第1章 第24話 歴代の星凱帝に課された役割
僕は基本的に、自身に関する事柄以外はどうでもいい。
迂闊な言動により、そのせいで他者が命を落とそうが知った事ではなかった。
依頼者、半ば強引な巻き込まれではあったが、ローズの策謀で当代の星凱帝エレンの護衛を引き受ける形となった。
しかし、それを堅実に遂行する義務はないだろう。
依頼の報酬も、不透明だ。
それらを取り決める前に、カノンの襲撃に遭った。
僕の胸中は、いま揺れている。
依頼者であるエレンの味方につき、カノンを退ける。
その場合は、必然的にカノンが所属している組織、管理者の閲覧会とも敵対するわけになる。
些か、面倒なのは間違いない。
可能なら避けたいところ。
だったら、ここはエレンを見捨てローズのように《次元歪曲》で去るのが得策か。
僕は思案しながら、気になった要点を尋ねた。
「何かエレン君が、いや……というより、星凱帝が暴走するとかなんとか聞こえたけど……それはどういう意味なのかな」
少し気にかかった。
それを教えてもらってから、今後の判断をすればいい。
僕は警戒をとかない。
暁灯瑠刀フォルラリスを、右手に握りなおす。
「……ああ。そういえば、ノワールさんが転生をする以前の時代は、まだ星凱帝はいませんでしたからね……ご存知ないのも当然です」
「転生……?」
エレンがこちらに視線を向ける。
口を滑らせたわけではないだろう。
カノンは、わざと言っている。
「うん、この身体になってから初めて聞いたよ。下痢女神に尋ねても、詳しい事は教えてもらえないし」
「彼女は無知ですからね」
「そうそう。あと、ケチ臭い」
『お前ら、随分と言いたい放題だな』
僕も素性を、エレンの前で隠し通す気はなかった。
知られたところで、然程不利益はない。
相手にもよるが――。
エレンなら大丈夫だと思う。
「――ならば、その無知無能な女神に代わって、とても優しい堕天使の私が教えて差し上げましょう」
「ありがとう。助かるよ、カノンちゃん」
『私は無能ではない』
僕が微笑むと。
――いえいえ。
カノンは身体の前で手を振った。
そして、堕天使は落ち着いた口調で語り出す。
「当代の星凱帝、知っての通り彼女、いえ彼……エレンさんが、その地位を継承しています。確か……エレンさんの代で四代目でしたか?」
「……え!? た、多分……そ、そうだと思います……」
質問をふられたエレンがたじろいだ。
自信が無さそうに答える。
何で分からないんだよ。
『三代目じゃなかったか? 多分』
女神様の記憶力も怪しいもの。
信用に足る情報にはならない。
結局、何代目なんだ。
話し始めて、こんな最初で止まるとは思わなかったのだろう。
カノンも少し困った顔をしている。
「気にしないで進めていいよ」
「分かりました、では――」
時間の無駄だ。
さっさと続きを話してもらいたい。
「四代目(仮)であるエレンさんの現在の年齢は28歳ですが……」
「思ってたより、ババアだった」
『失礼だぞ、ノワール。私と比較すれば、まだまだ赤ちゃんだ』
それも、そうか。
僕の中で勝手に、エレンを成人したばかり位の歳かと認識していた。
「……い、いえ……その、言いづらいのですが……」
「ん? なんだい」
「……実は、31……です……」
「……え?」
『ババアじゃないか』
と、クソババアの女神様が言う。
その詐称を、カノンは既知だったのかな。
「……31なら、まだいけますね……」
カノンがぼそりと呟いた。
――何が?
聞かないほうが良いかも。
スルーしよう。
というか――。
「エレン君は男だから、ジジイか……未だに間違えそうになるよ」
当代の星凱帝は女性ではない。
性別は男性、皇子だ。
慣れないな。
エレンが、どこか女性的に見えるのも影響している。
『……だが、実際には三十路のジジイか』
そう言われると、色々と凄いな。
エレンの知性もだけど、とても三十路を超えた男性には思えない。
味音痴だし。
『それは、別に良いだろ』
エレンのような人物を国家の頭に据えるとか、ヴァミリド神教国は大丈夫かな。
いや、政治を取り仕切っているのは星灯録教会だから、問題は無いのか。
星凱帝というお飾りをやっていれば、それでいい。
それ以上の能力は、求められていないのだろう。
『哀れなジジイだよ。同情はしないがな』
先代の星凱帝、ライリーラは違ったのかもしれないが、いまの星凱帝エレンは、完全な星灯録教会の操り人形だ。
現状、哀れな傀儡としての価値すら危うい。
「ババアでもジジイでもクソビッチでも、好きに呼んでもらって構いません!」
「じゃあ、クソビッチ」
「はい!」
『受け入れるな。素直過ぎるだろ』
ただ、馬鹿なだけかと。
エレンには考える頭がない。
『クソビッチは、どこから出て来たんだよ』
「なんで、クソビッチなの?」
女神様の疑問を、僕が代弁する。
どうでもいいけど、聞いてあげよう。
「よ、幼少期の頃から女顔だったので……その、何故か男の子から告白をされることが多々あり……高等部のとき、学年の女子を仕切っているリーダー格の女生徒が好意を寄せている男の子から関係を迫われ……どこから耳にしたのか、その女生徒と友人たちから、クソビッチと呼ばれるようになりました」
話すにつれて、エレンは暗い声音になる。
あまり思い出したい記憶でなさそうだった。
無理に追及するのはやめてあげよう。
「そっか大変だったね、クソビッチ」
『……配慮』
しないよ、そんなこと。
本人から蔑称で呼ぶ許可は得ているのだから、気にせずとも良いだろう。
「そんな年齢詐欺のクソビッチさんですが、置かれている立場も内包する役割も、彼らにとっては厄介極まりないのですよ」
「だ、だましているつもりはないのですが……ただ、若年に見られがちなだけで……」
と、エレンが小さい声で返す。
聞こえてはいるだろうが、カノンは自分の話を続けた。
「初代から星凱帝には、ある役割が課されています。それは……存在意義とも言い換えられ、星凱帝たらしめる根幹でもあります」
「前置きが長いよ。もう少し、簡潔にお願い」
僕は言った。
そんな横やりに、カノンは怒りはせず苦笑い。
「長々と申し訳ありません。私も説明書の内容を抜粋してお伝えしているだけなので……これでも、かなり要約している方なんですがね」
星凱帝の役割が書かれた説明書。
何だ、それ。
僕の不思議そうな顔を見て、カノンは――。
「ああ……説明書というのはこれですよ、これ」
と《異空間収納》から、分厚い紙の束を取り出した。
角がホチキスなどで、とめられているわけでもない。
何枚位なのかな。
見た感じだと、A4サイズの紙が30枚程度。
なかなかの量だ。
「私が重要だと思った箇所だけを持ってきているので、この量で済んでいますが……実際、管理者の閲覧会の情報保管室には、あと80枚位の星凱帝の説明書がありますよ」
多過ぎるだろう。
文字数に換算すると、どうなるのかな。
考えただけで疲れる。
「そんなに誰が書いたんだよ……」
読むのも大変だろうけど、説明書を作った者はどういう精神をしているのか。
僕だったら、途中で飽きる。
最初の頁で。
『はえーよ』
興味の度合いによっては、どれだけ作業量があろうが疲れない。
だけど、限度というものがある。
「管理者の閲覧会には、規則や秩序に厳粛な方が約一名いらっしゃいましてね。その方が、飽きもせず作ったんですよ……本当に、ご苦労な事です」
ひらひら、と説明書を振りながらカノンは肩を竦める。
それから咳払いをして言った。
「えー……あまり長話をするのもあれなので、私の方で適当に省かせてもらいますね」
「助かるよ。お腹空いたし」
『……お前は、食い物のことしか頭にないのか』
カノンが説明書の頁を捲る。
そう言われても、ね。
〈邪神族〉に転生しようが、食欲はある。
元々、食事は好きな方だ。
『その傍で、現在進行形で命を狙われているクソビッチがいるのを忘れるなよ』
と、確認をされて僕は視線を向ける。
それに気付いたエレンの口元が僅かに微笑んだ。
思ってはいたけど、かなり楽観的な性格だ。
命を狙われている、いや既に殺されたというのに。
『お前とは別のベクトルで、危機感が欠如しているな』
――そうかな。
僕は自身が被る危険を察知する程度は容易だ。
笑顔で巻き込まれに行ける。
『なんで、自ら進んで飛び込むんだよ……阿呆か、お前』
自覚のある阿呆ですよ。
以前、そう女神様が仰っていました。
『……ああ、そうだったな。お前が欠如しているのは、倫理観だったよ』
誉め言葉として受け取っておきます。
カノンは目当ての頁を見付けたのか口を開いた。
「えっ……星凱帝は異世界と異世界、即ち星の境界に存在する神々が創りし機構、女神の聖杯機の核を穿つ為に〈竜種〉ミネルヴァにより創られた、星の代行者になりえる存在である……だそうです。何を言ってるのか、分かりました……?」
「分かんない」
『ウサギさんが、ぴょんぴょん』
それは、ミネルヴァだろう。
バニーガールと星凱帝は関係ない。
難しい話に、メノア様は思考を放棄していた。
「――ですよね。説明している私も、さっぱりです。いまので分かったのなら、貴方は天才です」
『太古の昔、神々が聖戦で傷付いた数多の星に、恒久的に星力を供給する為に、星の支配者である〈竜種〉に協力を仰ぎ協同で創ったのが、女神の聖杯機だ。あの機構は、数千年経った今でも稼働し続けている。全ては星の源たるエネルギー、星力を平等に分け与える為に……なるほどな、それを壊す目的で創られたのが、星凱帝というわけか、馬鹿な事を考えるものだ。女神の聖杯機は星の生命維持装置のよう代物だ。最悪、女神の聖杯機と繋がった全ての星が滅びるぞ』
天才だとカノンに揶揄されたからか。
メノア様が饒舌に喋る。
こちらは全然、なるほどではない。
かろうじて理解したのは、何故か創った側と壊す側、その両方にミネルヴァが関わっているといったこと。
カノンの表情を伺う。
「へー……そうなんですね」
と、メノア様の声が聞こえている彼は呆けた顔をしていた。
――良かった。
付いていけてないのは、僕だけではなかった。
エレンは。
「ぼ、僕のお母さんとお父さんは人間です! ドラゴンじゃありません!」
うん、平常運転かな。
安心した。
「――待ち合わせ時間を過ぎても来ないから、様子を見に来てみれば……なにを、しているのですかカノン」
そのときだった。
僕は身体が硬直する。
否、停止する。
瞬きができない。
手足が動かなかった。
呼吸はしているのか。
心臓が動いているのかも分からない。
動作、それを完全に封じられた。
何をされたのだろう。
僕が開いたまま止まった目で部屋を見渡す。
そして分かった。
同様にエレンと、それからカノンも動きが止まっている。
停止しているのは、人物だけではなかった。
客室の壁にかけられた時計、その針が17時から進まない。
この空間全体の時間が、現在で固まっている。
「今日は貴方の仕事が休みだから、精霊の楽園の観光をする約束だったでしょう? なのに――」
と、その女性の声が虚空から部屋に響き渡る。
気配はしない。
魔力も感じない。
しかし、包み込むような優しい声音に、確かな重みを感じさせている。
「いつまで、こんな無価値な愚物たちに構っているのですか……おかげで、私はとってもお腹が空いてしまいました」
「気が合うね、僕もだよ。さっきから、腹ペコだ」
時間が止まった、いや止められた部屋で――。
僕は変わらず口を動かした。
「これも何かの縁だ。何なら、一緒にご飯にしない? おすすめのお店を知っているんだ」
「……驚きましたね。私の《権能》の中で動けるとは……」
それは少しばかりの驚愕を見せる。
続けて得心がいったように告げた。
「……ああ、なるほど。貴方が噂の〈邪神族〉ノワールに転生をした、神殺しの元〈勇者〉灰ですか……まさか、貴方もこの場に同席していたとは思いませんでしたよ。これも、運命の巡り合わせでしょうか」
「噂? そんなに僕は有名人なのかな……何か、気恥ずかしいな。悪い噂じゃないと良いけど……」
――ふふ。
虚空から女性の笑い声が聞こえた。
《権能》持ちなら、女神かな。
察するにカノンが信仰している女神、エリアルだろう。
デートがどうのと言っていたし。
「悪い噂というと、貴方が過去に女神と同衾をした話でしょうか」
「どの女神のことだろ……」
『何で心当たりがあるんだよ』
転生前の記憶は曖昧なんだよね。
都合の悪い出来事ほど忘れている。
【次話予告】
ノワールは碧軌弓トラウディクスで殺されたエレンを《女神の聖なる息吹》で蘇生させた。
生き返ったエレンを再び殺そうとするカノン、蜂蜜パンという甘い誘惑をされノワールの胸中は揺れ動いた。
歴代の星凱帝に課された役割をカノンの口から説明してもらっていたとき、時間の停止と共に響いたのは、彼が信仰する女神、エリアルの声だった。
カノンを迎えに来たその女神は、億劫そうに神の審判を下す。
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