眼鏡男子に遭遇しました。
だんだんと暑くなってきた初夏の放課後。学園内にある共同のカフェテリアにアリシアとオズウェルはいた。
「そんな理由があって攻撃系魔術学を選択していたのか」
爽やかな色合いのペールミントのワイシャツ。黒いラインの入った白のサマーセーター。そしてブラウンの細身のパンツ。
(神様、私が間違っていました、私服最高。)
久しぶりのオズウェル補給でアリシアはテンションあげあげ↑↑状態だった。それもそうだ。アリシアとオズウェル、いくら二人が同じ学園に通っているとはいえ、とても広いの学園の中ではお互いに数日に一度すれ違う程度。それ故忙しい二人がこうしてゆっくり話すのは本当に久しぶりだったのだ。
ギラギラとした視線を送るアリシアに対し、オズウェルは若干引きながら氷が溶けて薄くなったアイスコーヒーに手をつける。
「まぁ私も初めはアリスが攻撃系魔術学を選択していて、色々な意味でびっくりはしたけれど、わりと平気そうで安心したよ」
「はい、どうにかして頑張ってはいるのですが、それでも初級の発動すら安定しなくて....」
アリシアが選択した攻撃系魔術学は、主に攻撃系魔術が得意な生徒が選択する科目だ。ぽいぽいと簡単に攻撃魔術を発動する生徒がごろごろといる。そんな教科なのだ。そんな中で初級魔術の発動すらままならないアリシアは攻撃系魔術学の立派な落ちこぼれだ。実技は破滅的にボロボロだが、幸い座学の成績は好成績を修めていたためギリギリ赤点を逃れている、そんな状況だった。
一体どうしてこうなった。
「でも他の教科は相変わらず好成績なんだろう。その中でも魔法陣学の成績は素晴らしいと聞いたよ」
「いいえ、お兄様ほどではありません」
オズウェルの言う通りアリシアは攻撃系魔術学とは違い、魔法陣学ではとんでもない成績を修めていた。かなりの優等生だ。
魔法陣学の中でも結界型の魔法陣はアリシアにとても向いていたようで、展開から発動まで誰よりも早くスラスラと成功し、加えてより高度な魔法陣の発動まで成功させていた。
「でもどうしたら攻撃系魔術をうまく発動できるのでしょうか」
「いや、回復特化のアリスが攻撃系魔術を使えるだけですでにすごいのだが....そうだな、私は攻撃特化だから良いアドバイスは出来ないけれど練習するしかないんじゃないかな」
「やっぱりそうですよね」
回復系魔術と同じように攻撃系魔術も、詠唱も魔術の展開も全てが完璧だった。それなのに発動が上手くいかない。発動できたとしても威力も弱いへっぽこ魔術であり、上手く魔力が循環していないのだ。
(やっぱり練習するしかないんでしょうね、きっと努力が足りないだけなのでしょう。そうです、頑張れ私。)
「そういえばもうすぐ夏期休暇だけどアリスは家に帰るかい。私は研究室で教授の手伝いをする予定だから家には帰らないけれど」
「私をきっと帰らないかと....」
どうせ帰っても夜会、夜会、お見合い、夜会、お茶会、夜会のオンパレードだ。夜会での華やかな雰囲気も苦しいドレスもアリシアは苦手でたまらなかった。それならひきこもってた方が数倍もましだ。
「そうか、あまり頑張りすぎないようにな」
◇◆◇◆◇◆◇
いつもの放課後、各自魔術を練習したりアルバイトをしたりと自由に時間を使う至福のひと時。その日のアリシアは、たまには違った場所で空気を変えて練習してもいいだろうと、人気のない裏庭へと足を運んでいた。
幹の太い大きな木が印象的な緑生い茂る静かな裏庭。お花も木々も丁度よく茂っているのだが如何せんここは立地条件が悪い。この裏庭は学園内の一番端にあり寮からはとても遠く、近くには貧困街もある。空気もいいし一応は学園の中にはあるため安全性も申し分ない場所なのだが、学園の生徒は好き好んでこの裏庭に来ることはない。悲しいことに裏庭は今日も貸し切り状態だ。
「【影、全てを覆う常闇よ、今現れよ 影】」
詠唱の後ぽんっと指先から現れた漆黒の塊。それはふわりふわりと宙に揺れながら静かに地面へと落下していく。その漆黒に触れた瞬間、地面に茂っていた草花は一瞬にして枯葉へと変わっていった。
「また失敗。本当はまっすぐに進んで自然消滅するはずなのに、どうしてできないのでしょう」
発動した魔術自体はたいした威力を持っていないはずなのに、草花は枯れて消えてしまう。これは闇属性の固有効果のせいだ。
闇属性の固有効果は"拒絶"
枯れてしまった草花に触れ静かに水属性の魔力を練っていく。そして人差し指を上にあげ、枯れてしまった草花に対し【癒しの雨】を降り注いでいく。
私のせいでごめん。そう悲しみながら。アリシアの発動した雨が枯れてしまった草花の葉に触れた時、草花全体は優しげな光に包まれゆっくりと再生をはじめる。
苦しい思いをさせて、本当にごめんね。
「これは凄い回復魔術だな」
刹那、背後から聞こえた凛としたテノールの声音。
目に映ったのは紺色のサラサラのした髪に銀色のフレーム眼鏡。
「ガリュッド・エルさん....」
「今のは無詠唱か、素晴らしい技術だな」
「いえ、指での詠唱補助をしているので正確な無詠唱ではありませんが....」
「そうか、そこまでは気がつかなかったな」
彼は確か同じAクラスのクラスメイトであるガリュッド・エル。話したことはないし、選択もかぶっていないので、よくはわからないが回復系魔術ではトップクラスの技術を持っていると聞いている。それにしてもどうしてここに、本当になんでなんでこんな所に....。と失敗した攻撃魔術と調子に乗って発動した回復魔術をガリュッドに見られ、アリシアの心の中は恥ずかしさやらなんやらで混乱していた。
「お前はアリシア・セレスティアだな
俺の記憶が正しければ、お前は確か回復系魔術学を選択してなかったはずだ。こんな高度な回復魔術が使えるのにどうして回復系魔術学を選択していない」
(うわぁーこの人痛いところをついてきますね。
まったく人の気も知らないで、このやろー。)
「私は闇と水属性を持っていますので、ラエル先生が折角だから攻撃系魔術を極めたらどうかと進めてくださいまして、今は攻撃系魔術学を選択しております」
「ほぉ闇かそれはめずらしいな」
銀のフレームをガチャりと動かし、純粋に驚いたように目を見開くガリュッド。
(何と言うかその、そんな反応をするなんてまったく予想していませんでした。すみません。ピュア万歳。)
「でも中々発動に成功しなくって、私の魔力は回復向きなので....」
「ふむ、見たところセレスティアは魔力の展開に長けているようだが....俺は水属性のみで回復に特化しているから何も助言することできないな、すまない」
「いえ、お心遣いなく」
「アリシア・セレスティア
お前は魔術を使うとき何を考えている?」
ふと何かを思い出したように、そして真剣にガリュッドはそう問いかける。
「いえ、特には。攻撃魔術でしたらお願い発動してーくらいは願っていますけれど」
「そうか」
そうガリュッドは小さく呟き片手に持っていた紙袋の中から何かを取り出して、そしてそれをアリシアへ向けてゆっくりと投げる。アリシアはそれを破滅的な運動神経ながら、奇跡的にしっかりと受け止めた。
「餞別だ」
「えっ、ありがとうございます」
今アリシアの両手の中にあるもの、
それは、真っ赤な林檎だった。
「俺の親友にひとり攻撃魔術に長けているものがいる。
そいつはな、攻撃魔術を使うとき
誰かを守りたい、そう考えるそうだ」
詠唱破棄とは、魔術の発動を詠唱無しで行うことで、最後に魔術名を唱え魔術を完成させます。
無詠唱とは、詠唱破棄とは違い最後に魔術名も唱えずに魔術を発動させます。完璧な無詠唱はとても難しいものなので、大抵の人は指パッチンなどの特定の行動の詠唱補助を行い魔術を発動させます。
無詠唱や詠唱破棄は詠唱ありで発動よりも魔術の威力は下がってしまいますが、発動前に相手になんの魔術を発動するか知られないという利点があります。
難易度は、詠唱あり<詠唱破棄<<補助あり無詠唱<超えられない壁|<無詠唱 と続きます。
リンゴダイエットはじめました。