第六十八話:二刀流って難しい
飛行剣に乗ってやってきたのは、西風の平原を超えた封土神殿のすぐ近く。
お目当ての相手はこの森に生息する強力なクマ型モンスター、ハングリーグリズリーだ。
ハングリーグリズリーの適正レベルは35程度であり、今の俺のレベルと同じくらい。そして素材集めのために何度も戦ったので、戦い慣れた相手だ。攻撃パターンも見慣れている。
巨大な体のとおり、HP的にもタフなクマは試し斬り相手に向いている。
森の中を歩いていると、すぐにお目当ての相手は現れた。しかも都合の良いことに一体だけだ。
俺の姿を見つけたハングリーグリズリーは、巨体を起こして威嚇の咆哮をあげる。
「グマァーッ!」
相変わらずちょっと気の抜ける、しかしその音は森の枝葉を震わせるほど大きな咆哮だ。
まずは短剣の感触を確かめるところから始めよう。後ろ腰の留め具を外し、左順手で黒爪刀を持つ。腕を前に出して構える。
「――シッ!」
一気に懐へ飛び込み、短剣を振るう。
長らく使ってきた居合刀はチャージ時間という特殊な制約があり、攻撃=スキルの発動だった。
だが他の武器は違う。必ずしも攻撃にスキルの発動は伴わない。
固い毛皮に覆われたハングリーグリズリーの胴体を黒爪刀で切りつける。確実な手ごたえがあった。
だが、与えたダメージは居合刀と比べるまでもないほど低い。怯むことなく、ハングリーグリズリーは太い腕を振り上げた。
俺の頭部目がけて鋭い爪の先端が襲い掛かる。
その射線上へ素早く短剣を滑り込ませ、体を捻りながら全身で攻撃をいなす。ギリリッ、と硬いもの同士が削れるような異音。痺れるような衝撃が腕にはしる。
だが、HPは少しも減っていない。狙い通り攻撃を受け流すことに成功した。
半回転した勢いを殺すよう、左足を地面に突っ張る。短剣を持ったままの左手を鞘に添え、右手で居合刀を握り、腰を捻って逆回転するように〈抜刀〉。
太刀筋が青めいた光を一瞬だけ見せ、炸裂。特大のダメージを叩きだす。
これにはたまらずハングリーグリズリーが仰け反った。
そのまま〈納刀〉。しようとして気が付く。左手に持った短剣が邪魔だ。
抜刀はある程度、鞘側の持ち方が甘くてもどうにかなったが、納刀するときは流石に左手でしっかりと鞘を固定し、位置を合わせないと刀を鞘に納められない。
ハングリーグリズリーが攻撃してくるので、慌てて後ろに向かって〈瞬歩〉を発動して距離を作る。
その隙に短剣を宙に放り投げ、両手を空けてから改めて〈納刀〉。落ちてきた短剣をキャッチする。
「これは……慣れないと難しいな」
いくら何でも、納刀のたびに短剣を放り投げるわけにはいかないだろう。そこまでの余裕を戦闘中に何度も作れるわけではないし。
「持ち手の姿勢も悪いし」
手慰みのように左の手首を返し、短剣を逆手に持ちかえる。
今度は左手を後ろにさげ、右手は居合刀を握れるように空けてみる。だけどこの体勢もあまりしっくりこない。
居合刀は右手で抜くよう左腰に装備しているため、体の向きが悪い。左手に持った黒爪刀とあわせて、動きの軸が左半身に寄りすぎている。
短剣を使うために左手を前に出すと、抜刀の際に両腕が体の前で交差する体勢になってしまい居合刀が使いづらい。かといって左手を後ろにさげ、居合刀を抜きやすい姿勢で構えていると、ただでさえリーチの短い短剣の動き出しが遅れる。
「居合刀と短剣、どっちを使うか切り替えるイメージがいいのか? 納刀の時は、短剣が邪魔になるし……」
腰の動きがこれまで以上に重要そうだ。重心の運び方や姿勢の調整が難しい。
一番自然なのは、左手を脱力して真横に構える方法かな。体はどちらかを前に出すより、正面にまっすぐ向けた方がいいか? 色々と試しながらやってみるしかない。
加えて左右に動く足さばき、AGIを活かした相手との距離の置き方と詰め方、ジャンプによる上下の動きだって、今の俺のスキル構成なら可能になっている。
選択肢が増えるってことは、それだけ考えることも増えるってことだ。
「頭動かせ、目ぇ動かせ、足動かせ」
戦いの最中、一瞬だって動きを止めていい部位はない。
左の短剣を強く握り、ジグザグのステップで距離を詰めてクマの懐に潜り込む。胴へ短剣を二連撃。なるべくまとわりつくよう密着して、何度も短剣で斬り続ける。
大振りで薙ぎ払ってきたら腕をジャンプでよけ、飛び上がりざまに短剣で顔へ一撃。空いた右手をクマの肩について、頭を飛び越える。
居合刀のチャージは溜まっている。空中で体を捻り、一度短剣を手放すと、〈月断〉で背中を縦に斬る。着地、納刀して、短剣をキャッチ。手が滑って落としそうで怖い。
大ダメージを受けたハングリーグリズリーは、一度距離を取ろうと四つ足をついて走り出した。
だが逃がさない。〈土竜突〉を使って一気に加速、後ろから追いついて、体ごとぶつけるように短剣の突きを放つ。
加速の乗った突きは後ろ足の付け根に深く突き刺さった。力いっぱい捻り、傷口を抉りながら引き抜く。
「居合刀だと突き攻撃はないな、そういえば」
抜刀術と突きは、どうしても両立が難しい。
苦し紛れに後ろ蹴りが飛んでくる。体を倒して避け、ついでに短剣でもう一撃当てておく。
短剣は一撃のダメージこそ低いが、その分だけ手数で勝る。じわじわと削るように何度も攻撃を当てていけば、ダメージ総量は馬鹿にならない。
そうして相手の気を削いだところで本命の居合刀を当てるスタイルを確立しないといけないな。
「グマァ!」
「甘えた攻撃は無理に避けず、短剣で逸らせるのはいいな」
爪の軌道を短剣で逸らし、距離を詰めたまま居合刀に手を伸ばす。
「短剣スキルはまだ育ってないし……何より貴重なスタミナはより威力が高い方にっ!」
〈抜刀〉を発動。跳躍し、喉笛を切り裂く横薙ぎ。クリティカルが炸裂し、ハングリーグリズリーを撃破した。
「居合刀の調子は良いんだけどなぁ。まぁ、こればっかりは慣れの問題か?」
実際に使ってみて、課題が見えてきた。居合刀は片手で扱っているように見えて、その実は左手で鞘を持ち、腰を入れて抜刀と納刀を行っている。
チャージしている時間は短剣を、そして攻撃に転じる瞬間には居合刀を、と状況に応じてうまく武器を持ち替える方法を考えないといけない。
ひとまず居合刀を鞘に戻し、短剣は腰のベルトへ収めて――。
「あっ、ちょっと閃いた」
予定変更。鍛冶屋まで急いで戻って、試してみよう。




