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転生邪神とクソ女神  作者: 梓川澪
黎明に目覚める虚無の巫女編
3/31

第1章 第3話 慈愛溢れる女神の親切心

 女神様が頭の中で何かを言った気がする。

 誹謗に対する文句だろうが、それは知らないふり。

 僕は意識を切った。

 現下、眼前にいる女性。

 声音から多分、そうだと思われる人物は――。

 旧ベルザ教会、即ち孤児院の関係者。

 責任者のような立場の者なのだろう。


 彼女は言った。

 女神メノア様の使徒様。

 それに、メノア教。

 色々と指摘がしたい。

 説明も求めたい。

 何か、知らない間に女神の使徒にされている。

 そんなものになったつもりは、ないのだが――。


『おかしなことを言うな。お前は私の慈愛溢れる救済によって、転生しただろうが。その時点で、私の使徒になったも同然だ』


 暴論過ぎる。

 その慈愛溢れるなんとか、って台詞気に入っているんですか。


『救済だ。死に陥った哀れな弱者を救ってこそ、真の女神というもの』


 どこか、芝居がかった話し方だった。

 何か読んでいるのだろうか。

 そもそも、死の元凶が言う事ではない。

 平行線になる気がしたので、それは思うだけに留めておいた。

 いまは、それよりも――。


「さぁ、こちらにどうぞ。使徒様の来訪をお待ちしておりました」


 先程までの怯えた様子は消え、歓迎するように招き入れる。

 最初は素性が判別出来ず、警戒をしていたのかもしれない。

 それが使徒と分かったので、態度が変わったのだろう。


 まあ、嫌悪を抱かれ敵対するような事態にならずに済みそうなのは、ありがたいのだが。

 使徒といった呼ばれ方には、慣れそうもない。

 無理に否定をして相手の機嫌を損ねるのも、あれなので乗っからせてもらおう。


「こんにちは、女神メノア様の使徒だよ。会えて嬉しいよ」


 僕は表情を緩め、精一杯の笑顔を作る。

 完璧な外面だ。

 これで第一印象は、ばっちり決まっただろう。


『下手糞』


 何故か、女神様からの評価が悪い。

 不思議だ。


『女神の使徒感が、まるでない。だが、近所に住む餓鬼が挨拶に来たにしては、顔が薄気味悪い。中途半端な猿芝居のせいで、余計に不審者だ』


 散々な言われようである。

 頑張ったのに。

 使徒の感じが無いと言われても、仕方ないだろう。

 僕の中に自覚が、まだない。

 それに顔に関して謗られるのは、おかしいのでは。

 創造したのは女神様ですよ。

 不満があるなら、それは女神様の手腕が問題かと。


『私を正論で殴るな羽虫。正論が一番嫌いだ。存在自体が間違いの私を、根本的に否定する』


 メノア様は不貞腐れたように吐き捨てる。

 そこまでは言ってないですが。

 まだ、僕が知らないだけで、深い闇でも抱えているのだろう。

 興味はないけど。


『教えてほしいか?』


 いや、いいです。

 本当に興味ないので。


『あれは約1000年前、まだ暦が出来る以前のことだ。私は知り合いの〈聖女〉セラスと《虚無の巫女》の母体となる存在について、議論を――』


 聞いてもいないのに、勝手に話し始める。

 僕は碌に耳を傾けず、途中で意識を逸らした。

 まだ続きを話している。


「僕は女神メノア様の使徒、ノワールです。ここは、とても静謐で綺麗にされている教会ですね。常日頃から手入れをしているのが窺えます。メノア様も、さぞお喜びになられるでしょう」


 と、僕は微塵も思っていない感想を伝える。

 初対面の相手だ。

 何が正解で地雷かは分からない。

 なので、とりあえず褒める。

 実際、この旧ベルザ教会が清潔なのは事実である。

 嘘は吐いていない。

 見て感じたままを言った。


『別に、そんなことで私は喜ばんぞ。何を訳の分からない事を言っているんだ、お前は。こんな都心から離れた僻地のドブ臭い路地にある時点で、たかが知れているだろう』


 黙れ。

 余計な事を言うな。

 いや、女神様の発言は他者には聞こえないから大丈夫なのか。


「使徒様に、そのように仰っていただけるとは……身に余る御言葉で御座います」


 こちらの会話など、つゆ知らず。

 感激を受けたように身体を震わしたのだった。


「さぁ、どうぞこちらに。この矮小な信徒に、微力ながら旅路の助力をさせて頂きたいと存じます」


 そう言うと、女性は扉の隙間を広げた。

 なるほど、この先の援助をしてもらえるらしい。

 断る理由もない。

 この際、使徒の立場を存分に利用させてもらおう。

 招かれた好意を受け、教会の中に入る。


 女性は孤児院の修道女(シスター)だった。

 頭部から顔両脇、それから首を絹の薄地、女性用頭巾(ウィンプル)が覆う。

 鴉の嘴のような濡羽色の鉄仮面により顔貌は見えなかった。

 被るように着るのは、踝丈のローブだ。

 その上に脇を縫われない肩掛け、修道女の肩衣(スカプラリオ)を羽織る。

 如何せん体系がわかりずらいが、しかしあまり筋肉の発達はない。

 腰が細い、痩せ気味の体躯だ。


 右手に持たれるのは、瑠璃の微光を放つ角灯(ランタン)

 それは生物の命の灯火、そのものに見え魂が燃え尽きるようにも思えた。


『死者の魂を黄泉に導き成仏させる神具、黄泉灯(よみとう)アルスタラだな』


 メノア様が教える。

 何の事だ。

 修道女(シスター)が持っている角灯(ランタン)のことか?


『それ以外に、何がある愚鈍』


 いや、その黄泉灯(よみとう)アルスタラとやらを知らないだから、仕方ないだろう。

 武具の名前からして、物騒ではあるが――。


『武具ではない、神具だ』


 細かい訂正をされる。

 どういう違いですか、それは。


『簡単に言えば、神が創ったか否かだ』


 確かに簡潔な説明だった。

 非常に分かり易い。

 ありがとうございます、女神様。


『そんな暢気に礼をしている暇があるのか?』


 ――え?

 どういう意味ですか。


「女神メノア様使徒、ノワール様……いえ、転生者灰。女神ベルザ様の神命により、貴方に神罰を下します」


 修道女(シスター)の口が微かに動き、術式を詠唱する。

 黄泉灯(よみとう)アルスタラが小刻みに、からからと揺らされた。

 ――カランカラン。

 と、鐘撞きのような、しかしそんなに重厚さはない音だ。

 右から左に空虚な音色が流れる。


『《阻害魔法(レジストマジック)》――《其の灯火は(アザグ)他が為の祝福(レフラ)》だ。気を付けろよ、もろに食らえば魂が、あの世に直行だ』


 親切心か、それとも唯の気紛れか。

 メノア様が発動された《魔法》の情報を提供する。

 変わらない淡々とした口ぶり。

 だからだろう。

 意外にも、この状況下で僕は冷静なままでいられた。


 女神様は疑っていない。

 〈邪神族〉に転生をさせた僕、ノワールの実力を。

 負ける可能性など考えてすらいないのだろう。

 それは期待でも願望でもない。

 ノワールといった〈邪神族〉の個体を創造した自身に対する、絶対的な自信だった。


 いや、もしかしたら――。

 と、僕はある邪推をする。

 この状況は、女神様が意図的に作り出した展開なのではないか。

 つまり、転生をした僕が〈邪神族〉の力を使う、試験場を用意した。

 そう、考えると納得出来る。


 メノア様の信徒を自称するわりに、何故かこの教会の名称は旧ベルザ教会だった。

 そこが、まず抱いた違和感。

 旧ベルザ教会と路地の境を通る際に、女神様が言い淀んだのも気にかかった。

 あとは、単純に僕の感。

 こんな所に、孤児院があるのが不自然。


『想像力が豊かな使徒様だな。お前の中で、私はそんなに優しさに溢れた女神なのか?』


 メノア様が揶揄うように嗤う。

 勿論、露程も優しいとは思わない。


『おい』


 そも、女神とも思っていない。

 悪魔か、その亜種が妥当な評価だろう。


『言うに事を欠いて、この私を悪魔呼ばわりとは……いい度胸だな、愚鈍な羽虫』


 そんな言葉とは裏腹に、あまり苛立ちは感じられない。

 何か、蔑称が増えていませんか。

 さっきから、僕のことを愚鈍と言っていますよね。


『そのベルザの使徒、零花(れいか)に先手を取られた間抜けを、愚鈍と言わず何という』


 どうやら、修道女(シスター)は零花という名前らしい。

 思わぬ情報だ。

 それに――。


「先手を取られた、というのは少々気に入らないですよ、女神様」


 はなから僕は修道女(シスター)、零花を信用していない。

 当然である。

 旧ベルザ教会の入口で、お世辞を言い話を長引かせながら、その間に確認をしていた。

 〈邪神族〉に転生をした僕が現在、どういう《魔法》や《権能》を行使可能なのかを。

 でなければ、あんな見え透いた思ってもいない賞賛などしない。


『わざと私の、それから零花の掌の上で泳いでやった、と……そう言いたいわけか』


 どうでしょうね。

 それは、少し適切ではないかもしれません。

 泳いだというより――。


「僕はただ、愉しんでいただけですよ」


 そう、僕はいまの状況が愉しかった。

 これは、何の虚飾もない紛れもない、本心だ。


 メノア様に弄ばれようと、零花に嵌められようと構わない。

 それも、一つの娯楽。

 拒まずに享受する。

 このさき、どういった展開になろうが気にしない。

 仮に滅びる運命だとしても、それも結末だと受け入れる。

 現在が愉しめれば――。

 僕が満足すれば、それでいい。


『私が言うのもなんだが……お前狂ってるな。私とは違うベクトルで、頭のネジが外れている……ああ、実に私好みだよ』


 ふふっ、とメノア様は不敵に、しかし妖艶に笑った。

 本人の顔は見えない。

 だが、陶然としているだろう表情が伝わった。

 女神様は、ご機嫌だ。


『……まあ、だからこそお前を選んだんだがな。それでこそ――』


 と、そこまで言いかけ、メノア様は口を噤む。

 続きが気になったが、いまは零花に対応するのが先決だ。


「異世界より招き入れられたイレギュラー、レネイストの異物よ。女神ベルザ様の神託のもと、名もなき魂に還りなさい」


 零花が問答無用に、厳格に告げた。

 黄泉灯(よみとう)アルスタラの角灯(ランタン)、その水晶のような特殊加工がされた硝子(ケース)から、瑠璃の灯火が漏れる。

 それは魂を還す、黄泉の炎だった。

最後まで読んで下さりありがとうございます。

良ければ評価を貰えると嬉しいです。

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