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転生邪神とクソ女神  作者: 梓川澪
黎明に目覚める虚無の巫女編
31/32

第1章 第28話 堕天使の神痕術

 僕の《巨人の撃砕(アルベラ)》により、堕天使の頭部が消し飛ぶ。

 そこまで本気の力で殴ったわけではなかったが、充分な威力だ。

 派手な破裂音が響きそうなほど凄絶に、カノンの頭が散った。

 どれが顔のパーツなのか、その区別もつかない。

 血と骨が混じった細かな肉塊がばらまかれる。

 女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)星力(メリス)が集まりできた砂浜が臙脂色に汚れた。


「……いやはや、素晴らしいですねぇ」


 と、僕が瞬きをした一瞬で――。

 カノンは飛ばされた頭を再生して言った。


「まだ〈邪神族〉に転生をして間のない……それこそ、半日足らずしか経っていないというのに――」


 暁灯瑠刀(きょうひるとう)フォルラリスで斬った手を再生したときもだが、カノンが《回復魔法》を使った形跡はない。

 《権能》でもないだろう。

 僕にも《固有体質(ユニン)》《不老不死(ティーリ)》があるが、それには星力(メリス)を併用している。


 しかし、カノンから星力(メリス)は感じられない。

 勿論、魔力も。

 彼は《魔法》、それから《権能》を使っていない。

 なら、この再生能力は――。


「全盛期の力を完全に取り戻していないとはいえ、流石の環境適応能力と言いましょうか。ええ、本当に素晴らしいですよ、〈勇者〉……いえ、下痢処理係ノワールさん」

「ありがとう。僕は空気の読めない無神経な邪神だけど、存在が薄いらしいから、その場の環境に馴染みやすいんじゃないかな……多分ね」


 言いながら、僕は横に飛び退いた。

 直後、僕がいた地点が爆発したように砂塵を上げる。

 見れば、カノンが碧軌弓(ひゃくききゅう)トラウディクスで矢を放っていた。

 前動作のない射出だ。

 僕が直前に感知できたのは、カノンの目の動きを見ていたからである。

 放つ瞬間に、彼の目に魔力が集まるのを感じた。


 カノンは《魔眼》持ちなのだろう。

 《魔眼》には、様々な種類がある。

 直接的な殺傷能力を備えていたり、補助的な役割を果たすのもある。

 カノンの目に宿ったそれは、後者だと思われる。

 《魔眼》を通して、碧軌弓(ひゃくききゅう)トラウディクスに魔力と、それから射出の意思を伝達していた。


 僕が滑るように矢を避け、カノンを見る。

 彼は少しばかり足を開いて、両腕を頭の上にやっていた。

 弓道における所作の一つ。

 打起(うちおこ)しの構え。

 本来なら、その前にも工程があるが、それをカノンは省いていた。

 そして引分(ひきわ)け、(かい)などの一連の射法を速やかに行って。

 流麗な動作で、弦が引かれる。

 相変わらず、そこに矢はない。

 目に見えない不可視の脅威。


「《更待月(ふけまちづき)》――《蜃滅幻(しんめつきょう)》」


 同様に、不可視を幻で斬り伏せる。

 当然ながら、射出は初手で終わらなかった。

 カノンが構えている碧軌弓(ひゃくききゅう)トラウディクスから次々と矢が放たれる。

 僕は《飛翔浮力(アライン)》で、砂浜を低空に飛び避け続けた。


 《蜃滅幻(しんめつきょう)》などの秘技、《開闢》は女神様も言っていたが星力(メリス)の消耗が激しい。

 無駄に何発も使っていたら、あっという間に星力(メリス)が枯渇してしまうかもしれない。

 まあ、そうなったらなったで、やりようは幾らでもあるのだが――。

 温存するのに越したことはない。


 しかし、それと並行して《魔法》を使う程度なら、大した労力はなかった。

 魔力を用いて身体や、或いは物質に浮力を付与する《魔法》《飛翔浮力(アライン)》は、簡単な中級の術式だ。

 発動にも、然程魔力は消費されない。

 僕の魔力総量から考えても、かなりの余裕がある。


 ――それに。

 幸い砂浜は、だだっ広い。

 地平線もそうだが、この星力(メリス)の砂浜にも限界があるのか、それさえ見えない。

 どこまで続いているのだろう。

 分からないが、いまはその空間を存分に利用させてもらう。


「先程も言いましたが……実に素晴らしい。それだけの大技を使いながら、異なる《魔法》を併用している」

「……大技? 《蜃滅幻(しんめつきょう)》のことかい? こんなの、単なるお遊び程度の剣術でしかないよ」


 言葉を交わす間にも、カノンは矢を放ってきた。

 その狙いは、凄い精密だ。

 こちらの心臓と脳を、交互に撃ってきている。

 器用なものだ。

 別に、それらを矢で貫かれようが死にはしないが、少しは弱体化する。

 何より、再生しなければならない。

 完治に数秒もいらないけど、それはカノンに隙を与える事になる。


 しかも、女神様は言っていた。

 碧軌弓(ひゃくききゅう)トラウディクスが放った矢は直撃せずとも、掠っただけで異次元に飛ばされる、と。

 僅かな掠り傷も許されない。

 多少の怪我を覚悟で強引に突っ込むのは、愚策でしかない。

 カノンと距離を取りながら、様子を伺って戦う。

 それが最善だ。


「……いや、何か面倒だな」


 僕は《飛翔浮力(アライン)》で飛んでいる最中も、思考を巡らせていた。

 現下、どうやって攻略をしようか考えを纏めていたが――。


「相手の隙が生まれるのを待って、避け続けるなんて……そんな姑息なことは〈勇者〉の戦い方じゃない」

「いまの貴方は〈邪神族〉ですし……それに、別に姑息ではないと思いますよ。利口な判断です」

「……なら、いっか」

「はい。このまま、貴方がどれだけ避けられるか見ものですね」


 カノンの構えが変わる。

 それは打起(うちおこ)しの動作ではあるが、しかし――。

 彼の足元に魔法陣が展開された。


「《誇り高き精霊の弓士は(アネスト)我が命に応え敵を穿つ(ウェレオス)》」


 すると――。

 その魔法陣から、一体の生物が召喚された。

 上半身は人間の男性だが、下半身は馬だ。

 隆々な体躯をしている。

 衣服ともいえない薄い布切れを、肩から掛けていた。

 彫りの深い顔貌だ。

 目は鷹のように鋭い三白眼。

 猛る黒い長髪は、獅子の鬣を彷彿とさせた。


「〈馬獣族(ケンタウロス)〉、私が契約する〈精霊族〉であり、従順で優秀な下僕(しもべ)です」


 その召喚された生物、精霊は体長が2m近い巨体だ。

 剛健な右腕には、カノンと似たような長弓を所持している。


「折角ですから、ノワールさんには特別にお見しますよ。私の術式を……」

「嬉しいね。どんな愉快な技が見れるのかな。うん、楽しみだよ」

「いえいえ……礼は不要ですよ。私も貴方の秘技、《開闢(かいびゃく)》の一端を拝ませてもらいましたからね」


 ――ニコリ。

 カノンは微笑み、そして呟いた。


「《神痕術(アクドマ)》」


 瞬間、〈馬獣族(ケンタウロス)〉の身体に変化が生じた。

 その巨体が幽体のように透明になったのである。

 見えない引力で吸い込まれる形で、〈馬獣族(ケンタウロス)〉がカノンと融合したのだった。

 カノンの容貌には、これといって変わりはない。

 フロックコートを身に纏った王子様のまま。


 ――しかし。

 僕は糸目を僅かに開けて見る。

 そして気付いた。

 カノンの魔力量が桁違いに跳ね上がっている。

 元々の量を正確に覚えていないが、明らかに増加していた。


「――《神痕術(アクドマ)》って聞こえたけど……それは、ヴァミリド神教国の星族(せいぞく)に伝わる神痕術(しんこんじゅつ)のこと? 違ってたら、ごめんね」

「しんこんじゅつ……? 下界では、そう呼称されているのですか?」

「正式名称は違うのかな」

「ええ」


 と、カノンが頷いた。

 ヴァミリド神教国を治める皇族、星族(せいぞく)には禁断の術式が継承されている。

 女神様から聞いた話では、〈神族〉固有の能力である《権能》を人の身に宿して、神に等しい力を得る。

 そして、強引に生物としての格を昇華させる。

 故に星族(せいぞく)や、歴代の星凱帝(せいがいてい)は平均的な〈人間族〉よりも、倍以上長生きをする、と。


「契約を交わした霊体……私の場合、それが〈精霊族〉になるわけですが、それらの存在を霊界から現界させます」

「降霊術みたいなこと?」


「いえ……少し、過程が違いますね。まあ、はたから見ればどちらも似たような術に思えるでしょうが……《神痕術(アクドマ)》は霊体を降ろすのではありません。互いの魂を融合させるのです。その点が降霊術との差異になりますね。降霊術は霊体の力を借りるのであって、融合するわけではありませんから」

「なるほどね」


 とは言ったが、あまり分かっていない。

 術式の細々とした内情は、さっぱりだ。

 専門的な難しい話は苦手である。

 僕は《魔法》や《権能》を感覚で使っている。

 そんな理論的な部分は考えてすらいない。

 普段、使用している術式でさえ、いざ説明をしろと要求されても答えられないだろう。


「……まあ、つまりは……ちょっとだけ強いカノンちゃんになった、ということですよ」

「なるほど、分かりやすいね」


 それだったら、僕の残念な頭でも理解出来る。

 エレンもだけど、星凱帝(せいがいてい)は《神痕術(アクドマ)》で、何かしらの霊体と融合しているのかな。

 と、そんな推測をしていて思い出した。

 先代の星凱帝(せいがいてい)、ライリーラだ。

 彼女は既に故人だが、その魂はどういうわけかエレンの中にある。

 もしかして《神痕術(アクドマ)》によって、二人の魂が融合していたり。


「――察しが良いですね、ノワールさん。ええ、その通りですよ。味音痴皇子のエレンさんは《神痕術(アクドマ)》で、ライリーラさんの魂と融合しています……というより、させられました」

「させられた……?」

「はい。本当に生まれた家系も、育った環境も最悪な、絵に描いたような哀れな皇子ですよ」


 やれやれ、とカノンが肩を竦める。

 エレン自身が望んだ末の融合ではないらしい。

 星灯録(せいひろく)教会から命を狙われている件とも関連性がありそう。

 首謀者が教会の人間と決まったわけではないけど。

 それも『狂笑会(きょうしょうかい)』に、エレンの護衛を依頼したとかいう、側近の憶測に過ぎないし。


「……ん? カノンちゃんは、僕が考えていることが……心の声が聞こえるの?」


 口にしていないのに、会話が通じているように感じた。

 カノンは爽やかに笑って告げる。


「ええ、聞こえていますよ。実は私、生まれたときから人の心が読めるエスパーなんです。凄いでしょう」

「嘘だー」

「勿論、嘘です。そんな超能力はありません」

「なんだ……つまんない」

「ですが《異能》なら、ありますよ」


 カノンが笑みを深める。

 ――《異能》。

 《権能》とは違う能力なのかな。


「……教えてほしいですか?」

「うん、って言ったら教えてもらえるの?」

「ええ……ノワールさんは特別なので……それに――」


 《神痕術(アクドマ)》で〈馬獣族(ケンタウロス)〉と融合をしたカノン。

 握りしめた碧軌弓(ひゃくききゅう)トラウディクスに、増幅した魔力を乗せて。


「自身の能力を開示した方が、より愉快な戦いになる……そうは思いませんか?」

「追い詰められて、死ぬことになるかもよ」


「それも、また一興。私は純粋に貴方との戦闘を……この誰にも邪魔されない隔絶された空間で、貴方との時間を楽しみたいのですよ。私は貴方の前世も含めて、細胞に至るまで貴方という存在を構築する要素、その全てが大好きなので」


 バッ、とカノンが両腕を大胆に広げる。

 その蒼い瞳には陶酔の色があった。

 セラスとは別種の狂気が見える。

 しかしながら、あの〈聖女〉とは違い、カノンには正気が残っている。

 彼の目は、確かに現実の世界を映していた。


「浮気は駄目だよ、カノンちゃん。君には女神エリアルがいるんだからさ」

「あはは、あんなメス豚女神は、ただの使い勝手の良い性処理道具でしかありませんよ。私が彼女に向けている感情は性欲であって、愛情ではない……」


「奇遇だね、僕もだよ。女神様……メノア様のことは性欲の捌け口としか思ってない」


 カノンが恍惚と笑う。

 それに僕も笑って返す。

 どちらも本音を言っていなかった。

【次話予告】

ノワールは碧軌弓(ひゃくききゅう)トラウディクスの放った矢により、カノンと共に女神の聖杯機(ヴィルスレイナ)に飛ばされた。

そこで会話を重ねていたノワールは、カノンの発言に不快感を覚え、反射的に彼を《巨人の撃砕(アルベラ)》で殴った。

しかし、一瞬で再生をしたカノンは《誇り高き精霊の弓士は(アネスト)我が命に応え敵を穿つ(ウェレオス)》で〈馬獣族(ケンタウロス)〉を召喚すると、それと自身を《神痕術(アクドマ)》で融合させる。

魂が合わさり魔力が格段に増幅したカノンは、さらなる攻撃を仕掛けた。


最後まで読んで下さりありがとうございます。

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