第1章 第9話 絢爛な神の都
――レネイスト。
そんな世界があった。
世界の真名であり、僕――〈邪神族〉ノワールが転生をした異世界だ。
僕の魂に宿っている《権能》――《理を変転させる幻惑の坩堝》の覚醒に際してか、レネイストに関する情報が瞬間的に脳に浮かび上がる。
ひとまずは、それを簡単に整理する。
レネイストは、文明が築かれ技術が発展した未だ尚〈神族〉が人の世に、その御姿を表す世界だ。
太古の昔、まだ〈人間族〉が族に分類される以前の時代に現界した〈神族〉――ヴァルノレイア・レネイストが創造したのが、このレネイストだと下界には伝わっている。
――ヴァミリド神教国。
女神ベルザを信仰する宗教団体、星灯録教会が母体となり実権を握り、潔白と慈愛を冠する完全無欠な宗教国家である。
レネイストにおける、星灯録教会の影響は計り知れない。
星灯録教会の教皇、その人の命令一つにより、世界が動き変転する恐れがある程に、権威は絶大だった。
それに唯一、対等な立場にいるのが星族なる、ヴァミリド神教国の王家である。
星凱帝の異名を冠する王を頭に、三人の星族がいる。
基本的な政策は、その星族が担っているようだが――。
実質、決定権があるのは星灯録教会なようで。
現在の星族の権威は、ほぼ皆無に等しかった。
国民に対しての、国の象徴といった意味合いが強いのだろう。
星族と星灯録教会が対等なのは、そう意図的に演出をしている表向きの顔でしかなかった。
最早、いまの星族には星灯録教会からの要望に、異議を唱えるなど不可能。
謂わば、星灯録教会の――。
いや、教皇の操り人形だ。
それが現代、紅凱暦850年代のヴァミリド神教国の実情だった。
「メノア様が比較対象に挙げた星凱帝って人、だいぶ小物じゃないですか……星の帝王的な異名だって、名前負けもいいところですよ」
そんな人物より偉いのを誇って嬉しいですか。
何か恥ずかしい。
『……うるさい。昔の星凱帝が違ったんだよ。今の星凱帝は、ただの凡愚……星灯録教会の奴隷でしかない』
そいつと比較したわけではない、と強い意思で否定してきた。
現在は兎も角、過去の星凱帝は好評だったようだ。
でも、メノア様と同等となると、そこまで期待は持てないけど。
たかが知れていそうである。
『無知な阿呆は幸せで良いな……まあ、世の中には知らない方が良い真実もある。お前は、そのまま愚鈍でいろ』
僕の馬鹿にした発言に、機嫌を損ねると思っていたら違った。
どこか達観した様子だ。
尊大な内面で、僕に哀憐を向けている。
先代の星凱帝が、どういう人柄だったのか知らないが――。
そんなに権威ある皇帝だったのかな。
『……いや、あの女は権力があったというより、武力が圧倒的だった。あの頃、紅凱暦700代後半までは星灯録教会の影響力も、然程だったしな。まあ、他の宗派と比較すれば規模は大きい方ではあったが……』
メノア様が過去の情勢を思い返す。
それでも当時の星凱帝が筆頭だったらしい。
先代は女性なんですね。
『ああ……他国がどうかは知らんが、ヴァミリド神教国は女神ベルザ様のご加護の下にあるからな。星凱帝は代々、星族の中から成人を迎えた女が選ばれる』
いまにも唾を吐きそうな、嫌味ったらしい言い方だった。
余程、ベルザを持ち上げるのが気に食わないらしい。
『当然だろう……あの人を信仰の糧として思っていない女神が、なんであんなに祀り上げられているのか、意味が分からん』
どすどす、と音がする。
メノア様の貧乏ゆすりだ。
心境が態度に出ている。
「それは、ベルザ様の外面が信徒に受けが良いのでは……?」
根拠もない推測だが。
実際に、ベルザと面と向かって対話をした印象も入っている。
多少の妄想癖はあるが、これといって欠点もないだろう。
メノア様より断然、女神らしかった。
雰囲気とか。
『耳だけに限らず目も悪いとは、お前は可哀想な奴だ……そのうえ狂人で性格も最悪ときた。逆に、どこに長所があるんだ? ん?』
メノア様が嘲笑った。
どうでしょう。
僕の良いところか。
そんな胸を張って自慢するような話でもないですが、メノア様に〈邪神族〉として転生させてもらった事ですかね。
『……ほう? どうやら、思っていたより見る目のある敬虔な奴のようだな。お前は、この私の素晴らしい最高傑作だよ。お前より卑しい〈邪神族〉も、なかなかいない』
メノア様の態度が反転。
好色を示すが――。
それ褒めてるのかな。
まあ、いいか。
『いいんだ』
ええ、別に。
気にしていない。
そんな雑談をしていると《次元歪曲》で、転移先に着いたのか、白光に染まった視界が開けた。
僕の五感に様々な情報が入る。
まず、真っ先に感じたのが臭い。
人間や動物の血と汗、それから薬品が混ざった異臭が鼻腔を刺激する。
あまり、積極的に嗅ぎたい臭いではない、有害な空気だ。
近辺から生暖かい微風に乗ってきた肉を焼いたような香ばしいそれも、本来なら食欲をそそるのだろうが。
現下、ここに於いては異臭に新たなスパイスを加味させていた。
「なんて、悍ましい環境なんだ……」
酷い場所に転移させられた。
やはり、女神は糞だ。
『安心しろ。お前の存在の方が悍ましい』
――え。
そうかな。
「メノア様ほどではないですよ」
『あまり褒めるな。照れる』
鼻に手を添え対策をすると、僕は細い目を開け確認する。
《次元歪曲》の転移先は、神都アリオン。
その袋小路だった。
通行するのも一苦労な狭い道幅だ。
少し腕を伸ばせば、左右の建物に当たる。
「痩せててよかった」
仮に太っていたら、どうなっていたか。
この汚い路地に挟まる羽目になったかもしれない。
『お前の身体を創った私のおかげだな』
メノア様が暗に礼を求める。
うん、確かにそれはそう。
「メノア様、マジ感謝!」
僕に出来る精一杯の演技。
両掌を合わせ、全力で御礼をした。
『もっと言え』
どうやら、図に乗らせてしまったらしい。
強欲な女神様だ。
後ろは行き止まり――。
使い捨てられた廃材やら瓦礫が乱雑に積み重なっている。
「……ごみは、しっかりゴミ箱に捨てないと。人間として基本的なルールも守れないのかな」
何処の誰だかは知らないけど、軽蔑するよ。
法律や規則は順守するのが当然だろうに。
『良かったな。お前と同類じゃないか』
酷いな。
でも――。
「生憎と僕は人間ではないので……」
『そうだった。忘れてた』
忘れるな。
貴方が転生させた邪神ですよ。
妙に薄暗さを感じたのは、頭上を覆い隠す電光掲示板や、それに連なる電気配線、歪に交差するパイプなどが要因だった。
「この暗さ、いまの僕の心境を表しているようだ……」
『何言ってんだ、お前。気持ち悪い』
その人工的な明かりを頼りに足を動かす。
どうやら、この路は大通りに面しているようだ。
入口に意識をやると、喧騒が伝わってきた。
「やったね、初めての街だ」
嬉しい。
異世界の街、どんなとこか楽しみ。
『おめでとう。特に何のトロフィーも貰えないがな』
メノア様がつまらなさそうに、無感動に言った。
しかし、そこに向かうのも一苦労。
投棄されたとみられる生ごみや煙草、空き瓶などが歩行を妨げる。
「これだから、他人の迷惑を考えない無神経な犯罪者は……」
『未来のお前だな』
メノア様が鼻で笑う。
いやいや――。
「転生して女神の息子になった時点で、既に大罪人ですよ」
大体、転生者なんて異常者の類義語ですしね。
古今東西、転生者はクソ野郎である、とそう教科書にも載っている。
『お前は転生者に他する偏見が凄いな。ん? いまなんて言った……?』
メノア様が呆れている。
転ばないように気を付けながら進むと、不意に蜘蛛の巣が顔に引っ付いた。
「この吸着力、まるでメノア様みたいだ」
『……どういう意味だ、コラ』
僕の意識に寄生しているという意味で。
その吸着性は、靴裏に引っ付いたガム。
或いは、誤って踏んでしまった犬の糞かな。
『それらをかけまして――?』
「総じて、処理が面倒でしょう」
『おー! ……いや、おー! じゃねぇよ』
メノア様がノリ突っ込み。
何か盛り上がってらっしゃる。
蜘蛛の巣を手で払い、なんとか路地から抜け出した。
「街だー!」
『感想が馬鹿』
僕は気分が上がる。
それとは対照的なメノア様だった。
――現代、紅凱暦852年。
異世界レネイスト――ヴァルノレイア大陸、ヴァミリド神教国の首都、神都アリオン。
そこを、一言で表すのなら。
――絢爛。
これに尽きる。
目に見える、全部が煌びやかだった。
誇張するのも烏滸がましい。
見渡す限り、神都アリオン全土が絢爛だ。
それを観望したときの美景は、さながら天から都に流星群が降っているように映ったかもしれない。
神都アリオンの建造物は、どれも趣深い和風建築。
天に届かんばかりの高さに楼が連なる。
高楼だ。
しかしながら、何かがおかしい。
違和感があるのは、高楼そのもの。
高楼の建造に携わった業者の腕を疑う。
構造が基壇から宝珠まで不均衡。
高さはどれも80メートルはある。
そんな高層の建造物が、だ。
重ねられた層が横に突き出たり、または逆さまになったり、酷い層だと折れ曲がったりする。
なにも、一つだけではない。
神都アリオンに建ち並ぶ、それらの高楼が、このような歪を極めた造り。
異様な光景だった。
釣り合いがとれないのは、高楼だけにとどまらない。
城下町も風変わり、そう思える。
ハイカラ、スチームパンク、サイバーシティ――。
それらの世界観に和風のテイストが混ぜられたような。
混ぜ方が汚い。
さながら、異なる世界を部位毎に分け、小さい箱の中に適当に押し込んでみた。
と、言いたげな城下町だ。
とりわけ、スチームパンクのテイストが強い印象にある。
神都アリオンの随所には、和風とは思えないスチームパンク風な部品が凝られる。
蒸気機関だ。
神都アリオンの往来を走行するのは、四輪の馬車。
それを牽引するのは、当然ながら馬である。
けれども、ただの馬ではなかった。
馬の〈魔獣〉――〈ニ角獣〉。
名の通り〈ニ角獣〉には、額の耳下の辺りから、角が二本生え、普通の馬よりも体毛の色が黒い。
血を染み込ませたような、禍々しい色だ。
大きさもまた、ひと回りもふた回りもあった。
〈ニ角獣〉の特徴は、その姿態にある。
そも、生きているのか。
生物に定義するのが正しいのか、それすら怪しい。
その〈ニ角獣〉には、毛が生えない。
いや、それ以前に獣皮が生物のそれではない。
メタリックだった。
〈ニ角獣〉の瞳には、生物の気が感じられない。
紅い光が灯るが、機械的に無機質だ。
四肢の境目には、部品と部品を繋ぎ合わせたような、溶接の跡が残る。
その〈ニ角獣〉が引いた馬車から、二人の男女が下車する。
「……なに、あれ」
『知るか』
通りにあるアンティークな時計店らしき売店に並んだ、売り物の時計を見て時刻を確認する。
現在は昼前。
正午になる直前だ。
大通りは人で溢れているが、白昼には目立つ格好をしている。
双方、漆黒の外套を羽織っており、こちらから顔貌は視認できない。
「一人は女性かな? 多分だけど……」
かろうじて、性別が分かった。
自信はないが、連れは男性だろう。
『……いや、合ってるぞ。魂を見れば分かる』
メノア様が答え合わせをする。
良かった。
正解らしい。
「魂で判別出来るんですか」
そんな芸当が可能だとは――。
驚いた。
人間を転生させる宴会芸が得意なだけじゃなかったんですね。
『転生を宴会芸って言うな。それに、あの女の魂……』
メノア様が途中で黙る。
どうかしましたか。
気になることでも?
『……やっぱりな。史上最強才色兼備の天才女神メノア様の眼は誤魔化せん』
二つ名が長いです。
噛まずに言えて凄いですね。
裏で練習していましたか。
『あの女……先代の星凱帝ライリーラだ』
メノア様が、そう断定をする。
聞いたばかりの異名。
—――星凱帝。
先代は既に故人な筈。
いまの星凱帝は、その孫にあたる女性だ。
生きているのはおかしい。
そう考えていると。
何か急用でもあるのか。
急いだ足取りで人込みの中に消えた。
まるで、逃げるように。
それを横目で追った際に、片方の女性らしき者の胸元で光ったそれは、蜘蛛の巣を模った貴金属に見えた。
【次話予告】
ノワールは旧ベルザ教会の地下から、ベルザにより《次元歪曲》で、ヴァミリド神教国の神都アリオンに転移をする。
そこは星凱帝の異名を冠する女帝が統治する絢爛な都であったが、どうやらその裏には星灯録教会の影があるようで。
神都アリオンの路地に転移をしたノワールだったが、その直後に怪しい動きをしていた男女を見かける。
その片方の女性は魂が星凱帝だとメノアは告げ、ある儀式の事を教えたのだった。
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