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悲劇3 神の意志

 エルマーは吟遊詩人だったとき、ライリーに恋をしていた。けれど恋心ではライリーを救えないと悟り、それ以降、彼女に恋することはなかった。

 けれど今、新しい恋、――ラルス以外の男との恋がライリーを救うと知った。エルマーの恋は再び燃え上がった。毎晩のようにフォーゲル家に通い、ライリーに会った。甘い口説き文句をささやき、恋の歌を歌い楽器を弾いた。

「なぜいきなり態度を変えるの。あなたって本当に分からない」

 ライリーは顔を真っ赤にして、困っていた。しかし簡単に落ちた。相思相愛になったエルマーとライリーは、結婚式の準備を順調に進めた。

 毎日いちゃいちゃするエルマーたちに、ライリーの両親の顔は引きつっている。しかし彼らの顔が引きつっているのはいつものことなので、問題はない。エルマーは彼らの息子だったこともある。よって夫婦げんかの内容も、隠し財産のありかも知っているのだ。

 エルマーは今、ほぼ毎日、王都にあるアウィス神殿に通っている。同じように神殿に通う信者たちは、

「アウィス教の守護者たるフォーゲル家の娘と、彼は結婚する。だから神殿に通うのだろう」

 と好意的に、エルマーを見ている。神殿の最奥には、アウィス神の偶像がたてられている。その偶像に向かって、人々は祈るのだ。

 エルマーも両ひざをついて、瞳を閉じて祈った。アウィス神は、――実際に神の姿を見たものはいないが、たいてい若い女性の姿で描かれる。片手を上げて、その手に小鳥をとまらせている姿が一般的だ。

 何度も生と死を繰り返し、エルマーはついにライリーを救えそうだった。しかし、まだ油断はできない。学校には、ラルスもリーディアもいる。

 それに病気や事故、戦争や犯罪などでライリーを失う危険もある。エルマーはライリーのために、今の平和なクンツ国王の治世を支えるつもりだった。

(私は神のご意志にそえましたか? 生と死の繰り返しは終わるのですか?)

 偶像は、何もエルマーに答えない。しかしエルマーは立ち上がり、神殿から出ようとした。出口のところで、神官のひとりに呼び止められる。

「エルマー様、お待ちください。今さら何をと思われるでしょうが、質問をさせてください」

 エルマーは立ちどまった。

「何ですか?」

「あなたとライリー様の結婚式は、アウィス神殿で執り行うのですか?」

 若い男性神官の顔は少し不安げだった。彼はエルマーより年下に見えた。神官ではなく、見習いかもしれない。

「もちろんです」

 エルマーはほほ笑む。見習い神官は、ほっとした。

「よかったです。いえ、神殿ですると分かっていたのですが、少し不安になりまして」

 彼は苦笑した。エルマーは首をかしげる。

「今どきの若いものたちは、テンス教会で結婚するのです。教会での結婚式の方がおしゃれとか言って、王国の伝統をないがしろにしています」

 見習い神官は怒っている。しかし彼はまだ十代だろう。エルマーは、ほほ笑ましくなって笑った。

「いいではありませんか。王都には、神殿も教会もある。好きな方で結婚すればいいです。遠い異国の話ですが、アウィス教とテンス教の争いが国の内乱まで発展して、大勢の人たちが殺し合ったのです」

 実際には異国の話ではなく、前前々回にこの国で起きたことだ。今、思えば、おろかな争いだった。今のエルマーならば殺し合いに発展する前に、クンツ国王を仲介役にして話し合いの場を設けるだろう。

 そのときエルマーは、雷にうたれたように気づいた。これが神のご意志だったのだ。

(ライリーとリーディアのラルス王子の取り合いは、アウィス教とテンス教の争いでもあった)

 王子はライリーを捨てて、リーディアを選んだ。国教はアウィス教から、テンス教に変わった。そして国を割るような内乱まで発展した。

 しかし今はクンツの方針により、王都にはアウィス神殿もテンス教会もある。たがいに反目しあっているが、殺し合ったりはしていない。つぶし合わずに、一緒にいる。

 だからこれこそが、思いやりや寛容さを求めるアウィス神の意志なのだ。自立や自制を促すテンス神の意志でもあるかもしれない。その意志を受けて、エルマーは生と死を繰り返した。平和のうちに、アウィス神殿もテンス教会も存在させるために。

 エルマーはほほ笑んだ。

「遠い東の国々に、輪廻転生という教えがあります」

 急に話を変えたエルマーに、見習い神官は目をぱちくりさせる。エルマーはこの教えを、吟遊詩人だったときに知った。

「いろいろな生きものに姿を変えながら、何度も生と死を繰り返すのです」

「それはおもしろいですね。さすがエルマー様は、王都の大商人。さまざまなお話をご存じです」

 見習い神官は笑った。

「恐縮です。ですが、私のこの人生は一回きり。もうやり直しはないでしょう」

 それはそれで怖い、覚悟のいる人生だ。

「だからこそ生き抜いてみせます、私の妻を、――今はまだ婚約者ですが、彼女を愛し守りながら」

「心強いお言葉です。あなたとライリー様の婚姻により、フォーゲル家はますます発展するでしょう」

 見習い神官は笑い、また神殿においでくださいと言って別れた。

 彼は好意的に聞いてくれたが、今の話をライリーにしたらどうなるのだろう。僕は君の鳥だった、犬だった、弟だった、吟遊詩人だった、親友だった、騎士だった。平和な世界を実現させるために、この地に降り立った神の使者(フォーゲル)だった。

 というのは全部うそで、ただの心配性な婚約者かもしれない。ライリーが何度も死んだのは、エルマーの悪夢か妄想かもしれない。

 神の意志など分かるようで、分からない。けれどきっと、これでいいのだ。エルマーはすがすがしい気分で、神殿から出て馬車に乗った。

 今日もまた学校まで、ライリーを迎えに行こう。ライリーの友人たちから、仲のいい恋人たちねと冷やかされに行こう。ライリーは過保護よと笑いながら、エルマーの馬車に乗るだろう。それがエルマーの幸せで、ライリーの幸せでもあるのだ。

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