第1章 第28話 堕天使の神痕術
僕の《巨人の撃砕》により、堕天使の頭部が消し飛ぶ。
そこまで本気の力で殴ったわけではなかったが、充分な威力だ。
派手な破裂音が響きそうなほど凄絶に、カノンの頭が散った。
どれが顔のパーツなのか、その区別もつかない。
血と骨が混じった細かな肉塊がばらまかれる。
女神の聖杯機の星力が集まりできた砂浜が臙脂色に汚れた。
「……いやはや、素晴らしいですねぇ」
と、僕が瞬きをした一瞬で――。
カノンは飛ばされた頭を再生して言った。
「まだ〈邪神族〉に転生をして間のない……それこそ、半日足らずしか経っていないというのに――」
暁灯瑠刀フォルラリスで斬った手を再生したときもだが、カノンが《回復魔法》を使った形跡はない。
《権能》でもないだろう。
僕にも《固有体質》《不老不死》があるが、それには星力を併用している。
しかし、カノンから星力は感じられない。
勿論、魔力も。
彼は《魔法》、それから《権能》を使っていない。
なら、この再生能力は――。
「全盛期の力を完全に取り戻していないとはいえ、流石の環境適応能力と言いましょうか。ええ、本当に素晴らしいですよ、〈勇者〉……いえ、下痢処理係ノワールさん」
「ありがとう。僕は空気の読めない無神経な邪神だけど、存在が薄いらしいから、その場の環境に馴染みやすいんじゃないかな……多分ね」
言いながら、僕は横に飛び退いた。
直後、僕がいた地点が爆発したように砂塵を上げる。
見れば、カノンが碧軌弓トラウディクスで矢を放っていた。
前動作のない射出だ。
僕が直前に感知できたのは、カノンの目の動きを見ていたからである。
放つ瞬間に、彼の目に魔力が集まるのを感じた。
カノンは《魔眼》持ちなのだろう。
《魔眼》には、様々な種類がある。
直接的な殺傷能力を備えていたり、補助的な役割を果たすのもある。
カノンの目に宿ったそれは、後者だと思われる。
《魔眼》を通して、碧軌弓トラウディクスに魔力と、それから射出の意思を伝達していた。
僕が滑るように矢を避け、カノンを見る。
彼は少しばかり足を開いて、両腕を頭の上にやっていた。
弓道における所作の一つ。
打起しの構え。
本来なら、その前にも工程があるが、それをカノンは省いていた。
そして引分け、会などの一連の射法を速やかに行って。
流麗な動作で、弦が引かれる。
相変わらず、そこに矢はない。
目に見えない不可視の脅威。
「《更待月》――《蜃滅幻》」
同様に、不可視を幻で斬り伏せる。
当然ながら、射出は初手で終わらなかった。
カノンが構えている碧軌弓トラウディクスから次々と矢が放たれる。
僕は《飛翔浮力》で、砂浜を低空に飛び避け続けた。
《蜃滅幻》などの秘技、《開闢》は女神様も言っていたが星力の消耗が激しい。
無駄に何発も使っていたら、あっという間に星力が枯渇してしまうかもしれない。
まあ、そうなったらなったで、やりようは幾らでもあるのだが――。
温存するのに越したことはない。
しかし、それと並行して《魔法》を使う程度なら、大した労力はなかった。
魔力を用いて身体や、或いは物質に浮力を付与する《魔法》《飛翔浮力》は、簡単な中級の術式だ。
発動にも、然程魔力は消費されない。
僕の魔力総量から考えても、かなりの余裕がある。
――それに。
幸い砂浜は、だだっ広い。
地平線もそうだが、この星力の砂浜にも限界があるのか、それさえ見えない。
どこまで続いているのだろう。
分からないが、いまはその空間を存分に利用させてもらう。
「先程も言いましたが……実に素晴らしい。それだけの大技を使いながら、異なる《魔法》を併用している」
「……大技? 《蜃滅幻》のことかい? こんなの、単なるお遊び程度の剣術でしかないよ」
言葉を交わす間にも、カノンは矢を放ってきた。
その狙いは、凄い精密だ。
こちらの心臓と脳を、交互に撃ってきている。
器用なものだ。
別に、それらを矢で貫かれようが死にはしないが、少しは弱体化する。
何より、再生しなければならない。
完治に数秒もいらないけど、それはカノンに隙を与える事になる。
しかも、女神様は言っていた。
碧軌弓トラウディクスが放った矢は直撃せずとも、掠っただけで異次元に飛ばされる、と。
僅かな掠り傷も許されない。
多少の怪我を覚悟で強引に突っ込むのは、愚策でしかない。
カノンと距離を取りながら、様子を伺って戦う。
それが最善だ。
「……いや、何か面倒だな」
僕は《飛翔浮力》で飛んでいる最中も、思考を巡らせていた。
現下、どうやって攻略をしようか考えを纏めていたが――。
「相手の隙が生まれるのを待って、避け続けるなんて……そんな姑息なことは〈勇者〉の戦い方じゃない」
「いまの貴方は〈邪神族〉ですし……それに、別に姑息ではないと思いますよ。利口な判断です」
「……なら、いっか」
「はい。このまま、貴方がどれだけ避けられるか見ものですね」
カノンの構えが変わる。
それは打起しの動作ではあるが、しかし――。
彼の足元に魔法陣が展開された。
「《誇り高き精霊の弓士は我が命に応え敵を穿つ》」
すると――。
その魔法陣から、一体の生物が召喚された。
上半身は人間の男性だが、下半身は馬だ。
隆々な体躯をしている。
衣服ともいえない薄い布切れを、肩から掛けていた。
彫りの深い顔貌だ。
目は鷹のように鋭い三白眼。
猛る黒い長髪は、獅子の鬣を彷彿とさせた。
「〈馬獣族〉、私が契約する〈精霊族〉であり、従順で優秀な下僕です」
その召喚された生物、精霊は体長が2m近い巨体だ。
剛健な右腕には、カノンと似たような長弓を所持している。
「折角ですから、ノワールさんには特別にお見しますよ。私の術式を……」
「嬉しいね。どんな愉快な技が見れるのかな。うん、楽しみだよ」
「いえいえ……礼は不要ですよ。私も貴方の秘技、《開闢》の一端を拝ませてもらいましたからね」
――ニコリ。
カノンは微笑み、そして呟いた。
「《神痕術》」
瞬間、〈馬獣族〉の身体に変化が生じた。
その巨体が幽体のように透明になったのである。
見えない引力で吸い込まれる形で、〈馬獣族〉がカノンと融合したのだった。
カノンの容貌には、これといって変わりはない。
フロックコートを身に纏った王子様のまま。
――しかし。
僕は糸目を僅かに開けて見る。
そして気付いた。
カノンの魔力量が桁違いに跳ね上がっている。
元々の量を正確に覚えていないが、明らかに増加していた。
「――《神痕術》って聞こえたけど……それは、ヴァミリド神教国の星族に伝わる神痕術のこと? 違ってたら、ごめんね」
「しんこんじゅつ……? 下界では、そう呼称されているのですか?」
「正式名称は違うのかな」
「ええ」
と、カノンが頷いた。
ヴァミリド神教国を治める皇族、星族には禁断の術式が継承されている。
女神様から聞いた話では、〈神族〉固有の能力である《権能》を人の身に宿して、神に等しい力を得る。
そして、強引に生物としての格を昇華させる。
故に星族や、歴代の星凱帝は平均的な〈人間族〉よりも、倍以上長生きをする、と。
「契約を交わした霊体……私の場合、それが〈精霊族〉になるわけですが、それらの存在を霊界から現界させます」
「降霊術みたいなこと?」
「いえ……少し、過程が違いますね。まあ、はたから見ればどちらも似たような術に思えるでしょうが……《神痕術》は霊体を降ろすのではありません。互いの魂を融合させるのです。その点が降霊術との差異になりますね。降霊術は霊体の力を借りるのであって、融合するわけではありませんから」
「なるほどね」
とは言ったが、あまり分かっていない。
術式の細々とした内情は、さっぱりだ。
専門的な難しい話は苦手である。
僕は《魔法》や《権能》を感覚で使っている。
そんな理論的な部分は考えてすらいない。
普段、使用している術式でさえ、いざ説明をしろと要求されても答えられないだろう。
「……まあ、つまりは……ちょっとだけ強いカノンちゃんになった、ということですよ」
「なるほど、分かりやすいね」
それだったら、僕の残念な頭でも理解出来る。
エレンもだけど、星凱帝は《神痕術》で、何かしらの霊体と融合しているのかな。
と、そんな推測をしていて思い出した。
先代の星凱帝、ライリーラだ。
彼女は既に故人だが、その魂はどういうわけかエレンの中にある。
もしかして《神痕術》によって、二人の魂が融合していたり。
「――察しが良いですね、ノワールさん。ええ、その通りですよ。味音痴皇子のエレンさんは《神痕術》で、ライリーラさんの魂と融合しています……というより、させられました」
「させられた……?」
「はい。本当に生まれた家系も、育った環境も最悪な、絵に描いたような哀れな皇子ですよ」
やれやれ、とカノンが肩を竦める。
エレン自身が望んだ末の融合ではないらしい。
星灯録教会から命を狙われている件とも関連性がありそう。
首謀者が教会の人間と決まったわけではないけど。
それも『狂笑会』に、エレンの護衛を依頼したとかいう、側近の憶測に過ぎないし。
「……ん? カノンちゃんは、僕が考えていることが……心の声が聞こえるの?」
口にしていないのに、会話が通じているように感じた。
カノンは爽やかに笑って告げる。
「ええ、聞こえていますよ。実は私、生まれたときから人の心が読めるエスパーなんです。凄いでしょう」
「嘘だー」
「勿論、嘘です。そんな超能力はありません」
「なんだ……つまんない」
「ですが《異能》なら、ありますよ」
カノンが笑みを深める。
――《異能》。
《権能》とは違う能力なのかな。
「……教えてほしいですか?」
「うん、って言ったら教えてもらえるの?」
「ええ……ノワールさんは特別なので……それに――」
《神痕術》で〈馬獣族〉と融合をしたカノン。
握りしめた碧軌弓トラウディクスに、増幅した魔力を乗せて。
「自身の能力を開示した方が、より愉快な戦いになる……そうは思いませんか?」
「追い詰められて、死ぬことになるかもよ」
「それも、また一興。私は純粋に貴方との戦闘を……この誰にも邪魔されない隔絶された空間で、貴方との時間を楽しみたいのですよ。私は貴方の前世も含めて、細胞に至るまで貴方という存在を構築する要素、その全てが大好きなので」
バッ、とカノンが両腕を大胆に広げる。
その蒼い瞳には陶酔の色があった。
セラスとは別種の狂気が見える。
しかしながら、あの〈聖女〉とは違い、カノンには正気が残っている。
彼の目は、確かに現実の世界を映していた。
「浮気は駄目だよ、カノンちゃん。君には女神エリアルがいるんだからさ」
「あはは、あんなメス豚女神は、ただの使い勝手の良い性処理道具でしかありませんよ。私が彼女に向けている感情は性欲であって、愛情ではない……」
「奇遇だね、僕もだよ。女神様……メノア様のことは性欲の捌け口としか思ってない」
カノンが恍惚と笑う。
それに僕も笑って返す。
どちらも本音を言っていなかった。
【次話予告】
ノワールは碧軌弓トラウディクスの放った矢により、カノンと共に女神の聖杯機に飛ばされた。
そこで会話を重ねていたノワールは、カノンの発言に不快感を覚え、反射的に彼を《巨人の撃砕》で殴った。
しかし、一瞬で再生をしたカノンは《誇り高き精霊の弓士は我が命に応え敵を穿つ》で〈馬獣族〉を召喚すると、それと自身を《神痕術》で融合させる。
魂が合わさり魔力が格段に増幅したカノンは、さらなる攻撃を仕掛けた。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
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