13、 監査人、土魔導士の夜遊びを監視する。
すでに夜も更け、犬の遠吠えが街の各所から聞こえてきた。
隣からはセルフィの寝息が聞こえてくる。
ベッドに寝転がっているキエナの耳にはあらゆる音が入り込んでくる。そういえば、ぐっすり寝たことなどここ数年記憶にない。いつも意識のどこかが覚醒しているからだ。
すると、瞳の奥の赤い点が動く。
これは【青い狸と眼鏡の関係】に付随するスキルで、オルテガの居場所を察知することができる効果を持っていた。
レーダーの役割を果たす赤い点は、どんどんと領主の館から離れてゆく。
どこにいくのだろう? と思いキエナはベッドからそっと起き、身支度をし、木窓から外に飛び出し、屋根づたいにオルテガを尾行する。
オルテガはバクラムの変装を解き(代わりにゴーレムをバクラムにしたのだろう)独り、夜の街に繰り出しているようだった。もちろん顔は変えて……
すると、オルテガはこじんまりした酒場に入いったではないか。
ただたんに憂さ晴らしをしたいだけか……、とキエナは思い、大きなため息をついた。まったく、何事かと思った……
あの男もずっと他人を演じているとストレスが溜まるのかもしれない。
とにかく、あいつをずっと見張るのも任務のうちだから仕方ないか、と思いキエナは【黒い鎌の影】を使いオルテガの後を追いかけ酒場に入ってゆく。
すると、驚くほど酒場には客が入ってなかった。不愛想な店主がカウンターの裏で何か内職をしているようだ。
オルテガはカウンターに座り、手をふるが、まったく店主に相手にされない。
やがてオルテガはコインを一枚店主に向かって放り投げる。
「オヤジ、葡萄酒たのむ」
「……」
店主は、返事せず、一切の愛想笑いもせずに、カップになみなみと注がれた葡萄酒をもってきて、ドンッ、とオルテガの前に置いた。葡萄酒が少しカウンターにこぼれたが、店主はそんなもの気にすることなく、またカウンターの裏で内職に戻った。
カップに口をつけたオルテガは、それを飲み、何かを確信したように頷いていた。
すると、オルテガが不思議なことを始める。
店の中にある鏡を睨みつけて、笑ったり、怒ったり、表情だけを変えている。一体何をしたいのだろう?
そんな馬鹿らしい姿を見ていると、じっと尾行する気も失せ、キエナは【黒い鎌の影】を解除した。
そして声をかけたのだ。こんな風に……
「ずいぶん変な遊びをしてますね領主様」
オルテガは随分驚いた様子で「どうして俺だとわかった?」と尋ねてきた。
だから正直に答えた。
「これも【青い狸と眼鏡の関係】の効果ですよ。このスキルにかかれば相手の居場所が分かるようになるのです。もっとも、この効果を使いこなせるのは監査人側だけですけどね」
「どういう意味だ? 同じスキルにかかっているのに、俺には使えない、というのか?」
「そういうことです。なぜか、という疑問にお答えすることはできません。企業秘密だと思っておいてください。まぁこの能力があるから監査人はどこにいようと領主を見つけ出すことができるのです。つまり、あなたがどんな顔で逃亡しようとも、どこにいるかすぐに分かる、というわけです」
「それは厄介だな」
「ええ、だから、私に誤魔化しは通用しません。そこさえお分かりになっていただければ、特に言うべきことはありません」
キエナはそう言うと、オルテガの隣に座り、オルテガと同じように店主に金貨を放り投げる。
「マスター。私にも同じものをください」
すると、店主はやはり無言でカップに注がれた葡萄酒をキエナに差し出した。
オルテガは肩にかかっていたキエナの銀色の髪をなぞるように触る。
「でも安心したろ? とりあえず、トルトゥーガの街は支配下に置いた」
「まだアルカーキが残っています」
「そうだな。まだアルカーキが残っている」とオルテガは同意した。それから、またカップに口をつける。その横顔を見ながらキエナは思った。本当に大丈夫なのか、と。キエナの見立てではバクラムとブルーでは役者が違っていた。
バクラムは残虐だが、女と酒を愛する典型的な山賊で、隙だらけの男だった。
しかしブルーは違う。ブルーの冷酷さと用心深さはバクラムの比ではない。そのブルーにオルテガが通用するのか気になったのだ。
セルフィの言葉が頭をかすめる。
『お兄様の手にかかれば、天地全てがお兄様の思うがままになる』
確かにあのバクラムを早々に葬った功績は大きい。しかし、キエナにはセルフィ程の確信が未だ持てずにいた。
「いい情報を教えましょう」とキエナは言う。「私が把握している情報では、ブルーという男はかなり用心深い性格のようで、仲間を誰も信用せず、アルカーキの檻の中で暮らしているらしいです」
「ふふふ」とオルテガは頬を吊り上げる。「変わった奴だな。暗殺でも恐れてるのか?」
「そうかもしれません」
「何を言いたいんだ? キエナ」
「あなたのやり方が通用しない相手かもしれない、と言ってるのです。たしかに、あのブス専を陥れた手口は鮮やかでした。でも、それはあのブス専が驕り高ぶっていた男だからです。今度の相手は用心深く、計算高い。そんな相手にも通用するものなのですか? 例の“トモダチ作戦”とやらは……」
「そりゃあ、やってみなきゃわからんさ。でもキエナの言うように、確かに用心深そうな男だな、と思ったよ、ブルーって野郎は。少なくとも何度か手紙のやり取りをした感じでは、そう感じたな……」
「……」
「そうそう。会談場所が決まったよ。ブルーと、のな。トルトゥーガとアルカーキの中間にある砂漠地帯【イギー砂漠】で、俺たちは会談する。全軍を率いてな」
「全軍?」とキエナは眉をひそめる。「なぜ全軍を率いてなのですか?」
「それが、相手が出した条件だからだよ。相手も全軍を率いてやってくる。まぁ普通会談では互いに手出しできないように互いに軍隊を率いてやってくるもんだ。特に穏やかじゃない間柄ならな」
「想定内の出来事……というわけですか?」
「まぁ、そうだ」
「しかし……」とキエナが言い淀む。「こちらの全軍は三百人、あちらは五百人。万が一、イギー砂漠で両軍が衝突したとあれば……」
「こっちが不利だろうな」とオルテガはさらりと言った。
キエナにはオルテガが何を考えているのかさっぱり理解できなかった。どうしてそんな会談に出向こうとするのか。万が一交渉が決裂し、敵の軍隊が攻めかかってきたらどうするというのだろう?
するとオルテガは笑顔でこちらを向いた。
「そこでだ。お前にやってもらいたいことがあるんだ」
「私に……ですか?」
「そうだ。相棒殿にこの鈴を使ってやってもらいたいことがあるんだ」と言ってオルテガは懐にしまってあった丸い小さな鈴を取り出した。
「それをすれば、あのブルーの軍隊に勝てるのですね!?」と思わずキエナは興奮していった。
すると、オルテガはそんな切実なキエナの顔つきを見て鼻を鳴らす。そのオルテガの態度にキエナは眉をひそめた。
「なんですか? いけませんか?」
「いや、ふふふふ。あまりにも一生懸命に、勝てるのですね! とか言うからさ。可愛いなぁ、と思って」
「その首おとしてさしあげてもいいんですよ?」
「はい、ごめんなさい。俺が悪かった。ちょっと調子に乗りすぎたかな」
「それで、その方法なら敵の軍隊に勝てるのですね?」と再度キエナが問うと、次に信じがたいセリフが返ってきた。
「勝てる……とは? キエナは勝ちたいのか?」
――え?
キエナの頭が混乱してゆく。あまりにも訳の分からぬセリフを吐く、自分の相棒の言葉に……
だが、相棒のおかしな言葉は止まらない。
「なぁキエナ。誰がこの戦いに“勝つ”なんて言った?」




