(10)その行方
「あんだ?もっかい言ってみろよ」
「もう一度だけいう、先にぶつっかて来たのはあなた」
口調だけでよくそこまで、めんどくささを表現できるものだと感心したが、男はそんなのんきなことは感じなかったようである。
「ってめー!教えてやる、なガキが生意気な口聞くと痛い目みんだよ!」
言いながら、男が殴りかかった。
「危ない!」
常に冷静な優紀乃が思わず叫んだほどに、勢いのあるものだった。
が、悠斗は見た。半秒にも満たない間、星羅が不機嫌そうな目で、優紀乃に一瞥やったのを。
それが確信に変わったのはその一瞬後。星羅は、男の一撃を軽く身をそらすだけで交わし、勢いあまってつんのめった男の後ろから、階段でも上るような軽さでけりを入れ、数メートル吹っ飛ばした。
その場にいた全員が状況を飲み込めずに、固まる。
唯一悠斗を除いて。
だが、飲み込めたからといって起こすべき行動など思い至らない。
星羅は、男を見下ろしたままの姿勢で動かない。
数分間に及ぶ沈黙があたりを支配し、やがて、一番最初に覚醒したのが、おそらくリーダーだろう男の一人だった。
「い、か、かかれ!」
上ずるを通り越し、完全に裏返った声の命令だったが、それでも他の男たちを覚醒させるにいたった、次々と金縛りから解かれてった男たちは、いっせいに星羅へ向かった。
悠斗と優紀乃も金縛りから一度開放されたが、その後すぐ、別の驚きに固まる、というより呆れによる動作停止を見せていた。
殴りや、蹴りやで星羅に挑んだ男らは、ほぼ一撃目で昏倒し、最後に残ったリーダーも、一分立たないうちに、地面へと崩れ落ちた。
争いなどではない、ほとんど一方的な自滅に近かった。
星羅が乱れた髪を手で透かし、落ちていたスーパー袋に手をかけたその時、
「こんにちは、優紀乃さん」
優紀乃の真後ろに、いつの間にか現れた女子生徒が声を発した。
反射的に振り替ええた優紀乃は、
「だれ――あ、か、会長!」
「貴方は一部始終を見ていたのでしょう。よく傍観などのんきなことをしていられたものですね」
「も、もうしわけありません」
「まあいいでしょう。あなたは生徒会に入ってまだ一週間と立っていないのですから」
この人には見覚えがあった。先週末生徒会室で優紀乃を熱心に勧誘していた先輩だ。よもや会長だったとは、と自分の情報の疎さに苦笑した。
会長は伏せていた目を開け、星羅を見据えると、
「二年E組、篠枝星羅さん、でよろしいですか。少しお時間をいただけるかしら」
ややの間があってから、星羅はゆっくりと振り返った。無表情ではあったが、抵抗の意志は無いようだ。
「先ほど、学校の外部からこのあたりで本校の生徒が殿方に絡まれている。との連絡が入りましたのですけれど・・・状況を見る限り、それには誤りがあるようですね」
倒れる男たちの真ん中で、スーパー袋を提げる小柄な女子高生。というめったに見られない光景を、ざっと見回しながら言った。
「篠枝さん。今からいくつか質問します。いいですか」
返答と呼べる物は何もなかったが、会長はそれを肯定の沈黙とみなし続けた。
「その方たちについてです」
「・・・・・・」
「倒れている理由に関してですが、貴方がやった、ということでよろしいでしょうか?」
「・・・ちがう。勝手に突っ込んできて、勝手に倒れた」
「それでその状況になったというのですか?」
「はい」
ぞんざい過ぎる、という返答にも眉一つ動かさない会長に関心しつつ、今までの攻防を思い出していた。
(たしかに篠枝さんが、手を、いや足を出したのは最初の一人と、最後の一人だけ。あとは自滅するように誘ったり、お互いにぶつかり合うように往なしただけだ。二つの蹴りについても、自己防衛の範疇といえる)
その間にも、話は続いていく。
「もう一度だけ聴きます。ことの経緯を教えてください。その後一度学校に同行していただきます。風紀委員会と協議し、しかるべき処分を検討いたしますから。・・・ですが、正直に答えることを推奨しますよ」
だが、悠斗と同じことを考えていたらしい優紀乃が、
「待てください!」
そこに割って入った。
会長は、星羅から視線をはずすことなく、優紀乃に続けるように促した。
「学校に届いた通報に間違いはありません。実際にあちらの男性方は本高の女子生徒に手を出そうとしていましたから」
「篠枝さんにですか?」
「いえ、彼女は途中で割って入り、生徒一人を救ったのです」
「では、あそこまでする必要性については?」
「あ、あの・・・」
そこで、こわごわ、といった感じで一人の生徒が言葉を挟んだ。優紀乃と会長に同時に視線を向けられ、一度言葉を詰まらせたが、
「会長、この方が言っていることに、間違いはありません」
「貴方は?」
「あ、ご、ごめんなさい。滝沢です。二年D組みの・・・」
「なぜそういいきれるのです?」
答えようとして、口を開きかけたが、言わんとしていることの意味を考えて、うつむいてしまった。
それでも、聞こえるか聞こえないかの小声で、
「私が、周囲への注意を怠っていたから・・・あんな一人達に囲まれてしてしまったんです。もし、彼女が助けてくれなかったら・・・私」
何とか最後まで言い切った少女が、先ほど囲まれていた女子生徒であることに気が付いた。
そのまま黙ってしまった少女をかばうように優紀乃が静かに告げた。
「生徒会に入る際、データベースを確認させていただきました。その時見拝見した限りでは、前年度からすでに七名の生徒が同様の被害にあっているようでした。彼女はそれを止めたのです。ほめられこそすれ、なぜ罰せられなければならないのですか?」
「会長、俺からも証言させてもらいます。一応すべてを見ていましたから」
「君は?」
「二年E組、光羽悠斗です」
「彼女らの言っていることに間違いはありませんか?」
「ええ」
「・・・・・・・・・そうですか、分かりました、貴方が滝沢さんを救済いたことについては認めましょう。ですが、やり方に多少問題があります。これは、本校の名目にもかかわる事態。その分の罰はきちんと受けていただきますわよ」
今回二人ほど新しいキャラクターが登場しました。もう少しで、役者がそろいます。話も本筋にどんどん接近してまいりました。これからもがんばりたいと思います。
報告までに、これから一週間ほど、休みをいただきます。その後の更新は、しっかりやっていけると思いますので。よろしくお願いいたします。