第1章 第21話 異次元に飛ばす長弓
本作『拝啓、異世界に転生したら邪神になりました』を、お読みいただきありがとうございます。
今朝がたに確認をしたところ、本作の週別ユニークユーザー様が100人を超えていました。
とはいえ、多少の前後はあるでしょうし、何より安定しない数字ではあると思いますが、それでも読んでいただいた皆様、ありがとうございます。
これからも読んでいただけると嬉しいです。
異世界レネイストに存在する種族で、最上位である〈神族〉や〈竜種〉に追随する上位種族がいる。
中でも〈天使族〉は神々が住まう異界、神界の遣いとされるが、魂が堕ちたそれは稀に変質する。
聖なる神の信徒でありながら、悪しき狂人な暴徒。
清浄で潔白な神界から、永久的に追放をされた罪人。
それが〈堕天使族〉だ。
金色のマッシュショートヘアーを雅やかだった。
カノンの頭頂に乗るのは、王冠だ。
顔の造形美が人外だった。
背に生えた翼は、本来は白色だったのだろう。
しかしながら〈堕天使族〉に堕ちた弊害により、その片翼が変色している。
白と黒の色合い。
天使とは異なる、また別種の美麗さだ。
絵に描いた王子様のような容貌である。
爽やかな柔らかい笑顔を湛え、演出服のような純白のフロックコートを着こなし、赤いマントを羽織っていた。
そんな彼が右手に持っていたのは3mの長弓だ。
『――碧軌弓トラウディクス、それが放つ矢に射抜かれたが最後、次元の彼方にさよならだ』
――怖いな。
異世界に転生した初日に、お別れの挨拶をするのは避けたい。
『そう不安がるな。セラスの時と同様に、当たらなければ良い話だ。まあ〈葬白蝶フュラネル〉とは違って、碧軌弓トラウディクスは掠ったら、即座に別次元に飛ばされるが……』
つまり、多少の自傷を覚悟しての戦闘は辞めた方が良いね。
セラスと戦った際は、少しばかりの星力を葬られるのを考慮した上で傷を負ったけど。
碧軌弓トラウディクスは、そうはいかないようである。
僅かな掠り傷でも、アウト。
無傷で反撃しなければならない。
『どこかも分からない異世界に、飛ばされたいのなら別だ。レネイストに帰ってこられる保証は無いがな』
そんな展開も面白そうだ、とメノア様が嗤う。
勘弁してもらいたい。
「……ぼ、僕は無実ですっ!」
「はい……?」
と、エレンが立ち上がり言った。
怯えながら声を震わせ主張する。
「モニカさんの不貞の証拠なんて、これっぽっちも知りません!」
自分は例の件とは無関係だと。
そう、賢明に伝える。
しかし――。
「私は同僚と言っただけで、名前は公言していませんよ。何故、モニカさんの事だと思ったんですか?」
「…………あ……」
『やっぱり、阿呆だなこいつ。流石は教会の操り人形だ。いや、いまは人形ですらないのか』
――クックック。
メノア様が皇子の知能を哀れむよう嘲笑った。
「……すまないね。この皇子は味音痴な上に、壊滅的なまでに頭が終わっているんだ。あまり、責めないあげてよ」
「ロ、ローズさん!?」
カノンを剣呑に見据えながら、口調は穏やかに言う。
後ろでエレンが抗議の声を上げるが、それを無視して続けた。
「私はただの立会人だ。この二人とも……君らの件とも無関係な部外者」
――だから。
と、ローズがこちらを横目に一瞥。
カノンと向き合い交渉をした。
「彼らの命をどうこうしようが自由だけど……私は見逃してもらえないかな。君も無駄な手間を増やすのは面倒だろう?」
エレンが目を見開いた。
味方だと思っていた人物に、たったいま売られたわけだ。
その反応は自然なもの。
『お前もな』
――確かに。
何気に僕も売られる対象に入っている。
どうやらローズは、僕らを切り捨てる選択をしたらしい。
――いや。
僕は思い直す。
わざわざ、エレンとの邂逅まで演出をしておいて、そんな簡単に反故にするものかな。
この状況は想定外なのかもしれないけど、それでも違和感がある。
「そうですね……私も暇ではありませんので。エリアル様の崇高なる教義を世界に布教する為にも、いつまでも執行にかまけてはいられません」
カノンは演説をするように流れる口調で言った。
知らない〈神族〉の名前だ。
知識にもない。
『私も知らん。誰だ、それ』
貴方でも分からないなら、誰にも分からない。
〈神族〉ではないのかな。
「ですので――」
と、カノンは。
右手に携えた長弓、碧軌弓トラウディクスを構える。
「愚鈍な皇子には、早々に舞台から退場してもらいましょう」
碧軌弓トラウディクスが、エレンを捉える。
カノンが細い腕で、その弦を軽々と引いた。
彼は矢を持たない。
だというのに、だ。
カノンは矢があるのように、弦を引いてみせたのだった。
弓がしなり、弦が軋む。
不可視の矢が、エレンに射出された。
視覚に矢は視認出来ない。
放たれたそれは、僕の身体を横切り、そして――。
数瞬遅れて、凄絶な破裂音が響いた。
顔を後ろにやると、そこには首から上が消失したエレンの骸があった。
なるほど、頭部だけ別次元に飛ばされたらしい。
当たった箇所だけが、そうなるのかな。
「どういう原理なんだろ」
「暢気に考察している場合かい?」
僕は顎に手を添え考える。
そこに呆れた様子のローズが言った。
「早速、護衛対象が死んでしまったよ。彼を守るのは、君の役目だろう」
どこか僕を責めているように聞こえるが、しかしそれが飾りなのが分かった。
ローズは特に、何も感じていない。
護衛の依頼者であるエレンが目の前で殺された事に、僅かな驚きも見えなかった。
目の奥が笑っていた。
「そういえば、そうだった」
僕は、いま思い出した態度を装う。
それから、親の仇を見るようにカノンを睨み据えた。
「僕の大事な親友……では、ないな……うん、そこまで仲が良いわけでもないし、なんなら彼のことをあんまり知らないけど……許さないよ!」
「それは、他人以外の何者でもないのではありませんか?」
「ノワール君にとっては、彼は他人ですらないと思うよ。道端に落ちている石ころが妥当かな」
僕が精一杯にやった怨みを込めた演技は、しかし伝わらなかった。
悲しいものだね。
『……ああ、あの阿呆な皇子に匹敵するほどに、お前の演技力の低さも悲しいよ』
嬉しいです。
ありがとう。
――でも。
と、僕は目に力を込め直す。
まだ、諦めていない。
両目を憎悪に染めて、僕は大声で言い放った。
「殺してやるー」
『棒読み』
――おかしいな。
思っていたより、声が出なかった。
普段、あまり大きな声量で喋らないからだろう。
目力だけ無駄にこもっている僕は、高々に右腕を突きあげながら宣言をしたが――。
しかし、気迫は微塵も感じられない様相だ。
いたたまれない空気が流れている。
ローズが困ったように腕を生み、カノンが頬を搔いていた。
「じゃあ、僕はこの辺で――」
と、何事も無かった風に僕は立ち去ろうとする。
右手を挙げた僕の真横を、不可視の風が横切った。
それは、矢だ。
「……危ないな。そんな物騒な獲物、安易に人に向けないでよ」
僕が視線を向け叱責する。
そのまま気付かず歩いていたら、いまごろは別次元にいただろう。
間一髪だった。
「人、には向けていないので、ご安心を」
碧軌弓トラウディクスを向けたまま。
カノンの蒼い双眸が細まる。
「私はただ、この星を蝕む癌を排除しようとしているだけですよ」
それは僕のことかな。
だとしたら、酷い言われようだ。
でも、僕は優しい。
『凄い優しい』
そう、凄い優しい。
だから、そんな誹謗も許せる。
――ニコリ。
僕は微笑むと、その場に膝をついた。
それから床に両手を当て、頭を下げる。
土下座だ。
「誇り高き管理者の閲覧会様……矮小で邪悪な私を、どうかお許し下さい」
『プライドの欠片もない奴だな、お前は……だが、邪悪な自覚はあったのか』
知りませよ、そんなのもの。
プライドなんて、下痢と一緒に肛門から出てしまいました。
『下痢なのは、私だろ。お前はまだ、異世界でションベンもしていない』
僕の中で、おしっこをする絶妙なタイミングがあるんですよ。
そのときになったら、見せますね。
『どうでもいいし、見せるな』
ちなみに、お風呂上りは出やすいです。
管が緩みます。
『詳細はいらん。誰が聞きたいんだ』
女神様は、お腹を冷やさないようにして下さい。
また、下痢に襲われないよう。
お大事に。
『……ああ、分かっている。ありがとう』
僕は額を床板についたまま許しを請う。
相手がどんな表情をしているのかは見えない。
何故だろう。
ローズがいる方向から、軽蔑の視線が向けられている気がする。
スッ、と僕の後頭部に冷たい風が吹いた。
何かが触れている。
「貴方が下げる頭には、一体どれほどの価値があるのでしょうね……?」
カノンの冷淡な声が頭上から聞こえた。
彼の表情を想像してみる。
怒っている、わけではないだろう。
呆れ、でもないと思う。
億劫が適切かな。
さっさと執行を終わらせて帰りたい。
そんな空気を感じる。
「女神エリアルの残念な頭よりは、価値があると思うよ、うん……」
「……ほう?」
明らかに空気が変わった。
声のトーンが下がり、憤りが混ぜられる。
どうやら、不味い発言をしてしまったらしい。
思った事を口にしただけなのにな。
『コミュニケーションの基本は、相手を気遣うことだ』
と、女神様に諭される。
まさか、会話もまともに行えない方に教えられるとは。
これは駄目かな。
カノンに殺される。
次元の彼方に直行だ。
『いってらっしゃい。二度と帰って来るなよ』
――はい。
いってきます。
「《次元歪曲》」
転移の術式を呟かれる。
発動したのは、ローズだった。
隙を見て、術式を構築していたようで――。
そのまま彼女の姿が《次元歪曲》により消えた。
『本格的に捨て駒、いや身代わりにされたな』
哀れだ、とメノア様がつまらなさそうに欠伸をする。
客室に残されたのは、僕とカノン。
それから、エレンの亡骸。
「じゃあ、今日はこの辺で――」
再度、僕は去ろうと上体を起こす。
しかし、頭が押さえつけられており上がらない。
足で踏まれている。
「執行の現場にいた目撃者を、行かせると思いますか?」
「……行かせなよ。君の為にも」
カノンの双眸が剣呑に細まる。
瞬間、彼が碧軌弓トラウディクスの弦に指をかけたとき――。
僕は《異空間収納》から出した、暁灯瑠刀フォルラリスで、カノンの手首から先を切り落とした。
土下座をした不安定な体勢での抜刀。
勿論、カノンの姿は見えていない。
ただの感で斬った。
「この程度の傷……」
と、碧軌弓トラウディクスを持っていた右手が切れ、しかしカノンは再生を試みる。
けれども、その直後眉を顰めた。
傷が再生しない。
斬られた裂傷に、何らかの回復系統の《魔法》をかけているのだろうが、効果が無かった。
確かに術式は発動しているというのに。
「不思議だろう? なんで《回復魔法》が効かないのか。だけど、教えてあげな――」
「暁灯瑠刀フォルラリスは星力を素に製作された〈勇者〉の刀。他の管理者の閲覧会がどうかは知りませんが、私のような半端な身には覿面……といことですか」
切り落とされた右手首と碧軌弓トラウディクスが中を舞う。
その獲物を左手で掴み言ったのだった。
いや、そんな解明をされても困る。
僕は暁灯瑠刀フォルラリスの製作過程など知らない。
素材に使われたのが星力というのも、初耳だ。
『盗……貸したときに言わなかったか?』
言われてませんよ。
そういう重要な情報は事前に伝えておいて下さい。
『すまんすまん。ミネルヴァから送られてきた、バニーガール姿の写真に気を取られていて、忘れていたよ』
――パチン。
と、メノア様が異界で手を合わせて詫びる。
優先順位が違うと思う。
先に伝えてほしかった。
『バニーガールの恰好をした筋骨隆々なおっさんと、同じようにバニーガールになったミネルヴァのツーショットだ。誰でも気になってみるだろ』
「どれだけ、ウサギさんが好きなんだ……」
『ぴょんぴょん』
やかましい。
僕は身体を起こすと、暁灯瑠刀フォルラリスの柄を握りなおした。
【次話予告】
ノワールは『竜脈の畔』の客室で、ローズとエレンの二人と取引をしていたとき、突如として奇襲を受ける。
それを仕掛けたのは、話にも挙がっていたエレンを狙う管理者の閲覧会、その第四席である《碧落》のカノンだった。
彼は手にした長弓、碧軌弓トラウディクスでエレンを瞬殺する。
護衛対象が殺されてしまい、ローズは隙を見て《次元歪曲》で逃げてしまう。
客室にカノンと共に残されたノワールは、暁灯瑠刀フォルラリスを取り出し応戦したのだった。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
良ければ評価を貰えると嬉しいです。




