第4話 魔女と王城
窓から差し込む朝日の光で、リフィーリアは目を覚ました。
羽毛がふんだんに使われているベッドから降り、いつも通り顔を洗う。
──あれから一週間が経った。
リフィーリアは魔力を封じるための魔封じの鎖を着けられ、貴族を軟禁する場所に住まわされていた。
王城の一番端の塔だが、窓から見える眺めは思っていたよりも美しい。食事も平民より何倍もいい食事が出され、生活に困ることは特にない。
これからどうするべきか、と考える。
逃げるのも一つの手だが、後々面倒になることは間違いない。
第一、なぜ自分がここまで良い待遇を受けているのかすらも分からない。あの状況ならば冷たく寂しい牢獄に鎖と共に閉じ込められていてもおかしくなかった。だが現状はどうだ、成功した商人と同じぐらいかそれ以上にはいい生活をしている。
鏡を見ていつものようにバレッタで髪を軽く結い、身支度を整える。
久しぶりに自分の手で淹れた紅茶を口に含み、物思いに耽っていると扉の向こう側から話し声が聞こえてきた。
しばらくして、扉がノックされる。
リフィーリアはそれに「どうぞ」と返事をすると、入ってきたのは真紅の瞳が特徴的な一人の男だった。
「やぁ、初めまして。僕はヴィノルト。よろしくね」
白金の髪を持つ彼は、丁寧に手入れされているのであろう剣を腰に提げていた。ヴィノルトは護衛に下がるように合図をすると、リフィーリアの元へと優雅な足取りでやってきた。
リフィーリアが想像するよりも地位の高い人間らしい。
思っていたよりも気軽な挨拶だったが、仮にも王族ならば失礼があれば首が飛ぶ可能性もある。リフィーリアは椅子から立ち上がると淑女の礼をして、名乗った。
「リフィーリアと申します。私に何かご用でしょうか」
畏まったその挨拶に、ヴィノルトは苦笑をこぼすと言う。
「ここは非公式の場だからそんなに畏まらなくても大丈夫だ。君にお礼を言いに来たんだ」
「ではお言葉に甘えて。……礼?」
なんとなく想像がついた。
「そうだ。君が兄上を助けてくれたんだろう?」
やはり、とリフィーリアは思った。彼は王族なのだろう。礼というのはシャンデリアを止めたことだろうか。
「……間違いではありませんが」
確かに間違いではないが、目的は違う。王族を助ける意図が合ったわけではなかった。
「まずはお礼を言わせて欲しい、ありがとう」
「いえ。直々に礼を言っていただくほどでは……」
簡単に腰を折ったヴィノルトにリフィーリアは少し意外に思う。王族はもっと傲慢と思っているのだから、どこの国の人間なのかも分からないような者に腰折るとは思わなかった。
ふと嫌な気配を感じた。一歩後ろに下がろうと足が勝手に動く。
ヴィノルトの腕がリフィーリアの腰を引き寄せた。気がついた時には喉元に短剣が突きつけられていた。
リフィーリアは特に驚くこともなく目を瞬かせる。
「何でしょう。やはり外部の人間は殺してしまおうという魂胆ですか? べらべらと内情を話されてしまっては困るからでしょうか。それとも何か目的が……」
「黙れ。……封印を解き抜け出した"魔女"はお前だな」
気分を害してしまったか、とリフィーリアはどこか他人事のように思った。目立つ容姿で捕まっていた場所にのこのこ戻ってきていたら魔女だと分かってしまうのも当然か。
「えぇ、私が魔女ですよ」
「冷静なんだな」
思っていた反応と違うとでもいうようにヴィノルトは眉根を寄せる。
「のこのこと戻ってくればバレてしまうのも当然でしょう」
そのあっけからんとした言葉に敵意はないと判断したのか、喉元から短剣が離れていく。
「……いいよ。君に話があると言ったね。単刀直入に言おう、協力してほしいことがある」
協力する義理などリフィーリアにはない。だが、この先の目的のことを考えれば中に入り込めるのは都合が良かった。
「内容によりますけど、いいですよ」
「ありがとう。と言っても、君もそれがあるままでは困るんじゃないかい?」
それ、というのは手首につけられた魔封じの鎖のことだろう。確かに初めてみた術式だが、この程度なら数週間で解析は終わる。人質になどならないのだが──それは口に出さず、リフィーリアは頷いた。
「分かりました、協力しましょう。ただし条件があります。ある程度の自由は保証してください、こちらとしてもやることがありますから」
「わかった、いいだろう。今日から君は僕の魔法士として扱おう」
「かしこまりました、ヴィノルト様」
そうして邂逅した二人を中心に、物語は渦へと巻き込まれていく。
※
突如第二王子のそばに現れた、異質な美人の存在はあっという間に王城全体に広まった。
中にはあの騒ぎに居た人間も多く、「第二王子が誑かされた」なんていう噂も流れているらしい。
「いいんですか?あんな噂を放置して」
執務室の中で、多く積まれた書類や本を整理しながらリフィーリアは問う。執務室といっても、彼の仕事内容は主に魔法研究についてのことが多かった。
「いいんだよ、僕に何か直接影響があるわけでもない。それに後々便利だからね」
「へぇ、意外とあっさりしているんですね。……便利って」
呆れたようにリフィーリアは言う。案外この男は腹黒いとここ一週間で知った。
魔法研究に協力してほしいと言われたが、その内情はあの王太子の婚約者、カーセル・コトリカが王太子に何かしらの魔術を掛け、操っているとのことだった。
彼女は隣国の小さな島国、コトリカ出身であり、宗教上の理由から常に目を隠している。
その彼女が王太子に命令をしているところを偶然覗いてしまった部下がおり、そしてその部下は殺された。最後に飛ばされた小鳥からの伝言でそれが発覚。
しかしそれ以降、怪しい動きや何かの証拠は一切見つかっていない。
王太子は、日に日にカーセルと過ごす時間が増えていっている。
魔法を解析しようとしても、失われた古代魔法だと言うこと以外はさっぱり分からなかった。だからこそ魔女であるリフィーリアに協力を仰いだ。
それにしても魔女に協力を頼むなど命知らずではあるのだが。
「で、私はその魔法を解析すればいいんです?」
「端的に言えばそうだね。できそうかな」
「できますけど、近づかないと厳しいですね」
古代魔法など、リフィーリアも見るのは久しぶりだ。使うこともそうそうあるわけではない。
失われた魔法にはそれ相応の理由があるものだ。危険すぎるため制限され、消えていったものもあるにはあるが、どちらかと言えば代償が大きすぎたり使い道があまりなかったりといったものが多い。
とりあえず近づいて魔力を辿らない限りは何も分からない。
「会わせるには何かしら理由がいるね。僕といればどこかで会うことにはなるだろうけど」
ヴィノルトは積まれた書類の中から一枚紙を取り出して言った。
「丁度三日後は晩餐会だね」
「王族のですか」
「ああ、兄上もカーセル嬢も出席するよ」
リフィーリアは書類を受け取り、軽く目を通す。
「なるほど。それなら近づく機会はありそうですね」
「期待しているよ、リフィーリア」
その言葉にリフィーリアは小さく肩を竦めた。
百年以上眠っていたはずの自分が目覚めた直後にしては、随分と面倒なことに首を突っ込むことになってしまった。
だがそれもまた必要なことなのだろう。
リフィーリアは一息つき、とっくに冷め切った紅茶を飲み干した。




