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後編

二人は死にます。

 夜、二人で布団に転がる。


 マットレスには塩、二人の欠片がこぼれ落ちている。

 東京なのに、窓から満天の星が見えた。


「ねえねえ」


 ユリカがメグルに顔を寄せてきた。


「なに」

「動けなくなったらさ」

「うん」

「置いてかないでね」


「どこに行くのさ」


 メグルは笑った。どこにも行く場所なんて無い。

 どこにも。


 布団の上で、ユリカが頬杖をつく。


「ん……例えば、イケア?」

「何でよ」

「じゃあ自販機、近くの」

「壊れてたじゃん」


 自販機は誰かに、壊されていた。中身はもうとうに無くなっている。


「そっか」


 ユリカが仰向けになった。思いついたように、笑う。


「じゃあ、トイレ」

「それは行かせて、漏れる」

「だめー」


 笑いながら、メグルの身体にのしかかる。

 塩が、辺りに散らばった。


 ユリカの後頭部を撫でながら、メグルは呟いた。


「だめかあ」


 髪と指のこすれるざらついた音だけが聞こえた。


「……置いてかないでね」


 ユリカがもう一度言った。


 声が震えている。


「行かないよ」

「動けなくなったら、多分、塩顔になっちゃうけど」

「……もしかしてそれ言いたかったの?」


 ユリカがメグルの胸に顔を埋めた。


 震えている。泣いているのか、笑ってるのか。よくわからない。


 メグルは撫で続けた。


 眠くなるまで。


***


 朝日が昇る。

 目がさめても二人とも動かなかった。


 その日は、晴れていた。


 いつの間にかユリカの体はメグルの体から離れている。


 でも、そばにいる。

 隣にある体温をメグルは感じた。


 ユリカが呟くように言った。


「洗濯日和」

「だね」


 メグルの体はもう、ほとんど動かない。起き上がれなかった。


 ――症状って急に進むんだな。


 他人事のように思う。


 首だけ、ユリカに向けた。


「……一緒?」


 尋ねてみる。


「うん」


 ユリカと視線があう。

 ユリカが口を開いた。


「そろそろ?」

「そろそろ」


 カラスの声が聞こえた。一回、二回。


 声の方に、顔は向けなかった。


 二人とも。


「ね、メグル」

「何」

「好き?」

「好き」

「もっとちゃんと言って」

「はずい」

「はずくてもいいから」


 メグルは笑った。


「ユリカのことが好き。八重歯も、癖っ毛も、背が小さいとこも」

「うむ」

「あと料理下手なとこも」

「最後まで締まんないなあ」


 ユリカが笑った。

 笑ってくれたら、それでよかった。


「ユリカは好き?」

「うん。好き。世界一」


「……そっか」


 メグルは腕を動かした。


 ユリカを抱き寄せるまで、夕方までかかった。


 赤く染まる部屋の中で、ざらついた感触と温度を確かめる。


***


 いつの間にか朝になり、昼になり、夜になり、再び朝が来ていた。


 まどろみと覚醒の間で、二人は体を抱き寄せていた。


 二人は、最後の熱を感じていた。


 街に、動く人影はもうない。


***


 いつかの朝。


 二羽のカラスが、窓の外からマンションの一室を覗いていた。


 二つの塩の塊が、布団の上に転がっている。


 カラスの眼にうつるそれは、人の形をしていた。


 カラスには、それが互いを抱きしめている形に見えた。


 塩の塊に境目はない。

 顔の形も、もう崩れている。


 二羽のカラスはしばらく塩の塊を見ていた。


 やがて、飛び立つ。

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