謀られた出逢い(Fin.)
「――――それで、そのままご結婚なされたのですか?」
シンシアの素朴な疑問に、アルフは遠い目をした。
「済し崩しに……」
気が付いたら、外堀を埋められていました……! 呻くアルフに、シンシアはあははは……と乾いた笑みを浮かべた。
ユリアもリムの幼馴染であるだけあって、多少に強かな性格をしている。押しに押されたアルフは断る術を持たなかったのだろう。
あの日ユリアが帰った後、衝撃から立ち直った家族の反応はあっさりしたものだった。
「いいんじゃない? 吸血鬼のお姫様だけど、聞き分けがいいし。料理も本当に頑張って覚えようとしてるし」
「賢いお嬢さんで、正直お前よりも話がわかる方だしなあ」
「お前はまだ若いんだし、年上の嫁さんの方がいいよ」
たった2月の間に懐柔されていた家族に、アルフは何も言えなかった。
とある昼下がり。王都の外れにある、陽当たりのよい比較的新しい屋敷。ユリアとアルフの新居に遊びにやって来たシンシアは、出掛けているユリアが帰ってくるまでの間、当事者から馴れ初め話を聴いていた。
思っていたものよりも甘くない話に、苦笑しか漏れない。
「今思えば、絶対魅了を使ってたんだと思うんですよ」
「ああ、吸血鬼の能力ですね。私もたまにオーディンの魅了に中てられて、ふらふらとしてしまいます」
「あれが結構怖いんですよね。疲れて帰って来て、全然構ってやらなかったら、魅了に加えて偶に媚薬も盛られるし」
「媚薬?」
「小瓶に入った薄紅色の奴なんですけど、箱入り娘がどうやって手に入れたんだか」
小瓶に入った薄紅色の媚薬。それを聞いたシンシアは、何だか覚えがある気がした。何だったかしら。
――――はっと、シンシアはユリアと出会った時のことを思い出した。
「私、その入手経路を知っているかもしれません……」
「は?」
「今日も、サンティにお遣いを頼まれているのです」
ユリアの許に遊びに行くと言ったシンシアに、サンティがついでに頼むと渡して来た荷物。何が入っているのかは訊かなかったが、何故か知っているような気配が包みから漏れていたのだ。
それに、絶対ユリアに渡すようにと言われていたことが、この上なく気になる。
「要は、包みを開けなければいいのです」
「え、ひとの荷物を勝手に見るのは」
「私が加担しているかもしれぬのです!」
「え!?」
短距離転移で包みの中身だけを取り出したシンシアは、見覚えのある薄紅色に目を見開いた。とろりとした、蜜のように煌く液体。蓋を開けて匂いを嗅ぎ、中身を確認する。
「間違いないです! これは以前私が作った媚薬……市販に出回っているものに比べ、水で100倍に希釈して漸く使うことのできるものです!」
「なんてものを作ってるんですか、姫。て言うか俺が盛られたやつ、ちゃんと希釈されてたのか……?」
結構匂ってたぞ……? 戦々恐々として瓶を凝視するアルフに、シンシアは思わず感心してしまった。素直に称賛の声を上げる。
「流石魔族ですね。人間ならば即廃人ですよ」
「……褒められても全く嬉しくない」
「解毒剤の精製方法は教えてあったかな……」
「…………姫」
恨めしそうに呼ばれて、シンシアはさっと明後日の方角を見た。
そう言えば……作り方をサンティに教えていたのだった。最初は人間の持つ知識に興味を持っていただけだと思っていたが、自分の知らないところで犯罪めいた使い方をされていたかもしれない。その事実に、シンシアは頬を引き攣らせる。
「まあ、でも……夫婦間の問題ですし」
「いえ、是非、持って帰って下さい。怖いんで」
「それは困りますわぁ」
ひょいっと、後ろから伸びて来た白い手が瓶を取り上げる。
ふたりが振り返ると、何時の間にか帰って来ていたユリアが、口を尖らせて立っていた。
「わたくしはちゃんと希釈していますわぁ……20倍に」
「ユリア……」
「最初はちゃんと、100倍に希釈していましたのよ。でも段々と効かなくなってきたのですわぁ」
「免疫でも付いたのでしょうか。もともとは人間向けのものなので」
「ええぇ? そんなぁ」
頬を膨らませるユリアから瓶を取り返し、シンシアは息を吐く。
「このようなものがなくても、彼は貴女から離れませんよ」
話をしている間、アルフは呆れているように見えても、常に笑みを絶やさなかった。
口では何と言っても、心の底では彼女のことを想っていることが、シンシアにはわかった。
ふたりの視線を受けつつ、シンシアは本来の目的であるものを卓の上に取り出した。
それは、銀色の円盤のオルゴールだ。透明な水晶の箱でできたそれには、上面に一組の男女の人形が飾られていた。
銀の髪を淡い色の花で飾り、白いドレスを纏う女と、彼女と揃いの花を胸元に挿した犬人の男の人形に、ユリアは目を輝かせた。アルフも興味を惹かれたのか、尻尾が揺れている。
「凄いな」
「『音を可視化するオルゴール』です。私の郷では、歌を遺す為にこのようなものをよくつくるのですよ。職人に依頼して、作って頂きました」
「これはわたくしたちですの? アルフの尻尾のふさふさ加減が絶妙ですわぁ」
「大変でしたよ……どう再現するのか、物凄く試行錯誤されてました」
箱の上面、人形の近くにある穴に、シンシアは雪の結晶を模した発条を差し込んだ。かちりという音がして、ゆっくりと螺旋を巻く。
彼女が手を放すと、箱が仄かに光り、ぽろぽろと金平糖が踊るような音がした。
「何と言う曲ですの?」
「『穏やかな必然』という、私が作った歌を書き起こしたものです。この世界は一見運命的な偶然に見えても、案外に必然的なものの方が多いものです。貴女方おふたりが最良だと思われる道を選び、幸せに暮らせますように、と思いまして」
曲に合わせて、人形はくるくると舞い踊る。その周りを魔法によって視覚化した音が、光の粒になって軽やかに飛び跳ねる。
うっとりと、ユリアは目を細めて、オルゴールの紡ぐ音色に聞き入った。
「綺麗な音ですわねぇ……軽やかで、可愛らしくて……でも、密やかに忍び寄って来るかのよう」
「まさか、正しくユリアの行動に添うたものになるとは思いませんでした」
「あらあらぁ? どういう意味でしょう?」
軽い口調で可愛らしく小首を傾げるユリア。潤みがちな水色の双眸は、楽しそうに煌いていた。
シンシアが帰った後、寝室に飾られることになったオルゴール。
アルフが部屋に入ると、ユリアがオルゴールの螺旋を巻いている所だった。金属の擦れる音が、部屋の中に静かに響く。
余程気に入ったんだな。ぴくぴくと耳を動かして音色を聴いていたアルフは、不意に背後に移動した気配に、反射的に身を強張らせた。白い腕が首に回され、背にしな垂れかかってくる柔らかな四肢を感じる。
「シンシア様になさったお話ですけれど、何故、その後のお話をされなかったのですか?」
続きの方が面白いですのにぃ。ぷくぅっと可愛らしく頬を膨らませるユリアに、アルフは苦虫を噛み潰したかのような表情になる。
「そんなに面白くないような……」
「わたくしにはとても面白く愛おしい……大切な想い出ですわぁ」
ユリアが彼に求婚した後日、アルフは『仕切り直し』をした。
側室としての立場を返上し、ただの侯爵令嬢として後宮を出た彼女の前に、彼は跪いた。
「ユリア・ミル・スティーリア嬢……どうか俺の妻になって貰えませんか?」
彼女や家族の言う通り、ユリアは結婚相手として申し分なかった。身分ある吸血鬼の姫で、王の縁戚。その美しさは『白百合姫』と喩えられる程で、教養があり、何よりも状況を自ら打開しようと考え行動に移すことのできる能力を持っている。順応性も高く、彼の家族ともよく馴染んでいた。
だが求婚されたからと言って、ただはいそうですかと流されるように結婚することは……どうしても嫌だった。
上司から、それとなく彼女が結婚に対して希望を抱いていると聞いたことも、大きいだろう。
騎士の正装に身を包み、口上を述べたアルフに、最初は不意を突かれて言葉を失っていたユリアだが――――差し出された手を取り、花開くように頬を綻ばせた。
「姫はもう知ってるんじゃないか? 何もかもお見通しの姫君だ」
「それもそうですわねぇ」
非公式の場ではあったが、彼の同僚やその場に偶然にも居合わせた諸侯たちは目を剥いた。一介の騎士が元側室に求婚した話は瞬く間に城中に広がり、蟻の巣を突いたかのような騒ぎとなった。
だが事情を知っている王や将軍が何てことの無いように祝福すると、動揺の声は次第にふたりを祝うものになっていった。
そして、何処からとなく響いて来た歌声。柔らかな春の気配を孕んで届いた歌声は、祝福に満ちていた。
今思えば、その調べはオルゴールの音色によく似ていた。
ぽろぽろと音が弾けて、絨毯の上を跳ねる。
「どうか、わたくしを幸せにしてくださいませ」
ユリアはアルフを抱き締める腕に力を籠め、揺れる犬耳に艶やかな唇を寄せると、ほんの少女であるかのように、愛をこめて囁いたのだった。
ユリアとアルフの馴れ初め編は,これで終わりです.
ちょっと強引かなとも思いましたが,
ユリアは多少強引だしなぁっと思ってみたり?




