17、土魔導士、計画の全て。
数十分前に時間を巻き戻す。
ゴンゾが華麗な身のこなしでブルーと思われるターバンとマスクを身につけた二人を殺した時、オルテガはあの言葉を思い出していた。
ミッドランド一の戦術家と名高い老齢の騎士ベルオブが、かつて子供のヘンリーに口酸っぱく言っていた言葉を……
オルテガはその教えを盗み聞いていたのだ。
『よいですかヘンリー殿。この世には大馬鹿者と愚か者と、そして、そこそこに賢い者がおります。戦場で出会う者のほとんどはこの三者に属するでしょう。真に賢い者に出会うことなど滅多にない。では、その三者と戦わなければならなくなったとき、どうすればよいのか、今から教えて差し上げましょう』
オルテガの意識は過去へと戻る。
あの壁越しに聞き、学んだあの時の記憶に……
騎士ベルオブの声が聞こえてくる。
『大馬鹿者に関しては説明しません。彼等の頭の中はいつだってよく分からない。彼等の心の中にあるのはいつだって勝利以外のことです。華々しさや、潔さ、もしくは滅びの美学かもしれない。とにかく、徹底的に訳が分からないし、私はそのことにつき論ずる気になれません。
だが、愚か者とそこそこに賢い者は、大馬鹿者とは違います。彼等は勝利を求める。だからこそ、我らは彼等に関しては対抗する術をもつのです。
まず、愚か者に関してですが……、ほとんど基礎戦術のみにて撃破することができます。愚か者は目の前に映る何もかもが見えていないからです。彼等にできるのは自軍の兵士の数を数えることぐらいで、それ以上のことに関してはほとんど何もできない。そんな指揮官が率いる軍隊など、10倍の数の軍隊が相手でも恐ろしくありません。
次にちょっとしたコツが必要なのがそこそこに賢い者です。彼らはそこそこに賢いゆえに、正攻法で戦う術を心得ている。彼らは兵士の数を数える以外にここがどんな場所か、攻めやすいのか攻めずらいのか、……つまり地の利を判断できます。だが、考えようによっては、正攻法を知るがゆえに愚か者よりも簡単に葬り去ることができるかもしれない……』
ブルー山賊団の突撃してくる雄叫びが聞こえてきた。
ブルーが偽物であり、絶体絶命であることを知ったゴンゾは、まるで出産前の妊婦のようにわめき散らす。
「どうすんです、お頭!」
ここでオルテガは内心ほくそ笑んだ。
――やはりヤツは、そこそこに賢い者だった。
オルテガはゴンゾの目が敵に釘付けになっている間にゴーレムを召喚し、バクラムへと変身させ、自身は土魔法「掘削術」使い、地下へと潜った。そして、地下からブルーへ近づいたのだ。
これこそが作戦「プランB」だった。
砂の中でオルテガは微笑む。
ヤツが兵士を突撃させた、ということは、ヤツは“答え”に行きついたのだ。そう、こちらが与えてやった“答え”に……
騎士ベルオブの言葉が蘇る。
『そこそこに賢い者は状況の判断をできます。敵の布陣を見て、敵の知性を測る。そして、地の利がどちらに有利に働くかを心得ています。よいですか? 例えばこのアークホルン城を囲む城壁の高さを見て、どのような攻撃手段があるのか、ということを考えてください。ヘンリー殿はまだお若いので分からないかもしれませんが、そこそこに賢い者は知っております。もしも知識として知らなかったとしても、頭を使い考えることはできる。この城壁を突破するためにはどうしたらよいのだろう。どのようによじ登ればよいのだろう。攻城兵器の種類はどういったものがあるだろう。敵の何倍の兵力が必要だろう。場内の兵糧はどれぐらいあるだろう? 包囲した方が得なのか、直接攻撃したほうが得なのか、どちらが勝利に近いのだろう……。そういう風に、地の利がどちらにあるのかを見定めるのです……。つまり、そのように頭を働かせることによって、そこそこに賢い者は“答え”に辿り着くのです。ああ、こうすれば勝てる。この方法で間違いない、という“答え”を発見するのです。だが戦においてそれほど恐ろしいことはない。何故なら戦闘には何一つ確実なものなど存在しないからです。
真に賢き者は、相手の賢さを利用する。つまり、相手の思考を読み、答えを用意してさしあげるのです。そうして獲物が罠にかかるのをじっと待つ。で、敵が罠に食いついた時に、敵の喉元を噛みちぎるのです……。お分かりですか? これが真に賢き者の戦でございます』
元々この戦いはオルテガにとって二段構えの作戦であった。
それはオルテガが、ブルーという人間がどれほどの思考能力を持つかを測りかねていたからである。愚か者かもしれないし、そこそこに賢い者かもしれない。とにかくオルテガは、どのような対応をブルーがとったとしても勝ちを得るために、敢えてこのような二段構えの作戦を練ったのだった。
まずオルテガの勝利条件はどちらかの勢力の勝利である。
もちろん、どちらの勢力も消滅することが最もよいことだが、それは横に置いておく。
ここでポイントなのが、オルテガにとってダルダ団の勝利が絶対的に必要な状況ではなかったことだ。
オルテガは、ブルー山賊団、ダルダ団どちらが勝利しても良かった。
オルテガにとって最も好ましくない状況は二つの盗賊団が二つの街を支配していることだった。
つまり、オルテガにとって勝利した方のリーダーに成り代わることができれば、どちらの盗賊団が街を支配しようが構わなかったわけである。
そこから逆算してオルテガは今回の作戦をたてたのだ。
だからオルテガは、まずイギーの砂漠にブルー山賊団とダルダ盗賊団を集めた。
ブルーが愚か者であれば、バクラムの出した和議の話を信じるはずであり、その結果、ブルー山賊団はその頭目であるブルーを失い、ブルー山賊団は瓦解する。
別にオルテガはそうして勝ちを得てもよかった。
だが、ブルーがそこそこに賢き者であれば、このイギーの砂漠の持つ地の利を彼が生かさないわけがない、と思っていた。
このイギーの砂漠は伏兵を配置できる場所がなく、360度見渡せる地である。
つまり、互いの兵力の過多のみが勝敗を決することの出来る場所なのだ。
これは数に勝るブルー山賊団の視点で見れば、絶対に勝てる戦のようなものだった。
普段のダルダ団はトルトゥーガの城壁に守られているおかげで王家の軍隊すら跳ね返す。しかし、そんなダルダ団が、ほとんど丸裸の状態で、平地にいるのである。
これこそがオルテガの用意した罠であった。
こんなチャンスなど滅多にない。今だ。今こそダルダ団を皆殺しにしてやるチャンスなのだ……。そこそこに賢き者なら必ずそう思う。
そうして予定通り、ブルーはオルテガの用意した“答え”に辿り着いたのだ。
あとは、ブルーの性格次第だった。
砂漠からほんの少しだけ顔をだしたオルテガはブルー山賊団の後方にポツンと取り残されたように佇む一団を見て唇を吊り上げる。
――やはり、思った通りの男だった。
当たり前だが、戦に絶対など無い。五百人対三百人とはいえ、万が一がないとはいえない。だから、勝利に少しでも近づきたいのなら前線に少しでも兵士がいることが望ましかった。
つまり、全軍で突撃することこそがブルー山賊団にとって最もよい選択であるはずなのだが、ブルーにとって、それは最善ではなかった。
なぜか?
それは、つまり、自身の死ぬリスクが大幅に跳ね上がるからである。
そんな状況をあの臆病者が選ぶわけがない、という確信がオルテガにはあった。
オルテガにこの決断をさせたのはキエナの情報だった。監獄に自ら入る、という情報である。
キエナはあの男を、用心深く計画的な男、と評したが、オルテガの見立ては少し違った。
臆病者。
ようするにブルーとはそういう男と踏んだのだ。
臆病者であるほど残酷であったり、人を恐怖で縛ることに快感を覚えやすかったりする。そして何よりそれほど臆病だから監獄なんかに入ってまで、自らの身を守ろうとするのである。
キエナからもらう情報のすべてが、そういう人物である、と指し示していた。
だからこそブルーは、後方にポツンと離れた場所に居たわけである。(もちろんそれは周りを見渡して目の前意外に伏兵の存在がいないことが前提となっている)
これこそがオルテガが作り出した状況であった。
あとは落とし穴にすばやくブルーのみを落とすだけ。
だが、それには最後の障害をくぐりぬけなければならなかった。
地下にいるオルテガには地上の様子が見えなかったのである。(もちろん、ブルーに近づくまでの道中、ひょっこり地上に顔を出し、周りやブルーの位置を何度も確認したが)
土魔法「探索術」のおかげでどこに人が立っているのか、ということは分かるのだが、誰が誰だか見当がつかなかった。
※(地下にもぐっている間でも酸素は補給できる。それが掘削術の特徴でもあった)
そこで重要だったのが、キエナに渡したあの小さな鈴であった。
あれはいわば目印だった。
あれをブルーの足下に落としてもらったのだ。
そこでようやくオルテガは、上にいる誰がブルーであるのかを知ったのだ。
あとはブルーを穴に落とし、殺すだけ。
そして穴から這い上がってきた頃には、ブルーはオルテガとなっていた。
完璧。
ブルー山賊団とダルダ団の戦いも見事にブルー山賊団が勝った。
すべてがオルテガの予想通りだった。
何もかもがオルテガの掌の中でおこった。
だから土魔導士オルテガは頬を吊り上げ静かに微笑んだのだ。
戦場を支配する満足感がオルテガの表情を自然とそうさせた。
透明な姿のままでオルテガの傍にいたキエナは、信じられない思いでこの戦場のすべてを見渡していた。
何もかもこの男の言った通りになった。
最初から最後まで、まるで計算しつくされた演劇のように……
セルフィの言葉がまたもキエナの頭によぎる。
『わたくしは今まで誰よりもお兄様を見てきました。だから分かるのです。あのお兄様の手にかかれば、天地全てがお兄様の思うがままになる、と』
嘘ではなかった、とキエナは思った。
あの言葉は嘘ではなかったのだ。
キエナは頼もしさを感じると同時に、どこか恐ろしさにも似た気持ちをオルテガに抱いていた。
この男は何なのだ。一体何者なのだ。
予言者のように未来を言いあて、神のように時間と空間を操り、そして悪魔のように人の命を消し去ってゆく……
この男さえ望めば、どんな人間さえも思いのままにできそうだった。どんな人間をも欺き、どんな人間をも心服させ、そして、どんな人間をも簡単に殺せるのではないだろうか?
あの神聖なるミッドランド王さえも、蝋燭の火を消し去るように簡単に……
オルテガは微笑んでいた。
自分の力を確信するように。
輝き始めた力を実感するように……
キエナは自分の内側から湧き上がってくる感情に戸惑っていた。生まれて初めて感じる得体の知れない感情に、戸惑っていた。




