ティボルト、願う
「あっれー、美砂!」
中庭でつづちゃん、まっきー、かおりんの3人とおしゃべりしているところへ、ミんナが駆け足で近寄ってきた。
ミんナはコートの前が全開で、ボタンが全部とれたブレザーが丸見えになっている。
「瀬尾さん、すごいね、制服。ボタンどしたの?」
つづちゃんが面白そうに制服をつまむと、ミんナは苦笑してみせた。
「後輩に取られちゃった。いつの時代も卒業式にボタンってのは変わらないんだね」
「えーー。あれって学ラン男子の第2ボタンだから意味があるんじゃないの?ブレザーの女子のボタンもらってどうするわけ?」
「吹奏楽部って、ホント後輩と仲良いよねー。うちの後輩なんか花すらもってこねえし」
まっきーとかおりんの言葉にうんうんうなずいていると、ミんナは「あれ?」と言ってあたりを見回した。
「つくよんは?」
その質問に、あたしとつづちゃんとかおりんは顔を見合わせた。
「え、何?」
「うーん、ちょっとねぇ…」
つづちゃんは、話したくてうずうずした顔をしながらも、まっきーの顔をチラチラとうかがっている。
視線に気付いたまっきーは、気まずそうに一瞬顔をゆがめたけど、すぐに無表情に戻して、わざとらしく息を吐いた。
「別に、あたしに気ぃつかわなくて、いいよ」
つづちゃんはその言葉に、待ってましたとばかりに目を輝かせ、勢いよくミんナに説明を始めた。
*
「はあ、つくよんがねえ……。変わったねえ、あの子も」
ミんナは感慨深げにつぶやいた。
「でもさ」
それまで黙っていたかおりんが不機嫌そうに声をあげた。
「槙は本当にいいわけ?あたしは小学校違うからよく知らないけどさ、槙は小学校からずっと原田のこと好きだったわけでしょ?こんなとんびが油揚げさらってくようなの許せるの?」
しんと静まり、まわりではしゃいでいる男子の声や、写真をとりあってる女の子たちの歓声がやけに大きく聞こえた。
あたしは横目でまっきーをのぞき見た。
まっきーは相変わらず、無表情だった。
「槙!」
かおりんの声に、まっきーは大きくため息をつくと、あきらめがついたような顔で首を横に振った。
「いいんだって、なんとなく分かってたし。むしろ、油揚げを狙ってたとんびは、あたしの方だったんじゃないかと思うから」
「どういうことよ」
「結局は、原田にとって、一番”気になる相手”は、今も昔も、ずっと田中さんだったんだと思うから。それが好きって気持ちなのか、嫌いって気持ちなのかは分からないけど……あの劇見て思ったの。あたしはきっと、どんなに頑張っても、原田からあんなふうに興味をもってもらうことはないな、って」
「まっきー…」
「槙ちゃん…」
「だから、いいんだ。応援はしないけどさ、邪魔もしない。中学卒業して、高校も別になったんだし、そろそろ新しい恋をさがそうかなって」
まっきーはそう言って晴れやかに笑った。
かおりんは、少し涙を浮かべて、怒ったような顔をしながらも、まっきーの頭に両手をのせるとぐしゃぐしゃと髪の毛をなでまわした。
「ちょ、薫!やめてよ!あたしのキューティクルがー」
「ばかばか!かっこいいんだよ!ばか!」
「もう、薫は、けなすかほめるかどっちかにしなよー」
つづちゃんが笑いながらかおりんをはがしにかかる。
あたしとミんナはそれを笑いながら見ていた。
あたしにとって、一番大事なのはつくよんで、つくよんが幸せなら、多分ほとんどのことはどうでもいい。
つくよんが笑うためなら、まっきーが泣くことを知っていたけど、つくよんに協力した。まっきーなら乗り越えてくれると、自分勝手な予測のもとに、まっきーの気持ちは無視してしまう。
つくよんが、今のまっきーの立場だったら、あたしはどうしたかな。
かおりんや、つづちゃんみたいに振る舞えたかな。
まっきーに同情しないわけじゃない。
でも、やっぱりあたしはつくよんに笑ってほしいんだ。
頭がよくて責任感があって面倒見がいい。なのに、自分のことになると途端に不器用で要領が悪くなっちゃうつくよんを、助けてあげたくて仕方ない。
だからさ、つくよん、笑って帰ってきてね。
上手くいったよって、笑ってあたしに報告してね。
ねえ、つくよん。
あたしは、今頃勇気を出しているであろう3年校舎の2階を見上げながら、心の中でつぶやいた。
これにて、「キライな人」は完結です。
ご愛読ありがとうございました。
一応、神くんを主人公にした続編を考えているのですが、まだ公開できるところまで書けていないので、気長にお待ち下さい。




