(2)予期せぬ来訪者
本作は、実際の名前、地名その他の固有名詞とは一切関係ありません。
つまるところフィクションです。
振りかえると、少女と目が合った。どうやら話しかけられたのは自分らしい。
「なんでしょうか」
出来るだけ当たり障りの無いように、質問の続きを促す。
そこで、少女の着ているものが制服であることに気がついた。
気が付かれないように、足元に目をやる。
靴下に入るししゅうの色は青。
(二学年か?)
「その、職員室はどちらでしょうか?」
(おかしい。二学年にもなって職員室の場所を知らないわけが無い。)
しかし、そんな懸念を表に出す愚行など犯さない。あくまで、
「この時刻では、正面玄関はまだ開いていないと思います。ここを行ったところに講堂がありますから、そこの連絡通路から中に入れば左手にあります。すぐに分かると思いますよ」
何事もなく続ける。表面上では。
気が付かれないぎりぎりのレベルで観察を続ける。が、少女のほうは、
「ありがとうございます」
ぺこ、という感じでお辞儀すると、腰まで届きそうなポニーテールを揺らし、そのまま駆けていってしまった。
またしても背中を見送る、という形になりながら、心境はまったく逆だった。
思い返すこと数秒。
(そういえば見たことない顔だったな・・・)
たった二百五十名である。一年もともに過ごせば大体の顔ぶれは覚えられるというものだ。
(だとすれば、途中入学・・・?)
途中入学。それは普通入学よりさらに厳しい枠となる。すでに独自のカリキュラムと進度で勉強してきた他生徒とともに勉強していくのだから、生半可なものではない。当然といえば、そうなのだが。
よほど前の高校が優秀だったのか、あるいは自主的にしろ、予備校を使うにしろ、この高校にあわせた勉強の手段をとっているか。
それにしても、と思う。
(そんなことあるのか?)
いまいちピントこない。仮に、途中入学だったとしても(自分で言うのもなんだが)三校は全国クラスで、三本の指に入るといわれる高校だ。
そんな高校に中途半端時期から、となれば普通ならそこ存在する、引け目というか、どこかためらうような雰囲気があるはずである。しかし彼女にはそれがまったく無かった。
と、そこまで考えたところでやめにした。
自分には関係がないと、考えた所為でもある。
☆★☆★☆★☆
裏庭を覗くと、案の定ベンチがいくつか空いていた。
適当なベンチにすわり、荷物を降ろす。
時計を確認すると、開式までは小一時間ほどある。スクールバッグの中から極薄型のノートパソコンを取り出し、提出レポートの確認を行う。
レポートとは、春休みの宿題として課せられるテーマ研究のまとめである。提出は明日でもいいのだがほとんどの生徒は、春休みがあけてすぐに提出してしまう。悠斗もそれに倣う予定だ。
媒体はディジタルでもアナログでも良いのだが、紙を使うのは環境に良くない、だとか無駄に量がかさむ、などの理由から敬遠されていて、今時めったに使われない。
三校の授業でも、紙のノートを使う生徒は少数派だ。ほとんどがノートパソコンを使っている。ネットに接続することで様々な情報を得ることが出来ることもメリットの一つだ。
そのため校内ではほとんどの場所でネットに接続することが可能だし、ウイルスなどは厳しいセキュリティによってほぼ100パーセント排除される。
ただし、三校のサーバーを通してネット通信するには特別なIDが必要で、これは一度登録すると毎月更新され、登録端末に送信され、自動的に更新されていく。
つまり人の目に触れることがないから外へ漏れない、というわけだ。
文章に手直しを加え、新たに保存してからネットに接続した。
お気に入りの動画サイトにアクセスする。パソコンの出力ポートに専用端末を差込み、イヤホンを耳に付ける。
そのとき視線を感じて右に視線を流すと、
「・・・先ほどはありがとうございました」
あの少女が立っていた。
「いえ、用事は済んだのですか?」
声にわずかに動揺による震えが走ったが、おそらく気が付かなかっただろう。
「はい、おかげで…」
「どうかしましたか?」
「いえ、すみません。何でもありません」
とは言っているが、少女の興味津々の視線はまごうことなく、悠斗の耳に張り付いていた。
「ああ、もしかしてこれのことですか?」
イヤホンを耳からはずし、少女の前に差し出す。
「ごめんなさい、それが珍しいものだから」
「あまり普及しているものではありませんからね」
悠斗が使っているのは無線イヤホン。高音質で防音性に優れ、内側の音はほぼカットされ外に漏れることは無い、逆に外部の音は、スイッチを切り替えるだけで、真空並みの遮音と、日常生活に支障の出ない程度に通音する二種類に切り替えることが出来る。超最新型のイヤホンだ。
「よくこんなものをお持ちですね」
「…ええ、知人がその関係の仕事をしてまして、これはモニター品です」
悠斗は内心では苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、表には決して出さない。
と、校舎の反対側、つまり講堂のあたりが騒がしくなった。時計を確認すると開式の時刻が迫っていた。
「すいません、俺は入学式に行くのでこれで」
少女の表情にわずかな驚きが混じったのを見て付け足した。
「俺の妹が出るんです」
これ以上の詮索(少女の側の認識では会話)を許さず、軽く会釈してその場を離れた。




