところで、偏差値の高い高校でも2~3人がいいところだ。何しろ例年、世界で800人前後しか王族には認められないのだ。


 しかしここで例年と異なる驚くべき変化に気がついた。本来は壇上に姿を見せないはずの、騎士とは何の関わりも無く生きていくことが普通の女子生徒が、なんと4人もいる。


 女性騎士と言えば数年、いや10年に1人ほど変わり者として現われるが、なかなか良い成果が上げられずにすぐに結婚して職業騎士をやめてしまう。もとから五級騎士となるためだけに騎士を志望すると王族に訴える者もいるが、それは見抜かれてしまう。


 たとえ3年生の間に職業騎士を諦めるとしても、適正試験の時点ではきちんと職業騎士になるつもりでいる心をしっかりと持っている者しか合格しないのだ。だが進学して早々、それを翻す者もいるが、そういった者はどうせ高い加護を得られない。


 あのミュー=カザタまで壇上にいるではないか。アルケイオス=ソクラテスも当然のように壇上におり、無事に王族から騎士の身分を認められたことが分かる。2人に目配せすると晴れやかな笑顔で手を小さく振っている。ミューは騎士を密かに目指していたのか?


 ユリカが女性騎士として、しかも闇の賢者の称号を得て国民的、いや世界的有名人となっていたことから、女性でも騎士になろうとする者が現れたのだ。おそらく王立第一高校だけでなく、世界的規模で同じことが起きているだろう。


 これまで二千年以上起きなかった意識の変革・女性の自立開放を、闇の賢者が最初の偉業として成し遂げたことに、全校生徒が気づいていた。男尊女卑だった社会構造が、さらなる進化を見せるであろうことに、未来を感じる。今後、騎士という職業、ひいては全ての職業が男女平等の風潮に乗って、優れた人材をより多く輩出していくだろう。これも、おそらく人類の歴史的転換点、それもユリカが成し遂げたものなのだ。


 10歳のとき、森で迷っていたユリカを見つけ、一晩語り合ったあのときの夢。ユリカは自分ひとりその夢を達成するだけでなく、多くの人にあの夢を共有させ、そして実現させたのだ。ユリカは、自分の殻を破ったが、俺の方が既成概念に囚われていたのだった。実際のところ、実は騎士になりたいと考える女性はそこそこいたのだろう。くだらない既成概念は、魔獣と戦っているときには命を落とす要因ともなりかねないものだ。





「お味方いたします」


 トスカン=シンク校長が周囲に届かない量の声で俺にそう告げた。その一言で、既に王族がこの校長の身辺を調査し終わり、問題ないことを確認して味方に引き入れたことが分かった。


 彼は直系とは遠く離れているが、神官のシンク家、つまり初代王家の血筋を引く者なのだから、心から信頼できるであろう。それにトスカン校長はとても優しく、そして厳しく、王立第一高校という重要な政府組織の代表として相応しい人格者だった。


 既にユウチ家に謀反の意思ありということは王族へも伝えてあるが、おそらく鍵となるのは火星で行われている秘密会議だ。卒業後は隠密に火星で行動する必要も出てくるかもしれない。しかしいったい何故謀反などを考えているのだろうか。そんなことをして、彼らに本当に利益があるのだろうか。


「助太刀、感謝いたす」


 一言だけ、俺も太陽王として校長へ返す。校長の目がぱあっと明るく輝き、危うく跪きそうになっていたが気づいて体勢を戻した。気持ちは嬉しいのだが、まさか全校生徒の前でそれをやるわけにもいくまい。


だがこれで、五級騎士の中に何らかの兆候、つまり一緒に壇上に上がっているユウチ家の端くれであるエスタ=ユウチや、火星の高校から第一高校へ編入される者たちが、そういう兆候を出してくるかを校長としての視点から分析できるのだ。俺はトスカン校長とがっしり握手を交わし、他の者へ場所を譲った。





 さて、明後日からは3年生としての生活が待っている。始業式は昔はあったらしいが、現在ではいきなり授業が始まるようになっている。新学年が始まる前に引越しを終わらせてしまわねばならない。俺も非公式だが一級騎士の報酬体系に乗っているので、月報酬は80万ムーもの大金だ。さらに進学祝い金として俺にも900万ムーが金蔵に振り込まれていた。引越しをして新しい家具を買うとしてもまったく問題の無い額が金蔵に入っているが、これは騎士としての活動のために使うので浪費はできない。


 金蔵は330年前に五級騎士が論文で発表した通貨貯蔵・融資社会構造で、構築には10年ほどかかったが多大な資産を持つ者は巨大な金庫を必要としなくなった恩恵が得られた。さらに集めた資金は企業へ融資して利子を回収することで、企業の発展と預金者のさらなる資産の増加を両立させた。それまでも融資活動は行われていたのだが、小規模だったり額に限度があったりしたのだ。


 この資金でとりあえずやること、それはおふくろが出してくれていた生活資金を、すべておふくろにそっくり返すことだ。師匠に金額を聞いてみると、学費も出してくれていたから、800万ムーにも上っていた。祝い金でぎりぎりなんとかなる額だったので、俺は安心した。どうせ大して荷物は無く、引越しはすぐに終わる。今日中に終わらせて夕方にはおふくろのところへ出発しようと考えていた。


「ユリカ様、それは重いでしょう!」


 ユリカは箪笥を持ち上げようと四苦八苦している。玄関前に置いて車輪つきの荷台に一人で持っていこうとしているのだが、引越し時間を短縮するため中身も入っているので無茶なことだ。


「あ、じゃあ一緒に手伝って~!」


「かしこまりました。2人で持って行きましょう」


 主人と共同作業というのは気が引けるが俺一人でもよろめいてどこかにぶつけてしまってはいけない。しかしこんな重いものを、何秒かは持ち上げていたのだから、細い体のどこにその力があるのか不思議で仕方がない。


「2人で持つ…持つ? 持つ必要はあったのだっけ?」


 そうだ、既成概念は破壊しなければ。重いものを持つということで、俺はまた既成概念に囚われていた。地の裏加護である重力詠唱は三次以上、知っていてもできないなどと思わず、やってみるべきだ。


「ユリカ様、そのままでしばらくお待ちください」


「えっ?」


 ユリカは何が始まるのかと怪訝な顔をして俺を待っている。できる、きっとできる。一度も成功したことはないけれども、今の自分ならできるはずだと信じて疑わなければ、これぐらいならできるはずだ。


「地の精霊よ、その力を我に貸し与え給ええい。その力のさらなる深みを我に見せ給え。…ええと、地の重みを解き放ち…この形あるものを包み給え!」


「地の裏詠唱!? しかも四次詠唱を短縮化!?」


 黄色い輝きが俺の手から離れ、箪笥を包んでいく。おそらく成功だ。既に地球そして重力というものに神性、つまり加護の本流が存在していることを体感しているのだから、考えてみればできて当然のことだったのだ。


「さ、ユリカ様。どうぞお持ちください」


「かっるーい! ふわふわしてる! すごいよカケル、今やったの四次短縮だよ!?」


 細腕の女性が片手で箪笥を持ち上げるという光景は非常に奇妙なものだったが、詠唱に成功して重力軽減の加護が発現している証明だった。今後、高校では地の4という力を持つ騎士を演じ続けなければならないから、地の詠唱は全て無詠唱でいけるようにしていかねばならない。たとえ三次、四次詠唱であっても。


 黒水晶で力を引き出される前は、おそらく地球と直接つながることで加護が出ていたのだが、その使い方は幼稚な赤ん坊と同等だったのだろう、詠唱をいくらやっても生身の加護しか出せなかった。黒水晶を通じて知識の泉とつながることにより、知識の泉が通じている先、おそらく太陽から加護を得られるようになったのだ。以前と比べて莫大な量の加護が俺の体に流れていることを感じる。


加護は一時間ほどで切れるから、重いものだけ先に動かしていこう。荷台に載せられるだけ載せて新しい家へ運び込み、また載せては運びを繰り返した。家がそれほど離れていないので引越しも楽に終わりそうだ。新しい家は賢者の称号を得た者の住居に相応しく、かなり大きい。頭金はほとんど使い切ったみたいだが、まだまだ残価があるので毎月支払っていかねばならない。


 さて今日から一つ屋根の下で生活するわけだが、意識を強く保たねば…まあ、俺ならできる。それにそのうち、侍従さんがやってきて家の手伝いをしてくれる。





「ユリカ様、明日の夕方には戻ります。それまでお一人となりますが」


「だいじょぶ! お母さんによろしくね!」


「はい、ありがとうございます」


 ユリカからにこやかに送り出してもらい、幼少の頃住んでいた、そしておふくろが今も住んでいるダイムー西部の大都市、オガ=サワラへ向かう。親父は優秀な騎士を多く輩出するヤマタイで生まれたが、騎士になった後は親父もダイムーに移り住んでいたのだ。


 シルベスタ先王からは、まだ母へ何も伝えていないことを聞いていた。ひさしぶりの帰省だ、ゆっくり話したいところだが、新学期が始まるのですぐに帰らねばならない。


 幸いにして資金に余裕があるので3万ムーもする飛空船での旅も、時間を短縮するための手段だ。今日はもう遅いし金蔵はどこの支店も開いていないので、母の口座への振込みは、明日オガ=サワラでやればいいだろう。


 飛空港は王都の東部、ネル湖の近くにある。もともとネル運河を通っていた大型船を、初代闇の賢者アーケイが改造して月への連絡船としたところからその歴史は始まっている。結局、造船施設をそのまま使えるということで運河沿いに飛空港ができたのだ。


 ブウウンという巨大な低い音が、浅黄の月に照らされた運河に響き渡っている。安い値段で構築できる普通の飛空船とは違い、大型旅客飛空船は全長50メートルを超える、巨大な材木の塊だ。風洞的に改良が重ねられ、既に船と呼べる形ではない。まるで細長い樽のようだった。


 飛空加護士が力石に加護を込めなおしている。大型飛空船ともなるとさすがに10人がかりだ。一番多く消費するのは下面につけられた地の力石と、後方に取り付けられた風の力石だ。その他は2日に1回込めなおせば済む。飛空船の乗降待機施設の時計は、俺の乗る飛空船の加護を込めるのに、あと15分かかることを表示していた。


 この10年、たまに帰ってはいたが、ほとんどおふくろと顔を合わせたことは無かった。ずっとひとりで寂しい思いをしていただろう。卒業後、虹色水晶の報酬が出たら王都に家を買って、師匠たちもいることだしそこでのんびり暮らしてもらいたい。


気がつくと乗船するつもりの旅客たちは、飛空船へ向かって移動し始めていた。もう乗る時間か。おふくろの顔を思い浮かべながら席に座る俺を乗せて、木塊が夕暮の飛空港から重低音を響かせながら王都を離れていった。





「ただいま!」


「カケル! おかえりなさい!」


 だいぶ皺の増えた、それでもまだ美しい母が俺を抱きしめてくれた。10年間、いろいろあったのだろう、おふくろの手は少し荒れていたが、とても温かかった。


 その晩は、かみ締めるようにこれまでのことを話した。親父のことも、太陽王のことも。そして今、犯人を捜していることも。だが、不思議なことに俺が太陽王だったことを明かしても、おふくろは驚いていなかった。


「カケル、私は分かっていたの」


「俺が太陽王になることを、知っていたの?」


「ええ、あなたが生まれるときに、光を見たのよ。とても温かい光だった。でもお医者様には見えず、私にしか見えていなかったの」


「その光は…俺も見たよ。14歳のときだ」


「そう、あなたもあれに会ったのね。あなたが生まれる瞬間、その光がおなかの中に入って、カケルとひとつになるのを感じたわ」


「だから、俺が太陽王になると思っていた?」


「ええ、カケルが1歳になったときに確信したの。あなた、まだ子供なのに4色の加護を出していたのよ? そのうち出さなくなってしまったけれども」


「それは親父も知ってたの?」


「そうよ、お父さんはあなたのことを護るために、北へ行ったのよ。私には詳しいことは分からないけれど、何かをしようとしていた。きっとあなたのことよ」


「親父は悪意に気づいていながら、あえて立ち向かったのか…」


「そうね…」






 そうだったのだ。親父もおそらくユウチ家の陰謀にうっすらと気づき、それを打ち砕く為にカマチェスカへ行ったのだ。だが、想像以上に陰謀の力は強く、夢は潰えた。


「親父のかわりに、俺が成し遂げるよ、おふくろ」


「ええ、ずっと、この日が来たらそう言うと思っていたわ。この日のためにお金を貯めたの。恩給もあまり使わないでずっと貯めていたのよ。6000万ムーあるわ。持って行きなさい」


「ええっ、そんなに!? 俺はおふくろが師匠に払っていた生活費と学費、800万ムーを返すつもりで帰ってきたのに!」


「カケル、そのお金は、あなたの夢のために使いなさい! あなたの夢にはそれだけのお金がかかるのよ! 親の言うことは聞きなさい!」


「おふくろ…あ…ありが…」


それ以上は、目から溢れるもののために、言葉が出なかった。おふくろは俺のためにずっと働き続けていたのだ。このときのために、10年間ずっと。


下を向いて肩を震わせる俺を、おふくろがまた抱きしめてくれた。親父とおふくろの子供に生まれて、本当に良かったと心から感謝していた…。

地理にあまり詳しくない人のために、この世界の地図を作りました。


挿絵(By みてみん)

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