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ドアチャイム  作者: 十六夜 八雲
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203号室

「築年数は結構立ちますけど、リフォームしてあるし、キレイでしょう?」


私は、とある建設会社の支店で事務職をしているのだが、2ヶ月後にその支店が移転となるため、移転先に近い、新しく住むアパートを探していた。


一人暮らししている実家の母に仕送りもしている私は、出来るだけ安い物件を探していた。


「駅にも近いし、コンビニもすぐ近くではないけど、駅からの帰り道沿いにあったでしょ?

この条件でこの家賃の物件はなかなか無いんでオススメですよ!」


確かに私は、場所的に多少不便でも、安くてキレイな物件を探していた。

ここはその条件にぴったりではある。

でも、他の似たような物件と比べれば、少し安すぎる感じがする。


「希望には合っているんですが・・・その、何でこんないい物件なのに今の時期に空いてたんですか?」


7月の中旬は、転勤する人も少なく、いい物件の空はなかなかないはずだ。

そんな私の不安を見透かしたように、担当者は明るい口調で言ってきた。


「そうなんですよ~。いい物件なんで、何件か契約寸前まで行くんですけど、なぜかなかなか決まらなくて。あ、でも安心してください。お客さんが思っているようないわゆる事故物件じゃないですよ!昔墓場だったなんてこともないし、過去にもな~んにも事件もないし、死んだ人もいませんよ。」


「そ、そうなんですか。」


半ば決めたいと思っていた私は、少し安心した。


「じゃ、ご近所の方がうるさいとか・・・・壁はそんなに厚くなさそうだし・・・」


「一応リフォームの時に、防音用の緩衝材は入れてるんですけど、建物自体が古い作りですからね。でも、このハイツの住人からうるさいとか苦情きたことは無いですよ。下は、小さい子供のいる夫婦ですから、逆にこちらが多少うるさくても苦情は無いと思いますし。あ、小さいって言っても、たしか3歳くらいだったかな?夜泣きとかは無いですよ。

それに造りは古くてもここは角部屋だしそういうところもオススメしている理由なんですよ!」


一気にまくしたてるように話すが、うそやごまかしはなさそうな雰囲気だ。


「あの、お隣はどんな方なんですか?」


「あ、おとなり・・・202号室の方ですか・・・・」


急に歯切れが悪くなる。不安そうになった私の顔を見て、マズいと思ったのか、言い訳を始めた。


「いえいえ、変な人っていうんじゃないですよ!全然!

ただ、私もあったことが無くてね~。ご挨拶だけでもと思って、チャイムをならしてもならないんですよ。

多分電源切ってるんですね~。ほら、勧誘キライな人とか良くそうするでしょ。あ、でもここのハイツは場所柄もあるんでしょうが、勧誘が少なくていいって、201のおばあちゃんが言ってたな~。」


「また、このおばあちゃんも、気さくでいい人でね。あ、あなたそういうの苦手な方ですか?もしそうだったとしても大丈夫ですよ、あのおばあちゃん空気を読むのも上手いっていうか、・・・・」


良くしゃべる担当者だ。はぁ、と適当な相槌を打ちながら、なかなかいい物件だと思い、頭の中で引っ越しの段取りや、会社への通勤方法など具体的に考え始めた。


「あの、お借りする方でもう少し具体的に考えたいので、2,3日キープってできますか?」


担当者は、話をピタリとやめ、満面の笑顔で答えた。


「もちろんです!じゃ一応仮押さえという事で押さえさせていただきますね!」


饒舌にしゃべり続ける担当者の後ろをついて203号室をでる。


202号室の前を通りかかった時に、不意にその担当者が立ち止まり、ドアチャイムを押した。

突然の行動にびっくりしたが、確かにチャイムはならなかった。


「ね、ならないでしょ?ちょっと、更新の書類についてご説明したかったんですけどね。いっつも会えなくて、ポストに入れておくと、郵送で送ってくるんでちゃんとした人ではあるんですけどね。」


すこし怖い感じはするが、玄関前もキレイだし、曇りガラス越しなので、ぼやけてしか見えないが、窓際に白い花も飾っているようだ。

あまり気にする必要もないかと、気軽に考え、隣の住人の事はこのハイツに決めるかどうかの検討事項からは全く外れてしまっていた。




翌々日。

通勤の手当ても、会社の条件も問題なくクリアすることを確認し、明日は、不動産屋にあのハイツに決める事を言いに行く日だ。


『そうだ、念のため、夜の家の周りの雰囲気も見ておこう!』

そんな事では決意は変わらないと思うが、慣れない夜道を歩くのは怖い。

誰かと一度、一緒に歩いておきたいと思った。


「ねぇ、私が今度住もうと思ってるところ一緒に見に行かない?あなたもまだ決めて無かったよね?」


同僚の女の子に、帰りに夕食をおごる条件で、一緒についてきてもらう事になった。


「へぇ~。徒歩7分って、結構近いですね。道も明るいし。」


お店はほとんどないが、ハイツまでの道の途中には、コンピニやコインランドリーもあり、暗くて怖いという雰囲気は全くなかった。


「外見もキレイだし、これで5万円以下なんてうらやまし~な~。」


『決まりね』


住む所を探すのは何かと面倒だったが、いい物件が見つかった嬉しさで、今までの苦労が吹っ飛んだ気がした。


もう日は沈んでしまい、ハイツは101と、201の部屋に明かりがともっており、102の部屋からもカーテン越しに少し灯りが見える。

電気ではなさそうなので、部屋を暗くして映画でも見ているだろうか?


そんな事を考えていると、”バタン!”というドアを勢いよく開ける音が、ハイツの2階からしてきた。


「なに? なに!?」

”真ん中の部屋? 202号室?!”


ハイツの外にいる私たちにも聞こえるほどの大きな音がしたあと、中年の男の人がバタバタとあわてた様子で、階段を降りてきた。


「ひっ、ヒィッ!」


悲鳴とも取れない声を上げて、私たちには目もくれず、走って横を通り過ぎて行ってしまった。

その顔には、明らかに恐怖の表情が浮かんでいた。


「な、なに?あの男の人?このハイツの人?なんかこわっ!」


さっきまでの爽快感が一気に吹き飛んでしまった。


走り去った男の後姿はもう見えない。


「か、帰ろうか?」


その瞬間背筋に悪寒が走っ。

冷たい何かが私の背中を通り抜けた方向・・・ハイツの2階の方を振り返る。

202号室の窓からすっと白い影が暗闇に消えていった。


”女の人・・・・”


ハッキリ形が見えたわけではない。でも、”それ”は女の影に間違いない。


「ねぇ、行きましょう?」


同僚に促され、やっと足が動いた。

足は重く、何かがまとわりついてくるようだった。

でも止まってはいけない。来るときは明るかった道が不気味な暗さを落としている。


でも、止まってはいけない。


やっと駅の周りの明るい場所にたどり着き、何かが軽くなった気がした。

しかし、電車が止まっているようだった。


止まっている電車の中の人はまばらで、ホームに人が溢れており、何やら騒がしい。


”飛び込みみたいだぜ!しかもついさっき!”

”え?!マジ?肉片まだその辺に落ちてんじゃね?”


そんな声があちこちから聞こえて来た。

確かに電車が止まっており、線路に駅員らしき人が沢山降りて、何かをしている。


「やだ、最悪・・・・タクシーで帰ろうよ。」


同僚は、立て続けに起きる不気味な事は、もう嫌だ、早くこの場から離れたいという気持ちをあらわにしている。

私ももうすっかり気分は落ち込み、少しでも早くこの場から離れたい気持ちでいっぱいになった。


タクシー乗り場は、線路の向こう。駅の正面側だ。

遮断機が上っている踏切に入ろうとする寸前に、駅の作業員らしき人が立ち入り禁止のテープを貼ってしまった。


「ちょっと! すいません! 私たち向こう側に行きたいんですけど!」

早くこの場所から離れたい気持ちで焦っていることもあり、自分が思っていた以上に大きな声で言ってしまった。

作業者も、少し驚いたようだ。


「す、すいません。ちょっと、遺体の一部が、あ、いや、見つからないモノがありまして、こちらの方まで確認作業が必要となりまして。」


「え~・・・じゃ、向こう側に行く方法か、こっち側でタクシー拾えるところ無いんですか?」

同僚の彼女も、この場にもう居たくないらしく、不満全開で作業者に食って掛かる。


”一部って?”私は少し気になったが、彼女は帰りたい一心で、聞きのがしたらしい。


「いえ、あの・・・・・・・え?」


作業者の不思議そうな視線が私たちの後ろに注がれている。


次の瞬間、私たちの背後から伸びた、白い腕が踏切の端の方を指さす。


「ひっ!!」


同僚が、ひきつった驚きの声をあげ、腕の持ち主を確認しようと振り返った私の身体は凍り付いてしまった。


30歳、いや、おばあさん?!


服装に落ち着きはあるが顔は若く、しかし顔色は悪く、髪は真っ白の女性が、

いつの間にか私たちの後ろに立っていた。


『202号室の白い女性・・・・』

私は直感的に悟った。。。


無表情のまま、踏切の一カ所を指さし続けている。


その指さす方に自分の視線が動いていく。何かに首を掴まれ、逆らえない何かにゆっくりと動かされるようにゆっくりと首が回っていく。

瞬きも、視線をずらす事も出来ない・・・・


「!!!!!!」


私たちの言葉にならない絶叫に、呆然としていた作業員も、女が指さす方に振り返る。


「ひっ、、あ!・・あった!あったぞ~!!」


遠くて暗く、はっきり見えるはずがないのに、私たちにははっきりそれが見えた。

そこには、先ほどすれ違った中年男の首が、あの時の恐怖の表情のままこちらを向いていた。




翌日・・・・


担当者と向かい合う私の前にお茶が出されたが、私は口をつけるつもりは無かった。


「申し訳ありません、ちょっと、この駅周辺以外の物件を探そうと思いまして。」


「そうですか~。残念です。あの~、ひょっとして昨日の事故の件ですか?」


「あの・・・調べたら、あの駅で何回か同じような事故があったって・・・・

今まで入ろうとした方も、私と同じ理由だったんでしょうか?」


「いや~、たま~にああいう事故はあるんですよね~。あ、でもね、あの駅だけ特別に多いっていうわけじゃないと思うんですよ!


確かに、あの駅で事故があったって気にしている人もいましたけどね。

でも、今どきそういう事故が無い駅ってなかなかないですよ。あのハイツ では 、本当に何にもないんですけどね~。」


「あ、ありがとうございました。いろいろすいませんでした。」


私は、足早に不動産屋を後にした。

もうこの街。あのハイツの近くに来ることは二度とないだろう。



私が、あのハイツをやめた決定的な理由は別にある。


あの、女性が指さした腕を下し、かすれそうな声で私の耳元でささやいた言葉、


「・・・・チャイム・・・鳴らしてね・・・・・」


そう言って、彼女はハイツへの暗闇が増した道に消えて行った。





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