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転生邪神とクソ女神  作者: 梓川澪
黎明に目覚める虚無の巫女編
7/32

第1章 第7話 虚無の巫女

【前話のあらすじ】

女神メノアの戯れで、異世界レネイストに転生をした邪神ノワールは、女神の意図的(?)な導きにより、旧ベルザ教会に赴いた。

そこにいたのは零花と名乗る修道女であり、突然の奇襲を受けたノワールだったが《権能》を駆使して、零花を撃退する。

その末に零花という修道女の正体が、女神ベルザ本人であることをノワールは見抜いたのだった。


『拝啓、異世界に転生したら邪神になりました』を読んで頂き、ありがとうございます。

今週も平日、五日間に渡り投稿をしていきたいと考えています。

こちらの諸事情により、もしかしたら投稿がされない曜日もあるかもしれませんが、ご理解の程お願い致します。

 嫌な静けさだった。

 身体に纏わりつき、底なしの泥濘に引きずり込まれるような。

 そんなありもしない、錯覚に見舞われる。

 教会の聖堂には、これといった雑音はない。

 女神の加護、つまりは結界を挟んだ路地も静かだ。

 それは薄気味悪さを無意識に覚えるほどに。


 聖堂には外界からの音は聞こえない。

 雨風や木の梢が揺れる音、動物や昆虫の鳴き声、そういった自然が生み出す音がしなかった。

 唯一、響いていたのは、歩行の際に鳴る足音。

 しかしながら、それも立ち止まった事により消えた。

 完全なる無音の空間。

 心臓の鼓動が聞こえてきそうな静寂だ。

 僕は〈邪神族〉にも心臓があるんだという、そんなどうでもいい事実を思ってしまった。


「違和感はあったんだけど……それが確信に変わったのはさっきかな。女神様……メノア様との意識が切れたんだ」


 視線は逸らさない。

 仮面の奥にあるだろう、零花の目を見据える。

 転生後、メノア様と意識が途切れるのは初めての事態。

 まだ、知り合って日も浅い。

 メノア様の性質を深い箇所まで知っているわけではない。

 単純に、何か用事があって席を外しており、連絡が取れないだけなのかもしれない。

 だが、タイミングが少しばかり怪訝だ。


 旧ベルザ教会に入るまで、意識は繋がっていた。

 それは教会に足を踏み入れてからも、変わりはなかった。

 零花の《其の灯火は(アザグ)他が為の祝福(レフラ)》を封じるまでは。


 多分だが、それがきっかけ。

 発動のトリガーだったのだろう。

 いや、それは発動というより、変化。

 入れ替わりかもしれない。

 事前に組み込まれたプログラムか、或いは突発的な事態に対応した故の結果なのか。

 それは本人に確認しないと分からないが――。


「僕が《其の灯火は(アザグ)他が為の祝福(レフラ)》の術式を破綻させたとき、君は一瞬だけ止まったよね……? あのときに、君の意識は零花からベルザに入れ替わったんじゃないかな。最初から、そういう手筈だったのかもね」


 責めてはいない。

 ただ、真実を告げているだけだ。

 あの瞬間、零花の動きが停止したのが、少しだけ気にかかっていた。


 《其の灯火は(アザグ)他が為の祝福(レフラ)》が破綻した事に呆然としているのか、と思いもした。

 だが、それは勘違い。

 零花は驚いてなどいなかった。

 あれは、意識が入れ替わっていた最中だったのだろう。

 そのあと、会話をしていたのは零花ではない。

 女神ベルザ本人だ。


「異変に気付いたのは、君と《虚無の巫女》に関して話をしているときだよ。メノア様と、意識が切れたんだ」


 僕は構わずメノア様の名前を口にする。

 相手が女神なら、伏せた所で無駄なこと。

 寧ろ、変に隠している方が怪しい。

 それに、別に女神様から名前を他言しないよう、口止めをされてはいない。

 仮にされても、言ってたとは思うが。

 それを守る義理も無いしね。


「場所が此処ではなかったから、何も思わないんだけどさ……《虚無の巫女》の話の最中、っていうのがタイミング的にもね。偶然なのかな……と感じてしまったんだよ」


 これが市街地だったなら、僕は何もおかしいとは思わなかった。

 しかし、旧ベルザ教会で奇襲をされた直後のこと。

 《虚無の巫女》に関する説明中に起きた。

 色々と偶然にしては怪しさがある。

 考えられる理由は何個かあるが、最も有力そうなのは――。


「まるで《虚無の巫女》の話を、メノア様に聞かれないようにした、とそう考えてしまうよね」


 推測のように言ったが、僕は内心で確信を持っていた。

 それ以外は考えられない。

 わざわざ、そんな真似をしたのには、何かしら訳があるのだろう。

 メノア様とは違い、考えなしに適当に行動するとは思えない。


 ――そういえば。

 と、メノア様と比較したとき、ある会話の内容を僕は思い出した。

 旧ベルザ教会に入る前に、メノア様が《虚無の巫女》が何とか、と言っていた気がする。

 どうでもよかったので、碌に聞かなかったが――。


 あれの続きは何だったのか。

 まあ、いいか。

 女神様の発言だ。

 別に大したことではないだろう。


「何か不都合でもあったのかな。それをメノア様に限定して……聞かれたら厄介なことが」


 僕は笑顔で問いかけた。

 《虚無の巫女》の概要は、未だ不透明なまま。

 判明しているのは、数々の異名だけ。

 正直、然程《虚無の巫女》自体に、興味が湧かないのだが、このまま帰らせてはもらえないだろうし。

 このさい、少しだけ首を突っ込むのも、良い暇潰しになるかもしれ――。


 と、考えを纏め終わる直前で、僕は思考をやめた。

 何か思考回路がメノア様と似通っている気がする。

 それは、不服だ。

 気持ち悪い。

 いまはメノア様と意識が切れているので、思う存分に誹謗を言える。

 もう一回位言っておこうかな。

 どうせ聞こえないしね。

 気持ち悪い。


 女神様は、いや女神に括るとベルザ様も入るのか。

 それは、可哀想だ。

 メノア様は気持ち悪い。

 うん、これでいいだろう。

 完璧だ。

 何か気持ちが晴れやかになった。

 僕は表情が緩む。

 ふふっ、とベルザが笑った。


「謝罪致します」


 そう言い、少しだけ頭を下げ謝る。

 何に対してかな。


「正直、貴方の事を舐めておりました……しかし、それは私の慢心だったのかもしれませんね。どこぞの放蕩女神とは違い、貴方は敏い……それに、内面が冷徹です」


 ベルザは頭を上げると、再び背を向けた。

 名指しはしていないが、誰の蔑称かは想像が容易い。

 それに関して異議はないが、僕に対する評価はいただけない。


「僕の、どこが冷徹なのかな。そんな風に、ふるまった覚えは無いんだけどね」


 記憶にない、と僕は肩を竦める。

 ベルザとの、いや――。

 あのときは、まだ零花だったのかな。

 旧ベルザ教会の入口で、零花と初めて会ったときの挨拶も含め、僕の印象は良い方だったと自負している。

 だというのに、冷徹と思われていたとは驚きだ。


「神は人間の真意を見定めます……まあ、貴方は人間ではありませんが……元が人間だったので例外ではありません。どれだけ外面を取り繕うと、内面の本性は完全には隠せませんよ」


 特に私の前ではね、とベルザが言った。

 旧ベルザ教会の地下に繋がる階段に足を向ける。

 なるほど、女神には僕の心底など、お見通しらしい。

 やはり、気持ち悪い生き物だ。


「先程のノワール様の疑問、その解答が欲しいのでしたら付いてきて下さい。勿論、これが女神ベルザの罠だと思うのでしたら、このまま帰っていただいても結構ですが……」


 ベルザが階段の縁に足をかける。

 視線は階段の先に向けたまま、こちらは振り向かずに言った。

 同時に、女神ベルザであると自称し認めた。

 どうやら、答えは階段を下りた先にあるらしい。

 そこで《虚無の巫女》も教えてもらえるのだろう。


 さて、どうしたものか。

 帰ってもいい、そう選択肢を提示された。

 ――《虚無の巫女》。

 気にはなるが、関わりたいとは思わない。

 僕が断ったら、どうするのだろう。

 これまでの試験や会話が徒労に終わる。

 ベルザは、それで良いのかな。


 こちらには背を向けているので、ベルザがどんな表情なのかは窺えない。

 だが、それでもベルザからも、ある確信が伝わってきた。

 僕が提案を断らない、と。


「うん、分かったよ。その《虚無の巫女》について、教えてもらおうかな。これが君の罠だったなら、そのときまた考えるよ」


 ベルザから視線を外すと、承諾を示すように言った。

 《虚無の巫女》が何であれ、関係はない。

 こうしている間も、それに対する興味は微塵も湧かない。

 ――だけど。

 いまのところ、このまま帰っても目的がないからね。

 何かやることが見つかるまでの、都合の良い暇潰しにはなりそうだ。


「そうですか……では、こちらにどうぞ。ノワール様をご案内致します」


 僕の返答を受け取ると、ベルザは階段を下りて行った。

 それに追随――。


 教会の地下に繋がる階段は螺旋状だ。

 足元に築かれた石の階段は、しかし碌な維持管理がされず、長い間放置された状態だったのだろう。

 表面に罅割れや欠けた箇所がある上に、苔が生えているせいで、若干の滑りがある。

 踏み外し転ぶような事はないが、それでも歩きづらいのに変わりはない。


 空気の通りも悪いのか、あまり息を吸いたい環境ではなかった。

 呼吸を最小限に行いながら、前方を先導するベルザの背中を見やる。

 薄暗い螺旋階段では、視認をするのにいまにも消えそうな、明滅を繰り返す壁際の角灯(ランタン)が頼りだった。

 階段の終着点は、確認出来ない。

 暗闇に包まれ、かろうじて少し先が見えるだけ。


 何処に繋がっているのだろう。

 この螺旋階段が長いのか短いのか。

 どれだけの段数なのかも不明だ。

 何段、下りたかなど数えていない。

 それなりに地下まで来た気もするが。

 想像を巡らせていると、不意にベルザは口を開いた。


「――《虚無の巫女》とは、ある種の器のようなもの。その時々により変貌をする、千差万別にして不滅の存在です」


 ベルザが黄泉灯(よみとう)アルスタラを揺らしながら、そう語り始める。

 階段を下りきる前に、道中で話してもらえるようだ。

 僕は大人しい態度で耳を傾ける。


「それは世界を創造する神にもなれ、またあるときは世界を滅ぼす災厄にもなりえる。外的な要因とは無関係に、それは《虚無の巫女》という存在……いや不変の概念なのです」


 ベルザは感情のない声音で続ける。

 列挙された異名に、相反するような意味合いがあったのは、そういうことか。

 世界だとか、大袈裟ではあるが。

 つまるところ《虚無の巫女》は、善悪どちらにもなりえる。

 そして、その断定は外側からは変えられない。

 《虚無の巫女》という存在に根付いたものだから。


「彼女は、《虚無の巫女》は全てを宿した全能なる存在だが、しかし何も持たない虚無な存在。そんな矛盾している理の狭間に位置するのが、女神メノアなのです」


 そうなんだ。

 全能だけど無知。

 神だけど神ではない。

 その皿の上にあるのは、パンだけどパンではない的な。

 いや、何だこの例題は――。

 転生する前のご飯が、パンだった影響かな。


「何か面倒な謎解きのような理に縛られた存在なんだね。解こうとは思えないけど」


 言葉遊びやクイズは嫌いではない。

 どちらかというと、好きな方だと思う。

 だけど、これは厄介そうだ。

 そもそも、矛盾のある問題文で適切な解答が導き出せるのだろうか。


「……ノワール様は驚かないのですね」


 ん? 何がかな。

 別に驚愕する内容は無かったと思うけど。


「《虚無の巫女》が、メノア様だということに、かな?」


 ええ、とベルザは肯定。

 こちらに問いかけた。


「もしかして、知ってましたか?」

「いや、知らない」


 僕は即答する。

 それは、本当だ。

 《虚無の巫女》の正体が、メノア様だというのは初耳である。

 いま初めて知った。

 同時に得心がいった。

 だから《虚無の巫女》の話になったときに、メノア様との意識が切れたのだろう。

 あれは、ベルザが何かしたからだろうが。

 《虚無の巫女》がメノア様なら、聞かれないようにするのも頷ける。


「本当に?」

「ほんと、ほんと」


 何故だろう。

 ベルザが疑わしげに言う。


「マジですか?」

「マジですよ」


 ベルザが言い方を変える。

 なんだ、この質問は。


「女神に誓って?」

「女神には誓いません。気持ち悪い」

「魂を賭けますか?」

「賭けませんよ。メノア様の魂以外は」


 さりげない流れで、とんでもない口約束をしようとするのはやめてもらいたい。

 誓わないし賭けない。


「なるほど」


 ベルザが独りでに納得。

 何が?


「貴方は愚鈍なようですね」


 罵倒された。

 理不尽だ。

 それもメノア様と同様の蔑称で。


「腐った臭いが漂うベルザ様は、失礼な方だね。僕のどこが愚鈍だというのかな」


 僕は天才だと自認するほど、秀でた才能があるわけではない。

 だが、馬鹿だとも思っていない。

 蔑まれる謂われはない筈だ。


「貴方こそ、女神に対して失礼な物言いですね。私のことを、生ごみを凝縮したような異臭を放つ糞女神だと仰いましたね」


 言ってない。

 凄い被害妄想だ。

 何か勝手に傷ついている。

 まあ、女神が糞だとは思っているけど。


『……ふざけるな、呪い殺すぞお前。女神が糞だとすると、私も入るだろうが。ベルザは糞、に言い換えろ』


 何処か懐かしさを感じる暴言。

 それは昔、僕が牧師をやっていたときのこと――。


『おい……なんだその唐突な回想の始まりは。やめろ、酒の肴にもならんお前の語りは。傾聴する価値もない』


 昼下がりのことだった。

 僕は季節外れの枝垂れ桜の下で、一人の可愛らしい少女と出会ったんだ。


『話しを進めるな。誰が、聞きたいんだ。お前の初恋エピソードなんて』


 巫女装束に身を包んだ、その少女は――。

 血だらけで、首から上が無い死体だった。


『怖いっ! 全然、初恋とかじゃなかった!』


 僕は呆然とした様子で、それを見下ろす。

 興奮した。


『するな。気持ち悪い』


 そのあと、なんやかんやあって少女と幸せに暮らしましたとさ。

 めでたし、めでたし。

 おしまい。


『……どこがだ。物語で一番重要な箇所だけ省いてどうする。出来の悪い、バッドエンドだろうが』


 おや、女神様。

 久しぶりですね。


『さっきぶりだろ。なんだ、急に回想しだしたと思ったら、我に返って』


 メノア様の困惑ぶりが、意識を通して伝わる。

 いや、そんな深い意味はないんですけどね。

 女神様の声が聞こえない状況も、転生したあとの出来事では、初めての事態だったので。

 それが戻ってきて、少し懐かしさを覚えましてね。

 懐かしさのあまり、過去の純情な初恋を思い出してしまいました。


『過去に戻り過ぎだろ。いつの話をしているんだ、お前は。そんな蜂蜜より甘い恋を、お前がしていたとはな』


 メノア様が心底驚いたように呟いた。

 気になりますか、僕の恋路。


『気にならん。ほんっとうに、どうでもいい……割とマジで』


 そうですか、話しの続きを聞きたいですか。

 分かりました。


『……おい、ふざけるな。誰が、聞きたいんだ』


 また、今度。

 気が向いたら話しますね。


『いま話さないんだ……』


 何か残念そう。

 本当は聞きたかったのかな。

 別に大した内容でもないんだけど。


『なら、無駄に引っ張るなよ』


 話す気分になったら言いますよ。

 近いうちに。


「――あれはそう、紅凱暦(こうがいれき)以前の時代、まだ神と人が頻繁に交流をしていた頃、私達女神は星の摂理を滅ぼす異世界から現れし災厄《星を喰らう獣(ストイタス)》を封印する為に《虚無の巫女》なる神の器を創造し――」


 ベルザが朗々と語る。

 なんか、話していたらしい。

 女神様との会話に意識を割いてて、全然気が付かなかった。


『お前も、なんでまたそんな《星を喰らう獣(ストイタス)》なんていう、過去の異物を持ち出してきたんだ。いつの話をしている。時代遅れの糞女神が』


 メノア様は唾棄するように言った。

 《星を喰らう獣(ストイタス)》が、何かは存じ上げませんけど、それの対抗馬が《虚無の巫女》なら、メノア様も時代遅れでは?

 糞かどうかは、さておき。


『……うるさい、黙れ。ばーか、ばーか』


 メノア様の無駄に大きい声が頭に響いた。

 子供かな。

 精神年齢の低さが垣間見える。

 こんな女神と会話をしていると、確かに馬鹿になりそうだ。

【次話予告】

ノワールに《虚無の巫女》の概要を説明したベルザ、そのとき意識が切れていたメノアと繋がる。

件の《虚無の巫女》の正体が、他でもない女神メノアだと判明、ベルザは《虚無の巫女》の本質と役割を語り出したのだった。


最後まで読んで下さりありがとうございます。

良ければ評価を貰えると嬉しいです。

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