第1章 第29話 瞬間的な肉薄
堕天使の身体から粒子が立ち込める。
それは、魔力だ。
体内に巡るエネルギーが、外に放出されている。
カノンが意図したものではなかった。
《神痕術》により、〈馬獣族〉と融合したことで、彼の魔力は爆発的に増大している。
それにより、身体の内側から無意識のうちに、莫大な魔力が漏れているのだろう。
僕の魔力、その色彩は黒色だ。
女神様は灰色らしいが――。
「また、随分とキラキラした魔力だね。見ているだけで、目が疲れそうだよ」
「申し訳ありません。なにせ、私は存在が宝石のような堕天使なので……どれだけ隠そうと、内なる輝きが溢れ出てしまうのです」
カノンの魔力は黄金だった。
その一つ一つが、華やかな光を発している。
どこか神秘さすら感じさせるそれは、しかしながら粒子に内包された力は凶悪だ。
感覚で計っただけでも分かる。
融合をしたカノンの魔力量は、僕は遥かに上回っている。
大体、僕の三倍程度かな。
僕は〈勇者〉から〈邪神族〉に転生をした。
だけど、未だ当時の力は取り戻していない。
色々と面倒な制約があるからなのだが――。
それでも、いまの僕は〈邪神族〉の身体を手に入れている。
〈神族〉の亜種とはいえ、上位種族であることに変わりはない。
元来の魔力量も、下位の種族と比較すると数倍の開きはある筈だ。
女神様の創造した力による成果も大きいが、〈邪神族〉は優れた肉体と器を兼ね備えた種族であるのは疑いようがない。
そんな僕を超える存在がいるとするなら、それこそ同等の〈神族〉か、或いはレネイストの最上位種族である〈竜種〉位なもの。
〈堕天使族〉も、上位に位置づけられるが、しかし根本的な地力では神に劣る。
絶対に突破することが叶わない、限界の壁がある。
どれだけ鍛錬しようと、種族に与えられた性能以上の力は発揮出来ない。
――なのに。
「恐ろしいな。そんな、とんでもない量の魔力をもろに食らったら、ひとたまりもないよ」
どう見積もっても、カノンの魔力量は〈堕天使族〉が持てる値を逸脱している。
魔力だけなら〈神族〉を超えていた。
「ご安心を。私も弱者をいたぶる趣味はありませんので……可能な限り楽に殺して差し上げます」
「それは助かるね。ありがとう」
「いえいえ、礼には及びませんよ」
ニコリ、とカノンが微笑む。
そして――。
「《誇り高き精霊の弓士は我が命に応え敵を穿つ》」
先刻していた詠唱を呟いた。
瞬間、僕は鳥肌が立った。
本能の警告に従い、咄嗟に身を屈める。
――シュン。
と、頭頂を疾風が掠った。
遅れて、後方で黒板を爪で引っ掻いたような、それでいて激烈な爆発音が轟いた。
横目で伺う。
僕の後ろ、星力の砂浜の一箇所が、不自然なまでに裂けていた。
空間に裂け目ができている。
「碧軌弓トラウディクスか、《誇り高き精霊の弓士は我が命に応え敵を穿つ》の能力かな」
「教えるとでも……?」
「良いじゃん、教えてよ。僕との時間を楽しみたいんでしょ」
「着弾をした空間、または人物などを異次元に送ります。それが私の《異能》――《誇り高き精霊の弓士は我が命に応え敵を穿つ》に付随する力です」
と、優しい堕天使が教えた。
付随、といった表現が気になる。
別種の能力があるのかな。
何にせよ飛ばされた箇所は、存在そのものを世界から切り取られるのだろう。
その裂けた傷跡を治せる保証はない。
当たれば、いや掠れば死と同義だ。
――それに。
と、僕は思考をしながらも身体を動かす。
カノンの目《魔眼》を見る。
次の発射までを、魔力の流れで目算した。
猶予は、1秒もない。
僅か、0.7秒程か。
しかし、僕が行動するのに充分な時間だった。
魔力を下半身、両足に集中させる。
カノンの《魔眼》が微かに光った。
残り、0.3秒。
《魔法》を編んでいる暇はない。
そんなことをしている間に、次元の彼方に飛ばされる。
小賢しい策も必要ない。
ただ、純粋な力でねじ伏せればいい。
――0.1秒。
再度、異次元に直行する不可視の矢が射出される。
と、同時に僕は地面に伏せた状態から駆けた。
砂浜を這うように高速で走る。
僕は《魔法》を使っていない。
単純な魔力の応用だ。
魔力を両足に集めて、脚力を飛躍させている。
加減を間違えば、脚の筋肉がちぎれる。
そのときは《女神の聖なる息吹》で治すまでだが、そうはならないだろう。
僕の身体は、女神様の最高傑作だ。
ある程度の負荷には耐えられる。
僕は低姿勢で、暁灯瑠刀フォルラリスに星力を流す。
前方、カノンとの距離は凡そ30m。
そこまで、一気に駆け抜ける。
「……おやおや、かけっこが得意なようで。初等部では、さぞやチヤホヤされるでしょう」
警戒をしたカノンが、背中の両翼で僅かに後退した。
白黒の翼で飛びながらも、その堕天使は長弓を悠然と構える。
「――ですが……残念なことに、ここは運動会でも体育祭の会場でもありませんよ」
着地と同時に放たれた不可視の矢は、中空で分裂。
『竜脈の畔』の客室で見た技と同じだろう。
そう思い、こちらも《開闢》を繰り出そうとしたのだが、しかし――。
「同じ手は使いません。私は飽き性なので」
「気が合うね。僕もだよ」
数が違う。
客室のときに分かれた矢は、数十本程度だった気がする。
――だが。
目下、視認できるだけでも百はある。
そして、全てに異次元に飛ばす効果が付与されていた。
広い砂浜、その空間を有効的に使う権利は、カノンにもある。
彼は出し惜しみするつもりはないようで――。
「管理者の閲覧会が定めた規定に基づき、違反者である〈邪神族〉ノワールに対して……あー……この宣告、面倒なんですよね……」
「じゃあ省いていいよ」
「一応、そういう規則なので」
「体裁とかいうやつ?」
「そうです」
「下らないね」
「ええ、本当に」
と、共感をしたカノンは――。
矢の嵐を降らせてきた。
僕は静かに糸目を開ける。
迫るその殺意を、平静に見据えた。
直後、一本目の矢が僕に着弾――。
する寸前に、それを暁灯瑠刀フォルラリスで斬った。
ほぼ同時、休む間も与えられず、二本目が来る。
禄な構えも出来ず、態勢も安定しない。
しかし、やることは変わらない。
そもそも、僕に典型的な剣術など必要はない。
覚える気も無かった。
僕は感覚型だ。
前世で〈勇者〉をやっていた時代も、剣の勉強や鍛錬などした覚えはない。
そんな面倒で無為な時間を過ごすなら、愉しい遊びをしたい。
人類と敵対する〈魔王〉の飲食物に、こっそり鼻水を混入させたりとか。
――うん。
そのほうが、余程有意義だ。
僕の人生に勉強や努力は不要である。
「私なら、下剤を混ぜますね」
「良い案だね……って、やっぱり声聞こえてる?」
「いいえ、聞こえません」
「嘘だー」
過去に行った可愛らしいイタズラを思い出しながら、僕は矢の暴雨を突っ走った。
三本、四本、五本。
瞬間的に、それは眼前に迫る。
斬っても斬っても、雨は止まない。
けれども、距離は確実に縮まっている。
あと、20m程。
女神様は言った。
異次元に飛ばす不可視の矢に、当たらなければいいだけだ、と。
明解な理屈だ。
自覚のある阿呆な僕でも分かる。
「ノワールさんは天才ですからね」
「ありがとう、知ってる」
回避はしない。
僕が斬らずに矢を避けたら、亀裂が生まれる。
それにどういった影響があるのかは不明だが、行動が制限されるかもしれない。
あまり、裂け目を増やさないほうが良いだろう。
暁灯瑠刀フォルラリスを片手に、不可視の矢を斬り続けて――。
残りは、20本と少し。
僕は駆け出してから、数秒の間に80本近い矢を斬っていた。
「もういいかな」
と、僕は避けに転じる。
音速で飛来するそれに合わせた速度で、僕は身体を動かした。
無駄に魔力と体力は消耗しない。
掠り傷さえ負わず、僕は無傷のまま矢の雨を抜けきった。
――ドドドドドドドッ!!!
と、背後で連続して爆音がする。
視線は向けない。
見ずとも察せられる。
標的に当たらなかった矢が破裂して、裂け目となったのだろう。
いまは無視でいい。
僕は暁灯瑠刀フォルラリスの柄を、しっかりと握る。
既に間合いだ。
「詰み、かな?」
「そうですね……貴方が」
暁灯瑠刀フォルラリスの刃先が、カノンの首筋に触れる間際――。
僕の身体が硬直した。
させられた。
「どこまで飛ばしたのかと思ったら……少し、遠出し過ぎですよ、カノン。私の許可無しに離れてはいけません」
エリアルだ。
カノンと関係性を持っている女神の声が、女神の聖杯機に響き渡る。
「これはこれは、ご心配をおかけしたようで……申し訳ありませんでした。反省はしていません」
「しなさい。あとで、お説教ですからね」
「……許してはもらえませんか?」
「『女神エリアルたんは怒ってるんだからね!』室で、お説教です」
「勘弁して下さい。エリアル様は叱責が長いので、聞いてて途中で飽きるんですよ……」
「その前に僕が殺してあげるから、大丈夫だよ」
時間を停止させる能力。
女神エリアル固有の《権能》だろう。
どういう原理で発動し、対象の時間を操作しているのか。
まるで理解不能だが、僕には関係ない。
《理を変転させる幻惑の坩堝》で、理を歪める。
それにより、僕にかけられた《権能》の効果が抹消された。
行動が可能になった僕は、暁灯瑠刀フォルラリスを水平に振りきった。
「何なら、ノワールさんもご一緒に――」
そんな誘いは最後まで言えない。
カノンの首が宙を舞った。
砂浜に堕天使の頭部が転がる。
「生憎と、うちのノワールは私の汚部屋を掃除する先約があるんでな。お前らの痴話喧嘩には付き合ってられない」
「そんな約束していませんよ、クソ女神」
意識の中で聞いていた声音と同様の低声。
その性悪な女神は下界に姿を現した。
何故か鼻の穴にティッシュを詰めた状態で。
【次話予告】
ノワールは飛ばされた異界、女神の聖杯機でカノンと戦闘を始める。
どちらも本音を言わず、適当な軽口を叩き合いながらも、戦いは激しさを増していった。
碧軌弓トラウディクスが放った不可視の矢、それが百に近い分裂をして、矢の暴雨となりノワールを襲う。
それを無傷で斬り伏せ避けきると、カノンの首に刃を走らせた。
しかし、響いたエリアルの声により、状況は変転する。
女神メノアも降臨し、ノワールは面倒を予感した。
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