8話 暗いので暗殺
この連中を放置すれば、明日、町は壊滅する。
夥しい数の人々が瓦礫に押し潰され、何が起きたかも理解できないまま死んでいく。
恐らく死者数は万を超え、ジルベスの歴史に残る過去最悪の犯罪――ないし、人災として後世の歴史に語り継がれるだろう。
SBP構造の欠陥の暴露などと言っている場合ではない。まさかベクター社の跡目争いでこれほど直接的に死人が出るような真似をするとは、人の愚かしさと残虐性には際限が見えない。下手をすると九割の建物が崩落した後、彼らは残りの一割を物理的に破壊する気かもしれない。
(殺すか)
事ここに至って迷う必要は無い。
パワードスーツを全て破壊すれば明日の都市崩壊も起きないし、そのついでで社員が巻き込まれて死んでもオウルは何も思わないし、ユアも気付きはしないだろう。
町の為でも国の為でも秘密の為でもなく、たった一人の少女の平穏のために、死んで貰う。
そうと決まれば社長と呼ばれた存在を調べる必要があるため、小型無人機レイブンに調査を続行させる。情報を引き出す為になるべく生け捕りにしたいからだ。
それらしい人物はすぐに見つかった。
倉庫の一番奥にある最も広く居心地のよい個室で、顔に低俗な雑誌を載せて眠りこけていたからだ。テーブルに乱雑に置かれた私物の中にあるIDカードも彼が解体会社『チューボーン』の代表であることを物語っている。
(しかし、顔の上に雑誌を載せて寝る奴なんて実在したんだな。寝心地悪いだろ)
内心ツッコミを入れていると、その人物がふいに起きたのか雑誌を取り払う。
瞬間――オウルの全身をぞわりと悪寒が突き抜ける。
根拠はなく、ただ、危険だと第六感が叫んだ。
「いい匂いがするなぁ。そそられる少年の匂い……この甘酸っぱさは中学生くらいかなぁ?」
雑誌の奥から出てきた古傷だらけの顔を露にした男は、異様なまでに爛々と輝いた目で自分の真横に置いてあったアンカーガンを手に取ると、今まさにオウルが待機している場所に目がけて引き金を引いた。
ガウン、ガウン、ガウン!! と、凄まじい発射音と共に超音速のアンカーが発射された。
咄嗟に身を捻ったことで直撃は免れたが、弾丸がユニット表面を削って火花が飛び散った。
サーペントが呆れたように叫ぶ。
『これのどこがネイルガンの延長だよ! 貫通力だけなら対物ライフル並な上に連射可能ってどんな改造したんだ!? というかどうやってオウルの位置が!?』
『知らん! 知らんが存在を悟られた以上は作戦変更、このまま全滅させる……ちぃッ!?』
どんなセンサーでも確認されず、猟犬すら気付いていないというのに男のアンカーガンは正確無比にオウルを攻撃し続け、大型で大出力の武器を出す隙がない。逃れる為に空中に逃れたところで見張りたちに発見された。
「侵入者だ!! ステルスコートで空から来たのか!?」
「嗅ぎつけられでもしたか!? 撃て、打ち落とせぇ!!」
見張りの軍用ライフルが一斉に火を吹くが、ユニットにとってはそよ風同然だが、依然としてアンカーガンの連射が食らいついてくる。
「いい加減鬱陶しいぞ!!」
瞬時にプラズマ切断機『スライサー』を起動させる。
刃の先端に圧縮された超高熱のプラズマを飛ぶ斬撃として放つそれは、旧式とはいえ実戦可能なパワードスーツを一瞬で切断する破壊力がある。
オウルは片手を忍者が印を結ぶような速度で縦横無尽に振り、先端から放たれた斬撃が巨大な倉庫を微塵切りに刻んだ。
これでパワードスーツを減らし、足止めが出来た筈だ――そう思ったが、オウルは常にそうだと思ったことを半分は信用していない。その信用していない部分が、斬撃直後に複数の射線から飛来したアンカーガンの銃撃の回避を成功させた。
「もうスーツに乗ってる奴がいるか!」
飛来する杭をバレルロールで回避しながらパワードスーツ規格のアサルトライフル『カーテンコール』を展開して、弾丸が発射された方向に牽制でデタラメに発射を続ける。
続けて脚部に三連装ミサイルポット『トラフィック』を展開、全弾発射。
左右に展開されたミサイルポットの発射口が一斉に開いてマイクロミサイル六発が地上に向けて煙の尾を引き迫る。すると六発中四発が突如として虚空で爆散し、倉庫への着弾は二発に留まる。
「センサーの反応からして音波兵器か? だがそれでも!」
暗殺という仕事の関係上まず使うことのなかったマイクロミサイルだが、発射したからには一人でも多く死んで貰う。地表への着弾と同時にミサイルの炸薬が爆発し、夜の倉庫を紅蓮の炎が吹き荒れ、闇を照らす。だが、倉庫の壁を四方八方突き破ってパイロット搭乗済みのパワードスーツが現れ、更ににアンカーガンによる攻撃が激化した。
サーペントが眉を潜めたような声で疑問を呈す。
『反応早すぎないか、連中? パワードスーツは起動して動かすまでどんなに早くとも三〇秒はかかるんじゃ……』
「常時アイドリング状態ならすぐ動く!」
『なら奇襲を読んでいたのか!?』
「奇襲されて当たり前の生活が染みついた連中だってことだ!」
病的なまでの戦いへの意識――否、最早病気の一種。
殺し屋とは違った意味で。彼らはいつでも日常から殺し合いに意識を移行できる。
オウルはパワードスーツに再度『スライサー』で斬撃を飛ばす。
斬撃はパワードスーツに命中するも、装甲表面を微かに白熱させるだけで貫通出来ない。
「……高温の場所でも解体作業できますってか? 消防士に売りつけろよ」
『軍用でもコストの関係でここまでの熱耐性は普通持たせないからね。ミサイルの爆風も耐えてるし。だが、スライサーとミサイルは無駄じゃなかったみたいだ。パワードスーツに乗り込むのが遅れて二〇人ほど可哀想なことになってるよ』
「こういう死に方は本望だろうよ。見ろ、出撃した連中は何の淀みもない」
数十にも及ぶパワードスーツが高速移動輪であるラピッドクローラーの甲高い回転音を響かせながら次々にアンカーガンを発射し、中には作業用ワイヤーウィンチを輪投げのように投擲してくる者までいる。仲間の死に一切動揺しないのもこの手の連中の特徴だ。と――突然ユニットの動きが鈍る。
「なんだ!?」
『オウル危ない!!』
気がついたときには、他のパワードスーツと明らかに色が違う角つきのスーツが背部から解体クローを突き上げていた。回避が遅れ、クローが胴体を挟み込む。ギシギシと鉄の軋む音を立てたクローにパワードスーツは体を空中で回して遠心力をつけ、オウルを無理矢理大地に叩き付けた。
うつ伏せの姿勢で凄まじい衝撃が全身を駆け抜け、肺から息が漏れる。
「かはっ――ッ、どんな馬鹿力だよ!!」
即座に腕を折り曲げ背面に向けてアサルトライフルを発砲しようとするが、突き出した瞬間に敵の無骨なプラズマカッターが重心を中ほどから切り裂いた。
「興奮するねぇ。男の子をねじ伏せるのはいつも高ぶる。なぁ、そうなんだろぉ?」
わざわざマイクを利用して自らの声を拡声する敵に、オウルは敢えて乗る。
「喋り方が気色悪くて女にモテないからって男に走るのか?」
「違うねぇ。男の子の味が忘れられなくなっただけさ。そろそろ強がった泣き顔を見せてくれよ少年……でないとこの軍用合金も引きちぎるクローの出力がどんどん上がっちまうよ」
「はっ、冗談。出てきたら食っちまうんだろ? なぁ――クラウン・ゲイジー元陸軍大尉」
『驚いたな。経歴を綺麗さっぱり消した今、それを知れる奴はまずいない筈だが?』
大して驚いた風でもなく、宣言通りクラウンはクローの出力を上げていく。
彼の出自は、彼らのパワードスーツにあるピエロの面のデカールを手がかりにサーペントが探り、軍の極秘データと照らし合わせて突き止めた。
「紛争地域での特殊任務に従事したクラウン部隊の前線指揮官。動物や昆虫の遺伝子を利用した生体強化の施術を施されて身体能力――特に嗅覚が異常発達。しかし当時未完成だった生体強化技術の副作用でホルモンバランスが狂い女性の匂いを受け付けなくなり、年若い少年を性的目的で拉致、強姦、そして証拠隠滅の為に殺害を続けた」
十年前の戦争ではよくある類の話だ。
様々な技術が開発され、そしてオーバーエイジ計画で殆どが用済みのモルモットとして切り捨てられた。生体強化実験はその後再生治療に応用されただけまだマシな方だろうが、彼らにとっては何の慰みにもならない。尤も、それを気にしている風にも見えないが。
「十年前の復讐にテロを……とかじゃなさそうだな。壊す以外の稼ぎ方を知らんだけか」
「軍から切り捨てられはしたが、戦後のドサマギで可愛い部下たちと一緒に新しい飼い主を見つけられたからね。あと一つ訂正がある。証拠隠滅の為に殺したんじゃなくてちょっと力が余っちゃっただけで、ちゃんと愛していたさ。汗も、悲鳴も、懇願もね」
肩をすくめて首を振るパワードスーツは悪びれる様子もない。
スーツ越しで顔は見えないが、オウルには彼が恍惚の表情で涎を飲み込む姿がはっきりとイメージできた。
その性的嗜好と犬を上回る異常な嗅覚で、彼は無人機に微かに付着したオウルの匂いに気付いたのだろう。その後の射撃の正確さは説明がつかないが、動物由来の生体強化を受けた人間は科学で説明出来ないセンスを習得することがあるらしい。
こうして会話している間にもパワードスーツたちがじりじりとアンカーガンを構えて包囲を狭めている。
「ところで君、このスーツは表に出ない試作機最新型だろう。保守派の連中にそんな伝手があるのは意外だ。その辺りも含めて明日の仕事が終わった後にじっくり話し合おうじゃないか……」
両手両足と胴体の解体クローが凄まじい圧でユニットの装甲を圧迫する。
どんな頑強なパワードスーツでも中身が弾けるであろう、正に万力の圧だ。
だが――その中にあってオウルは目を細め、まったく別のことを考えていた。
「へぇ。薄々そうではないかと疑っていたが、やはりそういうことか」
「……? 何を――?」
「戦いに趣味を持ち込む連中は、どうして弱ったふりをするとこうも饒舌になるのかって話さ」
たった今、オウルの中で彼を生け捕りにする必要性が激減した。
クラウンは遅れてオウルの言葉の意味を悟ったのか、急にクローの出力を上げる。
が、遅い。
「吹き飛べ」
直後、ユニット背部の装甲がスライドして爆発的な推進力を吹き出した。
「うおおお!? 機体が、踏ん張れない……!?」
その推進力は戦闘機のアフターバーナーを瞬間的に上回るほどの風圧と熱を発生させ、更にその一瞬の隙を突いてオウルは両腕にクアッド専用のカスタム拳銃『ブリッツ』を握ってアンカーの可動部にフルオートで発砲。推進力の負荷に加えて可動部に銃撃を受けたアンカーは激しい火花を立てて中程からへし折れた。
噴射を停止して漸く起き上がったオウルは力を失ったアンカーを煩わしげに引き剥がす。
他の解体パワードスーツ達が一斉に動揺する。
「なんだあの出力は……デララメ過ぎる!」
「解体クローは軍用スーツでも真っ二つにする出力が出る筈なのに、傷ついていない!?」
「何もない場所から武器を展開した……?」
彼らは、漸く気付いた。
目の前の敵が、自分たちの想像を遙かに超える次元から来た存在であることに。
クラウンが目を剥いて叫んだ。
「あの出力はパワードスーツには出せない筈だ! まさか、ユニット!? 政府が俺たちを消しに来たのか!!」
オウルはその問いに、ふざけて映画の俳優みたいな二丁拳銃の構えを見せて答える。
「かかってこいよやられ役。ユニット・アクションだ」
アクション映画で名もなき悪役が死んだことをわざわざ気にする観客はいない。
何故なら彼らは遠い遠い別世界の、観客と関係の無い存在だからだ。
彼らは、観客にとってのそういう存在でいて貰う。
斜に構えてるくせに割と戦いにノリノリなオウルくんであった。