第6話 始めてみること。
「昨日はゆっくりできましたか?」
「はい。」
お嬢さまは少し緊張しているんだろう。体に力が入っている。10回ジャンプさせて、脱力させる。
早朝。まだ暗い。
護衛にはランタンを持たせている。うすぼんやりとあたりを照らしている。
「今日からいよいよお百度参りが始まります。最初に言ったことは覚えていらっしゃいますか?私利私欲のお願いはしないこと。門から入ったら出るまで、話さないこと。中断したら1からです。」
「はい。」
「階段は登りより下りが危険です。慎重に。」
「はい。」
「何か、、、、楽しみも必要ですねえ、、、そうですね、、帰りは明るくなっていますから、赤いものを何か見つけて来てくださいね。」
「はい!先生、それでは行ってまいります。」
深々と頭を下げて、私は侍女なんだが、、、お嬢様は出発していった。
白い衣装とランタンの明かりが、暗闇の中を遠ざかっていく。
「さて、あなたたちにもお願いがあります。」
心配してこんな暗いうちから、使用人がみな集まってきていた。出発するお嬢様をこっそり見送っていたらしい。
「今日からお嬢様のお百度参りが始まりました。100日間、お嬢様が鏡を見ることを禁じます。私の国では、鏡には魔性の物が住むと言われておりますので。」
こくこくっと頷くみなさん。本当にお嬢さまが好きなんですねえ、、、
「ジーク様にも口外禁止です。何の願を掛けるのかは本人しか知りませんが、、、まあ、察してください。」
こくこくっ。
「これから、雨の日も雪の日もあるでしょう。本人がやめると言うまでは、温かく見守ること。もし、、、中断してしまったとしても、、」
こくこくっ。
「それでは皆様、明日からは、通常営業でお願いいたします。無理に早起きしないこと。」
こくこくっ。
*****
「おはようございます。ジーク様」
今朝、訪ねて行ってみると、ジーク様はもう着換えて食事用のテーブルで本を読んでいた。そうそう、着替えもリハビリになる。本を読む気になったのも大進歩だわ!少しずついろんな楽しみを増やしていけるといいわね。
「・・・・・」
挨拶は、、、無しかよ?
「今日から、廊下に出て歩行訓練を始めましょう。手すりもございますので、ご心配はいりません。ただ、温泉で歩くよりは、負荷がかかりますので、ゆっくり始めましょうね?」
「・・・・・ああ。」
あ、返事した。
朝食前に、廊下で片道分歩いてみる。
この屋敷の2階のフロアーは全てジークの貸し切りになっている。
別荘とはいえ、大層長い廊下だ。進んでいくと、東側の端は、お客様用のラウンジになっている。朝日に照らされて、明るい。
・・・・随分陽が昇ったなあ、、、だんだん、お嬢様も帰ってくる頃だろうか?
ラウンジのソファーに座ってしまうと、柔らかすぎて立ち上がるのが大変なので、固めの椅子をあらかじめ用意しておいた。そこに座って、小休憩。折り返して部屋に帰って、午後は温泉かな?
「・・・・・」
ん?
ジークが外をじっと見ているので、目線を移す。あら、お嬢様、お帰りだ。まあ、大体予定通りかな、、、思っていたより少し早い。
「さあ、ジーク様、折り返し、お部屋まで戻りましょう。」
「・・・・・あれは?何をやっている?」
まあ、白装束だし、、、2本の杖をついて歩いているリーゼ様のことを言っているんだろうなあ、、、
「あれは、大公家ご令嬢ですね。ジーク様にはもう何の関係もございませんので、お気になさらず。ささっ、立ち上がりますよ?」
「・・・・・」
ジョンに目配せして、ゆっくりと立ち上がる。
部屋に帰って、朝食だ。
今日から、たんぱく質が多めにとれるような食材をたのんである。
鶏むね肉。卵。牛乳。
筋肉が丈夫になる。
*****
「マリエ様、、、、言い方、きつくないですか?」
「あ?」
ジョンが追いかけてきて話しかける。
「そう?ご自分で希望されたことですから、、、、なんか問題が?」
「何というか、、、、、別に嫌って言っている感じはしないんですよねえ、、、この前も、自分が眠っている間、誰か訪ねて来なかったか?って、しつこく聞いてたし。」
「・・・・・」
「あの発言以降、リーゼ様が一度も来ていないデショ?堪えてるんじゃないかな?」
「え?なに?婚約破棄しても、お前は俺のこと好きなんだろう?ってこと?」
「・・・いや、、、、その、、、、」