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転生邪神とクソ女神  作者: 梓川澪
黎明に目覚める虚無の巫女編
20/32

第1章 第19話 皇帝の座を追われた依頼者

 ローズが立ち止まった。

 後ろにいる僕も、自然と足をとめる。

 どうやら目的の部屋に着いたようである。

 この《次元歪曲(ディシス)》に歪められた長い階段は、生憎と窓がないので、外界の時間などが確認出来ない。

 現在は何時位なのだろう。


 僕が『竜脈(りゅうみゃく)の畔』に訪れたのが、昼下がりの13時過ぎ頃だったと思うけど。

 それから、セラスとの戦闘があったので、体感では14時前後かな。

 激しい戦いではあったが、そこまで長引いてもいない。

 まだ、夜ではないはず――。


『いまは、14時52分だな』


 と、異界からメノア様が時刻を教える。

 ありがとうございます。

 どうやら、僕の時間の感覚は正しかったらしい。


『そろそろ、おやつの時間だ』


 メノア様が心なしかご機嫌な様子で言う。

 何をつまむ予定ですか。


『秘密だ』


 ――なんで。

 教えて下さいよ。


『恥ずかしいだろ』


 だから、なんで。

 おやつの話ですよね。


『女神が摘まむお菓子は、他言無用なんだよ。そう管理者の閲覧会(アグレスタ)が定めた規定にも書いてある』


 絶対に嘘だ。

 管理者の閲覧会(アグレスタ)は、異世界の秩序を調整する番人と聞いた。

 そんな存在が、女神の個人的なお菓子の事情に、ルールを設けるのはあまりにも可笑しな話だ。


『おかし、だけにな』

「…………」


 この階段には窓が無いのに、何故か急に寒さを感じた。

 どこからか、隙間風でも入ってきているのかな。


「――続きは部屋に入ってからにしようか、少年。いつまでも、歩きながら話すのもあれだしね」


 顔だけをこちらに向けたローズが、ニコリと笑う。

 いつの間にか、彼女の前には部屋に繋がる扉があった。

 素材は至って普通の木製で作られた扉だ。

 しかし、そこには《魔法》の術式が組み込まれている。

 階段と同様の《次元歪曲(ディシス)》。


 その扉を潜ったら、また別の空間に飛ぶのだろう。

 客室に繋がっていると推測される。

 ローズが扉の取っ手を回すと、それは外側に開いた。


「それに……当人が同席した方が話す手間が省ける」


 と、そう呟き部屋に入る。

 僕も続いた。

 扉を跨いだ瞬間、術式が発動するのが分かった。

 《次元歪曲(ディシス)》だろう。

 当人、というのは誰のことかな。

 何となしに察せるけど。

 嫌な憶測をしてしまった。

 外れている事を願おう。


『無駄な祈願が好きだな、お前は』


 願うだけなら、タダですから。

 誰にも迷惑はかけません。

 客室に入室すると、自動で扉が閉まった。

 内装は簡素なものだ。

 必要最低限の調度品だけが置かれている。

 古風(アンティーク)な備品が目立つが、それは宿屋の責任者であるローズの嗜好だろう。

 目新しい物品を好まない傾向があるのかもしれない。


 部屋の中央には色褪せたテーブルと、背もたれのあるソファーが対面に置かれている。

 テーブルの上にはソーサーと、それからティーカップ。

 カップに入れられているのは褐色の嗜好飲料、珈琲だ。

 まだ僅かな湯気が立っているので、注がれてから短時間しか経っていないとみられる。

 妙に薄暗いと思ったら、客室はカーテンが完全に閉められているからだった。

 扉から見て正面に、正方形だろう窓があるが、しかし外から光は入らない。

 その隙間から微光が漏れている程度だ。


 然れど、暗闇ではないのは天井に埋められた魔鉱石のおかげである。

 『竜脈(りゅうみゃく)の畔』の一階にあったのと、同じだろう。

 魔力を含んだ鉱石が、照明の代わりとなっている。

 そこからローズの魔力を感じた。


 電気製品などは、電気を充電すると再使用する事が可能だ。

 仕組みは、それと似たようなもの。

 魔鉱石の内部に蓄積された魔力が切れたら、再び補給してあげればいい。

 ローズの魔力が感じられたのは、その行為を彼女がしたからかな。


「お待たせしてすまないね、エレン君……少し、雑事を片付けていて遅れてしまった」


 と、ローズが穏やかに陳謝する。

 それで僕は気が付いた。

 この部屋にいる先客に。

 テーブルを挟んだ奥側のソファー、そこに座る人物がいる。

 いや、本当は入ったときに認識はしていた。

 だけど、知らないフリをした。

 関わり合いたいと思わなかったからね。


「……い、いえ! 全然、大丈夫ですよ! ロ、ローズさん!」


 そう声音を強張らせたように返答する。

 ブンブン、と両手を顔の前で振っていた。

 問題ない事を伝えているのかな。

 ローズの斜め後ろにいる僕は、その人物を見る。

 異世界レネイストに転生をして、ベルザにより神都アリオンに飛ばされた後――。


 〈二角獣(バイコーン)〉の馬車から降りて来た、二人組の男女。

 その者達が纏っていた外套と酷似した格好をしている。

 街中では声の判別はしかねたけど、同一人物と考えていいと思う。


 深い位置まで外套を被っているので、いまも顔は見えない。

 しかし、そこから金色の髪がのぞいていた。

 声音も大分、中性的だ。

 男性にも女性にも聞こえる。

 どちらかといえば、女性のような気もする。

 年齢は比較的、若そうだ。

 成人はしていなさそう。

 十代後半位かな。


「ぼ、僕なんかの為に、わざわざローズさんの貴重な時間を頂いて、その上こんな美味しい珈琲まで――」


 彼、或いは彼女。

 エレンと呼ばれた人物は、申し訳なさそうに御礼をする。

 置かれたカップの中にある珈琲は、半分程度減っていた。

 待っている間に、エレンが飲んでいたのだろう。

 あはは、とローズが笑った。


「そんなこと、別に感謝される程でもないけどね。どこにでもある、市販品の珈琲だよ。淹れたのもヴェノム君だし」


 僕は、ふと思った。

 そういえば、あのバーテンダーの老人はどうしたのかな。

 セラスと戦闘する直前までは姿が見えていたけど。

 それに集中していたから、ヴェノムの動向は気にしていなかった。


『どこかの迷惑客様が、派手に荒らしたおかげで、無駄な仕事が増えたんだろう』


 可哀想にな、とメノア様が言った。

 ――はて。

 誰の事かな。

 うん、セラスだろう。

 間違いない。

 だって、僕は一般客だからね。


「……それに、君のような肥えた舌からすれば、物足りない味だろう?」


 と、ローズ。

 嫌味のつもりで言っているわけではなさそう。

 単純にエレンの反応を愉しんでいる。


「い、いえ! 僕は、昔から味音痴皇子というので、城内でも有名でしたし……珈琲とジュースを間違う事もあります!」


 それは味音痴より、味覚に障害でもあるのでは。

 どう考えても、普通に飲んでいたら間違いようがないと思う。


『〈醜小鬼(ゴブリン)〉の体液を珈琲に混ぜると、ジュースの味わいになるからな。間違えるのも無理はない』


 いや、そんな汚い液体を混ぜるな。

 無駄な豆知識だ。

 試したことがある言い方ですね。


『前に興味本位で、どんな味になるのかやってみた』


 ――それで?

 どうでしたか。


『実にフルーティーな風味を醸し出していたよ。ああ、二度とやらない』


 と、メノア様の口調は柔らかいが断固とした意思を感じた。

 余程、酷い味だったようだ。

 想像は出来ないが、試す気にもならない。

 なんで、そんな馬鹿な真似をしたんですか。


『下界の子供たちの間で流行っていた、虐めを見て……好奇心が湧いた』


 それを参考にするメノア様も大概だが――。

 珈琲に〈醜小鬼(ゴブリン)〉の体液を入れる虐めとは。


『聞きたいか……?』


 いえ、結構です。

 碌な話ではなさそう。


「君は頭が悪いのに、舌も悪いとはね……それに、運まで最悪だ」


 フフフ、とローズが手を口にやり微笑する。

 なかなかに遠慮のない物言いだった。


「す、すみません……」


 と、エレンは俯いて。

 しかし、顔を上げると毅然と言った。


「……でも僕、剣術はそれなりに出来ます!」


 両手の拳をグッと握る。

 エレンが自慢げに主張した。


「――だけど、その君の数少ない特技が、まるで役立たなかったから、いまの現状に立たされているんだろう?」


 そんな正論に、エレンの動きが止まる。

 現実を再認識したように固まった。


「まあ、いいさ」


 と、ローズは――。

 手前側のソファーに向かう。


「そんな無価値な皇子様が依頼をよこしたから、私もこうして奇異な出会いが叶ったんだからね」


 ――チラリ。

 一瞬、僕を見るとソファーに腰を下ろす。


「ほらほら、いつまでもそんなとこに突っ立ってないで座りなよ。折角、ヴェノム君が淹れた珈琲が冷めてしまうよ」


 ローズがソファーの空いている右側の座面を手で叩いた。

 それに僕は素直に従う。

 隣に座った。

 改めて、エレンの容貌を観察する。

 離れている位置からだと曖昧だったが、正面だと新たに分かる情報もある。

 目深い外套の奥、蒼い彗星のような瞳が見えた。


 それは右から左に、何度も動いている。

 忙しない。

 落ち着かないのか、それとも恐怖心からだろう。

 彼女は何かに怯えている。

 此処にはいない、何者かの存在に。

 対面に座った僕にさえ、気が付いていない様子だ。


「さて……本来なら正式に小難しい契約書を交わすんだけど……いまは状況も状況だからね。ここは手短に行こうじゃあないか」


 ローズが足を組んで。

 それから穏やかに笑って続けた。


「ヴァミリド神教国の星族(せいぞく)にして、当代の星凱帝(せいがいてい)エレン・ヴァミリド。そんな国の最高位でありながら、星灯録せいひろく教会の奸計により、その地位を追われるばかりか、命を狙われている……ここまでは、間違いないかな」


 と、ローズは確認をするように聞いた。

 やはり、エレンの素性は星凱帝(せいがいてい)か。

 予想はしていたけどね。

 部屋に到着するまでの間に、ローズがあからさまに話したのも気にかかったし。

 こうして、僕を同席させたのは意図的な目的があるのだろう。

 面倒ではあるけど、少し付き合うしかない。


「君の身を案じた側近の計らいで『狂笑会(きょうしょうかい)』……つまりは私の元に依頼をしに来た」


 これまでの経緯を、ローズが簡単に整理する。

 僕に説明しているようにも思えた。


「その依頼内容は、端的に言えば護衛だ。うん、何も難しい事ではないね……対象が、エレン君でなければ……」


 と、ローズは珈琲の入ったカップを手に取る。

 そのまま口に運ぶと飲んだ。


「これは慢心でも驕りでもないけど……私自身、そこらの貴族連中なら片手間に潰せる。明日の朝には、何処かの川から死体が発見されるだろう」


 だけど、とローズ。

 カップの縁を指でなぞりながら。


「今回の相手は、少々厄介だ……ああ、ほんの少しだけね」


 乾いた笑みを見せるローズ。

 それは自分に言い聞かせているようにも感じた。

 僕はセラスが口にしていた事を思い出す。

 終始、話の通じない女性ではあった。

 発言も意味不明。

 しかし、そのなかに気になる単語も混ざっていた。


 異世界を調整する秩序の番人。

 通称、管理者の閲覧会(アグレスタ)

 それが当代の星凱帝(せいがいてい)、即ちエレンに対して何かをしたのが原因で、命を狙われる羽目になっている。

 メノア様の言葉を借りるのなら、執行をしたのだろう。

 管理者の閲覧会(アグレスタ)の執行が、何を意味するのかは不明だが、穏便な事柄ではないのは確か。


「……お、お願いしますッ! 僕を守って下さい! 彼女の為に、まだ死ぬわけにはいかないんです!!!」


 ローズの態度から依頼を断られると思ったのだろう。

 立ち上がると、前のめりに両手をテーブルについて言った。

 その際に、エレンの首元にある貴金属が煌めいた。

 蜘蛛の巣を模ったネックレス、それかペンタンドに見える。


「ああ、不安にさせてしまったのならすまないね。別に、君の依頼を反故にする気は、さらさらないよ」


 ――だから、落ち着き給え。

 と、ローズが優しい口調で宥める。

 瞬き、一つ。

 ローズが横目に僕を見た。


「君の護衛依頼は完遂させる。その為の頼もしい助っ人も用意した」


 ――ニコリ。

 ローズが妖艶な笑みを向ける。

 もしかして、僕のことを言っているのかな。

 承諾した覚えもないんだけど。

 テーブルに手を突いたまま、エレンの蒼い瞳が横に動いた。

 そこで、初めて気付いたように僕を捉える。

 とりあえず、僕は無言で微笑む。

 敵意は無い事を顔で表現してみせた。


『……気持ち悪い』


 何か誹謗が聞こえた気がする。

 エレンが驚いたように瞳を瞬かせた。


「……す、すみませんすみません! 存在が薄かったので、全然気が付きませんでした!」


 それから慌てた様子で、頭を何度も下げる。

 僕は存在が薄いらしい。

 悲しい評価だ。


『妥当だろ』


 僕は気分を害していないのを伝える。

 笑顔のまま言った。


「あはは、そんなに薄かったかな……確かに、母親に似て影が薄い根暗で陰気なやつ、だと言われる事はあるけど」

「少年、君は虐められていたのかい?」


 と、ソーサーにカップを置いて。

 ローズが心配そうに訊いてきた。


『私は引きこもりだが、根暗ではない』


 そんな女神の否定は聞き流す。

 僕は誤魔化すように頬を掻いた。


「別に虐めのような被害を受けた経験はないよ。どちらかといえば、僕は虐める側にまわる。弱者をいたぶるのは、とても快感だからね」

「それも、どうかと思うが……」


 ローズが若干、呆れている。

 気のせいかな。

 エレンが引いている。


「というわけで――」

『どういうわけだ』

「これから君の護衛依頼を手伝うことになった、ノワールだよ。短い付き合いになるとは思うけど、ヨロシクね」


 僕は右手を差し出して握手を求める。

 この流れで退席するわけにもいかない。

 席を立ったところで、ローズも止めはしないだろう。

 しかし、そのまま帰ると泊まる宿を見つけ直す必要がある。

 余計な手間が増える。

 いまは、ローズの思惑に乗る方が都合が良い。


『色々と思案をした結果のように語っているが、単に腹が減っているから、宿探しに奔走する選択を取らないだけだろ』


 ――どうかな。

 そうかもしれない。

 腹が減っては何とやらだ。


『――征服も出来ぬ、だろ』


 いや、違うだろう。

 誤った知識だが、否定する気力もない。

 さっさと話し合いを終えて、ご飯にしたい。


『命の危険があるエレンより、己の食欲が大事か』


 当たり前な事を聞かないでもらいたいな。

 はなから、エレンの生命など考えていない。

 彼女が生きていようが殺されようが、僕には関係ない。

 他人の命に価値を見出す必要はないですよ。


『糞野郎』


 それに僕は顔の笑みを深める。

 反論はしなかった。

【次話予告】

ノワールは『竜脈の畔』で、セラスとの戦闘を終えた後、宿屋の責任者である『狂笑会(きょうしょうかい)』の首席、ローズに案内され客室に向かう。

そこに繋がる階段は《次元歪曲(ディシス)》により空間が歪められており、ローズに連れられて着いた部屋にいたのは道中で、ローズの口から聞いた当代の星凱帝(せいがいてい)エレンだった。

命を狙われる身にあるエレン、その護衛依頼に助力をする事になったノワールは、逆にある取引を持ちかける。


最後まで読んで下さりありがとうございます。

良ければ評価を貰えると嬉しいです。

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