4話 怨恨/Rancor
森の奥から静かに、だが確実に死を運ぶ足音が近づいてくる。木々をなぎ倒すようにして姿を現したその『脅威』を視界に捉えた瞬間、ハルの皮膚が粟立った。
それは、先ほど倒した怪物と同じ、熊の巨体にワニの首を持つ異形の魔物であり、同種の生物だと見て取れる。
だが、明らかに最初の個体とは違う。体躯が一回りも二回りも大きく、全身から放たれる質量混じりの殺気が、周囲の空気を重く押し潰している。
しかも、それだけではなかった。
「ウソ、でしょ⋯⋯?」
ナツの絶望に満ちた声が漏れる。
最初の一頭の背後から、さらに同種の怪物たちが、のそのそと地響きを立てて這い出てきたのだ。
一頭、また一頭と。
その数、計五頭。
魔剣を携えた一人を除いた三人の間に、張り詰めた戦慄が走る。
「チッ、今度は集団か⋯⋯!」
ハルが漆黒の魔剣を構え直しながら、忌々しげに吐き捨てた。
すると、「あっ!」と背後でアキが自分の右手を凝視したまま、顔面をみるみるうちに蒼白にさせていく。
「ま、まさか⋯⋯! オレがさっき、大声で呪文を叫びまくってたから、ここに呼び寄せちまったのか⋯⋯っ!?」
自分の不用意な行動がみんなをピンチに陥れたのではないか。激しい罪悪感に声を震わせるアキ。だがハルは、先頭に立つ最も巨大な一頭の、ぎらついた黄色い眼球を睨み据え、それだけではないと直感した。
その爬虫類特有な形相の奥に、狂おしいほどの『怒り』と『憎悪』が宿っているのが分かったからだ。
「う、うん。でも、アキのせい、だけじゃ⋯⋯ないと思う⋯⋯」
ハルの背後で恐怖に震えながらも、フユが必死に絞り出すような声で、気づいた違和感を口にした。
「た、たぶんだけど⋯⋯あのバケモノたちって、家族とか、群れで集団行動する習性、なんだと思う⋯⋯」
「え? で、でも、あたしが最初に襲われた時、あのバケモノは一匹だけだったよ⋯⋯?」
ナツが記憶を辿りながらおろおろとフユを振り返ると、フユは小さく首を横に振った。
「う、うん⋯⋯。あの時のバケモノ、あいつらより、ずっと小さかった、よね? 同じ種類のはず、なのに⋯⋯」
「⋯⋯っ! そうか、そういうことか!」
その理由に思い至ったアキは、弾かれたように先程の一幕を思い返して声を上げた。
「さっきナツを襲ってたあいつ! あれは群れからはぐれて行動してた『子供』だったんだな⋯⋯っ!?」
アキが口にしたその推測に、ハルも前線を見据えたまま短く応じた。
「ああ、そうだろうな。中央の特におっかない面をしてるデカいやつ⋯⋯。十中八九、あれが『親』だろう。かわいい我が子を殺された大人たちが、復讐にやって来たってところか」
「グルルルルル⋯⋯ッ!!」
ハルの言葉を肯定するように、親玉と思しき巨大な個体が、地鳴りのような咆哮を上げた。五頭の怪物が一斉に、明確な敵意を持ってじりじりと距離を詰めてくる。
いくら魔剣の補助で超人化しているとはいえ、初戦闘を終えたばかりのハル一人で、しかも非力な仲間を守りつつこの巨体の群れを同時に相手取るのは、あまりにも無謀だった。
(クソ、どうする⋯⋯!?)
ハルの額を冷たい汗が伝う。幼馴染たちの命が懸かった絶体絶命の死の軍勢を前に、希望を見出すことはできなかった。
──もしも、この場にいるのが自分一人だけでさえいれば。
ハルは冷静に状況を値踏みしていた。たとえこの絶望的な戦力差であっても、自分だけなら何とか乗り切る自信がある。それほどまでに、右手に握る《楽園と冥府の剣》がもたらす恩恵は強大で理不尽だった。理外の超越者として、戦うことも逃げることも、自分の意志一つで思いのままだ。
だが、魔剣を顕現できない、ただの高校生に過ぎない三人を背負った状態では話が違う。
自分が一頭、二頭と仕留めている間に、残りの怪物の素通りを許してしまったらどうなるか。
あの子供の怪物を殺したのはハルだ。その復讐心が仇である自分だけに向けてくれれば──そう願うのは、ただの希望的観測でしかなかった。
未知の化け物に既存の野生動物の習性を当て嵌めて考えるのはナンセンスだが、目の前の肉食獣どもが、確実に仕留められる絶好の『獲物』をむざむざスルーするとは思えない。
それに、集団行動や家族の復讐という概念を持つ以上、こいつらにはそれなりの知能と社会性がある。
最悪のケースとして、「お前も大切なものを失え」と、あえて仇であるハルを後回しにし、背後の三人を優先して狙うほどの狡猾さ、意地の悪さを持ち合わせている可能性すらあった。
(だったら、ここは賭けに出るしかない⋯⋯か)
少しでも仲間の危険を下げるため、人間と怪物の両者間を隔てる距離が半分ほどの位置まで歩く。そして喉が張り裂けんばかりの大声を上げながら、前方に向かって力一杯の殺意と悪意を込めた漆黒の魔剣を突き出した。
「おい聞け!! あのチビを殺ったのは俺だ!! 俺がこいつで、首をぶった斬ってやった!! バカ口開いてくっせえ息を撒き散らすのがムカついてな!! ガキの口減らしに協力してやったんだから感謝しろよ!! それとももうちょい減らしとくか!?」
自分でも胸糞悪くなるほどの、子を失った大人に対する最大限のえげつない侮辱。
その挑発は、見事に功を奏した。
「グルルァアアアアア!!」
五頭の集団の内の一頭が単独で先走り、激昂した様相で木々の葉を激しく震わせるほどの咆哮を放ち、大地を爆らせてハルへと突進してきた。
勇ましく、大きく、力強く、そして速い。
四足でドスドスとハルに迫ると、獲物の頭蓋を噛み砕き、脳漿を味わおうとその大顎がガパリと開かれる。
だが悲しいかな、その怪物は、超常の魔剣という刃の『味』はまだ知らなかった。
得体の知れない魔剣を警戒して未だ動かない他の個体と違い、単調で向こう見ずで、そして未知に対する注意力が足りなかった。
ハルはまるで街ゆく通行人を避けるように、僅かな動きで身をひょいと左側によじらせるだけ突進を躱す。
体の右側にはすれ違いつつある巨体の脇腹と──そして魔剣。すでに勝負ありだった。
回避行動によって一旦下げた右腕を、ヒュン、と勢いよく空に向かって振り上げる。肉を断ち、骨を削る手応えすら残らないほど、滑らかに漆黒の刃が巨体の胴体を通り抜けた。
ヘッドスライディングのように突進の勢いのまま音を立てて地に滑り込む怪物の巨体。次の瞬間、斬り裂かれた腹部から、鮮血と内臓がハルが魔剣を振り上げた上空へとブシャアッ! と凄まじい勢いで飛び散った。
「ガ、ア⋯⋯ッ!?」
内臓をぶちまけられた怪物は、激情と怨嗟の混じった凄まじい形相のまま、上半身と下半身が真っ二つに分かれ、そのまま絶命した。避けられたことも、斬られたことも、そして死んだことすら最期まで認識してなかったかも知れない。
ハルは限界まで張り詰めた緊張を解きほぐすように息を吐き、その場から一歩も退かずに黒い刃を構え直す。その刃は、飛び散った血をも吸い込むように、怪しく不気味に輝いていた。
怪物の亡骸が再び光の粒子となって消えゆく中、残された怪物の数は──残り、四体。
迂闊に先走った一頭が瞬殺されたことで、周囲の怪物たちの空気がさらに狂暴に、そして慎重に変化していく。
「⋯⋯まずは一匹か」
賭けにはひとまず勝った。もしあの挑発に、全軍が激昂してなりふり構わず特攻をされていれば、自分は殺られないまでも背後の無防備な仲間たちの無事は保証できなかったからだ。
かと言って、状況的にハルから仕掛けるわけにもいかない。さっきの挑発でもう一頭ほど来て欲しかったが、我慢比べをしつつ着実に一頭ずつ切り崩していくしかない。
魔剣の恐ろしいエネルギーによる急激な行使と消耗。そして仲間の命が懸かった極限の緊張。ハル一人にかかる負荷が限界に達しようとしていた。
※読み飛ばしOKのおまけ
タイトル名《怨恨》は、クリーチャーのパワーを+2とトランプルを与え、エンチャントしたクリーチャーが死亡しても手札に戻る、緑1マナのエターナルエンチャント・オーラカード。
子供を殺された親の復讐と、怨恨そのものは消えないというカード名やカード効果とストーリーの噛み合わせ。




