10話 相応しい暗殺
クラウン・ゲイジーは元々小児性愛の傾向を持っていたが、それが相手を破壊するほど激しくなった理由は自分でも分かっていない。
軍医によると動物の遺伝子を定着させた影響でホルモンバランスが云々という話だったが、クラウンは強化後の肉体性能実験の名の下に女も子供も老人も民間人もテロリストも国連職員も赤子も仲間さえも手にかけさせられた。
その地獄が、破壊が、血が、クラウンのありとあらゆる価値観を微塵に粉砕し尽くし、自分でもコントロールの効かない怪物へと変容させた可能性も否めない。
どちらなのか、それとも、どちらもなのか。
クラウンにとっては今更そんなことはどうでもいい。
他の部下達と違い、彼はジルベスという国家から捨て石にされたことに恨みはない。
何故なら、衝動に身を委ねた瞬間に脳髄を満たす多幸感を彼は何よりの楽しみとしているからだ。
クラウンの動物的欲求は今、あのユニットを駆る少年を求めている。
動きや声だけでも分かるし、部下を次々に殺害する姿を見て限界まで高ぶってしまった。
あの中にいる少年を引きずり出して肉体を交えた瞬間に得られる快楽はきっと己を比類なき絶頂へと導くだろう。
だから、クラウンは途中から死んでいく部下を放置し、後方でアトランティード指揮用機に己の最強の装備を装着させていた。他のアトランティードと違い紅白のカラーなだけでなく性能も一段違う指揮用機に仕込まれた力が次々に解き放たれる。
「ジョイント接続、OS切り替え、ジェネレーター臨界、リミット解除―― あぁぁ……最高の時間にしよう! 俺の脳髄を蕩けさせてくれぇぇぇぇッ!!」
道化師のように、怪物は嗤う。
◇ ◆
オウルはクラウンのアトランティードが不審な動きをしている事には気付いていた。
しかし、クラウンに逃げる気配がなく、パワードスーツに混ざって生身の哨戒兵と猟犬まで迫ってきたためそちらの処理を優先していた。
そして、最後の一人に至るまで雑兵が死んだその瞬間にクラウンはアトランティードのバーニアと脚部車輪を限界まで稼働させた凄まじい加速で再び姿を現した。
「待たせたな少年! お色直しはおしまいだ!」
「そうか。さっそくで悪いが死ね」
オウルは間髪入れずに発砲したが、クラウンのアトランティードが突如パワードスーツの常識では考えられない動きで弾丸を躱す。目を凝らしてその正体を確かめたオウルは顔をしかめた。
「なんだありゃ? 両手と背部で三つもあの蠍の尾みたいな破砕クローをつけてやがる」
続けて何発か発砲するも、クラウンは加速しながら柔軟に稼働するクローを地面に突き立てて跳ねたり機体の軌道を変えたりと、まるで元からそういう生物であるような異様な動きで攻撃を躱し続ける。
通信越しにサーペントが呆れた声を漏らした。
『あれじゃ機体が保っても中身が保たないところだけど、中身が普通じゃないから平気みたいだね』
「化物はお互い様だ」
「俺以外の誰かとお喋りかい!? 嫉妬するなぁぁぁアハハハハハハ!!」
異様な動きで縦横無尽に跳ねながらクラウンはアンカーガンを乱射する。
オウルは武器をアサルトライフル『カーテンコール』に切り替えて後退しながらフルオートで発射するが、分厚いアトランティードの装甲を破れず舌打ちする。
「重機メーカー製が軍用合金弾を易々と跳ね飛ばすんじゃねえよ!!」
『カーテンコール』を連射しながら脚部ミサイルポット『トラフィック』からミサイルを一斉発射。
ミサイルはバラバラの軌道を描きながらクラウンのアトランティードを囲うように迫る。
直後、爆発。
幾ら装甲が分厚かろうがマイクロミサイルの直撃であれば多少なりとも影響が出る筈だ。
だが、爆煙を突き破って猛然と迫るアトランティードは目立った損傷が見当たらない。興奮したクラウンの耳障りな声が響いた。
「花火が好きみたいだな!! 俺も大好きさ!! 戦場で部下達と一緒に死ぬほど射出したんだものなぁ!!」
「いい年して火遊びではしゃぐな!!」
ならばと『カーテンコール』を片手で撃ちながらアトランティードに接近したオウルはもう片方の手で『ブリッツ』を発砲する。いくら予想外の動きをすると言っても至近距離ならこの貫通する弾丸を避けられない――そう思った瞬間、アトランティードの装甲が弾丸の着弾と同時に弾け飛んだ。
整備不良、と、一瞬考えがよぎるが、弾け飛んだ装甲の中からまた装甲が出てきてオウルは歯がみする。
「反応装甲だと!? 貫通弾をか!?」
「指揮用機だけの特別なドレスさ!! ベクターの特許技術ならこの通り! そしてぇぇ!?」
「ぐっ!?」
自ら接近してきたオウルを籠絡する彼の如く、アトランティードの三つつのクローが再度ユニットの体を捕える。胴と両腕を真正面から捕らえられたユニットは先ほどのように銃撃したりスラスターで吹き飛ばすことが出来ない。
更に、出力を上げて無理矢理振り払おうにもクローの出力が先ほどを上回っており、しかも三カ所を同時に上手く挟まれたことで足のパイルドライバーが当てられない。その上でクラウンは脚部のMPJに無理矢理接続したプラズマカッターでユニット両足の『トラフィック』を切り落とした。
ユニットが如何に頑強であっても、装備まで同じ強度な訳ではない。
自由を奪われ凄まじい力で締め付けられ、オウルは悲鳴を上げた。
「ぐああああああッ!?」
「いい、いい、実にいい!! 鼓膜を震わす儚げな悲鳴がたまんないなぁ!! さあ、もっとたまんない悲鳴を聞かせてくれよぉぉぉぉ!!」
瞬間、アトランティードの背部から何かがせり出して股間のジョイントに装着された。
それは、オウルが散々相手を蹴り潰すのに利用したパイルドライバーだった。
「見ろ、アトランティードもお前と交わりたがってる!!」
「……悪趣味を通り過ぎてるぞ」
まるで性的興奮を象徴するように股間にそり立ったそれを、クラウンはスラスターを全開にして押しつけようと迫る。もしあれが機体に接触すれば、震動破砕用の槌がユニットに凄まじい衝撃を叩き込み、搭乗するオウルも彼の部下たちと同じ運命を辿るだろう。
「受け入れろよ少年!! ジルベスの闇に堕ちたケダモノ同士、夜が明けるまで愛を語らおうぜええええええええええッ!!!」
「くそ、こんな変態に……!!」
狂笑を響かせ多幸感に涎をだらだらと垂らすクラウンのパイルバンカー迫る。
接触すれば、中のオウルに待つのは死。
あと一メートル、五〇センチ、三〇センチ、一〇センチ、一センチ――。
「これ以上付き合ってられるか」
冷めたオウルの一言とともに、ユニットの両足が人間の関節ではあり得ない向きに折れ曲がって両踵の二つのパイルドライバーがアトランティードの下半身に衝突した。
「イ゛ッッアアッッ!!?」
一つでも殺人的な破砕力を誇るパイルドライバーが二つ同時に発動し、殺人的な衝撃がアトランティードを股間のパイルドライバーを固定する下半身諸共紙くずのように貫く。その一瞬の隙にオウルはスラスターを噴射させて機体を側転のように回転させ、その加速と両腕の力で破砕クローの関節を無理矢理引き千切る。
恐らくは下半身が粉々に吹き飛んだであろうクラウンが、驚愕と恍惚の入り交じった声を絞り出す。
「こんな、熱烈、で、最高な衝撃……はじ、めて、だァ――」
「地獄で言ってろ、下半身野郎。いや、もう下半身はないから上半身野郎かな?」
オウルは地面に激突して転がるクラウンを一瞥し、自らも地上に降りる。
そこで、通信越しにサーペントから珍しく苛立ちを露にされる。
『君さぁ、いくら出来るからってユニットの足を人体を無視した動かし方させるなよ!! さっきので足の筋や神経ズタズタになったろ!? ユニットの出力を解放すればもっとスマートな倒し方は出来た筈だよ!?』
「分かってるが、ああいった手合いとやりあうのに現状ユニットは出力調整が難しい。遊びの少ない今の設定じゃ暗殺対象以外まで吹き飛ばしかねんからな。とはいえ、確かにスマートじゃなかったかのは認めるよ」
オウルは声も態度も平然としているが、パイルドライバーを叩き込むために無理矢理ユニットを動かしたせいで常人なら一生の後遺症が残りかねないほどに足がずたずただった。
もちろん簡単に治療可能なクアッドの環境あってこそのもので、オウルもユニットのリミッターを大幅に調整する必要を感じたため非は認める。
だが、オウルは相手を殺せれば自分がどれほど傷ついても気にしない。
ユニットを解除すれば自力で立てなくなるほどの痛みに苛まれても、後悔はない。
観客は、アクション映画で痛みに耐えるスタントマンの苦悩など知らなくていい。
それに――。
「下半身が性欲で支配された怪物が、下半身を食い破られて敗北したんだ。相応しい末路じゃないか?」
皮肉屋のオウルとしては、こういう結末は悪くない気分だ。
倒し方に拘りはなかったが、結果としてそうなったのがまたよい。
これが神の紡いだ因果の数奇さが導いた結末なら、神はきっとろくでもないサディストなのだろう。