寄生少女
少女は宝石のように目を輝かせ、恐る恐る、手のひ
らサイズの筒状の物体を買い足した座布団の上に設置
した。物体に取り付けられている安全ピンを誤って抜
いてしまうと、家ごと吹き飛ばされてしまうため、細
心の注意を払う必要がある。
「ああ、可愛い!可愛い!僕の、僕のメテオちゃん!」
鈴懸紺お手製、衝撃手榴弾。名称はメテオ。
爆発と同時に発生する衝撃波で周囲を破壊する兵器
だ。艶のある黒色の上に、平仮名であおい、と僕のサ
インが書かれている。僕独自の技術により、通常は数
メートルほどの範囲までしか破壊出来ないところを、
約二十メートルまで範囲を拡大することに成功した。
しかし、そのあまりにも広い破壊範囲の代償に、通
常の手榴弾のように使用すると僕まで爆発に巻き込ま
れ、簡単に体が消し飛んでしまうというとんでもない
リスクを抱えている。
メテオを投擲すると同時に走って逃げたとしても、
僕の壊滅的な運動神経では絶対に逃げ切ることは出来
ない。
一応、そこそこ足が速ければ、計算上では爆発を回
避することは可能なのだが、五十メートル十六秒の脚
を持つ僕には関係の無い話である。
要するに、特攻を仕掛けるとか、自らを犠牲にする
何らかの用途で使用する場合を除いて、僕のメテオち
ゃんには、ほぼ実用性が無いということである。この
現代社会において、特攻など何に対してするものかす
ら分からないし、実質的に、この手榴弾はただただ危
険なだけの物体であると言えてしまうかもしれない。
「可愛いのはいいけど、どうして、こんな意味もない
もの、作るの?」
ノアを両腕で抱きながら、藍は呆れたように聞いて
きた。
「ニャー」
ノアは短い尻尾をご機嫌に揺らしながら、藍の言葉
に賛同するように鳴く。彼女の怪我は、失った片耳と
尻尾を除いてほぼ完治し、そのしなやかな濃い黒色の
身体に、白色の包帯は一切巻かれていなかった。
藍の腕の中で元気に動いているノアは、見ての通り、
僕だけでなく、藍にもよく懐いていた。
猫も自らを治療してくれた人間には恩を感じるのか、
どこかノアには、藍を敬っているような感じがあった。
僕も僕なりにノアの世話はしてきたつもりではあるの
だが、ノアが僕にそういう態度を取ろうとしたところ
を見たことがない。僕も敬われるのに充分などほノア
の世話を焼いてきたつもりではあるのだが、野菜をた
かられたり、どうしてか舐められている節があるのは
なんとも不可解で不公平な話である。
「そりゃあ、楽しいから」
僕は藍の方へ向き直り、彼女の質問の返答について、
続けた。
「例えば、僕は、世界を吹き飛ばすことが出来るだけ
の威力がある爆弾を作ってみたいって思うんだ。勿論、
世界の中に僕はいるから、そんな危ないもの爆発させ
たら、僕なんて一瞬で死ぬだろうなってのも、分かる。
だから、世間一般的には、そんなものに意味や価値な
んて無いと言われるんだろうけど、何て言うのかな」
僕の話を聞いていてくれた藍とノアは、同じ角度で
首を傾げ、揃って分かり易く不思議そうな表情をして
いた。恐らく、藍の首を傾げる癖がノアに移ったのだ
ろうが、その様子は、藍の幼気を残した顔立ちとノア
の暴力的な容姿の愛らしさにより、可愛らしかった。
超小型核爆弾スーパノヴァを作成していた時の興奮
を鮮明に思い出し、僕は口を開いた。
「こう、ちょっとでも間違えたら人が死ぬ、とか、そ
ういう危ないもの作るの、なんか、すごくゾクゾクす
るんだ、僕。スリルっていうのか知らないけど、ああ、
生きてるなあって、頭がおかしくなりそうなくらい、
実感するんだ。それが快感で、僕は兵器を作ってる。
元々、才能があったってのも大きいけどね」
「才能」
「そう、才能。僕は天才だから。物覚えが良くて、手
先が器用、兵器の開発に猛烈な熱意があって、いくら
でも努力が出来る。おまけに、暇人。あと、ルックス
も良い」
「ニャ?」
ノアはまさか僕の日本語によるユーモアが理解出来
たのか、目を細め、勢いよく首を左右に振った。
「ルックスは、天才的では、ないよ」
ノアの後頭部から背にかけてを撫でながら、藍は何
気無い様子で毒を吐いた。恐ろしい事に、彼女からは
冗談を言っている感じが全くしない。
「まあ、僕のルックスに関しては置いておいて。どん
な優れた芸術品だって、見る人によって評価は全く異
なることもあるんだし」
「まあ、世界は、広いからね」
藍は小さな声で呟いた。
わざとらしく咳払いをして、僕は口を開く。
「藍は、さっきの発言からして、意味のないものには、
価値が無いって思ってない?」
こんな意味もないもの、と、僕の創作物に対して、
彼女はそう口にしていた。
「そう、思う。例えば、空っぽの、人間関係とか」
「友達がいたことないから、その例えに共感は出来な
いけど、僕はね、思うんだ。そのものに意味があろう
が無かろうが、どれだけの価値をそれに見出せるかが、
人生において大切なんじゃないかって」
「価値を、見出す?」
「ニャ?」
「そう、本当の価値はあるものじゃなくて、見出すも
のだと思ってる。凡人が考えるような意味とか理屈は、
誰もが理解可能な、論理的な価値の最低保証でしかな
いんだ。意味とか、そういうものに縛られるのは、く
だらない人間だよ」
藍の表情が険しくなって、目線が下がった。傷つけ
てしまったのかもしれない。しかし、僕は話を止める
ことはしない。それは、下手に取り繕ろうことをして、
嘘を吐くことは避けなければいけないからだ。正直で
あること、を彼女がどれだけ意識しているのか、僕は
よく知っている。
「大切なのは、自分の感性を愛してあげることだよ。
何が好きとか嫌いとか、綺麗とか汚いとか、正しいと
か悪いとか、全部自分だけで判断するんだ。意味とか、
そんなどうでもいいことは忘れて、自分にとっての価
値をつけるんだよ。そして、それに従って生きるんだ」
「ニャー」
見ると、ノアは俯いた藍の頬に何発ものパンチをお
見舞いしていた。藍は何の反応も示さず、びくともし
ていないが、その拳にはノアなりの励ましの気持ちが
込められているのかもしれなかった。
「じゃあ、紺は、自分自身に、どんな価値を見出して
いるの」
藍は口を重々しく開いた。単純な疑問をぶつけると
いうよりは、どこか僕を責めるような口調だった。
「人と違うところ、才能があるところ、手先が器用な
ところ、可愛い女の子なところ、とか」
「何か、そういうの、言い訳してるみたいで、嫌い」
藍は嫌悪感に顔を歪ませる。
「自分は、生きるに値する人間だって、思いたいがた
めに、必死に言葉を並べてるみたい。私は、やっぱり、
他人に意味を保証されないと、自分の価値を認められ
ない。愛されないと、生きていけない」
相変わらず、どこまでも深い真っ黒な瞳が僕へ向け
られた。
「何かに価値を見出して、それに従って生きる、って
ことは、自分が主体になって、独りで生きる、ってこ
とだよ。価値を保証出来るのは自分だけ、他には、一
人だって、誰も保証してくれる人が、いないなんて、
寂しいよ」
寂しい。確かに、そうなのかもしれないとは思う。
凡人からしてみれば僕は、所詮、孤独な変人に過ぎな
いだろう。彼らにとってみれば、僕の存在に意味なん
て無くて、当然価値だって見出してもいないはずだ。
無論、僕の価値が保証される訳もない。
僕に価値を見出しているのは、僕だけかもしれない。
それを哀れに思うか、それに価値を見出せるか。天
才と凡人の違いは、そういうところにあるのかもしれ
ない。
「寂しいとか、そんなの気にしてたら、きりないよ。
腹が減っては食べて、また腹が減るみたいに、何度満
たしてもすぐに無くなって、価値なんてないよ。そん
なの、気休めだ」
「変なの」
藍は深い溜息をつく。ノアはじっと、彼女を見つめ
ている。
沈黙の後、藍は呟いた。
「私、自分に、価値、見出せない」
卓越した医療の知識や技術、容姿、殺しの技術、胸
の大きさ、価値などいくらでも見出せそうだと思って
いると、彼女はさらに続けた。
「思えば、色んな人に、価値、保証してもらってたん
だ」
藍は苦しそうに言葉を重ねるが、僕には彼女の過去
に何があったのか、全く分からない。聞いた訳でもな
いが、そんな話をされた記憶は一切ない。
僕が知っているのは、僕と出会ってからの、藍の姿
だけだ。
しかし、藍は天才である。天才を天才たらしめるの
は、その特異性であり、すなわち凡人とはかけ離れた、
孤独な価値である。
そんな価値に塗れた藍との生活の中においては、数
週間程度の短い期間でも、煌めいて見えるような価値
を幾つも見出すことなど容易なことであった。
藍の側へ一歩近づいて、パチンと大きな音で指を鳴
らしてやる。
「ニャー」
すると、僕の合図にノアが反応した。もぞもぞと藍
の胸の中で心地よさそうにしていた彼女は、片方の耳
を真っ直ぐに立て、その場で立ち上がる。
姿勢を低くした直後、僕の肩へ飛び乗った。首周り
と頬に柔らかくて温かい感触がある。
ノアの頭を軽く撫でて、僕はそのまま両腕を広げた。
嫌悪感と驚きが混ざり合ったような表情をしている
藍に向かって、半ば飛びかかるように抱きつく。
身長差に壊滅的な運動神経も相まって、体当たりで
も仕掛けたのかという程の勢いで藍の腹に激突した。
「びっくりした」
身体能力の差なのか、僕の突進には微動だにせず、
藍は咄嗟に僕の体を支え、その場に立たせてくれた。
改めて腕を藍の背に回し、その身体を抱き締めると、
彼女は困惑した様子で、慣れのない、ぎこちない感じ
で僕を抱き締め返した。
「何」
見上げると、当たり前だが、目の前に藍の顔があっ
た。よく見ると、白い肌が少し荒れている。
「僕はね」
目一杯、無い力を振り絞って強く藍の身体を締め付
けた。僕は非力だから、多分、痛くはないはず。もし
痛かったとしても、それは僕からの愛だと思って許し
てほしい。
「藍と友達になってから、幸せだよ」
言うと、藍は僕から目を逸らした。
「変なの」




