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津軽藩起始 六羽川編 (1578-1580)  作者: かんから
終章 滝本重行軟禁 天正八年(1580)雪解前
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エピローグ

 奥瀬は為清に問う。


「これで全ては決した。為清殿はこれからどうなさるおつもりか。」




 為清は……はっきりと答えた。


「私は津軽に残り、兄の元で働くつもりです。」



 奥瀬は意外な顔をする。


「ほう……それはまたなぜ。あなたには津軽衆の恨みが(ことごと)く向かうだろうし、ならば久慈に帰って以前のように暮らせばよいではないか。」





 為清の表情は明るい。


「この話を決めた責任というものがございます。逃げては武者に(あら)ず。いくら津軽衆の恨みが私個人に向かおうと、甘んじて受けます。」



 横にいた沼田は……少しだけ笑みを浮かべた。

いつしか月は西に傾き、東より太陽があがる。新たなる日々が始まる。

 こうして久慈為清は大浦為清に名を改めて、津軽の地に根付いた。為信が津軽姓に戻った後も大浦姓を名乗り続けて、子孫は津軽家臣としての役目を担っていくのである。








 浪岡での取り決めは、矢立(やたて)(とうげ)を越えて古懸(こがけ)不動(ふどう)(そん)へ着陣した安東(あんどう)(ちか)(すえ)にも伝わった。新たに二千兵を繰り出して津軽へと入ったのに、まさか為信が南部に従ったというのか……ありえぬ。このままでは安東と南部が生死を掛けた戦争におちいってしまう。しかし今更の引き上げでは先に戦って死んだ将兵らに申し訳ないし、なによりも安東の名声を地に落とす。憧れのトサームも手に入らぬ。


 ふと愛季の立つ目前には不動明王像。こちらの不動様は座っておはす珍しきもの。その木目は輝いていて、あたかも人の肌のようである。しかしそれはあくまで作りものなので、汗などかきようがない。ただただ物静かに座っているだけだった。その様を見て愛季は何もない天井を仰ぎ見た。もう何も起きようはないと。

 そのうち午後には南部側より使者が安東本陣へと送られ、安東氏には津軽領より深浦を()いて与えるという条件が示された。愛季は……すべてを呑み込んで、それを受け入れざるを得ない。



 こうしていくさは、すべて終えた。







 行方知れずの滝本たきもと重行しげゆき


 津軽為信の宿敵である彼は……行き場を失い、誰からもたすけを受けることができない。山の中で来るはずもないチャンスを待ち望むだけ。しかし戦さは終わってしまった。何かが起きる気配はなく、それでもと気を張り詰めながら日々を過ごした。武門らしく、いつかきたる機会を狙って……。だが全てから見放された彼は、地に身を落としてしまった。道を歩く商人に刃を突き付けて情報を聞いていたのが、いつしかその携える荷物や銭を奪うようになった。食べ物が無くなれば野盗の如く民家に押し入って全てを我が物とし、知られてはならぬとその場にいる者を殺す。


 寒い季節になると寝床にも苦労するようになり、わらを奪って何重にも敷いてもこごえて眠れぬ。誰か”野盗がいる”と伝えたのだろうか、幾人かの身なりの良い武者が山をうろついている。……もうこの辺りにもいることができないらしい。場所を移すか。


 ふと、己が何のために生きているかわからなくなった。

 肩には新雪しんせつが積もる。禅を組んで……何も喰わず……ひたすら無を味わった。そして突然思い至るのだ。己はかつて大光寺だいこうじ光愛みつちかの家臣で、主君が死んだあとは大光寺城代として亡き主君の遺子を守ってきた。様々な経緯により離れ離れになってしまったが……今こそ彼らを見つけ出すとき。そして彼らを旗印に再び為信を倒すための兵を挙げる。


 滝本はそとがはまを目指して雪山を歩いた。時には獣に出会って喰われそうになるが、胴体を押さえられはするものの、途中で喰らう気が失せてどこかへ行ってしまう。それもそうだろう、骨と皮だけの彼は腹の足しにもならぬ。



 年が明けて天正八年(1580)。滝本は唯一残っていた精神力だけで八甲田を越えた。そして荒川を伝って外ヶ浜の雪積る平原へ舞い戻ったのである。初めこそ民らは餓鬼が出たと騒ぎ立て、我が子を背負い老婆の手を引いて逃げていく。油川城主の奥瀬おくせ善九郎ぜんくろうは餓鬼がいるはずなかろうと、自らの兵を率いて出没したと聞いた辺りを探してみると……みすぼらしい格好の奴が、寂れた小屋の奥底で震えていた。




 奥瀬は全てを悟った。



 これがなさけと、平内ひらない福舘ふくだて七戸しちのへ隼人はやとへ話を通す。滝本を入れた納屋の外側を何重もの柵で囲い、狂人と化した彼が誤って外に出ないようにされた。その様を外側より、恐れつつも怖いもの見たさに覗くのは大光寺の遺子二人。昨年より隼人が代わりに育てており、肉付きも豊かで武芸にも優れていたらしい。そんな彼らは滝本を見るが……かつての滝本と同じ人間だと気づきもしない。ただあの納屋の中には狂人がいるという認識しかない。



 大光寺の遺子はそのまま福舘で元服し、特に名を残す活躍もないのでそれ以降の足跡そくせきは知らない。伝わることとしてその近辺に滝本という苗字が存在し、その家を大光寺と通称でよんでいたという話が平内町史に書かれている。ただ電話帳でいくら調べても、すでに平内町に滝本という苗字は存在していない。その流れはいったいどこへ行ったのだろうか。途絶えたのか引っ越したのか、さっぱりわからぬ。

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