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第3話 魔女は不器用

 

「そこの魔法術式は一から描くんじゃなくて、基礎魔法の構成を応用して描くんです」

「あぁ、なるほど。リフィの教え方は分かりやすくて助かりますわ」

 図書室でリフィーリアとリリアは向き合い、魔法の構成についての勉強会を開いていた。

 あれからもう一ヶ月が経とうとしている。

 リリアの父、エスカー・ラピスラズリ伯爵に正式にリリアの家庭教師として雇われたリフィーリアは、日々リリアの指導に励んでいた。

「それじゃあ、実践といきましょうか」

 リフィーリアの魔法術式は、基礎から丁寧に積み上げた構成を細かく変形させて応用している。

 だからこそ基礎が大事なため、この一ヶ月間はリリアにみっちりと基礎を教え込んでいた。


「この構成を描いてみてください」

「はい、分かりました」

 リリアは詠唱しながら構成を描いていく。少しずつ描かれていく魔法術式を眺めながら、リフィーリアは一人で納得していた。

(なるほど、魔力消費を抑えた効率重視の構成……私とは真逆ですね。勉強になります)

「そういえばリフィって、無詠唱で魔法を使いますわよね。どうやってるんです?」

 無詠唱というのは珍しいものでもない。だが魔力消費と集中力の削れ方を考えると詠唱をした方が効率化を図れるため、大半の人間は詠唱をして魔法術式を描く。

「うーん、そうですね。私の場合は魔力量の多さもあるんですよ、多少の無理ができてしまうほどね。あといちいち詠唱するのも面倒ですし」

「へえ。聞けば聞くほどリフィって特殊ですのね……。ねえ、リフィの魔法も見せてくださいな、気になります」

「えー、まあ構いませんけど」

 打ち解け、少し雑になった口調のままそう言った次の瞬間、リフィーリアの目の前に構成が描かれた。

 その早さにリリアは驚愕し、目を見張る。

「え……?」

 淡い蒼光を帯びた魔法陣は次の瞬間にはガラスの破片のように霧散した。

 空気を震わせる感覚が肌に伝った後。ただ、何もなかったかのように屋敷の庭園が見えるその空間を、リリアはしばらく呆然と見つめていた。

「どうかしましたか」

「い、いや、驚いただけですの。まさか無詠唱なのにそんな一瞬で……」

「ああ。これは経験ですからね、時間が経てばもう少し早く構成が組めるようになりますよ」

「だとしても……」

 だとしても早すぎる、と言いかけたリリアは寸前のところでその言葉を飲み込んだ。

 きっとリフィーリアのその早さにはそれ相応の努力があるのだろう、と自分を納得させて。

「それじゃ、次の魔法術式行きましょうか」

「はい、リフィ」


 それから数日、リフィーリアは厨房に立っていた。

「えーっと、どうするんでしたっけ……」

「リフィ、何してるんですの?」

「あ、リリア。アップルパイを作ろうと思って、厨房をお借りしてました」

「……リフィ、アップルパイって何か知ってますの? なんですかこの不揃いでガタガタのりんご達は! あとお砂糖がどう考えても多いですわ」

 信じられないとでも言うように見つめてくるリリアから、リフィーリアは思わず目を逸らす。

「…………」

「目を逸らさないでくださいませ。はぁ、完璧人間だと思っていたリフィにも出来ないことはありますのね。しょうがないですわ、私が手伝ってあげます」

「え、リリアって料理できるんですか」

「まあ失礼ですわね、これでも特技は料理と言えるほどの腕前なのですけれど」

 そう言ってリリアはリフィーリアの手から包丁を取り、ぐちゃぐちゃな切り方をされたりんごを均等に切り分けていく。

 その慣れた仕草にリフィーリアは驚いて言った。

「へえ、すごいですね。……私の用意した砂糖、半分以上要らなかったんですか……」

「そうですわ、多すぎです」

 鼻歌を歌いながら次々と鍋にりんごを放り入れ、くつくつと煮詰めていくリリアの隣で完全に傍観者と化してしまったリフィーリアは、暇を持て余していた。

 砂糖が焦げ、茶色に染まっていく。

 りんごのいい香りが辺りに漂う。

「さ、次はパイを作りますわよ」

「パイ、いつも失敗するんですよね……」

「私が手伝って差し上げるのですから問題ありませんわ」

 リフィは小麦粉やその他の材料を宙に並べ、順番にボウルへ放り込む。

 その間にもリリアからアドバイスや厳しい教えが飛んでくる中、なんとかリフィはアップルパイを作り上げたのだった。

「できた……初めてです、こんなに綺麗に作れたのは。ちょっと不格好ですけど……」

「全然気になりませんけれどね」

 食べてみましょう、と二人でアップルパイを少し切り分け口に運ぶ。

「美味しい!」

 リフィが口の中でとろけるりんごに驚いたように目を見開き、リリアはとろけるように頬を抑える。

 二人は顔を見合わせてくすくすと笑みをこぼした。

「そういえば、リフィ。これを渡そうと思って貴女を探していたんですわ」

 そう言ってリリアが差し出したのは、小さな花のバレッタだった。

「この前領地を見に行った時に、見つけましたの。きっとリフィに似合うと思って、買ってしまいました」

 嬉しそうにバレッタを差し出すリリアに、リフィーリアは驚いたように目を瞬かせた。

 ここまで自分のことを意識していてくれたのかと思うと、素直に嬉しかった。

「ありがとうございます。すごく、嬉しいです」

 初めて見た暖かいリフィーリアの微笑みに、リリアは少しだけ目を見張ると、すぐに笑顔になったのだった。


 それから時々、リフィーリアはリリアやメイド達にお菓子作りを教えてもらうようになった。

 相変わらず魔法の腕の割に不器用だが、アップルパイだけは綺麗に作れるようになってきたのだった。


 勉強と魔法研究、お菓子作りやその他諸々とあっという間に日々は過ぎ、早くも一年。

 リリアはティーカップを机に置くと、言った。

「リフィ、舞踏会に行きませんこと?」

「舞踏会?」

「ええ。と言うより王太子殿下の婚約披露パーティーですわね」

「私が行く必要はないのでは?」

「あら、貴女のその技量を買って護衛も含めてのお誘いですわ」

 護衛、という言葉にリフィーリアは眉根を寄せる。

「護衛が必要なほど物騒なんですか、王城って」

「王太子殿下の婚約披露ともなれば、各家の要人達も集まりますもの。表向きはパーティーですけれど、内情は思惑が飛び交う情報交換の場ですわ」

「それに、リフィーリアのドレス姿も見てみたいですしね」

 小さな声でつぶやかれたその言葉にリフィーリアは呆れながらため息をついた。

「あまりそういう場は得意ではないんですけどね……。わかりましたよ」

 同意の声にパッとリリアの顔が明るくなる。

「楽しみですわ、ふふ」

 心底嬉しそうな顔でリフィの肩に手を置くリリアに、リフィは仕方がないなと微笑んだ。


 舞踏会当日、リフィーリアは借り物のドレスに身を包み、鏡の前でひどく落ち着かない顔をしていた。


「……やっぱり動きづらいですね」

「貴女は普段の格好が自由すぎるのですわ」


 背後からリリアがそう言って笑う。

 リリア自身も華やかなドレスに身を包み、令嬢の装いをしていた。

「似合っていますわよ、リフィ」

「……そうですか。自分では違和感しかないですが」

 肩を竦めるリフィーリアを見て、リリアは楽しげに目を細める。

「大丈夫ですわ。誰も貴女が無詠唱で魔法を叩き込める化け物だなんて思いませんもの」

「貴方は私をなんだと思ってるんですか……」

 軽口を交わしながら二人は馬車に乗り込んだ。


 やがて馬車は王都の中心部へと進み、巨大な門をくぐる。視界に飛び込んできたのは、魔法の光で彩られた壮麗な建物だった。

 煌めく光の柱、空を漂う光球、結界の紋様。空気そのものに魔力が満ちているような場所。

「……すごいですね」

「でしょう? わたくしも毎回驚きますわ」

 実は一度見たことがある、それどころか、この城の地下牢に捕まっていた過去は心の奥底に隠し、驚きを装う。

 会場へと続く階段には、すでに多くの貴族たちが集っていた。色とりどりのドレス、勲章を帯びた軍服、そして視線。

 好奇と値踏みの視線が、二人へと注がれる。


「注目されてますね」

「当然ですわ。ラピスラズリ家の娘と、その付き添いですもの」

 堂々と前を向くリリアに、リフィーリアは小さく息を吐いた。

(……まあ、やるしかないですね)


 広間の真ん中、大きく広がる階段の上から降りてきたのは今日の主役の二人だ。

 輝くシャンデリアの真下で披露のダンスを踊ろうと歩いてくる彼らに、リフィーリアはふと不穏な気配を感じ傍らの通路を覗き見た。

 王太子とその婚約者の動き、そしてシャンデリアを見ている男は腰に剣を刺している。

 この会場内にもたくさんいるはずの黒服だが、視線の先と魔力の動きの違和感に、リフィーリアは即座に気がついた。

 視線を会場内に巡らせると令嬢に扮した者、黒服に紛れた者、騎士として動く者まで。皆、ただ一人王太子を見ている。

 普段なら誰も気にも留めないだろうが、一度気がつけばその動きが思惑を帯びていることに気がつくだろう。

(シャンデリア。魔力ということは細工されていますね、間違いなく主役の二人が真下に来たところで落とすつもりなのでしょう)

 本当は、無視をしたって構わない。リフィーリアに危害を加えることは不可能に等しいのだから。

 だが、長く一人でいたリフィーリアもいつの間にかリリアとその家族たちに絆されていた。優しく、暖かく迎え入れてくれた家族とその使用人達を危険に晒すのは後味が悪い。


「……仕方がないですね」


 リフィーリアはそう小さく呟くと、構成を描き魔法術式を展開する。

 王太子と婚約者がシャンデリアの真下に差し掛かった直後。


 耳をつんざく爆音が轟いた。


 悲鳴と共に護衛達が一斉に剣を抜く。

 シャンデリアは、王太子達のすぐ頭上でリフィーリアの魔法陣により止まっていた。沈黙の中、リフィーリアは一人広間の真ん中へと進み出る。

「私が拘束した者達を捕らえてください。この細工をしたのは私ではなく彼らですよ」

 その声に皆ハッと止まっていた時が動き出す。

 リフィーリアは壊れたシャンデリアを横に下し、一人息をついた。賊たちが皆捕らえられた後、リフィーリアは抵抗することもなく魔封じの鎖を着けられ連れて行かれた。

 最後にリリアと目があった。その悲しそうな表情だけが、ただ心に残っていた。






 










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