14、土魔法士、イギーの砂漠に着く。
籠、という乗り物がこの世界には存在する。
一本の棒に、籠がとりつけられ、その中に人が乗るのだ。
もちろん、それを運ぶのは馬でもなければラクダでもなく、人、だ。
その一本の棒の両端を人が担ぎ、そして移動する。
籠、とはそういう乗り物であった。
バクラムはその“籠”にのっていた。
「エッホ、エッホ」という掛け声と伴に籠が左右に揺れる。
もう4時間は籠に乗っているかもしれない。
それほどイギーの砂漠というのは遠いのだな、とオルテガは思った。
しかし、不思議な感じがした。
今オルテガの後ろには少ない数だが、軍勢と呼んでも差し支えない戦闘員がおり、そして今自分はそれを指揮する立場にいる……
あれほど憧れていた軍勢を指揮する立場に……
そう、あれはたしか父の言った言葉だった。
初陣のヘンリーに向かって、そう言い、鼓舞したのだ。
『一軍を率いてこそ、はじめてアークホルンの男になれる。準備は出来ているか? ヘンリー』
あの時、たしかヘンリーは、馬上から見送りの挨拶に出向く俺を見て、見下す目つきをした。そして、勝った、と言わんばかりの表情をし、頬を吊り上げたのだ。
そう、ヘンリーは知っていたのだ。
落とし子の俺に一軍を率いるチャンスなどないことを……
アークホルンの軍隊は、嫡子であるヘンリーには跪くが、俺には跪かないことを……
そのあとの戦でヘンリーは大した功績もあげずにブラブラと城に帰ってきたが、それでも、その姿を心のどこかでうらやましく思った。アークホルンの家の長男と認められ、その階段を昇っていくヘンリーを……
あいつは、ただアークホルン家の長男に生まれたというそれだけで、あらゆる特権を手にするのだ。この社会において強者になるのだ。あんなやつが……
オルテガは何一つヘンリーに劣るところなどない、という自負があった。
それどころか、ヘンリーが付きっきりで教えてもらっていた戦術講師の話を盗み聞き、暇さえあれば戦術書を読み漁り、なんとかヘンリー以上の存在になろうとした。
父、ミハイルの信仰する教えではオルテガの命はクズみたいな命だった。
そう思いたくなかった。自分は同じアークホルンの血を受け継ぐ崇高な存在なのだと思いたかった。
だが、そうなることはなく、むしろ大人になればなるほど、落とし子とはどういう存在なのか、というものを嫌というほど感じるようになった。
たしかにオルテガはミハイル=アークホルンの息子ではあるが、落とし子のオルテガはアークホルン家を支える普通の貴族よりも立場が下なのだ、それも圧倒的に……
皆が俺を馬鹿にしているように見えた。
普段敬語を使いヘンリーに話しかける家臣すら、俺のことをまるで憐れんだ目で眺めてきた。
それで分かった。
俺が一軍を率いることはないのだ。
恐らく戦場では、一兵卒として、ヘンリーの駒として使われるだけで、将軍として軍を率いるなんてことは……ましてや、大将としてアークホルン家を率いるなんてことは……永遠にないのだ……
『一軍を率いてこそ、はじめてアークホルンの男になれる』
俺は……、永遠にアークホルンの人間になれやしないのだ……
いくら頑張っても……
永遠に……
永久に……
だからこそオルテガはアークホルン家を飛び出し、冒険者になったのだ。
冒険者は実力がすべてで、かつての身分など問題にしない所だと思っていたから……
本当に不思議なものだ。
すべてを諦めたのに……運命の神は、こんなおかしな形で俺に一軍を与えた。
「ふふふ、これで俺もアークホルンの男か?」
つぶやくように言ってみたが、やはりおかしかった。
アークホルンの家を飛び出した自分は、もうほとんどあの家と絶縁した身。
なのに、未だにそんなことを思い続けていたなんて……
自分でも自分が信じられなかった。
すると、外から手下の一人が話しかけてきた。
「お頭! 見えてきましたよ! あのギンギラギンに光り輝く砂漠ってやつが!」
オルテガは、すぐさま籠に取り付けられた小窓から外を見た。すると、黄色に輝く砂漠が見えた。
「これがイギーの砂漠か……」
すると、その砂漠の中にうっすらと浮かび上がる小さな影が見えた。
オルテガは息を呑む。
ブルーだ。ブルーの軍隊だ。
ブルーの軍隊は、まるで境目のない幻のように砂漠の上で揺らいでいた。
ふふふ、とオルテガは意図せず笑った。
オルテガは嬉しかった。
軍勢を率いて戦えることが嬉しかったのだ。
「おし! 止めろ! 籠をとめろ!」とオルテガは叫ぶ。
籠はすぐさま止まり、バクラムは籠から飛び出した。
バクラムは目を細めるようにして地形を確認する。
砂漠地帯で、周りには遮るところがないこの場所を……
――よし、想像通りの場所だ。風が作り出す波のような地形こそあるが、互いに360度、どこにも軍隊が迫ってないことを確認できる場所。これならどこにも軍隊を隠すことはできないはずだ。お互いにな……
つまり、今互いに見えてる戦闘員の数が互いの全兵力。
こちらが三百。相手は五百。
バクラムは次に目をつぶり、大きく深呼吸した。
体を大きく動かし、息を吸い込み、吐き出す。
すべてを惑わすことで、ようやくこの状況を作り上げた。
ダルダ団には、ブルーと王政が手を組むという嘘をつき……
ブルーには、この地にやってくるはずのない王の軍隊がアルカーキに迫っている、という嘘をついた……
そして、ようやくブルー山賊団とダルダ団をこの砂漠地帯に引き込むことに成功した。
そして、前を――ブルー率いる山賊団を睨みつける。
やってやるさ。
必ずやってやる。
この戦場のすべてを俺の思うがままにしてみせる。
バクラムは握りこぶしをつくり、そして、歯をむき出しにして不敵な笑みを浮かべた。
これがオルテガにとっての初めての戦であった。




