16、ブルー、頬を吊り上げ静かに微笑む。
遥か遠くで殺される自分の手下を見て、やはりか、とブルーは思った。
やはり予見していた通り、私を暗殺しようとしたのか。
如何にも三流盗賊団の考えそうな手口だ。
和議など、見え透いた嘘だとブルーにはすぐに分かった。
本来敵である人物の利益を考えながら、自分たちもほんの少しだけ利益を得る、と言った類の交渉をバクラムはこれまで、一度としてやってこなかったからだ。
あの男の頭の中には“お互い様”という概念や“winwin”という概念が欠けている。
あの男は自分の利益のためだけに動く。それもその利益が最大限の場合にだけ腰を上げる。
バクラムとはそういう男であった。
それにこの情報が嘘くさいと思えた理由はもう一つあった。
バクラムは、いつも王政の動向なんてちっとも気にしちゃいないのに、今回だけは何故かその動きを機敏に察知したからだ。
そんなことが果たして可能だろうか?
いいや、そんなことできるわけがない。
だから、王の軍隊が迫ってきている、という話も嘘。
すべて分かったうえでブルーはこの話に乗ったのだ。
何故この話に乗ったのか……
そんなの、決まっている。
ここでダルダ盗賊団を葬り去るためだ。
あのトルトゥーガの街を取り囲む壁さえなければ、ダルダ団など敵ではないのだ。
ブルーは握りこぶしを天高く掲げ、叫んだ。
「突撃ぃいいいいい! ダルダ団のクズ共を皆殺しにしろぉおおおお!」
その声に合わせ、ブルー山賊団は一斉に前方目掛け走り出す。
ブルー、とその他の手練れ10人だけを残し……
勢いよく敵に向かって遠ざかってゆく自軍の背中を見ながらブルーは頬を吊り上げた。
勝った、と思った。
あとはそれをゆっくり見守るだけだ。
この砂漠地帯は伏兵を隠せる場所がない。360度どこを見ても砂漠だらけだ。
つまり、正面に対峙するブルー山賊団の五百人とダルダ盗賊団の三百人こそが互いの全兵力と知りながら戦うのだ。
これは、ポーカーで言うならば、全部の手札を開けながらプレイするようなものだった。
あとはこの五百人対三百人の軍隊が互いに正面から戦うことになる。
そんなもの、よほどのことがなければ五百人の軍隊の方が勝つに決まっているではないか。
せめて、ここが兵を伏せることができる森や林でも近くにあれば、私も自分を守るためにもっと多くの兵を自分の周りに配置しただろうが……。くくく、そんな戦術論を教えたとしてもあの愚か者には分からんか、とブルーは、また微笑んだ。
とにかくブルーは愉快であった。
バクラム、という男の愚かさに助けられたとすら思った。
手紙を通じ会談場所を選ぶ時、こちらが“トルトゥーガとアルカーキの中間地点あたりが望ましい”と書けば、あの男は馬鹿正直に“ではイギーの砂漠ではどうか”など書いてよこしやがった。あれでほとんど勝負が決まったようなものだった。
あとはそれに同意するだけで良かったのだから……
そう、このイギーの砂漠を会談場所に選び、そこに全兵力を集結させた時点でバクラムの負けは決まっていたのだ。
あとはその命が惜しいとも思えない部下二人を交渉役にすればいいだけ。
その命が惜しいとも思えない役立たずなど死ねばいいのだ。死んで私の役に立てばいい。
それだけがあの役立たず共の命の使い道だ。
ブルー山賊団とダルダ盗賊団は激しく砂漠の上で激突し、血と怒号が乱れ飛んだ。金属音も聞こえてきた。
「さすがに激しいですなぁ」と隣の側近が言った。
「まぁな」とブルーはどこか他人事のような口調で言った。「今まで戦ってきた中で最大規模の戦いだろうしな」
「お! 早くも我らが押しはじめましたぞ!」という側近の声に、ブルーは最高の演劇でも見ているような気分になる。
この世界はショーだ。私のために開かれるショー。
恐怖に顔を引きつらせるアルカーキの住民も、私に媚びへつらう手下どもも、ダルダ団が血にまみれてゆくさまも、すべては私を満足させるためにあるのだ。
ブルーはとても楽しみだった。
今度はそのおもちゃの中にトルトゥーガの住民も入るのだ。
バクラムのラフな統治に慣れたトルトゥーガの住民を疑心暗鬼にさせ、人を信じられなくさせ、ついにはその人格すら崩壊せしめるのがたまらなく楽しみだった。
まるでグラスに注いだ酒をマドラーでかき混ぜているような気分になるのだ。
そんな時だった。
足下で、チリン、と鈴が鳴った。
周りの側近たち10人は、前方で激しく戦う味方の背中を眺めていたが、ブルーだけは自分の足下を眺めた。
砂の上に丸い小さな鈴が落ちていた。
こんなところに鈴などあっただろうか?
と思った次の瞬間、ブルーの足下が大きく陥没し、大きな穴ができ、ブルーの体がそこに滑り込む。
「うわっ!」と声をあげ、ブルーは深い穴に勢いよく落ちてゆく。
周りの皆も突然の出来事に思わず声をあげる。
「な?」
「一体なにごとだ!?」
「この穴はなんだ!」
ブルーの体は更に穴の奥に入り込んでゆく。顔をあげると、地上に通じる穴が小さく見える。
――これは流砂か? それとも――
と思った刹那、いきなり口に何かを詰め込まれた。息ができない! 声を出せない!
すると、誰もいるはずのない地下に、見知らぬ男の顔があった。
ほとんど鼻と鼻がこすれ合うぐらいの距離に、だ。
男はブルーの顔を触ると「さようならブルー」と言った。
最早ブルーは体全体が動かせなかった。土がまるで意志をもっているかのようにブルーの体の隅々まで抑え込んでゆく。
その瞬間ブルーは確かに見たのだ。
その見知らぬ男の顔が自分の顔に変化してゆくさまを……
こいつは誰なんだ?
ダルダ団のやつらか?
それより、息ができない。
息ができない! 声が出せない! 誰か! 誰か助けろ! 私を助けるんだ! 早くしろ! 早く。
その瞬間鈍い痛みが胸を襲った。
どんどん、どんどんとブルーは土の中に埋まってゆく。
真っ暗な土の中に埋もれてゆく。
意識が薄れてゆくさなか「ブルー様! 大丈夫ですか!?」という手下の声が遠くから聞こえてきた。返事しようにも声が出せない。
だから、当然、次に返事したのはブルーではなかった。
「大丈夫だ。どうやら流砂らしい、手を貸してくれ! ロープはないか?」
自分と全く同じ声だった。
何故? どうして? という言葉が頭をよぎる。
罠だったのか、すべて。
すべては私をここにおびき寄せるための罠だったのか?
ひょっとして、バクラムがこんなに私の軍隊が勝ちやすい条件を整えたのも……、最初からすべてが仕組まれていたのか?
何もかもが私を陥れる罠だったのか?
馬鹿な…………
そんな……
……
……
部下に引き上げられ、ブルーは穴から出てくる。
「あぶないところでしたねブルー様。一瞬敵の攻撃かと思いましたよ」と側近の一人が言った。
「ああ、まったくただの流砂で助かったよ。ほら! お前ら、周りの砂をどんどんこの穴の中にいれて穴を塞げ!」
「「わかりましたブルーさま」」と10人ほどいる側近たちはせっせと穴を埋める。
その中の一人が、小さな丸い鈴を見つけた。
「あれ? こんなところに鈴がありますね? なんですかね、これ?」
ブルーは、そっぽを向いて一言言った。
「さぁな」
それからブルーは、自分が這い上がってきた穴を眺めた。
徐々に穴が埋められてゆく。
そして、その穴が完全に手下によって埋められると、ブルーはそっと頬を吊り上げ、ゆっくり、そして、静かに微笑んだ。
この微笑みの意味を分かる者は、透明になり、この場を見守るキエナしかいなかった。




