第1章 第20話 邪神が提案する取引
本作『拝啓、異世界に転生したら邪神になりました』を、お読みいただきありがとうございます。
今回の第20話で、本作の文字数が約10万字を超えていました。
いつの間に、そんなに書いていたのかと少しばかり驚いています。
僕は疑問に思った。
知識にある情報では、ヴァミリド神教国の皇帝、星凱帝は女性しかなれない。
皇族、ヴァミリド神教国では通称、星族と云われる一族から、成人をした女性のみが権利を得られる。
だけど、さっきエレンは自分で味音痴皇子、そう言った。
現在、置かれている状況が影響して、緊張などから無意識に口にしてしまったと見られるが――。
その事実を、ローズは知っているのかな。
――うん。
多分、既知だろう。
彼女もまた、皇子と言っていた。
ローズの場合は、分かっていて敢えて明かしたように思える。
つまるところ、本来は女性しか就けない地位、星凱帝の座、その当代は性別を偽った男性、皇子ということ。
これも管理者の閲覧会云々と、関係があるのかな。
現状だけで様々な憶測が可能だが、この場で僕が知りたいのは別にある。
「エレン……様。君のいまの悲惨な立場は、充分理解しているつもりだよ」
慣れない敬称に、僅かに言葉が詰まる。
普段、他者を敬う事なんて皆無だからね。
『私がいるだろ』
――はい?
だから、なんですか。
『敬え、崇めろ。そして、信仰しろ』
メノア様が矢継ぎ早に言った。
前の二項目は嫌です。
『信仰は?』
それは別に構いませんよ。
暇なときにでも、しましょうか。
『そんな優しいノワール君の事が、私は大好きだよ』
と、まるで感情が皆無な淡々とした告白をする。
思っていないことを、つらつらと。
君付けが、妙に気持ち悪い。
「――管理者の閲覧会に目を付けられるなんて、とんだ災難だね。まあ、運の悪いことに犬の糞を踏んでしまったものだとでも思えばいいよ」
実際、何故にエレンが管理者の閲覧会に執行されたのか。
その事情は知らないが、とりあえず持ち合わせる情報だけで適当に話を合わせよう。
「ア、管理者の閲覧会をご存知なんですかッ!? じゃあ、僕がモニカさんの不貞の証拠を盗んだことも……」
チラリ、とこちらを伺うようにエレンが見る。
いや、それは知らない。
なんのことだ。
『モニカ……懐かしい名だな。あの癇癪女、まだ生きていたのか』
意外な事柄を聞いたように、メノア様が嗤う。
流れから察するに、モニカとは管理者の閲覧会ですか。
『ああ、管理者の閲覧会の第三席『癇癪』のモニカ』
異名みたいに紹介していますけど。
それ合ってますか。
『無論、いま適当に考えた』
――だろうね。
分かってた。
『何かの《権能》を司った女なのは覚えているが……あまり興味が無かったからな』
忘れたよ、とメノア様。
《権能》持ちなのか。
『管理者の閲覧会は、〈神族〉の下位互換のような存在だからな。〈神族〉の物真似程度の芸当は出来る』
メノア様が欠伸をしながら教えた。
真似ですか。
だとしても《権能》である以上、それなりに力量はありそう。
『お前なら鼻をほじりながらでも勝てる』
それなら良かった。
女神様のお墨付きなら安心だ。
「違うんです! 私はただ、公務で書類を整理していただけで…まさか、それが管理者の閲覧会が処分しようとしていた文書だったなんて……」
と、エレンが俯きがちに語る。
こちらが聞かずとも、勝手に情報を口にする。
ありがたいが、少し不用心だな。
僕が仮に、管理者の閲覧会に通じる者だったら、どうするつもりなのかな。
「エレン君」
短い呼びかけ。
しかしながら、ローズのそれはエレンを黙らせる力があった。
はっ、と我に返ったようにローズの顔を見る。
彼女は変わらず、穏やかな微笑みをしていた。
「少し喋り過ぎかな。口が達者な子は嫌いじゃないけどね」
ふふっ、とローズが笑う。
どうやら、僕と似たような懸念を抱いたので止めたようだ。
「――でも、君は星凱帝なのだから、もっと用心しないといけないよ。もしも、彼が管理者の閲覧会の関係者だったら、君は殺されていたかもしれない」
ローズが揶揄うように、こちらに流し目を送る。
そう諭すローズが、たったいまエレンの素性を明かした。
わざとだろう。
彼女の目には遊んでいる色があった。
目下の状況を愉しんでいる。
さながら、演劇を鑑賞する観客のように。
「そ、そうでしたっ! すみません、ローズさ……って、違いますよッ!? 僕は星凱帝じゃありません!!!」
エレンが謝り、それから凄い勢いで顔を上げると首を横に振る。
なかなかに忙しい人だな。
確かに反応が明確で、どこか見ていて愉しさを感じるかもしれない。
『そうか……? ただ考えなしなだけだろ』
メノア様は違うようだ。
元も子もないことを。
「……じゃあ、どこかの国の皇子様かい?」
と、ローズ。
全て知った上での質問だった。
「だから、違いますって――ッ!!! 僕は冒険者――」
「さっき自分で、味音痴皇子と言っていたよ」
どんな偽りの身分を騙ろうとしていたのかは分からないが。
それを口にする前に、ローズが指摘する。
「…………」
固まるエレン。
過去の発言でも思い出そうとしているのかな。
ローズは気ままに珈琲を飲んでいる。
――さて。
僕は、ここら辺でお暇しよう。
『……タイミング』
知らない。
空気なんて読まないよ。
「全容は分からないけど、お腹空いたから詳細は明日でも良いかな」
いまの時刻は夕方前位だろう。
まだ飲食店は営業時間な筈だ。
メノア様におすすめされた、特盛蕎麦を堪能しに行きたい。
「……残念ながら、それだと君は明日の朝っぱらから、頭部と胴体が離れた死体を見ることになるかもね」
珈琲を飲んで――。
ローズが対面の席に座る皇子を見た。
「……え……えっ!?」
と、そんな本人は理解していない様子だ。
混乱しながら僕とローズの顔を交互に、目を動かしている。
「……それは嫌かも」
「だろう?」
「せめて、昼間にしてほしいな」
「時間帯の問題かい……? 少年」
ローズがカップを置いて呆れる。
構わず僕はソファーから立った。
それから、ローズと視線を合わせて告げる。
「依頼は手伝うよ」
「おや、案外素直だね。もっと、渋られると思って君を懐柔する策も、何個か用意していたんだけど……」
それは、それで気になる。
どんな策謀だったのかな。
「素直も何も、最初からこの展開を想定していたんでしょう? 神都アリオンの路地に、僕が転移をしたときから」
そう彼女、ローズは観察していたと言った。
問題は、それを始めた時期だが――。
大方、僕が転移をした直後。
正確には路地から出た瞬間だろう。
同時刻に、これまた同じ場所で何の因果か、僕は〈二角獣〉の馬車から降りる男女、その片方はエレンだったが、彼らを目撃した。
もしかしたら、その邂逅も含めてローズが仕組んでいたのかもしれない。
『だが、宿探しは完全に偶然だっただろう。お前は無一文の糞爺なんだから』
――うん。
そうだね。
だけど、実際に僕は『竜脈の畔』を選んだ。
単に偶々、看板が目に入ったからだけど、結果はローズの思惑通りになった。
それが全てだよ。
ローズは、こちらの行動を無理矢理支配はせず、自然な流れに任せたまま、僕を動かした。
〈聖女〉セラスの来訪は、予想外だったのかもしれないけど。
だから、あまり事態が広がる前に止めに入った。
「ふふっ」
と、ローズ。
変わらない笑みのまま足を組み変える。
「君がどういう妄想をしているのかは、皆目見当もつかないけれど……私は常に『狂笑会』の理念に沿って、組織の利益を追求しているだけだよ」
――商人だからね。
ローズが艶やかに笑みを深めて言い放った。
「僕の妄想なのかな」
「そうだよ。少年は、想像力が豊かだね。素晴らしい童心だ」
『中身は爺だけどな』
ローズが片目を閉じてウインクをする。
会話の内容を理解していないエレンは困惑した様子だ。
それも仕方がない。
エレンの境遇を考えれば、そんなところにまで頭が回らないだろう。
彼女、否彼に僕は伝える。
「ちょっとした取引をしようよ。君の身の安全を担保する為にも、ね」
「と、取引ですか……」
「うん」
と、僕は頷いてみせる。
興味深そうにローズが視線をよこして続きを促した。
「別に、このまま客室に行っても良いんだけど、流石に明日の朝起きて早々、死体を見るのも嫌だからね。うん、女神の顔に匹敵する不快さだよ」
「そんな醜悪なのかい? 少し、気になるね」
『気持ち悪いだけだ。醜いわけではない』
――そうですね。
と、僕は胸中で適当に返事。
「用は君を管理者の閲覧会から守れば良い話なんだよね?」
「それは……そうなんですが……」
エレンが太腿の間に手を挟み、もじもじとする。
まだ言っていない事情があるようで。
「彼女、ライリーラの事かな」
先んじて僕が告げる。
その名前を聞いて、エレンは顔を上げた。
分かりやすいほど驚き、唖然とする。
対して、ローズはというと――。
同様に多少の驚きはあったようだが、即座に平静になった。
ライリーラの件に関しては、ローズも知り得ない事柄だったらしい。
『女神たる私の慧眼を以てして成せる御業だ。下賤な商人如きには、魂まで見通す事は不可能だろう』
いつにもまして、メノア様は傲慢な口調だった。
流石は女神様です。
『だろう?』
ふふん、と鼻息が聞こえた。
適当におだてればご機嫌になる。
簡単な女神だ。
「エレン様、貴方の中には先代の星凱帝ライリーラの魂があるよね?」
と、僕は問いかけるように言ったが答えはいらない。
メノア様が見間違えるとも思えなかった。
「どういう経緯で、そうなったのかは知らないけど、本当はそれが理由で管理者の閲覧会に狙われているんじゃないのかな」
エレンの外套、その奥に僅かに見える瞳を見つめる。
視線が合うと彼は目を逸らした。
どうやら、当たりらしい。
「……なかなかに興味をそそられる推理だね、少年。それで? 君の言う取引とはなんだい?」
ローズは残り少ない量の珈琲に視線を落としながら、しかし耳だけはこちらに向けている。
彼女は知っていたのかな。
どうだろう。
『いや、知ったかぶりだろう。転移後に、お前とエレンを合わせたのも、ある種この事実を解明する為の起爆剤的な意味があったのかもしれないな』
なるほどね。
あの出会いはローズの策略ではあったが――。
エレンの身体に、ライリーラの魂があることまでは掴めていなかった。
懐疑の段階だったのだろう。
それを追求するのに、僕を使ったわけだ。
思惑がどうあれ、ローズは知りたい情報を確信に変えれた。
僕はローズに向き直る。
他人事のように聞いている彼女に言った。
「取引をしたいのは、エレン様にじゃない……貴方にだよ、ローズさん」
「……ほう?」
と、片方の眉を動かす。
それから優美な笑みで応えた。
「聞こうじゃないか、少年……君の取引とやらを。どこぞのカルト集団的な、〈悪魔族〉との契約でもさせるかい? 彼らを契約の場に立ち合わせれば、約定を結んだ後の撤回は認められないからね」
裏切られる心配もない。
そうローズが笑いながら言うが――。
「いや、そんな物騒な契約をする必要はないよ」
「それは、残念だ」
残念なんだ。
やりたかったのかな。
「じゃあ、芋臭い〈森霊族〉に倣って、血の盟約にするかい? そうすれば、互いに隠し事は通用しない。盟約を結んだ相手を裏切るような真似をしたら、その人は魂が自然に還されるからね」
ローズが爽やかな笑みで説明する。
何で、そんな恐ろしい契約の手法ばかり挙げるのかな。
「…………」
エレンが完全に引いている。
というより、怯えている。
「それも、遠慮するよ」
「じゃあ――」
「もう、いいです」
僕が断りを入れた直後に、ローズが新たに提案しようとする。
それを遮るが、しかしローズは言った。
「……試しにやってみない? 結構、愉快な結果になると思うんだけど」
「悲惨な結末になるのでは?」
そんな実験は、やりたいと思わない。
碌な未来にならないのは目に見えている。
「少しだけでも……駄目かい……?」
「そんなにやりたいのか」
『私もやりたい』
勝手にどうぞ。
お独りでね。
ローズが食い下がるが、しかし僕は断った。
受け入れられないのが分かると、彼女は肩を竦めたのだった。
「取引の内容は簡単だよ」
僕は改めて告げる。
その条件を。
「君の――」
と、僕の声は前触れの無い爆発音にかき消された。
突如として暴風のような風が部屋に吹き荒れる。
「……な、なんですかッ!?」
エレンが当惑。
それは僕が聞きたいが――。
見れば、部屋の扉が開け放たれていた。
いや、それは壊されていたといえる。
扉を固定していた金属の留め具諸共、壁ごと破壊されている。
身体を襲った風は、扉の外からのものだった。
そこには《次元歪曲》に歪められた階段があるはずなのだが、しかし。
赤色や青色、それから黄色に限らず、何色もの絵具を滅茶苦茶に混ぜ合わせたような。
極彩色の空間が広がっている。
それが何処に繋がる入口なのか。
分からない。
だが、無意識に本能が警告をしていた。
「――やれやれ、雑談に興じていたら面倒な客が増えてしまった。今日は厄日かな……」
ローズが首を振ると、ソファーから速やかに立ち上がる。
魔力の流れを感じた。
掌に術式の準備をしている。
どうやら、望まない来客らしい。
「そう悲観しないで頂きたい。矮小で愚鈍な貴方たちと、こうして出会えた今日は、私の長い生涯に於いて、至上の喜びなのですから」
極彩色の異空間から――。
汚い色彩に波紋が立ち、それは姿を見せた。
「お初にお目にかかります。私は管理者の閲覧会第四席《碧落》を司る、カノンと申します」
と、カノンと名乗った男は胸に手を当て、僅かに頭を下げる。
それから快活な笑みで言った。
「ああ、覚えずとも良いですよ」
――ニコリ。
あまりにも晴れやかな笑み。
カノンが手に持ったそれ、弓が向けられる。
「同僚の不貞を告発しようとした、そこの愚かな皇帝と御一緒に、貴方達の魂を時空の彼方に飛ばして差し上げるので」
「不貞は本当だったんだ……」
『思考回路が股間にある連中だからな』
エレンの言い分を疑っていたわけではない。
しかし、まさか真実だったとはね。
【次話予告】
ノワールは『竜脈の畔』で、ローズに案内され客室に入った。
そこには先客、当代の星凱帝エレンがおり、ローズの思惑で皇帝の護衛を引き受ける事となった。
代わりにある取引を持ちかけたノワールだったが、そのとき客室に望まない来客が現れる。
奇襲をした管理者の閲覧会の第四席《碧落》のカノンから、意外な話をされたのだった。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
良ければ評価を貰えると嬉しいです。




