第五十四話:海へ!
練習の甲斐もあって、ナギもアーちゃんも、飛行剣に問題なく乗れるようになった。
「アーちゃんも良い感じに慣れてきたんじゃないか?」
「でもっ、まだ気を抜くとこけるかもしれないですっ」
「僕は慣れてきたかな」
「ナギ、器用だよな。なんでも卒なくこなせるイメージあるわ」
「ふふ、そうだろう。僕、苦手なものの方が少ないから」
「じ、自分で言うんですね、ナギさん……」
西風の平原を、飛行剣に乗って三人で飛んでいく。時々アーちゃんがバランスを崩しそうになっていたが、事故もなく移動ができた。
そうしてやってきたのは、今回の夏イベントの会場。ニール港近くの海岸だ。
海岸は眩しいくらいに白い砂浜になっていて、打ち寄せる波がきらきらと光を弾いている。
冒険者組合が砂浜に等間隔で休憩所を作っていて、まるで海水浴場にある海の家だ。
今回のイベントの本筋は、上陸してくる水生モンスターを撃退するレイドバトルになっている。俺たちがたどり着いたころには、既に何人ものプレイヤーが砂浜に出ていた。
「うおっ、もうこんなに人がいるのか。みんな張り切ってるな」
「私たちもさっそく混ざりましょう!」
「待って、先にあそこの海の家みたいな建物で、イベントクエストを受けないといけないんだって」
ナギに先導され、イベントクエストを受けるためにニール港から一番近い海の家に入る。そして、その中の雰囲気に、俺は思わず息を呑んだ。
異様な状況だった。
冒険者組合が管理するその建物にはクエスト受注用の受付があり、数名のNPCが働いている。
その中にはニール港の冒険者組合でもクエスト受付をしてくれているお姉さんや、我らが冒険者アイドルのアリアちゃんも混じっている。そして、彼女たち冒険者組合のNPCは何と、水着姿だったのだ。
海イベント限定、アリアちゃんの水着姿。非常に眼福である。
しかし、そんな彼女の周りに奇妙な集団がいる。彼らがこの海の家の中の空気を、異様なものとしていた。
別に彼らが特別に何かをしている、というわけではない。ただこの建物の中にたむろし、一様にアリアちゃんへと熱視線を送っているだけだ。
健康的な素肌をさらした水着姿のアリアちゃんを観察し、見守り、中には両手を合わせて拝んでいる奴までいる。
彼らもまた、イベント装備であろう水着防具を一様に装備しているため、半裸の男たちがテーブルを占領し、一人の女の子を取り囲むように観察している形容しがたい状況になっているのだ。建物の中は異様な熱気に包まれていた。
……なんだこいつら。
「うわぁ……またやってるよ」
隣にいたナギが、呆れたように呟いた。
「知り合いか?」
「深く面識があるわけじゃないけれど、彼らは変に有名だから……」
「皆さんは何をしているんでしょう?」
こてん、と首を傾げるアーちゃん。
「……彼らは『アリアちゃん親衛隊』というギルドのメンバーだ。活動内容は………わざわざ言う必要もないよね」
彼らのギルド名を聞いて納得した。ヤバい奴らもいたものだ。
そんな怪しげな集団の中でも、ひと際熱心にアリアちゃんの水着姿をスクショに取っている男が、ふとした拍子に顔を上げて、俺たちに気が付いた。
「おや、アンタはナギじゃないか。ご無沙汰だな」
「ずっとご無沙汰でいいと僕は思っているよ」
「ハハハ、相変わらずの毒舌っぷりだな、銀髪の」
ガタイの良い大柄な男だ。イベント装備の海パン一丁で、厚い胸板を惜しげもなく晒している。背中にはその体格に似合った、巨大な長剣を背負っていた。
「隣の二人は初めましてだな。俺は『アリアちゃん親衛隊』ギルドマスターの、モーリーだ。よろしく」
「どうも、リョーダンです」
「アーちゃんです、こんにちは!」
「……それで、聞くまでもないと思うけれど、モーリーさんはこんなところで何をしているんだい?」
「アリアちゃんのスクショを撮っている」
「盗撮では? アリアちゃんに嫌われるんじゃないのかい?」
「最近は好感度調整が上手くいっているから、今しばらくは過激なセクハラをしても大丈夫だな」
「いっそ清々しいな、アンタ」
ちょっと感動すら覚えるよ、俺は。
高度な会話AIを搭載しているスタブレのNPCたちは、まるで生きた人間のように自然な受け答えをしてくれる。そしてそんな彼らNPCには好感度パラメータがあり、仲良くなれば会話が弾み、逆に嫌われるようなことをしてしまうと口をきいてくれなくなるかもしれないそうだ。
ゲームが進行不可になるような、致命的な嫌われ方はないと運営が明言しているそうだが、好感度がマイナスになる迷惑行為を繰り返していると、時には不都合が起きることもあるらしい。
逆に好感度が高ければ店の商品を割引してくれるなどの隠し要素もある。
NPCではなく、この世界に生きる住人として接することが重要だと、スタブレ運営は語っている。
だが目の前の巨漢はそれを逆手に取るように、アリアちゃんの好感度を管理し、嫌われないように盗撮やセクハラを繰り返しているようだ。
「……僕たちはイベントクエストを受けたいんだ。通してもらっても?」
「ああ、勿論。悪いな、邪魔になっていたか」
ナギが言えば、モーリーはスッと道を開けてくれる。その際に、アリアちゃんのお尻にさりげなく手を伸ばし、ぺしっと払われていた。セクハラする方もされる方も、お互いに微妙に手慣れている感じがあるのが余計にキモイ。
「なぁ、ああいうのって、アイドルに過激にアプローチする厄介ファンみたいに、他のギルドメンバーから疎まれたりしないのか? お前らのリーダー、かなりヤバいぞ」
俺は思わず、近くの席でアリアちゃんを拝んでいる男に問いかけた。
「まさか! モーリーさんは数多のVRギャルゲーをことごとく攻略してきたことで有名な、ギャルゲー界のカリスマなんだぞ? 女の子の好感度を管理する腕前で、あの人に並べる男はそういない。ああやって一回のセクハラをするために、モーリーさんがどれだけ努力して好感度を獲得しているかわかるか? 本当に尊敬するよ!」
……その努力を別の方向に向けられなかったのだろうか。
アリアちゃん親衛隊のメンバーたちは皆、尊敬と畏怖の混じった視線をモーリーに向けていた。「いつかは俺もアリアちゃんに汚物を見る目で罵られつつ、『仕方ない人ですね』って許してもらえるギリギリの好感度調整ができるようになるんだ!」なんて口走る輩もいる始末である。俺とナギはドン引き。アーちゃんは意味がよく分かっていないのか、しきりに首を傾げていた。
「何だか皆さん、面白い方たちですね!」
「アサガオさん、あまり見ちゃ駄目だよ。…………行こうか、二人とも」
「ナギ、友達は選んだほうがいいぞ?」
「おっ、言ってくれるなリョーダン。素直な奴は嫌いじゃないぜ」
「お前に好かれても嬉しくないぞ」
「ハハハ、俺も三次元の、しかも男の好感度を管理するほど暇じゃないぜ。二次元女子なら、喜んで攻略するんだが」
俺の毒舌を、モーリーはジョーク交じりに笑って受け流す。
「アンタが陽気な変態ということだけは分かった」
「俺もお前が、想像より女に気のある奴だと分かってよかったぜ。動画、格好よかったぞ」
不意打ちの一言に、思わず言葉が詰まった。モーリーはニヤリと俺に向かって笑いかける。
「動画のときと防具が違ったから、最初は分からなかったんだがな。銀髪の双剣姫と親しい居合刀使いなんて、そう多くはないだろう。特にナギが男性プレイヤーとああも親しい間柄でいるなんて、これまで聞いたことがなかったからな」
モーリーは俺の腰にさげた居合刀を見ている。
……この前のナンパ騒動の動画、コイツも見たのか。まぁ、ネットの掲示板に転載されていたらしいから、見た人はいるだろう。思い出すと結構恥ずかしいので、やめてほしい。
「女を背中に守って戦うってのは、定番の好感度上昇イベントだ。そこをしっかりやり切ったお前は見込みのあるギャルゲーマーだ。その時と連れている女が違うのは、目をつぶってやろう。俺はヒロイン決め打ちで攻略をするタチだが、ハーレムエンドも嫌いじゃねぇ」
「おいやめろ、妙な言い回しをするな」
まるで俺が女の子に節操なく手を出しているみたいに聞こえるだろ。
『アリアちゃん親衛隊』のモーリーと知り合いつつ、受付でイベントクエストを受けた。あとは浜辺に出てモンスターを倒せば、それに応じて冒険者組合から報酬が支払われる。
加えて、冒険者組合から、このクエストに参加する冒険者に特別な装備が支給された。
「ど、どうかな……似合っているかい?」
「じゃーん! 見てください、リョーダンさん! 可愛いですか?」
一人は照れたように、そしてもう一人は元気いっぱいに、水着姿を見せてくれる二人の女の子。
イベント配布の水着防具を装備したナギとアーちゃんだ。
水着のデザインは同じだが、好きな色を選べるらしく、ナギは薄水色、アーちゃんは黄色の水着だ。
小さくも可愛らしいナギと、長身でスタイルの良いアーちゃん。タイプは違えど、二人とも容姿の良い女性プレイヤーだ。
仮想空間ゆえのシミ一つない綺麗な肌を、夏の日差しの下に惜しげもなく晒している。
そんな彼女たちから揃って水着の感想を求められれば、俺も頷くしかない。
「うん、二人とも可愛いよ」
「えへへ、嬉しいです!」
「何だか定型文だけど……うん。まぁリョーダンなら仕方がないな」
無難な誉め言葉になってしまったが、二人はまんざらでもなさそうだ。
「そういうリョーダンさんも、水着似合ってますよ!」
「男の海パンに似合ってるも何もないけどな」
俺もグレーの海パンを貰ったので、装備している。
仮想空間の肉体は現実の俺の肉体より、腹筋の線が強調されている細マッチョだ。肩回りもがっしりしている気がする。
……もうちょっとリアルでも筋トレするか。
「それじゃあ、早速泳ぎにいきますか?」
「泳ぎに行くんじゃなくって、モンスター退治が目的だよ、アサガオさん」
早速海に入ろうとするアーちゃんの手を取って、ナギが引き留める。
「冒険者組合職員の話だと、ニール港から離れるほど、出現するモンスターのレベルが高くなるらしい。ここから少し離れた海岸で、ノブシゲさんが知り合いを集めて、狩りをしているらしいんだ。混ざらないかってお誘いのメッセージが来たんだけれど、どうだろうか?」
「おっ、ノブシゲさんも海にいるのか。じゃあせっかくだし、混ぜて貰って一緒に遊ぼうか」
以前に一度会った、戦国武将なりきりプレイヤーのノブシゲさん。彼もまた、ナギに並び立つほどの実力者だ。彼からのお誘いなら、安心して楽しめそうだ。
「さっそく行きましょう!」
俺たちは街から離れるように砂浜を歩き始めた。




