10話 憎悪/Hatred
勝負は完全に決していた。
五頭もいた怪物の群れも、残すは奥に鎮座したままの統率者を残すのみ。
圧倒的な力を誇る三本の魔剣に、人数。力も数も、もはや怪物側が高校生たちを上回っている要素など、何一つとして残されてはいなかった。
ひとまずこれで安心だろう。凛々しく構える三人の心にようやく一息の余裕が生まれ、ナツが奥にいる親玉に向かって声を上げた。
「ねぇ! 大人しく帰ってくれないかなー! もしここで終わりにするんだったら、追わないからさー!」
飼育や調教をされた知能の高い動物ならともかく、本来、野生動物に人間の言葉をかけても理解などできるはずがない。しかし先ほどハルの挑発にまんまと反応していたことから、この怪物が人語、あるいはそこに込められた意志を解する知的生物であることは推察できていた。
現に、ナツの言葉を聞いた化物は、醜悪なワニの形相を歪め、ますます烈火のごとき怒りの色をその瞳に滲ませた。
──ふざけるな、先に我が子の命を奪ったのはお前たちだ!
──何があろうと、仇を討たずに終われるか!
たとえ言語がわからなくとも、その双眸に宿るぎらつく眼球を見ただけで、何があってもこの怪物が復讐を諦めるつもりはないことが容易に伝わってきた。
「ま、復讐が目的なら、引くに引けねえよな」
「仲間も、みんな全滅しちゃった⋯⋯もんね⋯⋯」
アキとフユの表情にも、先ほどまで張り詰めた緊張が緩んだ様子だった。奴がどれほど怒り狂って仕掛けてこようと、間合いに入った瞬間に一刀のもとで斬り伏せて終わりだ。
「なあ、ハルのやつ、起きたらビックリするぜ。寝てる間にオレたちみんな、魔剣のマスターになっちまったんだからな」
「ふふ、はやく見たいね⋯⋯? ハルの驚いた顔」
敵の大ボスを前にして談笑を始めるアキとフユ。魔剣によって超人化した圧倒的実力は、確実に斬り捨てることができるという、過信とはまた違った絶対的な力による余裕によるものだ。
そしてついに──親玉の怪物が重い腰を上げて動き出す。
今までのどの個体よりもさらに大きい巨躯。地響きを立て、四足歩行の獰猛な動きで巨体を弾ませながら突撃を開始した。
「っと、ついにボス戦だぜ。三人で闘るか?」
「今までの中で、一番強い⋯⋯と思う。でも、私たちならきっと大丈夫⋯⋯!」
「──ううん、みんな下がってて。あたしがやるよ!」
ナツが力強く前に踏み出し、琥珀色の光を纏う魔剣を構えて迫りくる巨体に対する迎撃体勢を取る。
「ナツ⋯⋯?」
首を傾げるアキとフユを他所に、ナツは怖いほどの凛々しい眼差しで前方を見据え、自身の《福音と呪詛の剣》を構える。
ナツにはどうしても自分の手で決着をつけねばならない、ある『理由』があった。
そんな幼馴染の強い意志を感じた二人は、不思議に思いつつも理由は聞かず、その役目を譲ることに。
しかし──そこで、誰もが予期せぬ信じられないことが起こった。
ナツの魔剣の射程に入るその直前。怪物は突き進んできた爆発的な推進力をそのままに一瞬身を縮こませると、空高く、弾かれたようにふわりと跳躍したのだ。そして、ナツの頭上を遥か高く飛び越えていく。
巨体にはおよそ不釣り合いな、高い跳躍力と長い滞空時間。常識外れの大跳躍。
ここに来て、今まで見せていたクマの膂力とワニの獰猛さ、そのどれとも違う未知の生態の行動パターンだった。
「へ? 嘘お!?」
「なんっつージャンプだよ!」
「──っっ!!」
呆気に取られるナツとアキ。しかし、その奇妙な「軌道」から瞬時に事態を察知したフユだけが、一足早く弾丸のように動いた。
怪物は空中で、怒りを、嘆きを、そして血を吐くような憎しみを込めた咆哮を上げ、凶悪な牙が並ぶ大口をめいっぱい押し開く。
親玉の怪物の狙いは、『最初から』ナツたちではない。
高い太木の枝の上で、意識なく横たわっているハルだ。
直接的な子の仇であるハルのいる高度に届くための──ただそのためだけの、持てるすべての力を爆発させた決死の跳躍だったのだ。
──こいつらには、どうあがいても勝てない。
──このすぐあと、自分は殺されるだろう。
──だがっ! 『こいつ』だけは! 我が子を容赦なく奪った『こいつ』だけは──!!
それは後先など一切考えない、そして考える必要すらない、復讐者の哀しいほどに純粋で決死の特攻だった。たとえハルを噛み殺した直後、背後の仲間にズタズタに斬り捨てられる運命だとしても、この復讐だけは何が何でも完遂しようとする恐るべき執念。
開かれた凶暴な大口が、枝の上のハルに届く──その寸前。
誰よりも早く地を蹴り、理外の身体能力で瞬間移動を思わせる超高速の跳躍をみせた人影が、空間に滑り込んだ。フユだ。
音すら置き去りにする速さで、一瞬にして怪物の鼻上すれすれの位置へと到達したフユは、長い髪をなびかせながら、左手に握る《真実と欺瞞の剣》をくるりと逆手に持ち替えた。
「そのクチ閉じてっ⋯⋯!」
そして、怪物のワニの顎、その鼻上の部分に向かって、一切の躊躇なく蒼き刃を深々と突き刺した。
ドスゥッ!! と凄まじい衝撃と共に、魔剣は怪物の肉と骨を貫き、下顎までをも貫通して、その大口を強引に完全封鎖する。
そしてさらに、空中から地上に向けて力任せに押し込むような凄まじい下方向への力が加わったことで、三メートルを超える巨体は悲鳴すら上げられず、そのまま地面へと激しく叩きつけられた。
ドガアアアアアンッ!!!
激しい土煙を上げてうつ伏せで倒れた怪物の傍らに、フユがひらりと軽やかに着地する。顎に突き刺さったままの蒼き魔剣が、まるで絶対的な戒めの楔のように怪物を地面へと縫い留めていた。
もがく怪物を冷たく見下ろしながら、フユは言い放った。
「ワニの噛む力⋯⋯口を閉じる力は最強だけど、逆に、口を『開く力』は、すごく⋯⋯弱い。上手くいって、よかった⋯⋯」
「ナイス、フユ! さすがに今のはヒヤッとしたぜ⋯⋯! ったく、このワニクマ公が!」
遅れて駆けつけたアキが、怒りを込めて緑の魔剣を振り下ろし、倒れたままの化物の後ろ足二本を斬り捨てた。
これで、この巨体に似つかわしくない疾走も、先ほどのような意表を突いた跳躍も、二度と行うことはできない。
フユの魔剣の串刺しによって僅かに口を開けることもできず、貫かれた牙の隙間から、ヒューヒューとただ苦悶の風鳴りのような悲鳴を漏らすだけだ。
「なあ、フユ。こいつに追いついた時よ、そのままさっさとぶった斬っちまうこともできたんじゃね? なんでわざわざ、クチにぶっ刺して下に叩き落としたんだ?」
つい今しがたの空中戦を振り返り、アキはフユの隣に歩み純粋な疑問を投げる。一発で倒すことも出来たのに、わざわざ決着を先延ばしにしたのは何故なのかと。しかしアキのその意見にフユは、はっきりと「否」の意を示した。
「ううん⋯⋯それじゃ、ダメなの。今までを思い出して? バケモノって、死んだら光になって消えるけど⋯⋯完全に死んでから消えるまで、時間差⋯⋯ラグがあった、でしょ?」
「あー、言われてみりゃ確かにな。光になんのに大体2〜3秒くらいか? 最初ナツを襲ってたヤツは、もうちょい遅か⋯⋯って、あーっ!! そういうことかっ!!」
フユが提示および想定した『ある可能性』に、ようやくアキも思い至った。
死亡したモンスターが光となって消滅する、まるでゲームのような現象。だがそれを『現実の物理現象』と照らし合わせて落とし込んだ時に考えうる、ある可能性だ。
こればかりは、いかに魔剣の超越感が身を巡っていても、完全に盲点だった。
「ジャンプ中のこのデカブツ! こいつを斬り殺しても、同時に消えるわけじゃねぇんだ! こいつのデカい『死体』が、消える前にハルに勢いよくぶつかってたってことか!?」
「うん⋯⋯。飛び掛かってる最中の⋯⋯推進力、おっきな質量の『慣性』だね⋯⋯。死んでも物体が物理的に、光に消えるまでは⋯⋯残っちゃうから。もちろん、ただの『可能性』⋯⋯だよ? でも思いついちゃった以上は⋯⋯阻止しなきゃって」
「あの一瞬でそこまで考えたのかよ!? そういうフツーの判断力って、魔剣パワー関係ねえよな!? あっぶねー⋯⋯追いつたのがオレだったら、そのままスパッといっちまってたぜ。そしたらハルはぺしゃんこかよ⋯⋯」
「ふふ⋯⋯ハルを守れて、ほんとによかった。やっと、お返しができた⋯⋯」
フユは顔を綻ばせ、木の上で眠るハルをちらりと視線をやる。
親玉の狙いの察知、ワニの生態を理解しての顎封じ、死体消滅までの慣性の考慮──知識オタクと称されるフユによる、魔剣の超人化補正だけに頼らない、博識のファインプレーが光った瞬間だった。
もはや完全にチェックメイトだ。
その絶望に染まる怪物の元へと、右手に怪しげに煌めく魔剣を持つナツがゆっくりと歩み寄っていった。
一歩、また一歩と。
その様は、ただの女子高生でありながら、約束された「死」を与える死神のようでもあった。
※読み飛ばしOKのおまけ
タイトル名《憎悪》は、ライフを好きなだけ払ってその分だけクリーチャーのパワーを上げる、黒の5マナインスタントカード。
基本的に全突っぱのワンキル狙いのハイリスクハイリターンであり、インスタントタイミングで火力や除去で対応されるとほぼ負け確。
文字通り憎悪に満ちたボスが全てを投げうち、本命の標的に決死の特攻を仕掛けるが、インスタントタイミングで介入されて狙いを挫かれたという、カード名、カード効果、ストーリーの符合。




